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『赤い稲妻』と『カイン』
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『赤い稲妻』と『カイン』 ACT 08

『「稲妻」、これからお前達は再び戦場に向かう』


 輸送ヘリ内のスピーカーから管制官(コントローラ)の声が聞こえる。

 神谷真理は装備を確認しながらそれを聞く。


『お前が通路と列車上で戦闘になった男は山猫の血脈メルコス・サフラヴィシの副官にして参謀、レヴァン・ベリゼだ。ジョージア民兵の精鋭だ。敵はこちらの行動を予想していたようで、想定外の人員配置でもってお前達を妨害した。取り逃がしてから七時間ほどが経過しているが、足取りの完全な把握には至っていない。が、目撃情報や活動範囲から推察するに山猫の血脈メルコス・サフラヴィシはムハトグヴェルディ旧研究炉跡地を拠点にしていると思われる。お前達には、ここに潜入、核兵器の有無、行使方法の有無の確認並びにその阻止にあたってもらう。施設内の情報は後程共有する』


 神谷真理は弾倉と弾倉をブラックテープで巻きつける。

 それを数個繰り返す。

 仏陸軍小銃のいくつかのパーツにもブラックテープを施す。

 肩紐を調整し、首と肩に通す。

 肩に押し付け、照準。

 調整する。


『敵は核物質と発射システムの取引を阻止された事で直接的な行動に出る可能性が極めて高い。迅速な対応が求められている。二人には、今度こそ任務を達成してもらう。本作戦は全世界が注目している』


 拳銃を抜き、点検。

 異常はないことを確認。


『繰り返すが敵は核兵器を使用する可能性がある。ジョージア並びに周辺国は厳戒態勢への移行準備に入った。つまり、核兵器を始めとした迎撃(・・)準備が開始された』


 神谷真理は背中から狙撃銃を取り出す。

 スコープ、ボルトを点検し、スコープのレンズ周辺にテープを巻きつける。

 レンズを完全に覆った後にナイフの切っ先で穴を開け、それを整える。


『この任務は重大な国際問題に発展しかかっている。次の大戦のきっかけになりかねない。失敗は、許されない。君達に先行して応援の二個中隊が既に目標地点周辺域にて待機。君たちの任務状況次第で直ぐに戦闘を開始する』


 神谷真理はカインを見る。

 カインも点検を終えたようで拳銃をホルスターに差し込んだ所だった。

 二人は頷き、立ち上がった。

 ヘリが揺れた。

 着陸軌道に入ったようだ。

 高度が落ちているのを体にかかる重力が変異したことから感じる。


『これより「山猫の血脈メルコス・サフラヴィシ」撃滅作戦を開始する。「稲妻」、君の幸運を祈る』


 ヘリが大きく揺れる。

 着陸したようだ。

 副操縦士が座席から離れて後部座席のスライドドアを開いた。


「幸運を?」


 首を皮肉気に傾げた副操縦士はそう言った。

 神谷真理は返事もせずヘリを降りる。

 カインもそれに追従。

 ヘリを降りた後すぐに地面に伏せ周囲を警戒。

 背後でヘリのドアが閉まり、ローターの回転数が上がる。

 離陸を開始したヘリが風圧を二人の背中にぶつけながら浮遊し、空に消えていった。

 風圧が消えたのを確認し、二人は立ち上がる。

 端末を確認。

 通知を開くとムハトグヴェルディ旧研究炉跡地と言う施設の見取り図だった。

 そしてそこに行くまでの衛生写真。

 時刻は、夕刻。

 日が傾いている。

 到着する頃には日は沈んでいるだろう。

 端末を確認し、時刻を確認。


「噂では、時計を一度見たらそれ以降は頭の中で数えているんだってな」


 カインが後ろからそう言ってきた。

 返事はしない。

 神谷真理は周囲を警戒しながら歩き始めた。


「2000ⅿ先にも狙撃出来るって本当か? 攻撃ヘリを撃墜したってのは?」


 神谷真理の後ろからカインが抑えながらも弾んだ声で聞いてくる。

 彼は無視して歩き続ける。

 周囲に人の気配などはない。

 当然と言えば当然ではあるが、神谷真理は周囲を見渡す。

 少し歩いて、地面を確認。


「轍だ」


「しかも新しい。かなり大型の車両だな。装甲車……いや」


「多連ロケットシステム」


「連中は長距離攻撃能力も有しているってわけだ」


「一両だけ、というのが引っかかる」


「金がないだけだろ」


 神谷真理の独り言のような問いにカインは轍に指を当てながら顔も上げずに答える。

 だが神谷真理は食い下がる。


「たった1両だけの編成はおかしい。轍も残り、痕跡から戦力が割り出されてしまう。運用するにしたって一度使用すれば再装填に20分以上かかるだろう。その間に迎撃されれば的にしかならない」


