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『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』
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『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』ACT 01

 神谷真理は暗い部屋でプロジェクターでスクリーンに映し出されている画像を眺めていた。

 その画像を指揮棒でミッチェルが指し示している。

 周囲を見るとパイプ椅子が並んでおりそこには『フランスの暴風雨』、『イタリアの徹甲弾』、『アメリカの巨人』、『ロシアの白い悪魔』がそれぞれ座っている。

 ミッチェルが画像を映し出した。

 神谷真理は見覚えがあった。


「クィリナーレ宮殿?」


 上空写真だった。

 建物が長方形のような形ので繋がっていて、中は広場のようだった。

 外にも広場があり、道路も十分以上に広い。

 栄えた街のようだと窺がえる写真だった。

 神谷真理の独り言にミッチェルが頷く。


「そうだ。君たちの今回の任務はここで行う」


『暴風雨』が煙草に火を点けながら「てっきり寝てるんだと思ったぜ」と言った。

 神谷真理は鼻を鳴らした。

 神谷真理も煙草を咥える。

『暴風雨』が無言でジッポの火を差し出してくる。

 神谷真理は一瞬止まるが、同じく何も言わずにその火に煙草の先端を近付けて吸い込んだ。

 2人して煙を吐き出す。

 そうしながら神谷真理は考えた。

 クィリナーレ宮殿。

 イタリア共和国大統領官邸だ。

 プロジェクターに映し出されているのはその上空写真だった。

 イタリア共和国大統領の執務場でもあり、官邸、つまり自宅だ。

 自宅と言うと語弊があるかもしれないが、意味合いとしては間違ってはいまい。

 観光名所としても有名で、観光客がよく訪れ、内部中庭には予約制で見学も出来るイベントが定期的にやっていたはずだ。

 神谷真理は煙草の煙を一気に吸い込んだ。

 ミッチェルは続ける。


「今回君たちが行うのは警護任務だ」


 煙を吐き出す。


「対象は大統領」


『暴風雨』が「むふっ」と独特な声を出した。

 驚いて喉から音が鳴ったかのような声だった。

 ミッチェルは構わず続ける。


「先日、大統領への暗殺計画を考案中の過激派組織がいるとの通報があり、我々へ調査依頼が来た。本来こういう依頼は他機関(FDL)が受領するが彼らはAWB戦の損耗が未だ癒えていないので我々に白羽の矢が向いた。『あだ名付き』の主要国への実績作りとしてこれ程望ましい物はない。確実に達成してもらいたい」


 プロジェクターには一人の男性が映し出されていた。

 白髪の、眼鏡をかけた高齢男性。

 大統領だった。


「情報源は」


 神谷真理が聞く。

 ミッチェルは頷く。


「他公的機関諜報員の収集した情報と傍受した会話などから判断して、だ。敵は『奇跡の使途』を名乗る過激派組織だ」


 プロジェクターが切り替わり、数人の男女が映し出された。

 遠くから撮影された物らしく、皆目線はカメラにはない。


「彼らは世界への長期的な苦痛を与えることを目的としていて、数か月前にもインド付近の河川に重油を流し込もうとした事件を起こした首謀格だとして調査中と、危険度の高い組織だ。この件はたまたま居合わせたブギーマンと彼が雇っていた傭兵たちとて戦闘を行い、一部を逮捕したがブギーマンも負傷を受けた。右腕をやられたと記録にはある」


「ブギーマン?」


 神谷真理は煙草の灰を灰皿に落としながら聞く。


「君の自衛隊同期の彼だよ。あの、不良っぽい」


「は? あいつ今何してんの? あいつ今自衛隊辞めて大分経つだろ。なんでインドなんかにいるんだ」


「彼は最近色々な活動を始めたよ。その一環でテロに立ち合ってしまったんだ。AWB戦に参加した頃から彼の運命も狂ったと言えよう」


「ていうかブギーマンって何? 『あだ名付き』何人かもあいつに逮捕されてきたって記録にはあったが、そのブギーマンか?」


「そう、同一人物だよ。てっきり本人から聞いているものだと」


「そこまで近況報告し合うようなキャラじゃない。要するに、あいつまた軍人になったのね。どこの?」


「一条財閥の力を借りて私設部隊を編成したらしい。傭兵企業という名目でね。これ自体はごく最近だが……」


 ミッチェルは端末を操作して。


「海軍らしい。記録上では陸戦が多いらしいが」


 神谷真理は頭を抱えた。


「意味が分からん。あいつは何をしているんだっ」


「どちらかというと義賊のようなことをしているね。依頼を受けて悪人を少ない見返りで潰して回っている。その過程で敵から奪った物資や金銭は全て洗浄した上で寄付している。悪事を許さず、政界だろうとなんだろうと目にすれば戦いを吹っ掛けるその活動の結果、彼の周囲の政界者が「耳や目の届く範囲で悪事を働くと奴が来る」と悪事や汚職を働いた人間に警告する際に発したことがきっかけになってそれこそ『あだ名付き』に近い形で別名が付いたんだ。それがブギーマン。北欧の伝承だね」


「やってること五右衛門じゃねえか」


「ゴエモン?」


「ああなんでもない」


 神谷真理は明らかに不機嫌になる。

 ブギーマン。

 神谷真理の自衛隊時代の同期らしい。

 だが彼の口振りからして自衛隊自体は既に退職して長いらしいが、今では神谷真理の知らない所で独自の部隊を編成していると。

 人伝に聞く元同僚の話にしては濃密な内容だったことだろう。

 神谷真理は煙草を消してもう一本加える。


「一条財閥はなんだ? ああいや、答えるな。面倒臭い匂いがする」


「……そうか。まあ後日また本人と連絡を取ってみたらいい」


 神谷真理がそっぽを向くとミッチェルは話を戻した。


「繰り返す。まだ推測段階でしかないが前歴もあると判断されている組織である奇跡の使途が今回、イタリア大統領を暗殺する計画を立てていると見て警護任務に君達を就ける。イタリア大統領は三日後にフランス、ロシアの要人と会合を行う。その当日から二名が帰国するまでだ」


