『赤い稲妻』と『カイン』 ACT 09
日が完全に沈んだ頃、二人は目的地、ムハトグヴェルディ旧研究炉跡地へと辿り着いた。
見た目は平屋だ。
山肌中腹の斜面に沿うように建てられたその建屋は、見た目だけならコンクリート造りの箱がそこに置かれているように見える。
建物自体が半ば埋まっているのか、窓のようなものはあまりないようだ。
建物の左右にそれぞれ換気塔であろう少し背の高い建造物がある。
加えて、建物側面からは物資搬入用か地下に下るようにスロープが見える。
建物周辺には錆びてボロボロになった金属製のフェンスがあり、有刺鉄線が覆っている。
幾つかの部分だけは修繕の跡がある。
ここが既に打ち捨てられた施設なのだとすれば、それ自体がおかしい。
フェンスが繋がる部分は同じく錆び付いたフェンスがそのまま開閉できるようになっている門のような箇所があり、非常出口なのか小さな小屋のようなものがある。
そしてその門の所には、あの轍が続いていた。
加えて、大量の足跡。
月明かりの中でもはっきりわかるほどの足跡の数だった。
連中は、既に自身の姿を隠す気がない。
神谷真理は左目で、カインは暗視装置越しに周囲を確認する。
「時間の猶予があるかどうかもわからない。ここからは全て都度対応で行くしかない」
カインが言いながら小銃の弾倉下部を叩いた。
神谷真理も、同じような動作を行う。
無線。
『別動隊は既に戦闘準備に入っている。衛星映像より敵部隊がその施設に物資を搬入している所も確認。「稲妻」、お前には確実に山猫の血脈を止めてもらう』
神谷真理は、眼帯を着け直した。
「俺だけじゃない」
『……そうかもな』
神谷真理は端末を開いた。
画面の淡い光を手で押さえて漏らさないように注意しながら彼の見る画面には追加で送られてきた衛星写真と思われる施設の写真が映し出されていた。
「ここは元々は核物質実験施設だ。空調ダクトや配電経路からの侵入は防護の観点から難しいと考えるべきだ。非常口はセンサーなどが厳重であると想定される。残るのは、あの物資搬入のスロープ口だけ」
「最も目立つ場所だな。その時点で、敵は俺達を認識するだろう」
「ああ、敵は地下にいるとして、その時点で敵の全戦力が迎え撃ってくると考えるべきだ」
「そこにたった二人か。自殺行為だな。いくら『稲妻』がいても、俺は今、正直怖いぜ」
「……そう思うならお前は残れ。俺は一人でも構わない」
「馬鹿かお前は。いくら何でも勝てっこない。行くよ。核なんてもんをお前だけに背負わせてたまるか」
「もし、厳しいと思ったら別動隊と合流して護ってもらえ」
神谷真理は歩き出した。
施設を遠巻きに半周し、山肌を登る。
建屋が埋まった斜面を登り、建物の屋根に上る。
身を伏せ、確認すると監視カメラの類は少ないらしく、死角は多かった。
屋根の縁部分にフックを掛けて銃を構えて下を見る。
監視カメラには映らないことを確認し、降下。
建物の壁を歩き、ゆっくりと下っていく。
スロープ部分まで来ると頭だけ出して内部を確認。
人影、カメラを確認。
どうやらカメラは破損しているようで朽ちた金具が役割を果たせず辛うじて繋がった配線で中空にぶら下がっていた。
監視という趣旨は、あまり持ち合わせていないようだ。
二人は頷く、カインが銃を構えてスロープの先の通路を警戒。
神谷真理が先に地面に降り立った。
神谷真理がクリアリングを開始すると同時にカインも地面に降り、神谷真理の肩を叩いた。
二人は足音を殺して進み、施設内部へ侵入した。
二人の頬と首筋に汗が伝った。
緊張感が伝わる。
敵の拠点にたった二人で侵入するのだから当然だ。
迎え撃つのと、迎え撃たれるのとでは迎え撃たれる際は少人数である方が圧倒的に不利だ。
囲まれれば逃げ場はなく、数で押されれば押し潰される。
敵は、想定でも大隊規模。
二人の二百倍の戦力だ。
カインの小銃を支える左手が、震えていた。
歯も震えているのか顔付近からかちかちと何かが擦れるような音も聞こえる。
神谷真理は、ため息を吐いた。
「ケイン、お前やっぱり帰れ。震えているようじゃ死ぬぞ」
「馬鹿野郎。ならお前だけ死ぬことになるだろう。バディだ、一人で死なせるかよ」
