『復讐の虎』と『あだ名付き』達:ACT 4
2日後。
ミッチェルから武器庫へ案内してもらって武器を受け取った神谷真理はAWMを背中に、HK416Fを胸に負い、M9を腰に、ナイフを後ろ腰に、それぞれ装備する。
予備弾倉は無し。
受け取った一本の弾倉をそれぞれ差しているだけ。
これしかないと言われた。
ないよりはましだと彼は装填し、槓桿を引いた。
頷くミッチェル。
神谷真理が頷き返すと彼は歩き出した。
「今は古い屋内射撃場にいる。地下だ」
ミッチェルの言葉に少し、神谷真理は焦る。
地下は人を隠す、押さえつけるにはいいかもしれないが逆に言えば、そこに入る神谷真理も、押さえつけられることになる。
たった一瞬だが彼らの狂気性を十分感じている彼はその背中に冷や汗が伝っていた。
「98人が揃った状態だ。さすがに全くの未知の状態で会わせるのは私も恐ろしかったのでね、時間を空けた。その代わり、全員の記録を確認したね?」
歩きながら言うミッチェルに神谷真理はああと返事をする。
「繰り返すが彼らほぼ全員が重犯罪者だ。まともな人間はいない前提で思った方がいい」
「わかっている」
その証拠に彼の冷汗は首筋にまで広がっていた。
しかし時間は待ってはくれない。
地下射撃場の入り口に差し掛かった。
振り返ってアイコンタクトで合図をしてくるミッチェルに神谷真理が頷くと扉が開かれた。
入口のすぐ手前には5名の歩哨。
他周囲にはぐるりと空間全体を過去組むように200人ほどにはなるかと言うほどの隊員がそれぞれ銃を持って立っていた。
そこの中心に『彼ら』はいた。
それぞれ手錠足錠で繋がれている。
中には拘束着とガスマスクのようなものを着けている者もいる。
神谷真理は見渡しながら思い出す。
あれは確か記録上では『破壊』の名で記載されていた。
他には手錠ではなく、檻だ。
見るからに堅牢な太い金属棒で建てられた檻に、人間なのかわからないほどに黒く汚れた『何か』がいた。
胴体に包帯らしきものが巻かれているのが色合いの違いだけで分かる。
それほどに汚れて真っ黒の体。
しかしそれでも異質なのは、その顔だとわかる部分が、笑っていることだ。
地面に、いや檻の中の床にまるで犬か何かのように体を折り畳んで寝ている『それ』はしかし、口角を限界まで吊り上げて『笑って』いた。
意味など分からない。
しかしただ、笑っている。
目尻は一切笑っていない。
その目が、神谷真理を見ている。
何も見えていないかのような空虚な目で、彼をまっすぐに見ている。
背筋が震えたのを神谷真理は感じていた。
あれは記録上では『不明』の名で記載されていた。
そこにはただ一言こう書かれていた。
『何もわからない』と。
出自も不明。
年齢も不明。
情報が何もない。
ただ言えるのは周囲に吐き出す雰囲気は尋常な狂気ではない。
相応に離れているはずの神谷真理でもその雰囲気に気圧されそうになる。
その謎の存在が今、彼を見ている。
檻の中から彼をまっすぐに見つめている。
貼り付けたような、ただ口角を上げて眼だけは一切笑んでいない笑顔で彼を見て、ゆっくりとその顔を上げた。
犬のように寝ているその姿勢で顔だけ上げて、離れた位置にいる神谷真理に向けて、その犬歯を見せる。
唸る。
まるで威嚇するかのように。
本物の獣のように。
喉を鳴らして、明確な敵意を彼に向ける。
「目を合わせると危険だ」
ミッチェルが肩を抱いたことで吸い込まれそうになっていたことに神谷真理は気づく。
あまりにも異質な存在に、意識が持っていかれそうになっていた。
頭を振って意識を逸らし、周囲を見る。
見渡すと集められた者たちが皆吟味するように、神谷真理を見ている。
その目は一言で言えば、皆狂っていた。
怒りか、殺意か、あるいは絶望か、また愛情か。
それぞれの、とにかく歪んだ感情がそれぞれその目には宿っている。
多くの人間はそれを「狂気」と、そう表現するだろう。
