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『赤い稲妻』と『カイン』
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『赤い稲妻』と『カイン』 ACT 14

「俺を殺せ」


 カインは小銃(G36)を右手に持ったまま両腕を広げた。

 神谷真理は顔をしかめた。


「何を、言っている」


 神谷真理の眼帯の向こう側の左目が激しく痛む。

 強い拒絶感が彼を硬直させる。

 だが、カインは対照的に小さく笑っている。

 だからこそ、神谷真理はカインの言葉を理解出来ない。


「殺せだって? どういう意味だ。目的がわからん」


 神谷真理は頭を振って努めて冷静な口調でカインに向き合う。

 カインはもう一段口角を上げて笑う。


「目的か。そんなの聞くまでもないだろ? 俺は、反逆者で、内通者だ。お前の行動を『山猫の血脈』に伝えていた。つまり、お前を殺そうとし続けたんだ」


「……」


「俺はお前の、いや、世界の敵だ」


 カインは広げた手を下ろした。

 神谷真理は首を振る。


「お前の証言や状況証拠だけでは射殺許可は下りない」


「だが通常の法規は当てはまらないのが『あだ名付き』だ」


「……」


 神谷真理は舌打ちをする。

 彼の額から汗が一本伝った。


「いい加減にしろ。核発射まで時間がないんだ。……冗談言ってないで行くぞ」


 神谷真理は目を伏せて歩き出す。

 カインの左側を通り過ぎようとした。


「……お前は本当に、いい奴だな」


 カインの言葉の瞬間、神谷真理の左目がこれまでにない程に痛みを発した。

 咄嗟に体を反転させて右目でカインを確認する。

 神谷真理の視界をカインの拳銃の銃口が覆いつくした。

 一瞬の静寂。


「な」


 神谷真理が口を動かした瞬間、一瞬の躊躇もなく引き金が引かれた。

 反射で顔を背けた彼の右のこめかみ部分を浅く弾丸が抉り取っていく。

 即座に神谷真理は突き出されたカインの左手を掴み、膝蹴りを放つ。

 だがカインはそれを体を逸らしただけで回避。

 カインはその逸らした勢いを加速させて後ろ回し蹴りを放った。

 地面に落ち込むようにそれを回避した神谷真理は立ち上がる勢いでバックステップで距離をとる。

 神谷真理のこめかみから血が溢れだした。

 頭部の怪我はたとえ浅くとも強い出血を伴う。

 しかも唯一フリーを保てる右目側。

 彼のまつ毛に撥ねた血の雫が掛かっている。

 位置がもう少し違えば右目に血が入り、視界を失っていたところだ。

 神谷真理は左手で拳銃を構え、右手で右目とこめかみ周辺を拭った。

 双方拳銃を構えたまま、しばし静寂が訪れる。

 カインの拳銃から落ちた空薬莢が地面を転がる微かな音だけが響く。

 カインは変わらず小さく笑っている。

 神谷真理が口を開いた。


「止めろ。こんなのは意味がない」


 その声は震えていた。

 唇が震え、発する声も上擦っている。


「ああ、意味がない。だから、終わらせるんだ」


 カインは寂しそうに笑っている。


「これで俺がお前に敵対したという事実(・・)を作れた。俺を倒す正当性をお前は今、得た」


 カインは、引き金に指を再びかけた。

 だが、神谷真理は気付いている。

 引き金が上がって(・・・・)いる。

 弾丸が装填されていないのだ。

 先程の一発で弾倉は空になった。

 スライドは固定されるが、あの格闘の最中ロックを解除してスライドを戻したのだ。

 あの一発だって、カインは神谷真理なら確実に回避できるとわかっていた。

 神谷真理の近接戦闘を間近で何度も見たカインなら、神谷真理が回避出来る攻撃パターンと距離感を判断出来る。

 しかし賭けでもあっただろう。

 もし回避できなければ、彼は死んでいた。

 だけれど、カインには神谷真理なら絶対に避けると確信があった。

 あの躊躇の無さは、殺意ではない。

 彼が神谷真理を信頼したからこそ撃てた一撃だった。

 カインは、空の拳銃を神谷真理に向け続ける。


「カイン! 冗談をやってる暇はないんだ!」


『「稲妻」、冗談じゃない』


「黙っていろ!」


『彼は内通者だ。本部は三か月前からそれを把握している』


「……くそったれどもが!」


 神谷真理は吐き捨てる。

 彼の左目が激しく痛む。