カインは言って、口元に流れた汗を拭った。
神谷真理はそんなカインの背中、戦闘服のフード付近を掴んで彼の体を揺らした。
「勝手にしろ」
「ああ、勝手にするさ。俺はもう、書類通りに戦うことは捨てたんだ」
二人は歩みを止めず進む。
スロープを下りきると、重い金属扉が現れた。
だが、開いている。
やはり車両も通れるようだ、扉の向こうはシャフトになっている。
恐らく改造したのだろう、乱雑に破壊されて拡張された床面は深く下っている。
照明がないため底が見えないので小さい瓦礫の破片を拾い、落下させる。
音は2秒ほどで帰ってきた。
「大体20mか。ラぺリングでギリギリか。『稲妻』、俺から先に行く。援護してくれ」
カインが暗視装置を装着しながら言った。
「情報によるとこの下は施設運営当時はロビーなどがあって、配電室などのインフラの管理階のようだな。実験室などは地下二階、降りたら配電だけ確認してすぐに地下二階に向かう」
「わかった」
神谷真理が銃を構えて階下に銃口を向ける。
カインはそれを見てフックを固定、降下を始める。
カインが着地したのを確認し、神谷真理も降下を始めた。
その時。
扉が閉まる音が響き割った。
重い金属扉が軋み、ゆっくりと閉まっていく。
神谷真理は始めた降下を止めるでもなくむしろペースを上げて降下していく。
「嵌められたな」
神谷真理は何てことないように言いながらロープを回収した。
「敵の方が一枚上手のままか。だが、ここからは巻き返そう」
カインは言いながら頭を振った。
顔に汗が浮かび上がっている。
口では色々言うが、この状況に追い込まれてしまっている。
「カイン、無理をするな。どこかで隠れていてもいい」
「くどい」
「……この階では車両が行き来するスペースはない。ここより先にシャフトは降りれるようだな」
「探し出そう」
カインは歩き出した。
神谷真理もため息を吐いて歩き出す。
「せめて俺の後ろにいろ」
「……わかった」
カインは歩く速度を緩めて、神谷真理に先を譲った。
神谷真理は何を言うでもなく施設内を進み、配電盤を確認。
細工らしいものは特にない。
付近には増設したのだろう周囲の環境にはそぐわない最新の物理サーバーが点滅していた。
ついでに地下一階をぐるりと見回りし、罠や監視カメラなどの類がない事を確認する。
そして止まらず地下二階へ。
階段があり、そこから下っていく。
人の気配があった。
神谷真理は階段の中ほどで止まり、カインを制した。
「ここからは戦闘になる。退くなら今だぞ」
「バディを置いてはいけない。言っただろ。一緒に世界を救うんだ」
神谷真理は顔を少し伏せ、考える。
だが、すぐに頷く。
「死んで後悔するなよ」
神谷真理は安全装置を解除した。
「もうしてるよ。ずっと前から」
神谷真理は階段を一気に飛んで下り、その先の部屋に飛び出した。
照明がついている。
内部はプールになっている。
酷い匂いだ。
元は核実験の炉だったようだ。
元々はそこに水が張ってあり、器具や燃料の冷却に使っていたのだろう。
今は既に水を抜いて久しいのか錆び臭いにおいが充満している。
近くには最近まで使った形跡のある器具や作業台が無造作に置かれている。
杜撰さが窺えた。
部屋内部は広い。
天井が高く、作業用のクレーンレールが走っている。
そして何より、武装した大勢の人間がいた。
「敵襲!」
敵兵士の一人が叫んだ。
それと同時に銃撃戦が開始された。
部屋を駆け回るようにして銃撃を行う神谷真理に遅れてカインが部屋に入って来た。
器具に身を隠し、そこから射撃を行う。
神谷真理の動きの速さに敵は混乱しカインの侵入にはまだ気付いておらず、その間にカインは三人の敵を倒した。
だが、ざっと見ただけでも敵は二十を下らない。
二人で、かつ、遮蔽物も少ない状態で二十人を相手にするなど現実的ではない。
一人十人を倒す計算になる。
敵もすぐにカインに気付き応戦を開始、カインの攻勢が弱まった。
神谷真理は敵の銃撃を地面を這うようにして走り回避して戦っている。
銃で戦っていながらまるでナイフ戦かのように極近距離で、目の前に現れた敵から順に脇に挟んで短く持った仏陸軍小銃で撃ち抜いていく。
