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『あだ名付き達』vs『Z』と『赤い稲妻』
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『あだ名付き』達vs『Z』と『赤い稲妻』:ACT 4

『鯱』は髑髏のマスクを着けたまま舌を打った。

 敵の総数自体は、そう多くはない。

 しかし敵の後ろには中身が不明な生物兵器マークが刻印された金属体がある。

 下手に、撃滅のための攻撃が出来ない。

『あだ名付き』であっても、それはさすがにわかるようで攻撃が慎重になっている。

 戦線は徐々に後退し、敵、『Z』兵士との距離も近付いている。

『あだ名付き』以外の一般兵士にも被害は拡大している。

 近接特化の、特に『悪魔の巫女』などは最早地形の起伏などの遮蔽物に伏せて戦意を喪失している。

 それほどに状況は逼迫している。

『Z』が生物兵器を誇示しているのもあり、爆発物などが使えない。

 故に戦車などの運用が出来ない。

 それを分かっている相手は戦いながらも確実に一歩一歩進み距離を詰めてきている。

『鯱』は焦っている。

 確実に、このままでは圧し負ける。

 圧し潰されて全滅、それがもう目の前まで来ていた。

『鯱』は戦闘をしながら考える。

復讐の虎(神谷真理)』はここにはいない。

 彼は妻の出産に立ち会うために休暇を取っている。


「なあ、さすがにこれ負けじゃね? 『復讐の虎』の狙撃があればまだ状況変わったんじゃねえか?」


 誰かがそうぼやいた。

 確かにそうだ。

 敵の総数は多くない。

 しかし敵は自身の兵器を盾にしている。

 これを打開するには、正確無比な攻撃しかない。

 遠距離で攻撃ヘリキャノピーのパーツを撃ち抜けるだけの、精密な狙撃力を持つ狙撃手が必要だ。

『鯱』は『ロシアの白い悪魔』を見る。

 彼女が持つのはSVDという半自動狙撃銃。

 しかし精度はそこそこ、戦闘距離は中距離向け。

 400mを超えるとぶれやすい特性を持つ。

 それでは、恐らく厳しい。

 彼女もそれはわかっているようで、生物兵器を輸送している輸送車付近への狙撃は避けているのが目に見えてわかる。

 彼女も焦っているのか頬に汗が伝う。

 目線に気付いたのか『白い悪魔』は『鯱』の方を振り返った。

 彼女は、その目線の意味に気付いたのか首を振った。

『鯱』は、誰かが言ったぼやきに返事をする。


「知ってるだろ? 『復讐の虎』は嫁さんの出産があるから休みだ。いない者を当てにするな。そもそも呼べたとしても呼ぶべきじゃない」


「さっきもそれ聞いたよ。さすがに呼べなんて思ってねえよ。でもそれくらいじゃないと無理じゃないかって話。ていうか、知ってる? あいつ二十歳で結婚したらしいぜ」


「知ってる」


『あだ名付き』の中で小さな笑いが起こる。


「俺二十歳の時何してたかな。最年少が結婚してるって悲しくなるぜ」


「俺今何歳だっけ」


「お、こいつ俺より馬鹿だぜ!」


「お前は何歳?」


「……え?」


 げらげらと笑いが起こる。

 笑いの沸点が低いらしい。

 遮蔽物に隠れながら、戦いながら、彼らはなんて事のない内容の世間話をしている。

 現状は負けている。

 このままだと恐らく全滅する。

 それでも彼らは知ったことかとどうでもいいとばかりに笑っている。

 負けることなど、彼らからすればどうでもいいのかもしれない。

『悪魔の巫女』が遮蔽物に寄り掛かっていっそ眠りそうな体勢で叫ぶ。


「もうめんどーくさい! 帰りましょうよ!」


 日本語でそう叫ぶ彼女の言葉にその意味を理解できない者たちがそれでも何故か指差して笑う。

 彼らからすれば、基本的に勝敗はどうでもいいのだろう。

 追い込まれていても、この後死ぬのだとしても。

 それでも今が楽しければいいと言った感じ。

 もちろん皆が皆そうではない。

 高い戦闘力を持ち、今も冷静に今必要な行動をしている者もいる。

『あだ名付き』の中でも上位の実力者達だ。

 実際彼らが戦線を保っていると言ってもいい。

 だが、それでも現実は、それではどうしようもない。

 手が、足りないのだ。

 一人で裁ける仕事量など、所詮は一人分だ。

 手は基本的には二本ずつ。

 足も二本ずつ。

 ならできる事の範囲の限界値も基本は同じなのだ。

『鯱』はその限界値を感じながら、しかし今は別の事を考えていた。


「なんだこの違和感は。敵の動き、射撃能力、スイッチのタイミング、挙動、近中遠の配置。正規軍の戦い方に近い。それも、相当な高練度だ。これは前回でも感じた事だ。だが、俺はこのクセ(・・)をどこかで……」


