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『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』
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『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』ACT 15

 任務を終了した神谷真理らがヘリに乗り込んだことを確認し、ミッチェルはため息をついた。

 イタリア国内での警護任務とは言ったが実際は警護ではなく、撃破が主軸となってしまった。

 それも街中での銃撃戦も発生した。

 外部からの依頼で、それも初回でこうなっては次回以降の外部依頼は少なくなりそうだ。

 ミッチェルは目頭を押さえる。

 周囲では事後処理を開始するために慌ただしく管制官達が動き回っている。

 しかし、悪い結果ではなかった。

 現地にて活動を開始した職員からの連絡で、天幕内の大量の金属ケースの中身は間違いなく炭疽菌であることが判明した。

 炭疽菌は人命を危険に晒す重篤な感染症を引き起こし、過去にもテロに使用された実績がある。

 河川などに使用されれば重大な経済的損失を受けることになっていた。

 その意味では、間違いなく彼らは多くの人間を救った。

 それを評価して、今は良しとするべきなのだろう。

 ミッチェルはため息をついた。

 その時。


「ため息ばかりついているね。ストレスと癌は密接な関係があるとも言われているんだから気を付けないと」


 ミッチェルは一瞬、呼吸を止めて、またため息をついた。


「作戦司令部に勝手に入られては困るよ、『悪魔の王(ルシファー)』」


 さも当然のようにそこに立っている『悪魔の王』。

 彼はミッチェルの言葉になど気もくれず勝手に机に備え付けられた画面を操作する。

 映像を再生しているようだった。

 それは、神谷真理がヘリに向かって狙撃をした際の映像だった。


「この前ヘリを撃墜するところを見たが、あれはまだ理屈が通っていたよね。キャノピー部分の金具を撃つ事で破損を狙った。撃墜ではなく、それによるアクシデントが狙いだった。だが今回は明確に致命傷を与えての撃墜。それも後部は気流が乱れやすく、弾丸を正確に当てる事なんて余程の数学者でも厳しいはずだ。彼の左目、空気が見えている(・・・・・・・・)という私の説は間違いでもなさそうだね」


 満足げに笑う『悪魔の王』。

 ミッチェルはそれには何も答えない。

 代わりに話を別のものに変える。


「君は極東支部に移動になったはずだ。何故ここにいる? 好き勝手に移動されては意味がないんだが」


「好き勝手に移動しても最終的には処罰もされないのが『あだ名付き』だろう? 『復讐の虎』、いや『赤い稲妻』の任務と聞いて飛んできたよ。現に面白いことになっているじゃないか。炭疽菌か。経済的な打撃は計り知れないね。それに大統領の暗殺阻止。被害は多かったかもしれないが功績としては十分じゃないのかい? 浮かない顔は似合わない戦果だと思うけれど」


「外部の任務の初回で、ということが問題だ。実績がない状態で民間人にまで被害を及ぼす可能性を生んでしまった。責任はすべて私がとるが、それでも、彼らが責められる可能性は十分にあるし今後の彼らの実績づくりにも影響があるだろう」


「ああそういうことか。彼らの今後を憂いていた訳か。いい上司だね。ああ、そうだ、私の今回の目的は少し違うんだった」


 そう言いながら平然と画面を操作し続ける『悪魔の王』。

 もちろんデータの保存などがされていないかは目を光らせているが、今はただ、映像を無造作に切り替えているだけのようだ。


「『最終防衛線(FDL)』、なんだか最近きな臭いね」


 何の気なしに言う『悪魔の王』の言葉にミッチェルは背を震わせた。


「君はどこまで情報網を広げたんだ」


「知人に電話をたくさんしただけさ。……『愛国者』、滅んだはずの彼らの気配が未だに残り続けているのは何故だ? 世界を裏で操作しているとまで言われた頂上の存在だろう? それは件のAWB戦の後、『死線』が撃破したはずだ。だが、まだその影響力は失われず、残り香を放ち続けている。それに、エラ、愛国者精鋭部隊隊長の娘。これも数か月前に『死線』の弟子である『夜明け(рассвет)』に接触し、戦闘に発展している。その後の消息は不明。だがこれも、『愛国者』が生き残っている証拠とも言える」