その独特な戦い方に敵は対応出来ずにいる。
その隙をカインが突いて確実に数を減らしていく。
敵の練度自体、神谷真理には遠く及ばない。
カインでも十分戦える。
だが如何せん数の差が大きい。
それに敵はどうやら追加で入ってきているようで、減らせど減らせど現れている。
死体が、増えていく。
まだカインの精神状態で長時間の連続戦闘は厳しい。
神谷真理は少しだけ速度を上げる。
一気に敵に踏み込み咄嗟に銃口を付きだした敵の腕を取って背負い投げて旧炉内へ落とす。
振り返った所で敵の銃撃。
首筋を掠めて通り過ぎた弾道を辿って神谷真理は照準し、敵を認識しているのか疑わしいほどの速度で銃撃の主を撃ち伏せた。
そしてそのまま一気に踏み込んで炉の角を飛び越えてそこにいた敵を踏み倒す。
それに驚いて振り返った敵に回し蹴りを放ち、旧炉内にまた落とす。
踏み倒した敵も同様に腹部を蹴って落下させる。
三人が落下した。
次に接近してきた敵の懐から手榴弾を抜き取り、入れ替わりに左手で抜いたナイフを突き刺す。
踏みつける形でナイフを抜き、口で手榴弾のピンを抜いて旧炉内に放り投げる。
すぐに仏陸軍小銃を握り直して銃撃を再開。
ヘッドショットで二人が倒れた。
敵からの銃撃を膝の力を一気に抜いて倒れる事で回避し、膝を折った地面に仰向けになったような姿勢で反撃、無力化する。
反動をつけて起き上がり、今度はナイフを投擲。
カインの方に接近していた敵の首筋にナイフが突き刺さった。
倒れた敵から小銃を奪う。
初段を排莢し、弾倉を確認。
槓桿を引いて射撃を開始。
弾丸の節約だ。
木製の銃身に歯噛みしつつもしっかりと命中させて敵を二人撃破。
再び敵の懐から手榴弾を抜き去り敵が入ってきていると思われる入り口に投擲。
三秒後に爆発し扉の陰にいた敵の悲鳴が木霊する。
「カイン! 進入路を撃ち続けろ!」
返事もせずカインは即座に対応。
敵の新たな侵入を阻止する。
残った数名を神谷真理は拳銃に持ち替えて一弾倉分を一気に使い、殲滅する。
薬莢が地面を転がる音だけが、最後に響き渡った。
手榴弾を投げた入口も、人の気配は無くなっている。
入口に向かって神谷真理はスライドがロックされた拳銃を向け続ける。
完全に気配が消えたことを確認して、彼は新しい弾倉を差し込んだ。
カインも遮蔽物から出した顔で周囲を確認した後、新しい弾倉に交換する。
生き残りがいないかを確認しながら二人は合流した。
「敵は俺らがこのタイミングで来ることを知っていたようだな」
「監視カメラもあった可能性はあるしな」
「いや、だとしても時間的猶予はそこまでなかったはずだ。ずっと待機していたようだ」
「……考えすぎだ。そこまで暇人じゃないだろう」
神谷真理は近くに倒れた兵士を蹴って仰向けにさせる。
苦しむ時間もなかったのかただ驚いたよな表情のまま固まったその顔を見る。
「ロシア人じゃないな。例のジョージア民兵か」
「ま、ここいらじゃ珍しくはない。民兵も行くところまで行けば食い扶持求めて核兵器ってわけだ」
「……地下通路と列車で戦ったあいつがいない。レヴァン、何とかって奴だ」
「あいつは……相当な手練れだな。何より、お前を出し抜いたんだ。俺じゃ勝てない」
「弱気だな」
「事実を言っただけだ。あいつは、レヴァン・ベリゼは、相当強い。戦闘能力だけなら頭張ってるセルゲイ・オルロフの方が高いだろうが、レヴァンは知略に長ける。あの通路でも俺らが出し抜かれたのはあいつの計画だろうさ」
「詳しいな。対策はあるか?」
「難しい事は考えるな。あの手の奴は結局ぶん殴って倒すしかない」
「……身も蓋もない」
神谷真理は煙草を咥えた。
カインが火を差し出してくる。
「ていうか、敵はどこに行った? 見取り図では、ここが最下層だが。このプールが一番広い所で、奥は薬剤や機材の保管室だ。そう人が隠れられるところもないはずだ。お前が調査していた頃に何か話あったか?」
「いや……だが想定した大隊規模には当然遠く及ばない。今倒したのはせいぜい30人。残り370人……。また、隠し通路か?」
「……」
神谷真理は煙草を一気に吸い込んで、握りつぶした。
「探すぞ」
「ああ言わなきゃよかった」




