『復讐の虎』と『あだ名付き』達:ACT 3
「あいつらは一体何なんだ?」
場所は変わり、兵舎。そこの四階踊り場でタバコを吸いながら神谷真理は門を見降ろしながら言う。
そこでは先ほど装甲車から降ろされた者たちが並ばされていた。
今は人数などを確認しているらしい。
「『あだ名付き』たちだよ」
「それは一体何なんだ」
少し苛立ったように声の調子を上げた神谷真理に頷き、ミッチェルは口を開く。
「彼らは簡単に言えば重犯罪者たちだ。終身刑、死刑、完全無期限あるいは未定。それぞれ考え得る刑罰を受けることが決定または受刑中だった者たちだ」
まあ見た感じ、カタギには見えないがと煙草の煙を吐き出す神谷真理。
「BCと呼ばれたグループ。君が先の戦いで共闘したFDLという組織にいたんだ。わかりやすく言えばドロップアウトした者たちだ。しかし彼らは強く、一般兵士と比べても戦績を多く残した。正規の人間には出来ない、型破りの戦闘スタイルだった。だから一部から、あるいは犯罪者を使用することで従来とは違うアプローチが出来るのではないか?という意見が出始めた。十年位前だがね」
「あまり頭がいい方法とは思えないが」
「もちろんそうだね。しかし現実として人手も足りていない。使える者は使いたいが完全な素人を使うと費用だけが掛かる。同じ費用を掛けるなら、最初から強い人間がいいと思うのは自然だね」
「ああわかったぞ。受刑者を選んだ理由は『金』か。受刑中にかかる『維持費』を、もったいないと思ったな?」
口をはさんだ神谷真理にミッチェルはそうらしいと苦笑いする。
「その中から戦闘能力やあるいは戦術的に優位性が高いと判断された者たちが選抜されたんだ。そうしたら戦闘力を上げる必要はない。時間も、金も浮くからね」
「要するに、過去に不良軍人が活躍したから似たようなグループを意図的に結成しようとしたんだな。そのメンバーは相当な悪事を働いた連中で、刑務所の費用なども考慮し長期受刑者や死刑待機者が選ばれた。ここまではわかった」
「他に気になる点が?」
「BCはドロップアウトと言ったな。なら元々はまともだった?」
「ああ元々はね。かなりの優秀な軍人たちだったと聞くが各々上層部に不信感を抱くきっかけがあったと聞いている」
「詳しくは聞かないがそれだとそもそも状況が違うぞ。あいつらは、闇落ちしたって顔じゃない。あれはどう見ても先天性だ。ていうかあいつら何をしたんだ? 強盗傷害や殺人を百回くらいやったとか?」
「大量殺人だとかは基本と思ってくれていい」
「それで基本? もっと上が?」
「一個軍隊や『国家』と戦った者もいる。『世界』と戦った者もね」
「テロリストってことか」
ミッチェルは端的に言えばと頷いた。
神谷真理は考える。
軍人には跳ね返りなどいくらでも存在する。
軍務に属しながらもしかし自我を捨てることなく生きる者。
抗う者。
逆らう者。
往々にしてどの時代、どの組織にも存在する。
不良軍人と言えばそれだけで済んでしまうことが多い。
程度こそあれBCも基本的にはその範囲だと思っていいと思われる。
それを過激に行動に移していたとしても歯向かうに至る理由が明確にあったのだろうから。
しかし下で並ばされている奴らはそうではない。
雰囲気でわかる。
あれは天性の、加えて先天性の狂人たちだ。
人を踏みしめて殺した奴を見て笑うなど、正気ではない。
そんな奴らをBCだとかいうベクトルが違うと言える連中を前例にして制度を策定したのだとしたら上層部は相当な間抜けか、あるいは、そうでもしないと戦えない「何か」を想定しているか、だろう。
そんな連中を受刑中の金を浮かすという副次的な目的もあり、強行的に実施されたのだとしたら相当な脳筋だ。
彼は煙草を吹かす。
「『あだ名』とはなんだ?」
「『ネームド』の概念は理解を?」
「まあわかりやすく言えば強い奴に与えられる固定のコールサインやコードネームと認識している」
「間違いない。しかし彼らのほとんどがどこかに属していたわけでもないので名前もわかっていないものがほとんどだ。故に彼らの犯罪行為の中で『識別名』が付与された。それを総称して『あだ名』として扱った。その形式を引き継いだ。1人1人それを持っている。君の『復讐の虎』もその一つだよ」