 カインが腰を上げた。


「おいおい、敵は非正規組織だぞ。予算がないだけだ。俺たちの常識を向こうが理解してないだけさ」


「いや、敵は明らかに高練度の軍事訓練を受けている。かつ、情報によれば今回の敵組織の頭は元ロシア軍特殊部隊だ。そんなへまをするとは思えない」


「だとして、今ここで考えて何になる。時間もないんだ。進もう」


 カインは首を捻って神谷真理に先を促す。

 一度轍を振り返り、頷いて歩き出した。


「気持ちはわかるが、まずは目的地にたどり着くことを考えようぜ」


 並んだ神谷真理にカインがそう言って彼の肩を揺すった。

 不服そうにしながらも頷き、神谷真理は無線を繋げる。


「着陸地点付近にて大型車両の轍を確認。多連ロケットシステム搭載のトラックである可能性がある」


『何両だ』


「一両だ」


『一両……。わかった。敵の長距離攻撃能力も加味して報告する』


 管制官も違和感を覚えたような声色だった。

 それでも歩き続けるカインに神谷真理は仕方なく着いていこうとして、立ち止まった。


「お前、今の俺の無線は聞こえていたか?」


「は?」


「いや、今思えば、ヘリを降りる時の無線にもお前は返事をしていなかったし、あの地下からの一件の時も、お前は管制官からの無線に一度も返事をしていない」


「……ああ、そういう。単純に俺には違う担当が付いてる。お前らは「あだ名付き」だろ。扱いが特殊なんだよ。俺からすればそっちの方が違和感だぜ」


 一瞬、眉根を寄せたカインがすぐに顔をほぐしてそう言った。

 確かに、そうかもしれない。

 カインは一度も、神谷真理と管制官とのやり取りに参加していないように思えた。

 だがそれは、カインが言うように担当が違うというだけなら筋は通る。

 しかし問題はそこではない。

 恐らく神谷真理もそう思っている。

 何故、バディなのに管制官を別ける必要があるのか、だ。

『あだ名付き』だから、と言うのであればバディもそうすればよかった。

『鯱』も今回の作戦前の調査には参加していたとミッチェルは言っていた。

 なら本来『鯱』が神谷真理のバディであるべきだ。

 しかしそうはなっていない。

 恐らく雰囲気的に別動隊にも彼は参加していないだろう。

 この任務、ただの核兵器阻止以外にも何か狙いがありそうだ。

 神谷真理は小さく頷いた。


「そうだな」


 カインも頷き、再び歩き出した。

 だが、それでも神谷真理はまだ違和感を払拭出来ずにいる。

 そもそも、と考える。

 地下で、敵は神谷真理の居場所を最初から分かっていたかのようだった。

 あの列車でも、乗り込んできたのは神谷真理だけと分かっているかのような動きだった。

 カインは、視界に入っていないのか。

 そもそもこの戦いの目的には神谷真理の撃破も含まれている可能性がある。

 たまたまなのか、前回のイタリアの任務にて彼の情報を得た何者かが山猫の血脈に情報を流したのか。

 理由はともかく、敵は神谷真理を目の敵にしている。

 それに、あの轍。

 金銭的な余裕と言うよりは、あの一両に意味がある様に感じてならない。

 神谷真理は、歩みは止めずにもう一度あの轍を振り返った。

 だが、当然そこには誰もいないし、その車両だってありはしない。

 栓無き事だと神谷真理は頭を振って無理矢理思考を放り投げる。


「一人で、国や雇い主と戦った時は、怖くはなかったのか」


 数歩先を歩いたカインが振り返ることなく、そう言った。

 神谷真理はため息を吐いた。


「またその話か」


 彼はそう言いながら煙草を取り出して咥えた。

 状況故、火を点ける事はないが、煩わし気に強く息を吸った。


「真面目に知りたいんだよ。大義のためにって言えば聞こえはいい。だが、大義なんてのは言っちゃなんだが型に嵌めるってことだ。法律だとか、常識だとか、良識だとか。そういうのが、世間では正義と言うんだ。俺たち軍人なら、「国を守る」だ。そのために軍に入り、銃を取る。そして、敵を倒す。いや、殺す。それが、今俺達がいる正義(・・)だ。だが、その向こう側には、違う形の正義(・・)がある。立場が異なるだけ」


 神谷真理は、止まらないカインの背中を見つめた。


「……最初の赴任はコソボだった。検問、降車、手を見せろ、撃つな――、マニュアル通りの仕事だ。旗が変わっても、同じ人間が同じ道を通るのを何度も見た。村の教会の鍵を預かっていた若い連絡役がいて、『平和維持軍が見てるから大丈夫』と言っていた。翌週、同じ道で撃たれて死んだ。俺は規則通りに発砲せず、規則通りに報告書を書いた」


