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『あだ名付き達』vs『Z』と『赤い稲妻』
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『あだ名付き』達vs『Z』と『赤い稲妻』:ACT 5.5

 ミッチェルは部屋に入ってきた『悪魔の王(ルシファー)』に、コーヒーを差し出した。

 彼は自分の部屋にいるかのように許可も取らず、勝手にソファーに座った。

 入室時のノック以外、何も常識的なことをしていない。

 しかしこれもこの半年で数度あったことだ、ミッチェルも突然の来訪に驚きこそすれ取り乱したりはしない。

 コーヒーを手に取った『悪魔の王』はカップから立ち上がる湯気を眺めて小さく微笑んだ。


「『復讐の虎』の本質はずば抜けた射撃能力から来ていると思っていた。しかし今回の戦いを見て思ったよ。彼も、やはり『狂気性(あだ名付き)』だ。あんな戦闘、そう見れるものか」


『悪魔の王』はコーヒーを啜る。


「狙撃や射撃に特化しておきながらしかし、あの場では彼は極近距離戦を選んだ。敵の囲まれる状態だ。普通じゃない。彼の目にはそれが出来るのだろうね。だが、それを実行する奴はそれだけで異常だ」


 一息。


「それに殺し方も異常だ。撃てば済むものをわざわざナイフや格闘で残虐に殺していた。見せつけるようにね。あれを見た時、正直興奮したよ。彼の背中には、強烈な『怒り』が見えた。美しいと思ったよ。しかし、あれは一体、何に怒っていたんだい? 妻の出産を邪魔されたから、では、どうも違う気がする。 私はあの瞬間の彼に『別人』を見た」


『悪魔の王』はコーヒーを一気に飲む。


「彼は、何人いる?(・・・・)


 ミッチェルは答えない。

 何も、言わない。


「まあ、プライバシーは配慮しないといけないからね。ゆっくりと探っていくよ」


『悪魔の王』はくくくと笑う。


「話を変える。『Z』に関してだ」


「……」


「今回の『Z』戦、敵には凄まじい狙撃手がいた。撃たれたのは『鯱』。彼が撃たれる瞬間を私も見ていた。被弾こそ免れたが、あれはわざと外したようにも見えた。正直そこも疑問だが、問題は射撃距離だ。私も音を聞いた。2000m以上離れた位置からの狙撃だった事は間違いない。.338ラプアマグナム弾だ。相当な腕を持った狙撃手だ。あまりスピリチュアルな話は好きではないんだが、私はあの時、『Z』に『復讐の虎』を感じた(・・・)


 ミッチェルの首筋に汗が伝った。


「彼と同じ、気配だ。凄まじい、狙撃手の目を感じた。ただの凄腕射手ではない。明らかに彼と同じ何かを持っている人物が『Z』には在籍している。我々はもう一人の『復讐の虎』を相手にしなければならないわけだ」


「……」


「彼のこの半年間の狙撃銃射撃の訓練は週に三千発以上。その全てを命中(・・)させている。一発も、外していないんだよ彼は。それだって、普通じゃない。全て命中、どんな狙撃手だって外した経験から当たる撃ち方を学んでいく。だが、彼の目は、左目は、最初からそれが見えているのか? 照準までの速度も以上に速く、正確。最初から弾丸がどう走っていくかが見えているかのようだった。今回の彼の二発目の狙撃、外したと思われていたあの弾丸は、命中していたんだ」


 ミッチェルは何も言わない。


「あの時響いた金属音は破片だ。弾丸じゃあない。彼の撃った弾丸は、敵の狙撃銃の上部を撃ち抜いていた。遮蔽物の鉄板に当たったのはその時に爆散した破片だ。マズルフラッシュ以外、敵の位置を探る方法はなかったはず。それを、たった一発の狙撃、その直後に撃っての命中、イカれてる」


