『あだ名付き』達の初任務:ACT 1
時はまた戻り、4年前。
輸送ヘリ内で神谷真理は煙草を燻らせながら端末を操作していた。
彼の周りには武装した連中がいる。
輸送ヘリ内の壁に向かい合うように設置された横長の座席に座り、談笑している。
同じく壁面に設置された窓から外を見ると、輸送機が他にも四機ほど並んでいる。
「支援合流、ね」
小さく呟いて彼は端末に目を戻す。
そこにはNo.99 『悪魔の王』と題名が記載された情報が映し出されていた。
先日廊下ですれ違い、少しばかり会話をしたあの男の情報だ。
No.99 『悪魔の王』。
元は某国大学付属の研究機関に所属。
心理学を専攻していた。
しかし突如として大規模テロを画策した。
心理学を活かした人心掌握術でその規模は留まることなく拡大し、影響力は政界にまで及んだとされている。
加えて持ち前の才能だったのだろう、戦闘力も持ち合わせていた。
それは軍事訓練も受けた事もないにも関わらず一瞬で理解することで経験不足を補う知力から来ているとされている。
長期的な戦闘能力は劣るが、計画的な行動、または立案にはかなりの適性があり、件のテロ事件の期間はおよそ二年間に及んだ。
その間ほとんどの対抗手段が存在せず、彼の試験的な行動の実験対象でしかなかったとされている。
彼は後にこのテロ行為を、人体実験と称しており、最終的な目的は人心を掌握された人間たちのその影響力の拡大性と語っている。
その方法としてが、人心を完全に掌握してあらゆる業界を制圧、全てを根底から破壊することにあった。
わかりやすく言えば、世界を反転させようとしたのだ。
その結果が見たかったという。
世界の破壊が目的ではなく、その結果が見たかったと。
想定されていた被害はおよそ76億人。
当時の世界人口である。
世界大戦を超える大規模テロ。
それをたった一人で始めた男だ。
しかしそんな彼は、作戦行動を途中で停止させている。
その直前に他『あだ名付き』である男、『蠅の王』を計画に勧誘するが拒否されたのを理由に戦闘に至り、撃退。
その後、彼は、神谷真理の事件を目撃し、そこで突如計画を放棄した、と記録にある。
全く、理解がし難い、そんな行動だった。
全てが、最初から最後まで、理解は難しい人間性であった。
「いかれてやがるぜ」
煙草を消して、次の煙草に火を点ける。
他にも細かく見ていくと計画中に行った小さな戦闘、どんな人物を手中に収めたか、などを記載されていたが、見る気にもならないと神谷真理は端末を閉じた。
そんな人物が、神谷真理に会うためだけにここに入隊してきたと、言う。
ミッチェル曰く、『あだ名付き』制度が発足されてから最後の一人の候補が見つからなかったらしいがそこに現れたのが彼だったらしい。
わざわざテロ計画実施期間に得たコネで入隊してきたと。
たった一人。
神谷真理に会うためだけに。
もはやその執念はただの狂気だ。
「なに辛気臭い顔してやがるよ」
頭を抱える神谷真理に嫌味ったらしい声でそう声を掛ける男。
赤髪のポニーテールに顔面タトゥーの、先日も話しかけてきた男だ。
先日の拘束着ではなく、私服だ。
赤黒い、乾いた血の色のような色の丈の短いパーカーにタクティカルパンツ。パーカーのジップ部分が開けられた胸元にはハンドガンの弾倉が5本刺さっている。
その腕には銃が握られている。
「SPAS、か」
神谷真理が彼の銃を見てそうつぶやく。
赤髪の男は嬉しそうにその銃を持ち上げる。
「おう。わかるかよ。こいつはいい銃だ、最高だよ」
「『フランスの暴風雨』だったか」
「長ぇな。フランスはいらない。フランスに愛着もない」
「何故ショットガンを」
「至近距離でぶち当てたら人体が簡単に欠損するからだ」
「……なんだって?」