 ミッチェルは何も答えず、部屋の反対側にある大きなモニターを見ている。

『悪魔の王』は続ける。


「『原始(オリジン)』、最後の『あだ名付き』とされている彼女は今どこにいる? 彼女だけは、どこに移動になったのか、いつ移動したのかの記録も証言も一切得られていない。彼女だけ異常に保護されているように感じる。その理由は何だい? ……答えないのならそれでも構わないが、だがこれだけはYESかNOだ。答えてくれ」


 ミッチェルは目線だけ彼に向ける。


「『(FOX)』を知っているか?」


 ミッチェルは目を瞑った。


「『(FOX)』は『原始』の祖父に当たる人物だという情報を得た。それは本当なのか?」


 YESかNOかと言いながらも彼は答えを待たずに話し続ける。


「私には、これらの事件すべてが、この『(FOX)』に行き着くように感じてならない。同じ道を辿っているように見えるんだ。いや、模倣しているように感じるんだ。心当たりはない?」


 ミッチェルは目を開き、ため息をついた。


「これだけは言っておく」


「うん?」


「『(FOX)』という名を気安く口には出さない方がいい。君程度では、触れてはいけない。飲み込まれるぞ。君が思っている程、世界は簡単ではない」


 ミッチェルの顔が『悪魔の王』に向かった。

 それを見て、彼は、一瞬だけ顔を強張らせた。


「君も怒ることがあるんだね」


 言って、彼は笑った。

 ミッチェルは、笑わなかった。


「君をそこまで思わせるほどの存在だということだけでも収穫か。だが今の君のご執心は『赤い稲妻』だろう? 今後彼はどうなっていく? どうしていくつもりだい? 『愛国者』を倒すために彼を用意しているようには、今は見えないが」


「君には何の影響もないことだ。そろそろ下がりたまえ。一般職員の邪魔になっている」


「そうか。それは望むべくじゃないな。退散するよ。でも、また来るよ。次はコーヒーが欲しいかな」


 彼は、勝手に来て、勝手に去って行った。

 ミッチェルは目頭を押さえてまたため息を尽きた。


「ため息が多いな、少将」


 野太い、だが鋭い声が彼の背後から響く。

 声を聴いた途端、慌ただしく動いていた職員たちの動きが止まり、皆静止し敬礼の姿勢となった。

 ミッチェルも姿勢を正し、虚空に向かって敬礼を捧げる。


「皆ご苦労。仕事を続けてくれ」


 ミッチェルの横に並び、返礼をした男。

 職員たちは皆ゆっくりと仕事に戻っていく。


「君に『あだ名付き』の任務は適任だと思っていたが、荷が重ければ別の者にさせよう。何なら私でも構わん」


 ミッチェルが振り返るとそこには屈強な男が立っていた。

 濃い黒に近い赤のコートを羽織り、その下はしっかりと整えられた軍服を着ている。

 身長は190㎝を超え、太い腕を組んでいる。

 見たイメージは木の幹のようだ。

 傷だらけの手を口元にやり、考えるような仕草になる。

 その顔も、裂傷痕が数個目立つ。

 戦いの証だ。


「とんでもございません。私が何としてでもやり通して見せます」


「うん。よく言った。だが無理をするな。やり通すことは、一人で抱えるということではないからな」


「お気遣い、ありがとうございます。総司令殿(・・・・)


 ミッチェルは敬礼を捧げる。

 総司令と呼ばれた男はゆっくりと体の向きを変えてミッチェルに返礼。

 双方、完璧と言える敬礼だった。

 胸に見える徽章の数は、尋常ではないと言える。

 特殊課程の修了徽章はもちろん、従軍英雄徽章などが複数見える。

 それは、強さの証でもあった。

 総司令は腕を組み直し、言う。


「作戦成功というよりは、勝てた、という印象か?」


 周囲の雰囲気でそう判断したのだろう。

 ミッチェルは頷く。


「だが、まずは勝たねばならない。勝たねば、明日の世界を憂う事も出来ない。彼らはしっかりとやったんだ。肩に力を入れ過ぎてはだめだ。君はよく胃に穴を開けるから心配になる」


