表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAD NAME  作者:
『赤い稲妻』と『カイン』
62/62

『赤い稲妻』と『カイン』 ACT 06

『「稲妻」、連中は山を下りようとしている。低い山だ、すぐに市民のいる場所まで辿り着いてしまうぞ』


 無線から管制官(コントローラー)のへらへらとした声が聞こえる。

 眼帯とネックウォーマーを着け直して、神谷真理は走る。

 彼の足が地面を蹴るたびに土が後方に飛散し、彼の脚力を物語っている。

 息も乱さず走っているがその速度は装備の重量を考えると信じられない程に速い。

 その少し後ろをカインが走って追従する。

 彼は何とか付いてきているといった風だ。

 暗視装置を外した額には汗が吹き出し、頬に向けて流れている。

 息も乱れ、掠れた空気の漏れる音を喉から漏らしている。

 だがそれでも神谷真理に追従できるだけの胆力を見せる彼もまた、体力的には極めて優秀だ。

 しかし、その差は明らかで、徐々に二人の距離は開いている。


「お前本当に人間か!」


 神谷真理の後ろでそんな苦し紛れの声が響く。

 敵の車両、正確にはその尾灯はまだ見える範囲だ。

 ある程度は整地されているが舗装まではされていない山道だ、向こうもそこまでの速度は出せないのだろう。

 神谷真理としてはもう少し速度を出したい。

 だが、カインを置いていくわけにはいかない。

 軍人はバディとは常に共にいることが鉄則、加えて管制官からも離れないようにと言われている。

 バディと離れるななどとは基本中の基本故にわざわざ口に出す事でもないのに口に出して指示をした、という部分に彼も何かを感じたのか速度を上げずにいる事に耐えている。

 彼は背後を確認する。

 カインの上体が曲がり始めたのを確認し、舌打ちした。

 これでは確実に間に合わない。

 彼は速度を緩めてカインが追い付くまで待った。

 カインが彼と並んだところで足は止めずにカインの背嚢を抜き、担ぐ。

 何かを言うカインを無視ししてまた速度を上げる。


「……背嚢に物を入れ過ぎだ。暗視装置と、ガスマスクと携行爆薬も入っているな? 基本的な装備だが、これでは背中に負担がかかりすぎる」


「何だよいきなり。そんなの普通だろ」


「そうだな。ほとんど軍隊が必要物資を背嚢に入れる。緊急性の低いものから下にな」


「だから?」


「この任務が終わったら装備を腰に集中させる装具に切り替えろ」


「……任務が終わったら、ね。それどっちかが死ぬぞ」


 言いながらも先程よりはスムーズに走れるようになったカインと本来は反対に走りにくくなっているはずの神谷真理は変わらない速度で走り続けてる。

 尾灯と距離が開いてしまい神谷真理の表情が強張る。


「少し上げるぞ」


「ああわかったよ」


 二人の地面を蹴る力が強まった。


『別動隊、取引相手の制圧を完了した。だがもう街が目の前だ、大勢を送る事は出来ない。ここで止めろ』


「無茶を言う」


 神谷真理は小銃を構え、射撃を開始した。

 走りながら、撃つ瞬間ステップに切り替えて姿勢を安定させる。

 前回のイタリアで見せたサイドステップとは違い、前に進みながらの射撃、より難易度は上がる。

 だが彼の放った弾丸は正確に遠く離れた尾灯付近に着弾したようで、薄暗い木々の先で火花が散るのが見えた。

 神谷真理はそれを数度行う。

 だがそれだけでは車を止める事は難しい。

 尾灯は変わらずに走り続けている。

 神谷真理は舌打ちをして端末を開いた。

 走りながら画面を確認する。

 位置情報を見たようだ。

 地図だ。

 神谷真理は途端に進行方向を変えた。

 道から逸れて木々を突っ切って進む。


「おいおいどうした!」


 カインが慌ててついてくる。