「その名前が付いた100人、俺を含めた100人の犯罪者を集めて、何をさせるんだ?」
「基本的には通常の部隊と変わらない。その難易度は、君が今まで経験した以上のものとなるだろうけどね」
それは困難な任務に向かわせていっそ屠るのが目的なのではないかとさえ思えてきたところで神谷真理は異変に気付く。
「100人いないぞ」
並べられたメンバーを数えると60人ほどだ。100人ではない。
「『あだ名付き』は100人編成じゃなかったのか?」
「全員を一度に集めると危険すぎる。中には会話が上手く成り立たない者も存在する」
「例えば?」
「そうだね。『不明』か、まだ連れてこれていないが。……人語を解さない」
「使用言語が違うのか?民族出身か?」
「違う。本当に人語を解さない」
彼は頭を抱える。
会話が成立しないではなく、人の言葉を理解しない……。
それではどうしようもないではないか。
「隊長と言ったな? なら何かあれば俺の権限で処罰を?」
「残念ながらそれは許容されていない。もちろん応急的な鎮圧、制圧はむしろしてほしいが、彼らの行動は基本的にすべて許容される」
「なんだって?」
「ルール、その全てを君達は除外される。人権の保護も失う代わりに君らは何をしても罪には問われない。そういう契約で来ている。君も同じだ。以前そこは説明したね」
「さすがに冗談だと」
「本気だ」
「ルールからの除外、それは本当にすべてか?だとしたらあんな奴らすぐに暴れ出すぞ」
「中にはそんな彼らを押さえつけるための者たちもいるし、一般隊員には治安維持隊もいる。それで何とか押さえつける」
「デメリットが多すぎる。何故そこまでして奴らを使おうとする」
「君達でしか倒せない奴らがいる」
神谷真理は顔を上げてミッチェルを見る。
その顔は、真剣そのものの表情だった。
頷く。
ミッチェルがしかしと言う。
「一人だけ例外が来る。君に処罰許可を一人だけを対象に与える」
「その『不明』か?」
「違うね。日本にいた君ならすぐわかると思うが、『巫女』と呼ばれた狂信者だ」
「巫女?」
「『悪魔の巫女』と、そう呼ばれている」
「何をした?」
「わかりやすく言えば宗教観の押し付けだ。彼女は自身の価値観や宗教観と違う人物を殺して回ったんだ」
「……随分と熱心だな。何人殺した?」
「わからない」
「わからないだって?」
「彼女は遺体を全て焼いて埋葬する。供養するんだ。だから活動したことが確認されている地域で行方不明者や発見された同一のやり方で供養された人物の数で判断するしかない。恐らく、4桁だ」
「狂ってるな。武器は?」
「銃を仕入れるコネはなかったらしい。ホームセンターとかで買った斧や鉈、鋸などで殺して回ったんだ」
「殺す対象の選別は?」
「完全に無差別。接した人間から選んだんだろう。だから被害者の特定も実質不可能だ。法則性が1個もないからね」
「軍事経験は」
「ない」
「化け物か」
「間違いなくね、他の者は言うことこそ聞かないが会話が成立することも多い。しかし彼女は別だ。聞いている。聞いたうえでその発言すらもまるで可哀想と言わんばかりだ。彼女は自分と違う価値観、宗教観を持つ人間すべてを可哀想だと考えているんだ。だから殺して、輪廻に戻してやり直させてあげようとしている」
「……死もまた救い、ね」
狂ってるなと彼は煙草を灰皿に押し付けて消す。
「で、そいつにだけ何が許可されるって?」
「状況次第だが射殺許可だ。彼女は言ったようにこちらの発言を聞きこそすれど受け止めてはいない。可哀想な人間が何かを言っている、程度のものだ。だから彼女がもし次、指示なき『活動』が見られた場合」
「俺に殺せと」
「彼女だけは本当に危険だ。他の人間が狂気性で動いているのだとしたら彼女は善意で動いているんだ。そういう人間は止まらない」
「正義の立場になると人間はそうなるよな」
神谷真理は頷いてもう一度彼らを見下ろす。
手錠に更に鎖を繋がれて連結されて列となった彼らが移動を開始した所だった。
また煙草に火を点ける。
「まずは会わないとな」
「そうしよう。まず君の部屋に案内する。そこに君用のノートパソコンがセットアップされている。そこから未到着の者も含めて全員の経歴が確認できる」
「いや、部屋は後でいい」
「うん?」
「武器だ。俺の狙撃銃と仏陸軍小銃はどこにある」