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『あだ名付き達』vs『Z』と『赤い稲妻』
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『あだ名付き』達vs『Z』と『赤い稲妻』:ACT 2

 神谷真理は少し苦手意識を持っている公共交通機関、つまり電車、から降りてため息を吐く。

 駅のホームは多いでもなく少ないでもない人がいて、喧噪が流れている。

 神谷真理は電車が苦手だ。

 難しい事はない。

 ただ彼は、電車に乗ることが苦手だ。

 時間通りの動きは良い。

 それに固定されるのが苦手だ。

 修正が出来ない事が苦手だ。

 加えて彼は、駅順や行く先の方面などをよくわかっていない傾向が強く、特に地下鉄の景色のない形だと自分がどう動いているのかすらも全く分からない。

 要するに、方向音痴なのだ。

 都市部だとよく人口密集地で遭難するし、少し広い駅の中から脱出が出来なくなった経験もあると記録にある。

 逆にこれは訓練や経験による賜物か、山などではそれが別の国であろうと地球の反対であろうと自宅の方向が分かる、という妙な特技もある。

 神谷真理という男は、なかなかに小難しい。

 神谷真理は何とか駅から出て、またため息を吐いてからはしばらく歩き、少しだけ都市部から離れた穏やかな雰囲気のある住宅街へ来た。

 金銭的の余裕のありそうな家屋が並ぶその一つに、神谷真理の自宅はあった。

 神谷真理の所属する組織、部隊から宛がわれた家だ。

 周囲の家々の住人も同様で、軍人や政治関係の人間が生活している。

 この地区のほとんどがそういう人物が生活している。

 少しだけ、緊張した顔の神谷真理は玄関の前で、深呼吸をする。

 ただ家に帰るだけ。

 しかし神谷真理は、それが電車に乗るよりも嫌いなのだ。

 深呼吸を2回ほど繰り返し、鍵を開けて玄関へ入る。

 時刻は午前9時ほどだ。

 起きてはいるはずだと神谷真理は、しかしあまり物音を立てないようにしてブーツを脱いで並べる。

 室内用のスリッパに履き替えて廊下を進んで、リビングへ。

 廊下を歩いている時点でリビングの方から音が聞こえる。

 テレビのようだ。

 神谷真理はリビングのドアを少し開けて中を見る。

 広いリビングで、ドアからも見える大きなテレビに向いた大きな椅子に座った女性の背中が見えた。

 肩甲骨ほどの長さの髪を低い位置で結んだ女性で、体型は細身だ。


「真理くん。入りなよ」


 女性は振り返って神谷真理を見る。

 顔立ちの整った女性だった。

 整った眉に目の線が濃く感じる程良い睫毛。

 少し高めの鼻。

 薄い口。

 日本人らしいけれど、しかし輪郭の明暗がしっかりとした、いわば美人な女性だった。

 神谷真理はため息を吐いてドアを開いて中に入る。

 後ろ手でドアを閉めてから女性に近付く。


「久しぶり」


 神谷真理は彼女の椅子に近付きながら言う。

 女性は頷く。

 神谷真理は、少し気まずそうに女性の横に並ぶ。

 女性はテレビに目線を戻す。

 神谷真理は女性を見る。

 女性の腹部は大きく膨らんでいた。

 妊娠しているのは明白だった。

 神谷真理はそれを見て、気まずくする。

 彼は腰を下ろして片膝立ちになる。

 目線が合った神谷真理をちらりと見て女性はその腹部を撫でる。


「お父さんが来たよ」


 そういう女性に神谷真理はどうにも居心地の悪い表情を浮かべる。

 どうしていいか、悩んでいる感じだ。

 女性は、神谷真理の妻だ。

 しかし神谷真理は、その関係に対してとても罪悪感を抱いている。

 故に接し方に、とても苦しんでいる。

 結婚してから3年目も半分過ぎた事になるというのに、いや3年目の今は特に、彼は罪悪感を抱いている。

 その3年目の半分は、電話以外では接していないというのだからなおのことだ。

 神谷真理は聞く。


「帰れなくてごめん。なんか、困ったことなかった? 体調とかは?」


 妻は首を振る。


「真理くんの職場の人が日用品とか食べ物とか配達してくれるし医療券もあるから生活で困ったことはなかったよ。帰れないのは大切な仕事だからしょうがないよ。大変なんでしょ? 部下の人たち?の、お世話?」


