『復讐の虎』と『あだ名付き』達:ACT 2
早速もう四話目です!
どうぞお楽しみください!
「君には、99人の『あだ名付き』の隊長になってもらう」
ミッチェルの言葉に神谷真理は明らかにその雰囲気を変える。
目付きが吊り上がる。
「はあ?」
彼の怒気を込めたその声に空気が張り詰める。
煙草の灰が静かに床に落ちて毛の高いカーペットの一部を燃やし、鼻に付く匂いを放った。
彼はミッチェルを睨みつけ、しながら煙草を持っていない掌で左の頬の傷に当てる。
何かを隠すかのようだった。
「前もって言うと確実に断られるとわかっていたからね。君がサインをするまで隠すしかなかった」
彼はそう言って頭を下げた。
続ける。
「よくわかっているつもりだ。君が部下を持ちたくないという気持ちは。しかし、君にしか、この任務は任せられないと、私は、いやもっと上の者たちは考えている」
「もっと、上?」
ミッチェルは頷く。
この言い方は階級的な意味ではなさそうだと神谷真理は考える。
ミッチェルはしかし深くは説明せずコーヒーを一気に飲み干した。
「しかしだ。その前に基地を案内しよう」
「中途半端な。話の腰が折れている所ではない。骨折しているな」
「粉砕骨折くらいはしてるかな?」
「開放だ」
それは痛そうだと笑うミッチェルがそれでも立ち上がったのを見て彼はため息を吐く。
自身のリュックから薄手のネックウォーマーを取り出して着ける。それを鼻上まで上げ瞼から下は露出がなくなる。眼帯も装着しているので彼の素顔は右目だけ露出した状態となり、証明写真と同じ格好になる。
ミッチェルがそれを見て「忍者だ」と言う。
無視して煙草の火を消した。
「暑くないの?」
「暑い」
「外しててもいいと思うけどね」
「門を通るには邪魔だと思って外したがやはり落ち着かない。俺はこの傷をそこまで見られたいとも思えないからな」
「軍大学でもそうだったの?」
「ああ。髪を伸ばす許可もくれたしな」
「いい助教たちだったね」
「半年しかいなかった。語れることはない」
「ではテイラーは?」
「……知ってるのか」
「古い、古い仲さ」
神谷真理はミッチェルを見る。
ミッチェルはそれを真っ直ぐ受け止める。
「あいつとも半年しか一緒にいなかった。どうとも思っていない」
瞬間、神谷真理の眼帯の向こう側の左目が軽く痛みを発した。
疼いた感覚だ。
それに驚き一瞬顔を下ろした神谷真理にミッチェルが心配げな顔をする。
「移動の連続で疲れたんだろう。早めに案内してしまおう」
そこは明日ではないんだなと神谷真理は考えながら歩き出したミッチェルに付いていく。
執務室から出て廊下を歩き、また外へ。
「ここは大体幹部連中がいるね。基本的には佐官階級かな。まあ現場を好んでここには来ない佐官も多いけれど。ここは少なくとも今の君はあんまり来ることはないかな」
今出たばかりの建物を指してミッチェルが言う。
頷くとじゃあ次だとまた歩き出す。
「ここは整備場だね。車両、大型兵器、重機、または銃器。必要なら航空機の整備もする。この基地で最も大きい設備を持っている。自分でどうにかできないほどに武器が破損したらここに頼めばいい」
次に連れてこられたのは本当に大きい建物で、いや高いと言っていいのかもしれない建物だった。
縦にも奥にも長く、高く、シロナガスクジラだって何匹も入って住めるだろうというほどに広大な建物だった。
整備場なら設備的にもまあありえないでもないなと考えて神谷真理は頷く。
それを見てまたミッチェルは歩き出す。
「ここは技術部。整備場の部署とはまた違って、整備などはあまりせず、基本全部一から作っている。……ちょっと変わった人たちが多いかもしれないね」
整備場程もなく、むしろかなり小ぶりの平屋でしかないその建物の奥を見ると溶接か何かをしているのか火花が散っている。
その近くにはよくわからないものがたくさん立てかけられている。
