『赤い稲妻』と『カイン』 ACT 07
目を覚ました神谷真理は体に大量の管を通されていた。
真っ白の空間で、等間隔で鳴る電子音だけは響いている。
余程の防音性なのか、全くと言っていいほど他の音がしない。
神谷真理は薄く霞む視界で周囲を確認する。
右側で心電図らしき機械が音を発しているのを確認。
その更に上、寝ている神谷真理の頭側に当たる部分には金属の棒があり、そこには点滴の袋が吊るされその袋から管が神谷真理の腕に伸びていた。
周囲には誰もいないようだ。
だが、足側を確認すると奥に扉が見えた。
扉にある磨硝子に誰かが言い争っているような影が映っている。
神谷真理はため息を吐いた。
まだ、頭が混乱しているようだ。
『おはよう「稲妻」。調子が悪そうだな』
そんな時、頭上でそんな声がした。
ベッドにあるスピーカーから声が出ているらしい。
あの、管制官だった。
その声に弾かれ神谷真理はその体を起こそうとした。
だが、両腕の脇付近をベルトで拘束されており少し浮かせたところで体は止まってしまった。
『焦るなよ。すぐそれは取れる。悪いが、お前にはすぐにまた動いてもらうことになる。お前にとっては、悪いかどうかはわからないが』
変わらずへらへらと減らず口を叩く管制官に神谷真理はため息を吐いて体を再びベッドに沈ませる。
「あの後、どうなった」
『気絶しているお前を別動隊が回収した。お前のバディがその後逃げた男を追跡したが発見出来なかった。線路の先を確認したが何処にも繋がってなかった。元々途中で別の移動手段に切り替わる予定だったんだろう。あれから四時間、核物質の消息は、まだ不明だ』
「……取引先を制圧出来たのなら直接的な脅威は減っているのか?」
『だとしても核物質の漏洩は大問題だし連中は予てより兵器売買に多大な関与を疑われている。核兵器、この場合の発射装置を保有、あるいは開発している可能性は十分以上にある』
「もしあいつらが核を使ったらどうなる」
『……アタッシュケースのサイズ感から推定し、プルトニウム自体はおよそ3~4㎏って所か。それが二個だ。最新式の構造を再現出来るとしたら、約10キロトン級相当の威力を出せる想定だ。』
神谷真理が目を瞑った。
『爆心地から半径約150m以内は火球にのみ込まれ、高温で一瞬にして蒸発する。圧力20psiを超える半径500m圏内では、コンクリートの建造物は粉々に崩壊し、生存の可能性は絶望的だ』
管制官は続ける。
『更に1.5㎞までの範囲では、主要構造物が破壊され、屋根や壁が吹き飛ぶ。窓ガラスは砕け半径5㎞先まで吹っ飛んで、二次被害で死傷者が溢れかえる。その上、爆発直後の強烈なガンマ線・中性子線被曝で、1㎞圏内にいた人間は即死する』
神谷真理は目を開く。
「そして、放射性物質を更に広範囲に撒き散らすわけだ」
『ああ。地表爆発なら、放射性物質はキノコ雲を通じて風下15㎞以上に降り注ぐ。フォールアウト区域では、数時間以内に致死線量に達し、数か月~数年にわたる土地汚染と内部被曝のリスクが残る』
神谷真理は深いため息を吐いた。
『一国家が、滅ぶと言ってしまっても、何ら過言ではない被害を生むだろう』
神谷真理は、再び目を瞑った。
「俺は、いつ動ける」
『すぐに動いてもらう。肋骨はまた離れてしまったが周辺に注射をしている。ほぼ麻酔だ。普段通りには動けないと思ってくれ』
「銃が撃てるなら戦える」
『バディも変更無しだ。再び、ジョージアに飛べ』
その言葉のタイミングで部屋の扉が開いた。
白い服を着た職員が数名現れる。
「良いか? 肋骨が折れているのを忘れるな。これ以上の無理は肺への影響も残す可能性が大きい。自覚しろ」
恐らく医師であろう白衣の女性が神谷真理に顔を近付けて言う。
目尻の尖った、眉毛の無い女性。
口元はマスクをしているため見えない。
覇気のようなものを感じる。
「ベルト、外してやれ」
言われた職員が頷き神谷真理の脇のベルトを外す。
「行った傍から」
医師が体を起こそうとした神谷真理の額を押さえつけた。
「まだ点滴外してないだろ。良いと言うまでそのままだ」
医師が神谷真理の額を押さえ続ける。
「本当にお前、死ぬぞ」
医師の言葉に神谷真理は目だけ動かして彼女を見る。
「もう、一度死んでいる」
医師は、その言葉に息を呑んだ。
目もとが激しく歪む。
「馬鹿かてめえ。だったらなおの事死ぬことを一番理解してて然るべきだろ。何を死に急いでやがる」
職員が点滴を取り、心電図のケーブルも外した。
医師が神谷真理の額から手を外した
「答える義理はない」
「クソガキが」
体を起こした神谷真理はベッドから立ち上がる。
医師は、止はしなかった。
「着替えならそこだ」
医師がカーテンを開けると小さな机があり、そこに神谷真理の戦闘服が置いてあった。
彼は返事もせず着替え始める。
「核物質か、この組織で核物質を止める程の重要な任務は久しくなかった。そこに新人であるお前が向かうことになるとはね。これも因果か。死線なら誰も心配はしないんだろうが」
医師は独白する。
「お前が何と言われようと私達はお前を未だ信用出来ていない。相当強いとは聞いていたがこの様だ、大丈夫か?」
神谷真理は鼻を鳴らした。
着替えて、神谷真理は医師を振り返る。
「お前たちの信用など求めていない。俺は、目の前の任務を果たすだけだ」
今度は医師が、鼻を鳴らす。
「失敗したんだろうが。粋がるなよ小僧」
そんな嫌味に神谷真理は答えず、歩き出す。
「本気で死ぬぞてめえ」
背中に今度は強くその言葉が投げつけられた。
振り返らず、彼は言った。
「ジャッカルを殺すまで俺は死なん」
そのまま部屋を出る背中を見ながら医師は呟く。
「ジャッカル……?」
部屋を出た神谷真理はそのまま歩き続ける。
その横に一人の男が並んで歩き出す。
「生きてまた会えてよかったよ。『稲妻』」
振り返るとそこにはカインがいた。
迷彩服を着た彼は既に装備を準備していた。
その右手には、神谷真理の装備も含まれていた。
小銃、拳銃、狙撃銃と他各種装具などを受け取り歩きながら身に着けていく。
そうしながら神谷真理はカインの腰を確認する。
左腰にガスマスクの袋、右腰に暗視装置、後腰の左右にそれぞれ爆薬と拳銃が装備されている。
視線に気付いたかカインが笑った。
「早速やってみたぞ。慣れるまでは少し下半身が重く感じそうだな。だけれど、肩の負担が減った。走りやすいな。後でいい固定方法とか教えてくれよ」
神谷真理は鼻を鳴らして歩く速度を速めた。
通路を抜けて建物の外に出るとそこには既に、輸送ヘリが待機していた。
「リベンジと行こう『稲妻』。国を救うんだ」
そう言って彼は先にヘリに乗り込み、振り返って彼に手を差し伸べた。
神谷真理は無視してヘリに乗り込もうとしたが、立ち止まり、一瞬の逡巡を見せた後カインの手を掴んだ。
握り返すカインのその手は、力強かった。