「至近距離でよ。相手の腹に撃ちこむんだよ。そしたら花咲かすみてえに内から爆ぜやがる。それを見るにはショットガンだぜ。それを何度も繰り返すと人体は分断される。下半身と上半身にな。最高にいいじゃねえか。綺麗だぜ。花咲かせやがってよ。年中開花だぜ。わかるだろ?」
「いやわかんねえよ」
嬉しそうに語った後に神谷真理に一蹴された彼はすぅ……と息を吸ってから「そうか」と呟いた。
「なんでちょっとショック受けてんだよ」
「受けてねえよ」
「シュンとなってんだろ」
「なってねえって。うるせえな」
赤髪の男、『暴風雨』は少しだけ不服そうな顔をする。
そんな彼が指を二本立てて手を振る。
鼻を鳴らして神谷真理はその指にタバコを入れてやる。
「お前もフランス軍にいたのか?」
神谷真理が『暴風雨』に問う。
『暴風雨』は首を振る。
「俺に戦闘を教えた奴がいたんだよ。そいつが勝手に手続しやがってよ。特別介入部隊に」
「『RAID』か」
そう言えば経歴欄にそんな記述があったかと神谷真理は思い出す。
「どうして規約違反を?」
「規約もくそもねえ。俺ぁ元々ギャングだぜ?勝手に連れてこられたところのルールを守れって方が理不尽だろ。それに作戦中に古巣と揉めてよ。決着つけにゃならねえと思って抜け出して戦ったらこれよ」
『暴風雨』は両手首をくっ付けて見せる。
手錠をイメージしているらしい。
「そりゃそうだろ」
神谷真理が煙草に火を点けてやりながら言うと彼は鼻を鳴らして煙草を吸った。
「お前は見た所、如何にも軍人って感じだな。狙撃銃に仏陸軍小銃に拳銃。教科書みたいな格好だな。まあ俺は一年しか部隊にはいなかったからそう詳しくはないが、何だったか、ああ、そうだ、長い名前だ。第十三竜騎兵落下傘連隊にいたんだってな。情報偵察なんかに長けた随分なエリートだったはずだ。だから狙撃兵か?」
「いやそれは関係ない。」
「そうか。狙撃の経験は?」
「そう多い訳ではない。狙撃訓練を受けたのは半年前だ」
「若いな。新兵か?」
「お前もだろ?」
「しかし俺は26だ。お前は22だったな」
神谷真理は今現在では二十二歳と若い。経験が浅くても不思議ではないが、それでも狙撃手になれているのなら相当な実力を持つと想定できる。
しかし『暴風雨』は26、神谷真理より四つも年上らしい。
軍歴で言えば神谷真理が上ではあると思うが。
「どういっても年齢で判断されるわな」
『暴風雨』は煙草の煙を吐きながらかかかと笑う。
「今回の任務は何だったか」
「支援合流だ。本体の作戦を合流して支援する」
「別にそいつらでなくともいいんだろ?」
「は?」
「俺たちが敵を殺してもいいんだろって」
「それはむしろに戦闘になれば殺してもらわないとな」
「なら何も考えることはないさ」
『暴風雨』は頭の後ろで手を組んで壁に寄り掛かった。
「着いたら起こしてくれよ」
そう言って、目を閉じた。
ふと死線を感じてそちらを見ると、反対側の座席の少し横に髑髏のマスクをかぶって素顔を見せない男が神谷真理を見ていた。
180㎝程の屈強な体躯に、何とかつり合いが取れているかと言うサイズ感の小銃、FN SCAR-Hを持ち、マスクから薄く見える目だけを神谷真理に向けている。
神谷真理は思い出す。
彼は確か『鯱』という名で『あだ名付き』に登録されていた男だ。
しかし彼の記録は、神谷真理にはまだ解放されていなかった。
故に彼は『鯱』が何者であるかの一切を知らない。
「……」
ただ無言。
『鯱』はただ彼を見ている。
神谷真理が何だと聞く前に、マスクの下の口元が動いた。
『復讐の虎。テイラーの弟子』
『鯱』は小さくそう言った。
どこか聞き覚えのある声だと、そう感じながら神谷真理は真っ先に聞く。
「何故テイラーを知っている」
『鯱』は答えなかった。
顔を伏せて、会話は終わりだと告げる。
問い直そうとした瞬間、機体が一瞬揺れて安定した。
ホバリング、いや降下準備に入ったらしい。
『暴風雨』の肩を揺らす。
「おい起きろ」
「まだ寝てねえ!」
「キレんなよ」
作戦が開始された。