「ケイン! リベンジだって、国を救うんだって、そう言ってただろう!」


 神谷真理の銃口が震えている。

 彼の右目も震えている。

 彼は右手で眼帯越しに左目を抑える。

 激しい痛みが彼を襲う。

 カインは変わらず寂しそうに笑っている。


「悪いなあ『稲妻』、俺の分までリベンジしてくれ。そもそも、お前は負けてない。そうなるように俺が仕組んでいたんだから。お前一人なら、お前は、もうとっくにこの任務を終わらせてたはずだ」


「そんな訳がないだろう! お前がいたからここまで来れた! あの混戦を俺一人でやり通す事は出来なかった!」


「だから……それも俺がそうなるようにしていたんだ。俺がいなければ、お前はあの混戦すら回避できていた。俺がいなければ、お前はあの地下で取引を阻止できたし、あの車にも追い付いていたし、あの列車にももっと早く気づいていた。全部が、俺がいなければ問題なかったんだ」


 カインの言葉に神谷真理は何も言えなくなった。

 駅の地下での襲撃。

 暗く、広大で全体的に視界の悪い空間で、まず第一に想定はしないであろう柱の上部に隠れた神谷真理への真っ先に行われた攻撃。

 何かを察して攻撃するにしては、位置が高すぎる。

 そしてアタッシュケースを持った者を追跡した時もそうだった。

 敵の対応があまりにも早い。

 カインが足止めをしていたにしては、敵の追跡と、カインの合流も早かった。

 神谷真理と、レヴァン・ベリゼは会話と戦闘を行っている。

 だがせいぜい3、4分程度で、銃撃戦をした後に抑え込めずに追って追われてになったにしてはカインが追い付いてくるには早すぎる。

 神谷真理の足の早さを考えると、神谷真理が走り出してしばらく待ってから追跡を開始したようにも受け取られる。

 取り逃がした敵を追いかけているカインは、その時、背を向けている敵らに銃撃をした雰囲気はなかった。

 あれば神谷真理が音で察しているはず。

 そしてその後の追跡も、列車も。

 ある程度カインが手を回していた、情報を共有していたのなら、神谷真理での対処が難しかったのも頷ける。

 もちろん、彼の身体能力、戦闘能力が常人のそれを遥かに凌駕しているのを加味した上でだ。

 彼なら、確かにもっと上手くやれてたかもしれない。

 追跡した時点で、カインがいなければあの車を追う重要性が低いことも察していたかもしれない。

 他ルートへの懸念をもっと持っていたかもしれない。

 あの列車でも、敵に気付かれずにもっと確実に制圧し、核物質の奪取に成功していたかもしれない。

 カインが、敵に情報を全て流していたのだとしたら。

 カインが、敵からの情報に当てはめて、神谷真理に言葉を投げていたのだとしたら。

 もちろん、たられば(・・・・)、だ。

 確証はない。

 だが、本人がそう言っている。

 自分がいなければ、神谷真理はもっとうまくやっていたと。

 全てでなくとも、事実ではあるのだろう。

 神谷真理なら、今までの戦闘も、もっと上手く切り抜けていたかもしれない。

 戦闘さえ避け、確実な手段を選んでいたかもしれない。

 栓の無い話だが。

 神谷真理は、深いため息を吐いた。


「お前の言い分は、帰ってから聞こう。だが、約束した。この任務はやり遂げるんだ」


 彼は、左側に顔を逸らし、カインの方は見ない。

 カインは、小さく笑った。


「だから言っただろ? その約束は、叶えられん。キャンセルだ」


 茶化すように笑うカイン。

 対し、神谷真理は歯を嚙み締めた。

 目尻を釣り上げて、激昂する。


「ケイン!」


 神谷真理は銃口を向ける。


「何が何でも最後までやらせるぞ! こんな所でお前を残してはいけない!」


「嫌だと言えば?」


「ぐぅっ」


「撃てよ。そう言ってるだろ? お前が今してることは無意味なことだ。それで俺がお前に従うことはない。むしろ、俺はお前に終わらせてほしいんだ」


「ケイン!」


「なあ、『稲妻』」


「黙れ!」


 カインは続ける。


「……疲れちまったんだ。俺は。楽にしてくれよ」


 カインは、笑っている。

 力なく、ゆらりとした笑顔だ。

 対照的に、神谷真理は苦しそうに歪んだ顔をしている。


「すまないと思ってる。部下を失ってここにいるお前に、仲間を殺せというのがどれだけ酷か。それもわかってる。だが、だからこそ、そんなお前だからこそ、俺の最期になって欲しいんだ」