『鯱』の独り言に何人かが振り返った。

 遂にいかれたかとケラケラ笑う彼らを無視して考え続ける。

 敵の動きは相当な高練度だ。

 統制の取れた動きだ。

 しかしまだ慣れ(・・)ていないのか少しだけ、その統制の取れた動きにぎこちなさがある。

 何かしらの訓練を受けて、それを実践運用するようになってまだ日が浅いのかもしれない。

 だからどうにも戦いに一歩の間がある。

 思い出しながら戦っているような。

 それがあり、『あだ名付き』の実力もあり、まだ戦えているといった感じ。

 しかし逆に言えば、彼らがその統制の取れた動きに慣れて部隊として完成したら、『あだ名付き』は完全に制圧されることを意味する。

 圧倒的な実力差。

 しかし『鯱』はそれ以上に感じている。

 既視感だ。

 どこかでこの動きを見たと、記憶がそう叫んでいる。

 そして同時に感じていた。

 敵部隊のその更に向こう側から叩きつけるような強烈な視線を。

 その視線も、『鯱』は全身の肌で同じ感覚を覚えていた。

 知っている(・・・・・)と。

『鯱』はその視線を確かめるように遮蔽物から顔を上げた。

 恐らく一秒にも満たない程の暴露時間。

 しかしその一秒未満の暴露で『鯱』は感じた。

 視線が、彼の暴露した頭部に向いたことを。

 それは、照準だった。

 彼の背が震えた。

 ただの予感。

 または悪寒。

 あるいは生存本能からの拒絶反応。

 考えるよりも先にその感覚に従い彼は即座に頭を戻した。

 二秒後。

 身を伏せた土の遮蔽物が吹き飛んだ。

 突き出た頭を狙ったのではない。

 これは、意識的に外した。

 そう感じた。

 着弾から少し遅れて音がやってくる。

 通常のライフル弾ではない。

 爆発のような強い銃声。

 これは.338ラプアマグナム弾の銃声だ。

『復讐の虎』と同じ狙撃弾。

 音は2.5秒ほど遅れて現れた。


「2000m以上でこの命中精度!?」


『鯱』は、更に身を低くして叫んだ。


「敵の狙撃兵がいる! 2000m先から撃ってきているぞ!」


『あだ名付き』が一気にその身を伏せた。

『悪魔の巫女』はもう今から逃げますという風にクラウチングスタートの姿勢を取っていたところを『オニヤンマ』に引き戻されて地面に埋め込まれた。

 下手すれば窒息死だが、あのまま逃げていれば背中を吹き飛ばされていた。

 .338ラプアマグナム弾は着弾したらもはや爆発だ。

 背中など撃たれれば内臓をぶちまけることになる。

 しかし一般兵士も含めて狙撃から身を守るために攻撃が一瞬完全に止まった。

 敵兵士が、その一歩を大きく踏み出した。

 敵の接近を、許した。

 敵の攻撃が一気に苛烈なものとなった。

 そして、こちらに踏み込もうとする気配を感じた。

 敗北の気配だ。

 遮蔽物から、先陣を切った敵兵士の一人が飛び出して『鯱』に銃口を向けた。

『鯱』も応戦するべく銃を構えるがその瞬間また遮蔽物が吹き飛んだ。

 突入に合わせて二秒前から狙撃をしていた。

 連携能力の高さだ。

 吹き飛ばされた土により『鯱』の腕がずれた。

 応戦は、出来なくなった。

 撃たれると覚悟した瞬間。

 今度は敵兵士の頭部が消失した。

 爆発音を伴って内側から爆ぜるように脳漿と血肉をまき散らした人体は急速に生命活動を停止し、両の腕をぶらりと落とした。

 血肉を浴びながら『鯱』はその光景を見て、呟いた。