 神谷真理が少し笑った。

 妻が座ったら?というので妻の横にあるソファに荷物を置いて、パーカーも脱いで座る。


「世話と言えば、世話だけど、まあ、やるしかないことだから」


「怪我とかしてない?」


「今の所は」


「任務に行くときは出来るだけ連絡してね」


「最近はするようには、してるだろ?」


「本当に?」


「……」


 神谷真理は頷く。

 何とも、曖昧な返事だった。

 軍務上、全てを曝け出すことは身内相手でも出来ないのだが、恐らく妻が言っているのはそういうことではない。

 神谷真理には前科がある。

 故に、神谷真理は『あだ名付き』には入れた。

『あだ名付き』は、基本的には重大な犯罪行為、特に戦闘行為などを行なった者が選出される。

 要するに、長期懲役刑や他施設が受け入れることが困難であると判断した犯罪者や精神疾患者疑いの者たちだ。

 そこにいるのだから当然神谷真理も前科者だ。

 その内容は、国家反逆罪。

悪魔の王(ルシファー)』が言っていたように独断専行で戦闘行為を行い、その過程で防衛局とも戦闘に発展している。

 国が定める軍法における最大の重罪。

 それを神谷真理はこの年の2月に実行している。

 その際、重要参考人として妻も捕らえられた。

 しかし神谷真理は止まらず、やり切ることを選び、最後には逮捕された。

 すぐに妻は釈放されて事なきを得たが、妻は神谷真理を咎めた。

 連絡をしてから行きなさいと。

 いきなりだから驚いたと。

 反逆行為をしたことではなく、重要なことをしに行くのなら、相談をしろと、それだけを彼女は責めた。

 神谷真理からすれば、どうにも腑に落ちない。

 重犯罪者の妻にしてしまったこと、その時期には既に彼女は妊娠していた事もあり、だから、罪悪感。

 一歩退いて、接している感じ。

 神谷真理はその反逆行為の時に連絡の一つもまともに送らなかった。

 確かに、それはよくない。

 連絡をしたらいいというわけではないのだが。

 ソファに座る神谷真理を見て、妻は笑う。


「また筋肉ついた? 傷痕とかあるからなんかかっこいいね。真理くんは少し細いからね、それくらいもかっこいいよ」


 神谷真理の露出した腕には傷痕が多い。

 火傷、裂傷の痕。

 戦場での傷だ。

 特に右側はズタズタに切り刻まれたように無数の傷跡があった。

 そこを更に熱が焼いたようで、傷跡が日に焼けたように肌の上で目立っていた。

 一種のタトゥーだと言えば信じる人間がいそうなほどに、濃厚な傷痕だった。


「最近は体力練成、えっと、筋トレに付き合うことも多くて、だから戦う以外の筋肉も出来てるって感じ」


 神谷真理が言いながら右手で左手の袖を捲った。

 Tシャツが捲られて露出した肩には虎のタトゥー。

 神谷真理が昔所属していた部隊の、チームエンブレムだった。

 妻はふ~んと頷く。

 神谷真理はまた居心地悪そうにため息を吐く。

 妻があ、そうだと膝を叩いた。


「なんかすごい荷物頼んでたでしょ? 真理くんの職場の人が持って来てたよ。あれ何? 子供部屋に入れるように言ってたって聞いたけど。あ、運んでくれたから」


「ああ、来てたか」


 神谷真理は立ち上がって部屋を出る。

 廊下を歩いて、大きな段ボールが数個置かれてる部屋の前まで来てその段ボールを開けて中身を取り出す。

 少し作業をする。

 20分ほど子供部屋予定の部屋に籠る。

 何をしてるのかと妻が部屋を覗いてくる。


「ベビーカメラ」


 妻の問いに神谷真理はその手に持った白い機械を示す。

 長方形の小さな物体の先端にレンズらしきものが付いているそれは間違いなくカメラだった。

 配線を手にもって神谷真理は何を聞かれているかよくわかっていないような顔をしている。


「何個?」


「……20個くらい」


 妻はため息を吐いて、微笑む。


「子供部屋はホワイトハウスだもんね」


 神谷真理は立ち上がって言う。


「エリゼ宮殿だよ」


 神谷真理は古巣の名前を出した。

 しかし、妻が言いたいことは恐らく、多分そう言う事ではない。

 ベビーカメラは、最終的には部屋の角にそれぞれ一つずつの4つになった。

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