その中の一人が言った。
「お前はなんだ? 憲兵さんよ」
伸ばした赤い髪を乱雑にポニーテールにした男だった。
手錠をかけられたまま列から男は現れ、その姿を露わにした。
赤く染められた髪。
右頬から鼻にかけて三日月の刺青。
どこまで性格が歪めばそこまで醜く笑えるのかと聞きたいぐらいの歪んだ笑顔。
「憲兵?」
神谷真理は現れた男に向かい合う。
白い髪を短いが同じくポニーテールにして、頬に傷のある神谷真理。
相対する特徴を持つ二人が向かい合う。
「そうだろ? 顔は隠しているが、他の奴らと同じ迷彩服だ。それにくそ真面目な雰囲気だ、憲兵だろ?」
赤髪の男が歪んだ顔のまま言う。
そして神谷真理の顔を指さす。
「取れよ。顔を見せろ」
ネックウォーマーや眼帯の事を言っているらしい。
少し考えて彼はネックウォーマーと眼帯を外して見せる。
赤髪の男は鼻を鳴らした。
「なんだよ。どっちか分かんねえ顔しやがって。だが、いい顔だ。何があった?顔はナイフか、首は、火傷か? いや皮膚じゃない、もっと深く、飛んだか?」
神谷真理は自身の首を触る。
ざらりとした感触。
他の場所とは全く異なる感触。
酷い、火傷だった。
とても見ていて気分のいい物ではなく、心が痛むほどに深い火傷だった。
神谷真理は首を振った。
「言いたくないか」
笑う赤髪の男を神谷真理は改めて見る。
見た目も奇抜だが、周囲に放つ雰囲気は禍々しいの一言だ。
小動物ならそれだけで死にかねない程に妙な殺意を放っている。
敵意ではなく、殺意。
敵対しているのではなく、ただ殺す意志だけを周囲に放っている、そんな感じだ。
少なくとも、関わりを持ちたい対象ではない。
「憲兵ではない」
「そうかよ。草持ってるか?」
「……煙草なら」
「何でもいいさ。背広はこっちの話を聞かないし迷彩服も同じだ。お前は他と違うな。名前は?」
神谷真理は煙草を取り出して咥えさせる。
火を点けてやると彼はさぞ旨そうに紫煙を吐き出した。
「名乗るな」
ミッチェルの声。
振り返ると彼は静かに首を振っていた。
「お堅いことで。じゃああっちは?」
「あっち?」
「皆なんかお前らが勝手につけた名前で呼んでいるだろ。俺は『フランスの暴風雨』だなんて呼ばれている。お前は? お前にはないのか?」
振り返るとミッチェルは少し悩ましい顔をする。
が、五秒ほどして二度頷いた。
「『復讐の虎』、らしい」
「ヴェンジェンス……英語だな。確か、仕返し的な意味か。お前誰と喧嘩したんだ?」
その時武装した男が二人の間に割って入った。
赤髪の男を列に戻す。
その時にふと神谷真理は、先日誘導の職員を踏み殺したのはこいつではなかったかと思い出す。
嫌な奴と会話したなと彼はため息を吐いた。
再び整列させられた彼らの前にミッチェルと共に神谷真理は立つ。
ミッチェルが口を開いた。
「繰り返しになるが君達は知っての通り『あだ名付き』だ。新しい制度の第一期生だ。前回説明したように、君達は相応の大罪を犯し、受刑中だった者たちだ。出所を条件に、本制度へ参画することを承認した」
赤髪の男が煙草を器用に口だけで吸いながら神谷真理を悪意のこもった顔で見てくる。
その後ろから髑髏のマスクを着けた男も彼を見つめていた。
「今は皆、拘束着だが、この後私服を戻す。個室も用意する。それは後からだ。もう少し辛抱してくれ。本題はここからだ」
神谷真理はメンバーを見渡す。
手錠を掛けられた者、中には檻に入れられた者もいるが、それを数えてみる。
違和感。
「99人しか、いない……?」
ミッチェルが一瞬神谷真理を見たが彼は説明を続けた。
「君達の仕事は戦闘員。君達が持つ適性を配慮した作戦行動に当たってもらう。そして彼が……」
ミッチェルが彼を手で差す。
「君達の隊長になる男だ」
1人が言った。
「まだガキだ」と。
そしてミッチェルは続ける。
「二日後、君達は初任務に行ってもらう」