『暴風雨』が煙草を口で転がしながら声を出した。


「フランスっていや俺と『復讐の虎(ヴェンジェンスタイガ)』の古巣じゃねえか。要人って言ったが、濁してるだけでそいつは大統領だろ。俺は構わねえ。フランスに思い入れはねえ。だが『復讐の虎』からすれば元上司で、向こうからすれば反逆者の、犯罪者の一人だろ。鉢合わせはマジーだろ。さすがにそれは俺でもわかる事だがそういう気遣いも出来ねえか? え? 背広のおっさん」


『暴風雨』はその目を歪ませてミッチェルを睨みつける。

 空間が張り詰めた。

『暴風雨』は頬の三日月のタトゥーを原型がないまでに歪めてその顔に怒気を込める。

 今にも椅子に立てかけているSPAS(ショットガン)に手を伸ばしそうだった。

 ミッチェルもさすがにその雰囲気を受けて流せるほどの無神経ではないので首筋が痙攣し、汗が流れている。

 こんな会議室の一角でショットガンなど振り回されては一溜りもないだろう。

 ミッチェルは焦りを悟られまいと喉を鳴らした。


「確かに参加予定の要人は大統領だ。それはすまない。隠さず言う方が誠実だった。しかし君達二人が参加することは当然向こうは知らない。君達が接するのはイタリア大統領だけ。会合の時は君達は一度離れて外部からの警護という形を取ってもらう」


『暴風雨』はなおも不満気だった。


「だからって、こいつである必要を感じねえ。別の奴でもいいだろ。狙撃能力や警護能力が高い奴らは他にもいる。警護任務なら『幼女趣味』が適任だろ。『地獄の監視者』の五人なんて、元近衛兵だろ。警備ならあいつら程の適任はいない。なんでこいつに拘る。遠距離狙撃能力が高いのは認めるが、こいつは別の場所でスコープ越しに警護するのか?」


『暴風雨』はなおも食い下がる。


「いや彼にも大統領のそばで守ってもらう。『復讐の虎』には他に追従を許さないだけの屋内戦闘スキルがある。彼は突入、そして防衛の訓練を好成績で卒業している。十分にやれると信頼できる」


「大統領っていう最重要警護対象に優秀ってだけでまだそのジャンルを経験していない奴を就けるのか? 他の奴を選ばない理由は? 一般の隊員から選別しない理由は?」


「『あだ名付き』の実績作りが大きい。君達は外部の人間からの信頼を得る必要があると私は考えている。そのための一助になればと」


「誰が頼んだよ」


「私が決めたんだ」


 2人は双方を睨み合うようにしている。

 神谷真理は煙草を吹かしながらそれを見ている。

『白い悪魔』はそれを肴にするように酒瓶を煽り、『巨人』はおろおろとしている。

『徹甲弾』は「話長いなあ。最初の方もう忘れちゃったなあ」などと漏らしている。


「一般隊員を選ばない理由なんて『あだ名付き』と関わりたい一般隊員がいないから、しかないだろ」


 神谷真理ががそう言いながら煙草を灰皿に投げ入れ、次の煙草を取り出した。

『白い悪魔』が笑いを漏らした。


「他の『あだ名付き』を選ばない理由がねえ」


「もういなくなるからだろ。移動するんだよ他支部に」


「は? ……ああ、そうだったな」


『暴風雨』はそう言って煙草を吐き捨てた。

 本当に忘れていたかのようだった。

 ミッチェルがなるほどね、と頷いた。


「ならもう一度通知しよう。上層部の決定だ。『あだ名付き』は君達が本任務に出立後に集合し、3人~の班に別けて各支部に移送を開始する。世界中に分散して配置する。『あだ名付き』百人全員を同じ位置に置くことがあまりにも危険だとして、緊急的な、いや最終手段として被害の分散(・・・・・)を選んだんだ。少人数であれば最悪、制圧できるからね。ここ本部に限っては君らと他五名が残っている。先程から君が問いただしている他のメンバーを選ばない理由はまず一つ、「選択肢が少なくなってしまったから」。そしてもう一つが、「この場にいる五名を、『あだ名付き』の第一分隊、A(アルファ)チームとして運用することが決定したから」だ。このメンバーである理由は、それだよ。班だからだよ」


 神谷真理は深いため息を吐いて顔を伏せて首筋を力任せに搔き毟った。

 相当に面倒に思っている。

『白い悪魔』は「まあ、順当だね」と酒瓶を揺らす。


「なら最初からそう言えよ」


『暴風雨』は最後に吐き捨てて煙草を取り出した。

 彼の言い分もある意味では正しい。

 説明の順番の予定はあるかもしれないけれど、ミッチェルとしては話せる事やその順番には悩むところはあるのかもしれないけれど、これに至っては少し、不親切だったろう。


「次いでと言っては何だが、『復讐の虎』は改名となる」


 ミッチェルの言葉に全員が顔を上げた。


「まあ、正直今までもそう名前を呼びはしなかったけどね。呼んで『虎』くらいか。で、次はどう呼ぼうか?」


『白い悪魔』がミッチェルにそう問うた。

 ミッチェルが頷き、口を開いた。


「『復讐の虎(ヴェンジェンスタイガ)』改め、彼は今後、『赤い稲妻(レッドライトニング)』に正式に改名。以後は『あだ名付き』Aチームの分隊長としての任務に就いてもらう」

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