『赤い稲妻』と『カイン』 ACT 12
通路を走り抜ける。
敵は前方から二人の行く手を阻もうとする。
後方からも彼らの進行を阻止しようと追跡が行われている。
攻撃は苛烈。
自分たちが放った弾丸が味方に突き刺さるのだとしても二人に向ける弾丸は無数に放たれ続ける。
壁や遮蔽物を利用して弾丸を回避しつつも二人は敵を少しずつ減らしていく。
「外でも戦闘が開始されて、中でもこの攻勢。敵の目的は最終段階に近付いたと考えるのが妥当か」
神谷真理の問いにカインが答える。
「ああ、今は二時を回った頃。夜明けまで約四時間弱だ。恐らくそこまでがリミットだっ」
カインの返事に神谷真理は舌打ちした。
「根拠はあるのか?」
戦闘は続いている。
敵を殲滅してから進む、ではいつまでも地上に出る事は叶わないだろう。
敵がいても、通れるのなら押し通る。
二人はそうやって、危険を覚悟で確実に進んでいる。
カインは、変わらず額に大粒の汗を流している。
呼吸も浅く、奥歯は震えている。
だが、さすがと言うべきか、手の震えは止まっている。
射撃に正確さを残している。
「この手の奴らは時間帯に拘る。特に夜明けや日没だ。革命だとか変革ってんだろうさ」
「下らん。本当に良いものは時間に影響を受けない」
「ジンクスさ。お前には何かないのか? ルーティンでもいい」
「それこそ下らん」
二人は攻撃を続ける。
敵も必死なのだとうかがえる。
敵の武装は統一性がない。
ロシア軍上がりだろう装備と、ジョージア民兵であろう装備だ。
訓練はされているのだろうが、焦り故に少し連携がぎこちなくなっている。
小銃がメイン構成のため、継続的な制圧射撃が出来ていない。
その隙に二人は徐々に進行する。
敵の攻勢は勢いを落としている。
最初に神谷真理らに倒されたメンバーのような勢いがない。
精強な隊員が二人と別動隊への対処で二分されたことで戦力に均一性が失われつつあるのだ。
神谷真理は弾薬が尽きた亜音速短小銃を放り投げて背中から仏陸軍小銃を回して射撃を開始する。
カインもAK12を捨て、G36 に。
5.56㎜の弾丸に切り替わった事で銃声が変わり、敵はその変化に委縮して、後退を始めた。
神谷真理らはしかし変わらない歩幅で進み続ける。
弾丸を掠めながら、確実に歩を進める。
敵は一人、また一人と沈んでいき、通路に死体を残していく。
神谷真理が前に、カインは少し後ろにいる。
その位置関係で進み、神谷真理は敵を撃ち倒す事に専念し、カインは攻撃を継続しつつも倒れた死体を通過する度に射撃し生死を確認している。
これにより敵からの死に際の一撃を回避できる。
敵は二人の攻撃に勝ち目はないと判断して、徐々に背を向けて走り出す者も現れた。
だが、二人は無理には追わない。
残った敵を確実に対処していく。
約30分ほどの戦闘を経て、通路に静寂が訪れた。
二人は順番に弾倉交換を実施する。
そして再び敵の装備を手に取り、弾薬も集める。
長時間の連続戦闘では持ち込んだ装備だけでは不足する。
鹵獲していかなくてはいけない。
二人はそれぞれ鹵獲した弾丸の初弾を抜いて槓桿を数度繰り返して引いて動作を確認、弾倉も差し込んで、抜いてを二度ほど繰り返して故障や破損がないかを確かめてから初弾を給弾する。
今度は二人とも亜音速短小銃だ。
「敵の数が落ちたのか、それとも優先度が変わりつつあるのか。前者であってほしいが」
カインは言いながら亜音速短小銃の銃口をノックする。
神谷真理は何も言わずに腰から水分を取り出して摂取する。
カインも自分の物を取り出して口に含んだ。
