私の世界と君の世界①
天眼瞳子曰く、この世界は無数に存在する並行世界の一つだという。 そして、天眼瞳子がいた世界と、仮初英雄がいるこの世界は無数に枝分かれする平行世界の両端同士であるらしい。 交わることのない二つの世界が交わった結果、「東京災禍」として俺の世界を襲ったという。
「なんで、交わることのないふたつの世界が交わったんですか?」
天眼の長い説明でようやく情緒を取り戻した仮初は天眼に、実に率直な質問をした。
「いい質問だね☆ 簡単に言えば、膨大な龍素が暴発したからさ。」
天眼は当たり前のように言うが、仮初は聞きなれない単語に疑問を抱いた。
「あ、そっか☆ 龍素って言ったってわかんないよね。 マナをわかりやすく説明すると、私の世界で現象を引き起こすためのエネルギーのことっ。 君たちの世界で言うところの電気みたいなものかなぁ。 もっと俗に、簡単に言うと、魔力? みたいなもの。 あ、漫画とかアニメとかの教養ある? こっちの方が例えとしては分かりやすいかもね。 なんせ、機械を媒体にしないから☆」
彼女はまたまた口に出していない俺の疑問に、あたりまえのように答えを出し、右手に謎の発光エネルギーを滾らせる。
「君の傷を治したのも、この力、マナを使ったからなんだよ。」
そう付け足す天眼。 ちなみに、仮初は日本のメインカルチャーであるアニメや漫画についての教養が十二分にあるため、天眼の話への理解が早かった。
しかし、仮初は目を見開いたまま、天眼の手元の光を見つめる。 口が勝手に半開きになり、言葉が出てこない。 ――俺はアニメや漫画が好きだ。 もちろん、異世界転生などにも興味はある。 だがしかし、それはアニメや漫画に限った話だ。 現実では起こりえないからこそ、それらの事象に惹かれるのだ。 そう現実には、奇跡も、魔法もない。
でも、現に天眼は右手に俺の傷を治したという発光エネルギーを滾らせている。 俺の世界の延長線上とも理解できる並行世界とは思えないほど、それはまさに奇跡的だった。 まるで神の御業。 トリックも疑ったが、たかだか人の目を欺く程度のそれとは果てしなく隔絶された技術だった。 それじゃあ、まるで……
「並行世界じゃなくて異世界じゃないですか!?」
そう声を上げる俺をよそに、天眼は俺の認識に少し誤りがあると戒めた。
「……さっき異世界は無数にあるって話したけど、それは厳密には間違っているんだ。 んー、例えば、この丸テーブルの上にあるフルーツを食べようと私が思考する。 私がとるであろう行動として考えられる可能性は、私がリンゴを食べる可能性、バナナを食べる可能性、はたまた違う果物を手に取り食べる可能性、なんならやっぱり気乗りしなくて食べない可能性もある。 この時に、この瞬間に、いくつもの並行世界が生まれるんだ☆」
天眼はそう説明しながら、リンゴを手に取り、そのままかぶりつく。 俺は、この世界は天眼がリンゴを食べる世界なのか、と無数にあるという並行世界に思いを馳せる。
そういえば、栄養はこの点滴で体に入れているから、お腹は空かないけど、一週間ぶりに食べ物が食べたいな。 天眼がおいしそうにリンゴにかぶりつく姿で食欲がそそられた仮初少年がそう思ったとき、彼女はバスケットのバナナを食べろと言わんばかりに彼に投げつける。
本当に、天眼は人の心が読めるのか? 俺の中の疑問は疑惑へと変わる。 しかし、俺はその疑惑をそのままに、彼は投げつけられたバナナをありがたく食べることにした。
「……結局、リンゴを食べたところで、バナナを食べたことで、行きつく運命は変わらない。 私が、ただ満足するだけ。 そこで誤差の範囲で収まる無数の平行世界は一つに集束する。 でもね、ここでバスケットに入っているフルーツの1つが、1つでも人を死に至らしめるほどの毒を持っていたらどうなる?☆」
天眼は、食いかけのリンゴを持った手で、バナナの皮を剥き始めた仮初に人差し指を向け、私の問いを答えてみよ!! と目で訴えかけてくる。
「……天眼さんが死ぬ世界と生きる未来で世界は分離する?」
バナナの皮を剥くのをやめ、少しの時間考えてから、天眼の問いに答えた。
「正っ解!!☆☆」 天眼は満足そうに笑顔でクラップハンズ。 彼女の嬉しそうな反応に仮初は頬を緩める。 しかし、いきなりの一問一答は緊張するなと、今は亡き学生時代を想起する。
彼は野球部のハードな朝練のせいで、授業中は眠気とばかり戦っていた。 そのため、授業でいきなり指名されたときに何も答えられなくて、悪目立ち……。 若干トラウマになっていたことを思い出したのだ。
「……でも、それは100点満点とは程遠いんだなー。80点くらい?」
彼女は手に持ったリンゴに再びかぶりつき、仮初少年がトラウマを抱えながら出した答えに点数をつける。 彼は若干のいきなりの一問一答で、公衆の面前で問題を間違えるというさらなるトラウマを思い出しつつ、「人の生死で世界は分岐するわけではないのか?」 と思考を張り巡らせることで自分をごまかす。 思春期まっただ中な彼には、問題を間違えるという些細なことでさえ、生き恥をさらしたという気持ちになってしまうのだ。
「君の考える通り、必ずしも人の生死で世界は変わるとは限らない。 世界で過ごすありふれた一般人の運命がいくら狂ったとしても、やっぱり誤差の範囲内であるとみなされ、無数に広がる並行世界は一つの運命に集束してしまうんだ。」
天眼はそう解説しながら、リンゴを芯だけきれいに残し食べ終わる。
仮初はそのようなフィードバックともいえる天眼の指摘を踏まえつつ、さらに思考を巡らせる。 その時には、一口も手を付けられず、皮だけ剥かれたバナナはいつの間にか彼の手元にはなくなっていた。 だが、そのことには気づかない。
思考を重ねた仮初少年は1つの答えにたどり着く。
「世界に与える影響の有無で、世界は分岐する?!」
「大っっ正解!!!☆☆☆」
彼女は大変満足そうに、仮初少年に思いっきり指を差す。しかし、その天眼の反対の手には、食いかけのバナナが握られていた。