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幕間②

 その夜、俺は病院全体が寝静まったのを見計らって、自室から抜け出した。


 一抹の罪悪感と緊張感を抱えながらも、彼女との約束を果たすため、巡回している看護師に見つからないように息を殺して外に向かう。


 しかし、意外にもそのようなエンカウントはなく、実にスムーズに外へ出れた。


 (じゃあ、今日の深夜、病院の外で落ち合おー☆)


 彼女と交わした軽い約束を想起し、夏らしからぬ冷えた空気を全身に受け、冷気を肺に取り込む。

 

 リンリンと鳴く、名も知らぬ虫の声を聴き、吸った空気を吐き出す。


 さて、どうしようか。俺は瞳子の不明瞭な約束を果たしたつもりだが、彼女がそれを無下にする可能性を考えていなかった。


 すでにそこにいると思っていたが、彼女の姿が見えなかったのだ。なので、俺は当然ながら、しばし待つことにする。


 俺は適当に見つけた、実に座りごちの悪そうなただレンガが積み上げられただけの花壇に腰をかける。


 座ってみると、本当に座りごちが悪い。だが、我慢しよう。

 

 俺は瞑目し瞳子を待つことにする。改めて空気を吸って、吐く。また、吸って吐いて。いつの間にか、自分を落ち着かせために、呼吸をしていた。


 未だ落ち着かぬ緊張感とこれから俺に訪れるであろう未知の数々に対しての恐怖感を呼吸をすることで落ち着かせる。


 「覚悟……決めたはずなんだけどな……。」


 俺は一人そう溢し、彼女を待つ。


 ――――――――――――――――――


 時間経過とともに落ち着きを取り戻した俺は、瞑った目を開く。しばらく目を瞑っていたので、街灯の明かりに目が晦まされる。


 「おはよう☆! 英雄!」


 目に直接差し込む光とともに、耳に弾むような少女の声が聞こえる。


 「待たせたかな☆? 少し遅れたかも☆」


 「……いや、あんま待ってないよ。集合時間も曖昧だったし。」


 「そか。なら、いいや☆」


 遅れて到着した瞳子は俺のフォローをさらりと流す。気にしてないけど、もうちょっと待たされた俺を気にかけて欲しいものだ。気にしてないけどっ!


 そう思いながら、俺は瞑り慣れた目を擦りながら、座り心地の悪い花壇に別れを告げる。


 「よしっ! 早速、行こうか☆!」


 瞳子はそう宣言すると、病院に向かって足早に歩き出す。


 「え、ちょっ、待って。外に行くんじゃないの!?」


 俺は遥かに通り過ぎた瞳子に当然の疑問を投げかける。


 「いいから、早く私に着いてきて! 英雄☆!」瞳子は首を後ろに傾げ、そう促し、病院の中へと一人入っていく。


 置いてかれた俺は、瞳子の行動に懐疑心を抱く中、しかたなく彼女に着いていくために、駆け足で病院の中へ向かう。


――――――――――――――――――


 俺は巡回している看護師に見つからないように、息を殺しながら歩いていたが、堂々と病院内を闊歩する瞳子に影響される形で、次第にいつも通りに歩を進めた。


 瞳子はブーツでリノリウムの床をカッカッと鳴らしながら、階段を上がって行く。対して、俺はスリッパのため、特に足音もなく、階段を上がる。


 階段を上る間、俺たちに会話はなく、ただ瞳子の足音が響くだけだった。


 俺は、なぜ病院に戻ったのか、病院の一体どこに向かうのかなどの質問を、この静寂を裂き、聞く勇気がないまま、淡々と瞳子の背を追いかける。


 見たこともない装色が施された軍服姿の少女の後ろを歩く。まるで連行されているかのような気分を味わいながら、次第に瞳子の目的地に察しが付いてきた。そこは彼女との契約を交わした病院の屋上だった。