パックを放り投げてカインは端末を取り出して確認する。
「……その端末は、どことやり取りしている? お前の支部の本部か? 同じ作戦で何故作戦基幹が異なる」
「……そりゃお前……何でだろうな。ま、お前の上司は馬鹿じゃなかったってことだな」
「どういうことだ」
カインは歩き出した。
『「稲妻」、お前も進め。バディから離れるな』
管制官からの無線。
随分と、口数が減っているように感じる。
当初のおちゃらけた雰囲気とは違い、吐き捨てるような声だ。
神谷真理はカインに追従する。
カインは端末を腰に仕舞った。
襟から覗く首筋には大量の汗が滴り、血色も悪い。
浅い呼吸を繰り返し、膝は震えているのか揺れている。
「ケイン」
神谷真理はカインの背中に声を掛ける。
カインは振り返らない。
「……ん?」
「大丈夫か?」
「またそれか? 昔の訓練を思い出す。俺はいつもは逆だった。いつもは、俺が声を掛けていた。大丈夫だ、もう少しだ、そうやって、いつもバディに言っていた。そのバディは、戦場で死んだが」
カインは言いながら神谷真理に向けて天井に向けた掌を揺らせて見せる。
神谷真理は何も言わずに懐から煙草を取り出して渡した。
振り返りもしないカインは煙草を受け取り、火を点ける。
「俺は、戦場を多く見た。お前よりも、ずっと多く、長く。仲間も多く失った。敵の死も、お前ほどでなくとも見て来た。だが……俺にはお前みたいになる事は出来ない。仲間のために復讐しようなんて気にはならなかった。『しょうがないんだ』『これが戦争なんだ』そう言い聞かせて。乗り越えた気になって、言い聞かせて、日常を過ごして、また戦場へ行った。……もうやめるべきだと考えていたが、わざわざこんな組織に入ってまでまだ俺は軍人を続けている。……そして、こんな戦場まで来ている。いや……」
カインは振り返った。
「お前を呼び寄せてしまっている」
カインは立ち止まりはしなかった。
直ぐに顔を背けて歩き続ける。
「俺を、お前が呼んだ……?」
カインは一瞬振り返って歩き続ける。
『お話し中すまないが外では仲間が今も戦闘中だ。せめて歩きではなく、走ってくれないか』
無線から管制官の声。
カインにも彼の担当管制官から連絡が行ったのか耳に手を当てた。
『「稲妻」、悪い知らせだ。ミサイルが放ったと思われる信号を一瞬だがレーダーが検知した。発射はされていないが、運用の前段階に入ったんだろう。発射システムが動き出していることに間違いはない。敵は部隊を広範囲に展開、こちらの部隊を抑えている。敵の対空網の展開も確認、爆撃で一層は困難だ。陸戦だけでの制圧には、恐らく4時間以上かかる。お前しかいない。敵は夜明けに発射するつもりだ。夜明けまでは3時間超。……お前が、ミサイルを止めるんだ』
カインは振り返って頷いた。
神谷真理も頷き、走り出した。
管制官は続ける。
『ミサイルの発射予測ポイントは恐らくジョージア市街。短距離目標にて落下させるつもりだろう。もしそうなれば、お前たちごと吹き飛ぶことになる』
管制官は無線を閉じない。
息遣いが、神谷真理の耳に入る。
神谷真理は走りながらその言葉の続きを待つ。
『ジョージアは、俺の生まれ故郷だ』
二人の走る通路の先から再び敵が現れた。
彼らは戦闘を再開した。
だが、二人は走る事を辞めない。
『産まれた時から、俺はジョージアにいた。くそ田舎で、何もない場所だと思って、俺にはもっと、大きな事が出来ると信じて、俺は故郷を捨てた。イタリアで高校を卒業して、大学まで進み、イタリア軍に入隊した』
混戦となった。
敵は陣形を保てていない。
闇雲に二人を対処せんと突っ込んでくる。