 カインは独白を続ける。

 神谷真理は歯茎から血が溢れる程に歯を食いしばって耐えている。


「ミッチェル! 俺はお前を、必ず殺すぞ!」


『……「稲妻」、それでいい。命令はしない。好きにすればいい。だが、私は君にしか出来ないと、君にしか、彼の気持ちをわかってやる事は出来ないと思って、君を任務に当てた』


「何故俺だ!」


「復讐の虎」事件(あのとき)自分自身(・・・・)に銃口を向ける事を選んだ君だからだよ。君なら、時には死が救いになると分かっている君なら、彼を、解放してやれるとそう思った』


「……」


『命令は、しない。だが、バディとして、君が彼を仲間だと思うなら、裏切りの心を抱えたまま生きたくないと願う彼、救ってやってくれ』


 ミッチェルの言葉を、神谷真理は唇の端から血を流しながら聞いていた。

 目を瞑り、歯を食いしばる。

 歯が軋む音を響かせる口角を流れる血は顎を伝い地面に落ちた。

 神谷真理は静かに、口を開く。


「俺は、お前を許すことはないだろう」


『……『稲妻』。君にばかり背負わせてすまない。頼む』


 無線が切れる。

 神谷真理は、顔を上げる。

 その顔からは、表情が消えていた。

 カインは、その表情を見て、一瞬驚愕した。

 だが、すぐに寂しそうに笑った。

 彼は言う。


「そうか、お前は。……いや、野暮か。お前は、お前だな」


 カインは一呼吸置いて。

 口を開いた。


「この戦いは俺が起こした。俺が、全ての元凶だ」


 言い聞かせるように。

 諭すように。

 確認(・・)させているように。

 再認識(・・・)させているように。



「情報を双方に流し、戦闘隊の動きを調整した。俺がいなければ、奴らはここまでの行動には少なくともこの時点では至っていない。俺が物語を加速させた」


 乞うように。

 宥めるように。


「俺は世界の敵なんだよ」


 神谷真理は、表情の消えた顔でそれを聞いている。


「お前はすごいな。世界を背負って世界と戦った。犯罪者と言われても部下のために始めた戦いの先で世界を救った。でも俺には無理みたいだ。罪悪感で気が狂いそうだ。世界を敵に回してまでは大義を貫けない。心が壊れそうになる」


 もう一度、懺悔して。


「俺を殺せ。俺を、解放してくれ」


 カインの言葉に、神谷真理はゆっくりと拳銃を上げた。

 その腕は、震えている。

 無表情なその顔とは裏腹に、その腕は震えている。

 だが、それでも、真っすぐに拳銃と視線が並ぶ。

 震えは、止まった。


「勝てよ相棒。信じてるから」


 神谷真理は、頷いた。


「ありがとう」


 引き金が引かれた。

 発砲音の一瞬後、カインの額の少し上に拳銃弾が突き刺さり、後頭部より貫通する。

 カインの体がゆっくりと、後ろに倒れた。

 硬い音を鳴らし、完全に力が抜けた人の体が、地面に倒れたきり、もう二度と動かない。

 空薬莢の音が虚しく、静寂を乱していた。

 神谷真理は、拳銃を納めた。

 ゆっくりと歩き、カインの横で片膝を付いて、彼の遺体を見る。

 彼を頭部を中心に血の円が広がっていく。

 そこに浮かぶカインは、小さく笑っていた。

 満足したように。

 安心したように。

 気楽になれたように。

 一つ、息を吐いて。

 神谷真理は立ち上がりながら言う。


「少しだけ待ってろ。迎えに来る」


 神谷真理は歩き出す。

 地面に一つだけ雫が落ちた。

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