「馬鹿野郎。嫁を大事に出来ねえ男は嫌われるぜ」


 二発目。

 弾丸が頭上を通過する強烈な風切り音。

 遠くから金属に弾丸が激突する甲高い金属音が木霊(こだま)する。

 恐らくマズルフラッシュに合わせて咄嗟に撃った一撃。

 殺せてはいないだろう。

 しかし、その一撃は敵の攻撃を止めた。

 敵の急接近も、勢いが消える。

『あだ名付き』は二発目の風切り音で、察したか一気に遮蔽物から体を出して反撃を再開する。

 突入のために体を出していた敵兵士は一気に地面に倒れた。

 敵の狙撃は、止まった。

 恐らく、遮蔽物に当たって命中はしていない。

 だが、狙撃兵がいるとわかった以上敵も慎重になる。

『鯱』が感じていた強烈な視線が、逸れたのを感じた。

 その視線は彼の更に後方に向いているのが分かった。

『鯱』は振り返った。

 白い髪を振り乱して戦場を駆けてくる『復讐の虎』の姿が、そこにはあった。

『あだ名付き』がそれに気づき、歓声を上げる。

 しかしそれは、すぐに止まった。

 雰囲気が、違った。

 ネックウォーマーをしていない。

 眼帯も外している彼は、頬の傷痕を真っ赤に、激しく脈打っている。

 しかしそれだけではない。

 目が、異常だった。

 普段から完全に瞳孔が開いた左目が更に、鋭くなっている。

 違う。

 見開かれている。

 四白眼気味の目が、より中央に置かれたような感覚。

 明らかに普通ではない。

 強烈な殺気を放っている。

 それは視認できるのではないかと思わせる程だった。

 強烈な殺気。

 言い換えるなら、怒り。

 彼の背中に、それが見えた。

 その怒りが、彼の無表情とも取れる顔に映し出されていた。

 戦場の雰囲気が明らかに変質したのを感じた。

 誰かが言った。


「完全にキマッてやがるぞあいつ」


『復讐の虎』は『あだ名付き』に目もくれずに走り抜けて敵兵士の攻撃を掻い潜って走り抜ける。

 そして敵兵士の潜む遮蔽物に飛び込む。

 一瞬彼の姿が消える。

 次瞬、現れたは『復讐の虎』ではなく、宙を舞った敵兵士だった。

 無抵抗に地面に叩きつけられた敵兵士は、それ以降ピクリともせず動かなくなった。

 死体だった。

 その死体の首は皮膚を突き破り骨が露出していた。

 首の骨折による死亡。

 首からは溢れるように血が流れ出し地面を染めていく。

 その光景か、匂いか、『あだ名付き』達は激しく興奮し、一気に攻撃的になった。

 というか、遮蔽物から飛び出して突撃を始めた。

 狙撃兵の存在を忘れているようだ。

『鯱』は警告するために声を上げようとする。

 しかし気付いた。

 狙撃は、再開されていない。

 あれから二分ほどが経過している。

 とっくに再開されていてもおかしくない。

 それにあの視線は、消えてなくなっている。

『鯱』は恐る恐る顔を出す。

 しかし、そこを撃ち抜かれることも、強烈な殺気を感じる事もなかった。

 遮蔽物から体を出して他の『あだ名付き』が進んだ遮蔽物まで『鯱』も進む。

 だがその向こうで『あだ名付き』達が入り乱れた戦闘が行われていることはなかった。

『あだ名付き』は遮蔽物の向こうの遮蔽物に更に隠れて身を伏せている。

 近寄ると、『北欧最高神(オーディン)』が彼の肩を掴んで伏せさせた。


「行くな。あれは一人で十分だ」


 言われながら覗く。

 彼は息を飲むことになる。