『悪魔の王』は少し溜めて笑う。

 二本の指を立ててミッチェルに向ける。


「私が今回聞きたいことはこの二つ。『復讐の虎』の目と、敵狙撃手の正体だ」


『悪魔の王』は何も言わないミッチェルにコーヒーの追加を要求するようにカップを傾けて見せた。

 ミッチェルは返事もせずにコーヒーメーカーの所に移動する。

 すぐに抽出を開始して部屋に新鮮なコーヒーのにおいが充満する。

『悪魔の王』はその匂いを感じるように顔を緩ませた。


「異常に目が良いだとか、脳の処理能力の問題だと思っていたが、違うらしいね。もしかして、左目は、見え方(・・・)が違うんじゃないか? 私たちとももちろん、彼自身の右目とも。だから彼は狙撃時には左目を使う。……あるいは、使えない? あの眼帯には、何がある? もしかして、見え過ぎている(・・・・・・・)? だから普段は眼帯で抑えている? あの左目は、長時間使用には耐えられないのか?」


 聞きたいこと、と言いながら彼は一人で言葉を並べていく。

 自問自答するように語る彼の言葉にミッチェルは背中に汗を流す。

 シャツが湿っていく。

『悪魔の王』は顎に手を当てて考えている。


「近距離でそれを使わない理由はなんだ? 遠い方が見えやすい? それとも単に使用時間の制限が所以か? そう言えば前回彼と戦った時、彼が眼帯を取った途端私をすぐに発見したようだった。彼の左目は、どう見えているんだ?」


『悪魔の王』は考える。

 ミッチェルの存在を忘れているのではないかとすら思えるほどに考え込んでいる。


「音? 左目だけ音が見えている? 共感覚で感覚の共有や移乗、移行は割と観測された症状だ。しかし、いや、音じゃあない。 音だとしたらそもそも私を即時に発見できる理由にはならないし狙撃にも関係がない。もっと広く、または濃密に情報を得る必要がある。狙撃に置いて必要な情報……風向、湿度、温度、自転、敵との位置関係や距離」


 ミッチェルは口を挟まずコーヒーを啜る。

『悪魔の王』は考えて、顔を上げてミッチェルを見た。

 ミッチェルの首筋には汗が流れた。


「『復讐の虎』は、空気が見えている(・・・・・・・・)?」


 ミッチェルは、答えなかった。

 しかし、それは実質の肯定であった。

『悪魔の王』は口角を上げた。


「なるほどね」


 彼はコーヒーを気分がいいと言いたげにカップを揺らして攪拌させる。


「観測手がいないのにあそこまで遠距離狙撃で正確に撃てるのはそれか。彼自身が観測手だったのか。馬鹿らしいが、筋は通っている。どういう原理かはともかく、空気が肉眼で見えているのなら風向、風速もわかるのかもしれないし、温度や湿度は見え方が違うとかかな? ああ、そうか、音か。音は空気の振動、だから私の居場所がすぐにわかったんだ。彼が分かったのは音の方向か? 距離によって振動幅が変わって見えるのならそれで距離を割り出している。だから私をすぐに見つけたんだ」


 ミッチェルは椅子に座って端末を開いた。


「それで?」


「どちらかと言えば屋内潜入や突入にも特化していそうだ。それをあえて狙撃に生かしたのか。彼の左目を理解した誰か(・・)がいたのか? 相当な観察眼か、知恵を持っていたのだろうね。……少し見えてきたな」


 ミッチェルの背中は汗で濡れている。


「この師匠が誰かはともかく、しかし私が感じていることは一つだ。今回の狙撃手の視線、『復讐の虎』と同じような何かを見た気がすることだ。彼と同じだけの狙撃手なのは間違いないね。『Z』、彼らで勝てるのかな?」


 ミッチェルは答えない。


「あの狙撃の腕、加えて弾丸は.338ラプアマグナム弾。遅れて聞こえた銃声は『復讐の虎』と同じAWMだ。AWMの銃声は少し独特だからね、すぐにわかったよ。あれだけの実力を持つ狙撃手か、二人の狙撃手の激突か、あるいは。楽しみだ」