 説明はしない神谷真理の背中にただついてくる。

 舗装されていないので進みにくい。

 木の枝が撓み、しなり、後方のカインがそれを避けるために神谷真理から更に数歩分距離を開ける。

 神谷真理の頬に汗が伝った。

 息が乱れ始めた。

 荒れた凹凸のある地面と木々を始めとした障害物が彼の体力と、走行速度を奪っていく。

 だがそれでも比較するとカインよりも圧倒的に速い。

 その速度のまま神谷真理は歩幅を広げた。

 助走のように。

 そして最終的には大股で踏み込んで飛んだ。

 その先には地面がなく、切り落ちていた。

 崖ではない。

 その下には道があり、未舗装の荒い道があった。

 その道目線で見れば、そこは低い壁だった。

 神谷真理はその壁を飛び降りた。

 彼はショートカットしたのだ。

 神谷真理をヘッドライトが照らし出した。

 彼は車に追いつくどころか追い抜いたのだ。

 着地すると同時に前転し車の進行方向の線上から抜け出す。

 神谷真理に気付いた車が加速し、神谷真理の横を通過するが神谷真理はその車体下部、タイヤ付近を集中して射撃する。

 タイヤに命中した弾丸が内部の空気を弾けさせ、タイヤが潰れる。

 バランスを崩した車体は傾き、神谷真理が飛び降りた壁に突き刺さって停止した。

 そこに連続して射撃する。

 特にガラス部分だ。

 当てやすい車体横、ドア付近を狙うと物資に当たる可能性がある。

 それを避けるためにガラスのみに集中して弾丸を浴びせた。

 弾倉を空にして拳銃に持ち替えて射撃を停止した神谷真理は数秒だけ薄く煙を吐き出した車を凝視する。

 動きはなく、人の気配も感じられなかった。

 カインが遅れて壁を降りて合流する。

 弾倉を交換して再び仏陸軍小銃に持ち替えた神谷真理はカインと共に車体にゆっくりと接近する。

 ドアを開き、内部を確認する。

 一人の男がそのドアと一緒に倒れ込み、地面に落下した。

 弾丸が二発首筋を貫通し、それが致命傷になったかほぼ即死のようだった。

 薄く開いた目には既に生気がなかった。

 神谷真理は車内を一瞥して舌打ちする。


(プルトニウム)がない。他の奴らもどこに行った」


『その車以外に動きは確認されていない。出し抜かれたな』


 無線から平坦な管制官の声。

 どうも他人事のような物言いだ。


「となると、どこかにまた隠し通路があったか、陰になっている部分に身を隠し俺らが通過するのを待っていたのかもな。ならあの地下にいたままだったってことだ」


 カインが言いながら端末を開いている。

 神谷真理は頭を振る。


「今から戻って捜索するか?」


 カインが神谷真理が背負った自身の荷物を受け取ろうと手を出す。

 神谷真理は荷物を彼に渡しながら答える。


「いや、ここまで十分以上経過してる。その間待機している理由は連中にはないはずだ。徒歩で移動した形跡はなかった。他に道があり、かつ、核を持っても負担にならない移動手段は何がある?」


「車を除けば、航空機か」


「地下施設から離陸するなんて非現実的だ。ヘリの場合はなおのこと出口に困りそうだ」


『なら、電車か?』


 管制官が何の気なしに言った言葉に二人は顔を見合わせる。


『ん?』


「始発はまだ、だよな?」


「当然だ」


 神谷真理は眼帯を外した。

 耳を澄ます。


「管制官、あの地下施設は確か元は防空壕だが、それよりも前は、地下鉄の廃ホームの遺物だったと」


『……ああ、そう記録にはあるな』


「電車の音だ」


 二人は走り出した。

 遠くから、電車の走る音が微かに響いている。

 カインにも聞こえたか舌打ちをする。


『衛星映像で旧線路を確認。地図にも載ってないし木で空からもほとんど映らない。映像でも意識してみないとこれは無理だな、地元の人間だけが知ってるって奴だな。増援を送る。合流後再追跡してくれ』