「久しい、気配だな」


『鯱』は首筋に汗を流しながら目の前の光景に感嘆の声を出す。

 そこに広がる光景は、蹂躙のそれだった。

 敵兵士に囲まれた『復讐の虎』は敵兵士を文字通りに千切って投げていた。

 ナイフで敵の手足を切り落とし、どころか目玉にナイフを突き立てて眼球を穿り出し、時には切り裂いた腹部から内臓を引きずりだす。

 もちろん銃撃も行っている。

 仏陸軍小銃(HK416F)を敵の下顎に下から銃口を突き付けて撃ち放ち、頭部を吹き飛ばして敵の血肉を浴びている。

 そしてその敵の首を掴んで放り投げて受け取った敵兵士に飛び膝蹴り。

 バランスを崩して倒れた敵の頭部を勢いそのまま膝で叩きつけて潰す。

 体勢を立て直す暇など見えないほどに速く瞬きした瞬間には次の敵の眼球にナイフが突き立てられていた。

 敵ももちろんただやられている訳ではない。

 反撃をしている。

 しかし、『復讐の虎』は尋常でなく広い視野で敵兵士の位置、行動を掌握しそれに沿って動く。

 敵の射線が、別の敵に重なるようになっている。

 味方は撃ちにくい。

 敵が攻撃し辛い状況を強制的に作り出し、その状態で戦場を駆け抜けて一人一人を殺している。

 たった一人で、数十、数百人を相手取っている。

『北欧最高神』が口を開いた。


「二万人に追われながら敵対していた組織と戦っていた、というのは嘘じゃないらしいな。むしろあれでも倒せない復讐先がいるということに興味が湧くとは思わねえか?」


 しかし『鯱』は答えない。

 首筋の汗が増えている。

『鯱』の背中が小さく震えた。

『鯱』も、あんな『復讐の虎』は初めてだった。

『復讐の虎』。

 頬の傷跡は今までにない程に激しく脈打ち、真っ赤に染まっている。

 もはや常時赤く見える程に、激しい点滅。

 残虐なまでに確定の死を与える攻撃手法。

 これでは『虎』の領域を超えている。

 架空の存在である龍でしか、相手にならないとまで言われた強さを持つ虎という存在。

 その名を与えられた彼は、しかしその器すらを超えていると、『鯱』は感じた。

 真っ赤に染まったその傷痕が、まるで発光しているかのようで。

 その光が、彼自身の目に移って、映っているような錯覚。

 あれでは、虎だなんて生物では収まらない。

 誰かが漏らした。


「てっきりあいつはただのお利口さんだとばかり思っていたが、しっかりと俺達側(イカれてる)じゃないか」


「『虎』か、面白くなりそうだ」


『鯱』は小さく呟いた。


「あれは、『虎』じゃない」


『北欧最高神』が鼻を鳴らした。

『鯱』は続けた。


「あれは、稲妻(ライトニング)だ」


 彼が、吠えた。

 生物ではなく、自然現象。

 生き物では収まらないと、『鯱』はそう考えたのだ。

 敵が撤退を開始していた。

 残ったのは、死体の山と、彼のその姿に脅えて動けなくなった敵兵士だった。

『あだ名付き』も、その光景に無言になった。

 血肉を浴びて、荒い息を吐く彼はとても人間とは思えない絶叫を上げる。

 それに呼応するように頬が強く発色する。

『鯱』は息を飲んで言う。


「『赤い稲妻』だ」


 最後に、敵が消えた方角から数秒だけ強い視線を感じた。

 その視線は、『赤い稲妻』を見つめているように思えた。

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