決断と代償
「あ、でもっ、涙を流す仮初くんもいいかもっ☆」
天眼は俺を下から覗き込み、牙のような八重歯をのぞかせながら笑った。
「……それで、私の提案、受ける気になった☆?」
くるりと回転しながら、彼女は再び手を差し伸べてくる。
俺を助け、世界の真実を語った少女。
だが、彼女の手を取るということは、俺が救世主になるということだ。
……ふざけてる。
けど、それでも。
俺はもうすべてを失った。家族も、生活も、未来も。
これから待っているのは、警察の事情聴取、メディアの取材、好奇と憶測、終わりのない悪夢――
そして世界の終末。
だったら、天眼の差し出すその手を取って、“救世主”として生きる方が、まだマシなんじゃないか。
そんな考えがよぎる。
でも――なぜ、彼女は俺なんかを選んだ?
俺はただの補欠野球部員だ。人並みの体力と、平凡な根性しか持ち合わせていない。
そんな俺が、なぜ「救世主」なんて。
涙をぬぐいながら、彼女に問いかける。
「……なんで、俺なんだ?」
その問いに、天眼は小さく笑い、人差し指を唇に当てて言った。
「んー、単純明快☆ 仮初くんには素質があるからだよ」
「……素質?」
「そう☆ “龍素”に対する抵抗を、この世界の人間が持ってるはずないのに、君はあの災禍を生き延びた。それってつまり――君には、救世主としての資格があるってこと☆」
「……俺が生き延びたのは、君に助けられたからじゃなかったのか?
素質があったからって……じゃあ、俺って何なんだよ……?」
口をついて出た疑問。
言葉にした途端、自分でもその問いの重さに驚いた。
“素質”。
かつて野球に夢を抱き、そして諦めたとき、俺の前に立ちはだかったもの。
才能。限界。
だからこそ、どこかで憧れていた。
でも今、それが「龍素に適応できたから」と言われても……素直に受け止められなかった。
俺はただ、あのとき死ななかった。それだけだ。
「……私も理由はわからないよ」
天眼は肩をすくめる。「ヒトが龍素に適応するには、私の世界でも何千年と進化が必要だった。
なのに君は、一代でそれを成し遂げた。
だから私は、それを“素質”と呼ぶの」
そして彼女は、にやりと嗜虐的に笑った。
「私はね、欲に忠実なの☆ 欲しいものは手に入れる。
さあ、どうする? この手を取るかい?☆」
三度、彼女は俺に手を差し伸べた。
空は群青と茜が交じり合い、夜の帳が降りていく。
屋上に灯る蛍光灯。町には人工の光が溢れている。
でも、天眼を照らすのは、ただ月明かりだけだった。
――わからない。
彼女が何を考えているのか。
俺を使って何をしようとしているのか。
けれど、確かなのは――
彼女は、俺を救ってくれた。
死の運命から、俺を引き上げてくれた。
それだけで、もう十分だ。
この世界を捨てる理由としては、十分すぎる。
俺は、その手を取った。
もしこれが悪魔の契約でも――構わない。




