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私の世界と君の世界③

 天眼の超常的な力を前に俺は唖然するしかなかった。 俺の傷を治した力、質量保存則を無視する超常的力。 天眼が言うように、それはまるでそれはアニメや漫画の世界ような力だった。 龍の生死、存在の有無でここまで世界の秩序は変わるのか。 俺はその事実に驚愕した。 そして、その衝撃が、やがて一つの疑問へと姿を変えた。


 「龍は何で人を滅ぼさなかったんですか?」


 俺の世界では、人は龍に勝利し、そして、龍を滅ぼしたらしい。 しかし、対照的であるという天眼の世界では、人が龍に敗北した天眼の世界では、龍はその報復に討って出なかったのか。 龍は人を滅ぼさなかったのか。 俺は抱いた疑問を天眼に投げかけた。


 「龍というのは世界の創造主なんだよ。」


 天眼は椅子から立ち上がり、病室の小さな窓の方へ歩いていく。 窓辺に差し込む微かな月明かりが、彼女の黒髪を柔らかく照らしていた。


 「それにちなんで、私の世界では《創世龍》って呼ばれて崇拝されてんの。」


 その横顔は、どこか遠くを見るような、懐かしさと哀しみを湛えていた。天眼は壁にもたれながら、小さくため息をついた。


 「無数に広がる並行世界で余すことなく、すべての始祖であり、根源なんだ。……そんな龍は人間を、許したんだろうね。」


 ゆっくりと手を差し出し、空中に指先で円を描く。その指先に淡い光が灯る。


 「龍は、あらゆる生き物の中で、特に人間を寵愛していたし。でも、同時に危険視もしてたんだ。――その欲深さと狡猾さを。」


 彼女の指先からふわりと光の粒が落ち、床へ消えていった。天眼はそれを目で追いながら、口元にかすかな笑みを浮かべる。


 「だから龍は、私たちに力を与えた。……さっき見せた竜技(ドラゴンズ・サイン)ね。」


 天眼はくるりとこちらを振り返り、いたずらっぽくウインクする。


 「この力を人間が使うには、龍を信仰しなきゃならない。力を渡すことで、人間の“神にすら牙を剥く本性”を抑えようとしたんだよ。うまい手口だよね、☆」


 天眼は楽しそうにケタケタ笑いながら、俺の疑問に答える。 俺はいつの間にか食べ終わっていた、バナナの代わりに、次は天眼の答えを咀嚼し、理解を深める。 龍は人間の、世界の創造主……。


 「……龍のいない、世界の創造主のいないこの世界はどうなるんですか?」 それは、俺が天眼の説明で感じた違和感。 神のいない、世界の創造主がいない世界はどうなるのか。 俺は単純に気になった。


 「龍のいないこの世界はいずれ滅ぶ。」


 天眼はあっさりと答える。 その表情には先ほどまでの楽しそうな雰囲気のかけらもなかった。


 「龍は全知だけど、全能ではない。 だから、信仰によってその力を維持しててね。 だから強く、聡い人間を寵愛したんだろうね。 ギブアンドテイクの関係さ。 でも、この世界は龍の存在とともにその信仰を絶ってしまった。 龍は肉体がなくなっても、世界のルールとして生き続けられる。 物理法則みたいにね。 でもそれは、崇拝というエネルギー補給を前提にしているからなんだよ。 今回起きた「東京災禍」もそうさ。 龍の力の影響化なら抑え込めたんだ。 でも、もうこの世界の誰も龍の存在を信じていない。 おそらく、この事件を皮切りにこの世界は滅びの一途を辿るだろうね。」


 天眼は冷酷にもこの世界の行く先を予測する。 自分の世界が滅びの一途を辿りつつあることに不思議と俺は衝撃は受けなかった。 世界の終わりを受け入れることが出来てしまった。 世界が終わる……。 しかし、俺の日常は、俺の小さな世界はすでに東京災禍で滅んでしまった。 もう俺に帰る場所も、帰りを待つ人もいない。 ならば、この世界とともに……。 そう考える俺は俺自身に嫌悪を抱く。


 「君を待つ人はいるよ。 行く場所もね」


 そう言って天眼はそっと手を差し出す。その動きはゆるやかで、まるで時間が少しだけ止まったようだった。


 ――あたたかい手だった。けれど、俺の心には届かない。


 俺はその手を取らず、ただ彼女の瞳を見つめ返す。深紅のその瞳の奥に、どこか自分と同じ“孤独”が揺れている気がした。


 しびれを切らした天眼は、手を引っ込めて目をそらす。その一瞬の寂しげな表情が、やけに胸に残った。

 

 「……実は私の世界も立て込んでてね。 君の協力が必要なんだ。」


 瞳子は仮初に背を向け、再び病室の小さな窓の方へ歩いていく。


 「でも、君は一週間ぶりに起きたばっかりだし、話した情報が膨大過ぎて混乱してるでしょ。 今すぐにとは言わない。 でも、もしどこにも行く当てがないのなら、私と一緒に来てほしい……。 いい返事を待ってる。」


 病室に一陣の風が吹く。 仮初はその風で目を開けていられなかった。 すぐに風が止み、目を開ける。 その刹那のうちに天眼瞳子はいつの間にか病室から去っていた。 

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