二人もその対応に普段通りに対応し返す余裕はない。
混戦に次ぐ、混戦。
小銃同士の近接戦だ。
『そんな俺が、今では、十年以上ぶりにジョージアの景色を見ている。こんな形で、故郷を見るなんてしたくはなかったし、このまま見納めなんてまっぴらだ』
神谷真理の後ろ回し蹴りが敵の顔面にめり込んだ。
鼻が潰れて血を吹き出した男の腰から手榴弾を抜き去り放り投げる。
その男の後方で爆発した手榴弾の破片を浴びて男と周辺にいた敵は吹き飛んだ。
体を弾かれた男の死体を神谷真理が受け止めて右に投げた。
そして神谷真理もその勢いを利用して右に移動する。
そこに踏み込むようにしてカインが割って入る。
前方に向けて銃撃、敵をけん制する。
左右の敵を神谷真理が拳で沈め、カインが通路前方の敵を抑え込む。
その流れのまま二人は突き進む。
カインの頬を弾丸が掠めて血が撥ねた。
神谷真理が持ち前の瞬発力で一気に駆け出して、壁を使って飛び跳ねて敵の壁の一人を飛び越えて中心に。
亜音速弾を撒き散らし敵を一気に鎮める。
だが当然それでは全滅はしない。
撒き散らすと同時に地面に倒れ込む。
その上をカインの弾丸が通過していく。
二人は目配せもしない。
だが、カインが神谷真理の隙を徹底して補うように徹している。
神谷真理は、カインの腕を信頼し、自分の隙を無理に埋めようとしていない。
二人の、二晩に及ぶ共闘が二人の間に確かな信頼性を構築していた。
敵は冷静さを失っている。
何が何でもここで二人を止める気のようだ。
神谷真理は、無線機に言葉を投げる。
「戦いが終わったら、地元に顔を出す事だな」
立ち上がって神谷真理は即座に走り出す。
『ああ、そうだな。きっと』
神谷真理は走りながら射撃する。
左の壁に滑るように移動する。
それとは反対にカインが神谷真理の背中から右の壁の方に向かって移動しながら射撃する。
敵は二人の動きに対応できていない。
一本道だ。
狭い一本道。
それでも彼らに弾丸は命中しない。
その前に敵が確実にその命を終えていく。
そして。
最後の一人。
「……」
諦めたか、それとも動けないのか、男は小銃を握った腕を下に降ろして近付く二人を呆然と見つめる。
神谷真理は何の躊躇いもなく、速度を変えることもなくその横を通り過ぎ、拳銃で頭を撃ち抜いた。
周囲を確認し、二人は初めて目線を交わす。
二人同時に亜音速短小銃を地面に捨てる。
「さすがに少し疲れたか?」
カインのにやけ面に神谷真理も目を細めて少しだけ口角が上げる。
神谷真理の息もさすがに上がっている。
肩が上下し首筋に汗が溜まっている。
神谷真理は煙草を一本取り出してから箱をカインに差し出す。
カインも一本抜き取り、神谷真理が煙草に火を点けた後に火を借りて煙草に火を点ける。
一口吸って、そのまま小走りに進む。
カインは、小さく笑っている。
神谷真理も、悪い気分ではないような、仏頂面のままだが少しだけ柔らかい表情を浮かべている。
暫く進む。
通路の明かりは完全に消えて、薄暗い広大な空間に出た。
ここも恐らくは何かを格納していたのだろう。
床には何かを引き摺った跡と、埃の跡が残っている。
二人は足を緩めて、歩き出す。
周囲の安全を神谷真理が確認。
『バディから目を離すな』
無線機から管制官の声。
神谷真理は歩みを止めた。
カインが、彼の背後で歩みを止めた気配を感じた。
神谷真理は振り返らない。
ただ、頬に汗を一滴、落とす。
神谷真理は、振り返らない。
だが、カインはそうはしない。
「もう、気付いているだろ?」
カインは、そう言って彼の横に並んだ。