 端末を操作するミッチェル。

 その画面には神谷真理の左目の情報が表示されている。


 ・長い期間の観察、証言から判断した結果、彼の左目は色素のほとんどを認識できていないことが分かっている。

 ・その代わりに白黒の世界で空気を認識している可能性が高く、温度や振動を白黒の濃淡で判断していると思われる。

 ・それ故に本来測距機で得られる情報を彼は単独で入手でき、現役では実質唯一無二、単独での長距離精密狙撃を可能とした。

 ・しかしその特性には限界があり、右目は常人の視界と同じであるため脳は二重の視界を同時に処理することになるため非常に高負荷である。

 ・その高負荷に耐えられる時間は二時間が限度であり、それを超えると重大な頭痛を発し、戦闘継続が困難となる。

 ・左目の由来は別ファイル「4/15」に記載する。


『悪魔の王』の推測は、当たっている。

 色が違う、という部分だけが思い至ってはいないようだ。

 しかし問題は、ここに至ってはそこではない。

 神谷真理の狙撃の能力は確かに異質だ。

 その由縁は確かに左目にあるがそれだって自動的に当たるわけではない。

 本人の鍛錬があったからこその物だ。

 一番の問題点は、この『悪魔の王』がどこまで知っているのか? である。

 現状全てを知った上でさらに探りを入れている可能性や、知らない部分を補うために情報を引き出すためにミッチェルに口を滑らせることが目的である可能性もある。

 何より、敵の情報を探られては困る。

『悪魔の王』はある意味では最も読めない。

 いつ敵になってもおかしくない存在だ。

 他の者もそうだが、彼は特にそう。

 一人でも社会情勢全てを手玉に取ろうと思えばできてしまうのだ。

 それが、敵の情報を下手に得てしまえば、どちらに転がるかはわからない。

 彼からすれば、全て娯楽のようなものだ。

 ミッチェルは、神谷真理と『悪魔の王』との激突だけは、何としてでも避けねばならないと考えている。

『鯱』との激突の阻止は叶わなかったが、それは形の上では事なきを得たようだし『超新星爆発』はそんな人間性ではないし『蠅の王』はそもそも神谷真理とはあの戦いでは関わっていない。

 神谷真理の復讐戦と同時期に活動していた四人のうち、『悪魔の王』だけは、彼との接触を極力避けたいと考えている。

 彼は、神谷真理に『興味』という明確な感情を持って入隊してきた。

 その感情が叶う時、あるいは叶わない時、どのような影響をもたらすかなど予想も出来ない。

 ミッチェルの背中は緊張で汗だらけだ。

 胃も強烈に締め付けられて痛む。

 歯を食いしばりすぎて顎の感触がおかしい。

 ふくらはぎが今にも攣りそうだ。

 今も話す彼の顔は新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。

 これを買い与えては、決してダメなのだ。

「さて」と言って『悪魔の王』は立ち上がった。


「コーヒーご馳走様。また来るよ」


「せめて前もって連絡を寄越してくれると嬉しいけどね」


「そうだね。次はそうしようかな」


 出口に向かって、ドアノブを掴んで彼は振り返った。

 悪意のような嫌みのようなものを含んだ顔で彼は言った。


「次は、テイラー(・・・・)について話が聞けると私は嬉しいな。きっと、そのテイラーも、狙撃手(・・・)なんだろうね」


 部屋を出ていった『悪魔の王』に返事はせずにミッチェルは深いため息を吐いた。

 平静を装ってはいた。

 何度も彼と会話をしたがしかしそれでも、慣れない。

 あの彼から発せられる独特な悪意のようなものに。

 触れているだけで浸食されているような気持になる。

 自身の感情が、彼に引き付けられていくような感覚。

 魅力ではなく、強制力のような感覚。

 ミッチェルは右手で拳を作ってそれを左手で包んで杖のようにして自身の額を当てる。

 さながら祈るようだった。


「神谷君、君の戦いはこれからだよ。君の本当に大変な戦いは、これからなんだよ。『復讐の虎』、いや」


 ミッチェルは端末を操作する。

 そこには神谷真理のプロフィールが表示されていた。


「『稲妻(ライトニング)』」


 彼の『あだ名』は『復讐の虎(ヴェンジェンスタイガ)』改め『赤い稲妻(レッドライトニング)』と記載されていた。

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