 二人は走る。


「おい! 今度こそ俺を置いて行けよ! ここから先はルールよりも優先するべきことがあるだろ!」


 カインの叫びに神谷真理は返事もせずに加速した。


『バディから離れるな「稲妻」!』


 管制官の制止を無視し、更に加速する。

 電車の音が近付いている。

 木々を抜けて、浅い斜面を駆け上がり先程の施設の出口が遠くに見える位置まで来た。

 一気に地面が沈んだ箇所に出た。

 そこは、砂利で整地された地面だった。

 7mほどの幅の細い道路。

 その丁度中心部には二本の金属の長い棒が埋め込まれている。

 線路だ。

 神谷真理はそこで再び耳を澄ませる。

 左を向くと巧妙に木々の枝や葉を重ね合わせて偽装された大きな穴があった。

 木々が風で揺らぎその向こう側に空間があるのを露見させている。

 神谷真理は右に向き直り走り出す。

 砂利道には下りずにその上の地面を走る。

 少しすると偽装の木々を撃ち破って金属の塊が現れた。

 古い汽車を改造したのだろう、漆黒の車体の四角い車体が木々をまき散らしながら線路を走る。

 応援は間に合わないと判断して神谷真理は更に加速する。


『無茶だ!』


 神谷真理は地面を蹴ってその体を空中に投げ出す。

 約三秒ほどの滞空を経て彼は汽車の天板にその足を付けた。


『噂以上だな! 何を考えているんだ!』


 管制官の声に余裕がなくなった。

 それはそうだ。

 四両編成の汽車に飛び乗ったのだ。

 敵がいる場所に単身で。

 彼は仏陸軍小銃を構えて汽車の天板を走る。

 その後、いや、音を追うように車内から銃撃が始まった。

 弾丸のいくつかが天板を貫通してくる。

 神谷真理でも天板越しの銃撃の回避は難しく、体を数回掠っていく。

 三両目から二両目に移動しようとしたところで車体を攀じ登って敵が現れた。

 四人。

 下からの攻撃も続いている、彼は止まるわけにはいかなかった。

 彼は反撃を開始する。

 まずは左の手前にいる一人に銃撃し無力化。

 まだ登り切っていない右側の敵の手を足で払い除けて汽車から落としこれも無力化。

 銃撃を開始した奥の二人の弾丸を地面に足から滑り込んでから起き上がりに一人を銃床で殴り付ける。

 怯んだ隙にもう片方に射撃、撃破。

 振り返る勢いのまま左手で残った一人の敵の顔面を掴んで押し退ける。

 バランスを崩した敵はそのまま車体の向こう側に倒れ、丁度現れた木の枝に攫われて短い悲鳴と共に消えていった。

 そして勢いを消さずに再び走り出す。

 だがさらに向こうから敵が攀じ登ってこようとしているのを確認し、彼は進路を変更。

 車体天板に作業用なのか金属の細い棒が打ち付けられているのを確認。

 それに飛びつきさながら鉄棒運動のように勢いを付けて回転し、車体側面の窓を蹴りつけた。

 ヒビが入って割れたガラスを殴り付け、人一人分が入れるだけの穴を作った神谷真理。

 だがその更に左側の窓、一両目の窓の向こう側から彼に拳銃を向けている男を確認した。

 あの地下通路で戦闘になった男だった。

 男はにやりと笑って発砲。

 神谷真理は咄嗟に片手を離して身を捩らせた。

 だがそれでバランスを崩してしまい危うく落ちかける。

 右手で握っていた車体の突起部分から手を滑らせてあわや地面にスライスされる寸前まで行ったが何とか堪える。

 直ぐに左手で車体を掴み、体勢を立て直す。

 覆面を付けた敵が神谷真理が空けたガラスの穴から彼が落ちたのを確認しようと顔を出した。

 その頭を掴んで力のままに腕を振り回す。

 たったそれだけで床から足を離してしまった敵は頭の重さに引かれるように地面に落下して、後方に流されていった。

 神谷真理はその敵と入れ替わるように車内へ侵入した。

 車両と車両の連結部分の空間のようだ。

 そこへ一人、またマスクをした男が飛び出してきた。

 神谷真理にナイフを突き立てようと逆手に持った切っ先を向けてくる。

 それを掴んで止めて敵の腹部に膝蹴り。

 手首を捻ってナイフを奪いそれを敵の首筋に突き立てる。

 絶命した敵を壁に放り投げる。

 そこに軽い金属音を響かせ地面を転がる球体を確認。

 手榴弾だ。


「くそったれ」


 神谷真理はそれを蹴り飛ばす。二両目後方に飛んで行ったそれは二秒後に爆発した。

 古い車両を無理矢理改造したであろう車体の床はそれだけで歪曲し、穴が開いた。

 その歪みが車輪にも影響を与えて。

 車体が跳ね上がった。

 二両目の後部が跳ね上がった事で三両目が浮いた。

 脱線だ。

 車体が激しく踊り狂い、神谷真理の体をシャイカーのように振り回す。

 そしていよいよ神谷真理の体は窓を突き破り、車体から放り出された。

 車体は完全に脱線し、地面に倒れ込んで滑っていく。

 奇跡的に押し潰されることを免れた神谷真理は地面に強く打ち付けられて転がった。

 勢いを失い停止したその車体の陰からアタッシュケースを二個持った男がふらつきながら現れた。

 神谷真理は霞む視界でそれを見る。

 男は、あの男は、神谷真理を確認し、首を振って背を向けた。

 去っていく背中に彼は手を伸ばしたが、彼の意識はそれ以上は保てなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