 そして、今回も不思議と看護師とのエンカウントはなかった。


 「……結構、疲れたね。まさか階段上るだけでこんなに疲れるとは……。」


 久しぶりに口を開いた瞳子は額に汗を垂らし、ゼェゼェと息が切れてた。


 「黙ってたのは、必死だったからなのか。階段上るのに。」

 

 「そー、だよ。疲れたあ。」瞳子は屋上に仰向けで寝そべる。


 尽き果てる瞳子をよそ目に、俺は屋上から見える景色を見渡す。別に眺めがいいとかじゃないけど、何となく、フェンスに手をかけ、知らない街をまじまじと眺める。


 俺はこの知らない街を眺めながら、1週間前に災禍で喪われた俺の街をいつの間にか思い出していた。


 「黄昏はもう済んだかな☆?」


 「……回復早いね。瞳子。」俺は知らない街を眺めるのをやめ、瞳子の方へ振り返る。


 「ふっ、平然を装うのも淑女の務めさ。」瞳子は額に手を当て、したり顔でカッコつける。


 「ってか、何で病院の屋上まで来たの?」


 「えー。なんかもうちょっといい反応欲しかったな。」


 瞳子は渾身のかっこつけをスルーされ、がっくりする。まあ、英雄らしい反応だけどさと受けいれ、俺の疑問に答える。


 「うん。それはね。近道するためさ☆!」瞳子は胸を張り、そう答えた。


 「近道って……病院の勝手口とかならわかるけど、ここは屋上だよ。」俺は、屋上に行くことこそが近道だという瞳子に対し、正論をぶつける。そう、俺の、あくまでこの世界の人間の尺度の正論を。


 「ところで、君は混血を受け入れるかい?」瞳子は異様なほど冷たい声色、眼光で俺に聞く。俺はその異様な雰囲気に息をのむ。が、


 「……混血って、いわゆるハーフだろ。別に受け入れるもなにも、今となっては当たり前のことだろ。そんな生まれで人は評価されないし、されてはいけない。と、思う。」俺はただ単に、自分自身の持論を述べる。瞳子の異様な圧に飲まれてはいけない。俺たちは対等だと言い聞かせ、強がり、彼女の問答に応える。そして……。


 「……よかった。実は私、ハーフでさ。もし、パートナーである君が純潔派だったら、これから一緒に居づらいと思って。本当に良かった。」瞳子は、本当に安心したようで、先ほどの異様な圧もすっかりとなくなった。俺も、瞳子の圧から解放され、安心する。


 「じゃあ、英雄☆! さっそく行こう! 災禍の地、東京へ!!」


 瞳子は急に俺の手を握り、フェンスに向かって、走り出す。俺は彼女の急な行動に対応が遅れ、足がもつれる。


 「っっちょ、まっ、て!」俺は、瞳子へ精一杯の静止を促すが、彼女は止まらない。


 フェンスが近づく。眼前まで近づく。すると、瞳子は人間離れした跳躍力でフェンスを飛び越え、俺たちは地球の重力によって、落下する。


 一度味わった絶望の浮遊感。俺は一週間前に身に起きたことを想起し、死の恐怖に飲まれる。声にならないほどの叫びが俺の全身に轟く。


 「大丈夫だよ。英雄。」


 瞳子は涙ににじむ俺の眼を捉え、手を強く握り返す。


 そうか。あの時は一人だったけど、今は一人じゃない。誰かが、瞳子がいる。


 そう理解したとき、全身を包んだ絶望の浮遊感は緩まり、ただ空を切る感覚だけが残った。


 俺の右手は瞳子に握られていたので、左手で自身の涙をぬぐう。この不思議な感覚の正体をつかむために、現状を把握するために。


 見えたものは、劇的な速さで移り変わる街並みと、巨大な翼。


 その翼の正体は、言うまでもなく瞳子のものだった。彼女は、翼を生やし、空を、天を駆けていた。


 「……混、血って、そういうこと、か。」俺は未だ震える口で、先ほどの彼女の問答への意味を理解した。

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