人のサイズ程にもなるファンタジーゲームに出てきそうな剣。
人型の金属の塊。
同じく人のサイズ程の白い機械的な斧。
「あれはいったい?」
彼がそれらを指さして聞くとミッチェルはあ~と答えにくそうに言う。
「あれは全部別の組織の兵器だ。君がAWB戦で共闘したFDLと呼ばれる組織。その隊員の兵器だ。整備が今手が回らないらしくてね。代理で整備しているんだ」
「整備は整備場では?」
「あそこは一般的な整備だよ。あれは特殊な技術で出来ている。特にあれは輝夜くんっていう鍛冶師が作ったものだ。それをいじれるのは技術部しかいない」
「剣を?」
「君も剣を使う人間をついこの前AWB戦で見ただろう?」
「あれは刀だった。あんなデカい剣ではない」
「使う人間もいるってことで、今は気にしなくていい」
「いやさすがに気になりすぎるだろ」
他にもあの人型も、斧も気になるが、ミッチェルは歩き出した。
「ところで君は時差に気付けていなかったね。時計をあまり意識していないようだ」
「だから?」
「時差がなければ正確な時間で来れていたように感じて。日時計?」
「あんた一周回って馬鹿にしていないか?」
「してないしてない」
「数えているだけ」
「ん?」
「行動を開始する時にだけ時間を確認してそこから秒を数えて時間を把握している。任務中時計が使えなくなる可能性もあるからな。一年前くらいから意識してやるようにしたら癖になったんだ。時差は忘れていた。滅多にこんなことはないからな」
「ああ確かに。それが出来ると任務中、時間に追われる状況では有利だ。素晴らしい」
雑談しながらも進み、今度は違う建物へ。
「ここは兵舎。一回に武器格納庫があるよ」
ミッチェルと共に中に入る。
少し廊下を進むと武器庫がある。
一階には他に会議室や他部屋も多いようだ。
「そろそろ時間かな」
時計を確認するミッチェル。
「本当は他にも見せたいところがあるんだが遠くてね。車を使って移動するが時間がない。『他の者たち』が来たようだ」
ミッチェルが振り返ると門から輸送車が数台入ってきた。
いやただの輸送車ではない。
厳重すぎる程に補強された重装甲車だ。
それが何台も途切れることなくやってくる。
そして順次基地内で停車し、並んでいく。
そこを囲むように今までどこに隠れていたのか迷彩服を着た者たちがその装甲車を囲んでいく。
皆が銃を構えていた。
「あれは」
神谷真理が問う。
「『あだ名付き』達だよ」
装甲車の扉が開いた。
中から手足に枷を着けられた男女が一人ずつ降りてくる。
それを周りの迷彩服の者たちが銃を突き付けて誘導していく。
枷、手錠、足錠だが、それを着けられた者たちはあまり従順とは言えず、迷彩服たちに鋭い眼光を向ける者、歪み狂った笑顔を向ける者、虚ろに虚空を見つめる者。
特徴はそれぞれ違うが、皆、『普通』ではないことを感じさせられた。
一人の迷彩服が赤い髪の男か女かわからない者をせかすように小銃の先で小突いた。
瞬間振り返った赤髪が手錠を着けられたその両腕で迷彩服を殴打した。
倒れた迷彩服に飛び掛かりその顔面を両足で全体重を乗せて踏みつけた。
というか、乗っている。
迷彩服はその瞬間一切動かなくなった。
地面にぶつかった後頭部から地面を染める真っ赤な液体が流れていた。
周囲が慌しくなる。
手錠をかけられた者たちは皆楽しそうに笑っている。
囃し立てるように笑って叫んでいる。
迷彩服を踏みしめている男は何度も動かなくなったその顔面を踏みつけて楽しそうに笑っている。
それを抑えるために迷彩服たちが動き始める。
抱いた感情は、「狂っている」だった。
「あれの、何になるって?」
ミッチェルは頭を抱えながら答える。
「隊長だ。『あだ名付き』の、最高の『あだ名』を持つ者として」
ミッチェルは顔を上げて、彼を見て言う。
「『あだ名付き』No.1、国家反逆を起こした男、『復讐の虎』。君が彼らの隊長になるんだ」
お疲れさまでした。
次回もまた戦場で。