 カインは、続ける。


「次はアフガンのクンドゥズ。順番は逆だ。先に爆発と砂埃と血の匂い。それから無線、問い合わせ、許可。IEDで飛んだのは、さっきまで隣で笑っていた隊員だ。通訳に何度も聞かれた。『あなたたちは助けに来たのか、見学に来たのか』と。うまく、答えられなかった」


 彼は、箇条書きの文字列を読み上げるように言った。


「KSKに上がってからは作戦は短く正確になった。夜間に入って、数発で終わらせて、すぐ離脱。救えた命もある。でも、報告書の数字のほうが重く扱われる夜が増えた。それでも、あの現場で失われる命よりも、報告書の文字にこそ重さが宿るあの夜にも、命令に従うのが軍人だと自分に言い聞かせた。なのに心はそれだけでは納得していなかった」


 神谷真理は、咥えた煙草を手に取った。


「山で年寄りに言われた。『国は遠い。冬は近い』。要するに、上の“正しさ”は現場から離れているってことだ。実際の任務では、寒さや恐怖の中で隣にいる人間をどう守るか、そればかり考える。……今の組織に入ってしばらくして、お前の噂を聞いた。国を相手にしてでも部下の仇を討った『あだ名付き』。普通ならいかれた奴だと笑い話にして終わらせるべきなんだろうさ。ほとんどが笑うか、気味悪がった。だが俺は笑えなかったし怖がることも出来なかった。そこまで出来た理由は知らないが、その選択に、俺は納得(・・)した。正義って、これなんじゃないかって」


 カインは振り返った。

 神谷真理は立ち止まる。


「『稲妻』、お前は怖くなかったのか。国や雇い主を敵に回してでも“やる”と決めたときだ。作戦でも、誰かが決めた法律でもなく、誰かの命令でもなく、まして良識でもない、自分の判断だけで引き金を引くのは、怖くなかったか」


 カインのその目は、揺らいでいた。

 だが、芯のある眼差しだった。


「答えてくれ、『稲妻』」


 カインはそう言って、口を閉じた。

 神谷真理は、彼から目を離し、夜空を見上げた。

 しばし悩み、神谷真理はため息を吐いた。


「……何でそれが出来たのかなんて、わからない。だが、ただ俺も、納得(・・)出来なかった」


「……」


「あいつらは、何のために死んだのか、国のため、いや世のために戦ったあいつらは、死んだ後は誰にも語られない。どこかで死んだ誰かなんて、国の奴らも政府の奴らも知らん顔で平然と生きていた。死んだ誰かの上に生きているとは、国民は考えてはいない。気付いていない。気付かないから考えないのか、考えていないからいつまでも気付かないのかはわからないが、あいつらの死は、永遠に語られない。何より、あいつらが死んだ後も、俺が、俺だけが生きていること自体、俺は許せなかった。誰も動かない。誰も助けてはくれない。正義は、世にある常識や法律は、命どころか、俺の部下の、俺を守るために戦った部下の名誉すらも、守ってはくれなかった」


「……辛かったな」


「俺に出来る事は、あいつらの死が無駄ではなかったと証明することだけだった。あの部隊の、唯一の生き残りである俺が、あの時戦った敵を倒し切ることがその方法だと信じて」


「それが『復讐の虎(ヴェンジェンスタイガ)』事件……か。だが、あの時の戦いはジャッカルの部隊だ。ジャッカルは、今や世界で最も脅威とされる存在。ヴィンラディンだとされているが9.11同時多発テロ、4.15ボストンマラソン爆破テロ事件の実際の主犯格はこのジャッカル隊の当時のメンバーだと断定されている、世界中が目の敵にしても尻尾を掴めなかった。それを、倒し切るだと? 出来ると、そう思っているのか?」


 カインの表情が強張った。

 目尻を痙攣させ動揺しているのを浮き彫りにさせている。


「出来るか、出来ないかは考えていないのかもしれない。ただ、やるしかない。やるべきだと、そう考えた」


 神谷真理はカインに向き直った。


「ジャッカルは、俺が必ず殺す」


 信じられないと言った風にカインは神谷真理を見る。

 神谷真理は、その目を真っすぐに見た。

 カインは、耐えきれずに目を逸らした。


「……お前が、お前こそが本来あるべき人の姿なのかもしれないな。何かではなく、誰かのために戦う、か。国のために戦うなんてよりも十分に正当だ。あの頃の俺には、出来なかった。二十三歳で、そこまで辿り着けるものなのか」


 カインは言って、小銃を背中に回してから右手を差し出した。


「お互いの事を多少知れたんだ。改めて、バディだ」


 神谷真理は、短く鼻を鳴らしてカインの右手を掴んだ。

 握り返す神谷真理を確認し、カインは神谷真理の肩を左手で叩き、手を離した。

 そしてカインは言った。


「じゃあ行こう。世界を救いに」

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