「『赤い稲妻』がいなければとっくに破綻している制度です。明日には決壊するのではないかといつもひやひやしています」


「それは気苦労をかけているな。だが、まだまだ他に問題点は多い。『あだ名付き』だけではなく、この組織の腐敗も改善していかねばならない。我々が主軸になって行くのだからな」


「となると、権限の委譲ですか?」


「そうだ。『最終防衛線』から権限の全てが移譲された。つまり、世界の命運を我々が背負うことになった」


「任期は?」


「二年。だがあってないようなものだ。どうせ自動更新だ。我々を作った同盟機関は、使い潰すまでは買い替えるという考えを持っていない。今まで下部組織、交代要員でしかなかった我々は、いや職員たちははっきり言ってやる気がない。未だに辺境の支部では職務放棄や差別、他不当行為が目立つ。唯一まだ健全さを保てているのはこの本部だけだ。それも、あくまでも比較的だ。これを改善していかねばならない」


「『あだ名付き』を各支部に送った目的はそれですか?」


「いや、それはまた違う話だ。彼らでどうにか出来るとは思っていない。だが、『赤い稲妻』には少し期待している。彼なら、彼に付いて行こうと思った誰かから、意識を変えていけるような気がするんだ。特にうちは、陸、海、空が他の軍隊と比べても仲が悪い。絶対の不干渉を決め込んだ組織なんて他にありはしない。だが、これだけの不仲を解消するのは言葉では不可能だ。軍人同士が同じ方向を向ける瞬間など、戦争以外にはありえない。今後は積極的に空軍海軍への要請を出してくれ。断られてもだ」


「了解しました」


「しかしなあ、ヘリにバイクで突っ込むとはな」


 手元の画面には『悪魔の王』が開いたままにしていた映像が流れていた。


「この時の彼に怪我は?」


「肋骨が三本折れていると」


「まともとは思えんな」


「全くです」


 二人して、少しだけ苦笑いを浮かべる。

 その時、一人の職員が近寄ってきた。

 敬礼を捧げる彼に二人で返礼する。


「お話し中に失礼します」


「構わん。何かあったか?」


 総司令が応じる。


「本作戦と同時に進行していたプルトニウム取引の件の報告です」


「ああ『(オルカ)』が動いていた件の。取引現場を目撃できたのか?」


「いえ、少将からご依頼のあった人物の動向調査の方です」


 総司令がミッチェルに顔を向けた後、一歩下がった。

 ミッチェルは軽く頭を下げて職員の話を聞く。


「言いにくいだろう。黒か、白か。それだけで構わない」


 ミッチェルの言葉に、一度深呼吸した職員は言った。


「黒です」


「……そうか。詳しい内容はそのファイルに?」


「そうです」


 ミッチェルは職員からファイルを受け取る。


「目を通しておく。ご苦労。少し休め。仮眠に行くと良い」


「ありがとうございます。しかし私にはまだ仕事が残っております」


「そうか。なら行きなさい。……ああそうだ」


「はい」


「あの男を知っているか?」


「と言いますと?」


「噂に聞くと姿を見せない妙な管制官がいると」


「ええ確かに。姿こそ見ませんが、辞令を出せば任務には必ず参加します」


「どうコミュニケーションを取れば良いのか教えてくれないか?」


「不要です」


「何だって?」


「恐らくもうこの時点で彼の耳には入っています。事例はそこら辺に置いておけばよいと聞いています」


「……情報統制的にそれはどうなんだ?」


「……私の立場では何とも」


「そうだな。引き留めて悪かった」


「失礼いたします」


 立ち去る職員を見送り、ファイルを確認するミッチェル。

 総司令も横からのぞき込んでくる。


「次の任務か」


「ええ。これも、『赤い稲妻』に向かわせます」


「肋骨が折れているのだろう?」


「それでも彼は、向かうと思います」


 ミッチェルは一呼吸置いて、続ける。


「核となればね」


 総司令も喉を唸らせる。


「彼にとって二度目の核か。彼は、相当な因果の下に生まれたな」


「いや全く」


 二人して、ため息をついた。


「骨折にはロキソニンとカロナール、どちらがよく効くのでしょうか」


「神経注射をしてやった方がいいのではないか少将」


 二人は、何とも言えない会話をしている。

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