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『あだ名付き達』vs『Z』と『赤い稲妻』
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『あだ名付き達』vs『Z』と『赤い稲妻』:ACT 1

 私服のパーカーを着た神谷真理は軽いリュックを背負って基地の出入り口の門に来ていた。

 煙草を咥えて、認証用のカードを手に待機する。

 神谷真理の前にも数人いて、何度か会話をして門を通っていく。

 神谷真理が『あだ名付き』としてここに来て最初に通った場所だ。

 あれからもう既に半年近くが経過。

 あの頃は春に近い季節だったが、今は夏も終わり、少し涼しい夏に入っていた。

 日本で言う、秋だ。

 神谷真理の番が来た。

 門番である歩哨。

 彼は最初に神谷真理が通った時とは別人のようだが、それでも同じようにあまりいい感情を持ていない目で神谷真理に向ける。

 認証カードを翳す神谷真理。

 それを指差しで確認する。


「脱走か?」


「は?」


「『あだ名付き』は何をするかわからんからな、確認はしないとな」


「脱走する人間ならここ通らず脱柵するだろ」


「お前らの考えなど分かるか」


 歩哨は、神谷真理のボディチェックを行う。

 神谷真理の周りに他の歩哨が囲むように集まってくる。

 皆、銃を握っている。

 神谷真理の手荷物を検める歩哨を見ながら神谷真理はため息を吐いた。

 顔を上げると、門の上の機銃も神谷真理を向いていた。

 これが、一般隊員の『あだ名付き』への態度だ。

 全てでないにしても『あだ名付き』の傍若無人な行動は目に余るものも多い。

 勤務時間中の飲酒。

 そもそも姿を見せない。

 訓練用プールの占拠を行う者や機関場に回す冷却水を貯水している地下室水路に居を構える者。

 訓練用の古い地下射撃場を占拠して実験場にする者。

 その他奇行。

 一般隊員への攻撃的な態度。

 または実害のある物理的な攻撃。

 その結果による殺傷。

 被害件数はもう既に数十件に及んでいた。

 しかし『あだ名付き』のその制度により処罰は実質無し。

 殺したのだとしても数日の拘留で終わりだった。

『あだ名付き』もさすがに誰彼構わず殺している訳ではなく、何かしらを言われたりしたから、と証言しているしそれ以外では滅多に直接的な攻撃をすることは今の所ない。

 だから無法地帯になっているということもない。

 彼らなりに基準はあるようだし、そもそもそこまで興味が普段はないのかもしれない。

 しかし一般隊員からはそんなもの関係がないのだ。

 度が過ぎる特別扱いと、いつか自分にも振りかかかるかもしれない危険という事実が、一般隊員の『あだ名付き』への敵意を作り出している。

 そしてその中でも訓練指導を行い、実戦でも形式上指揮官に就いた神谷真理への敵対心が高まっていた。

 神谷真理は基本的にはそこまで身勝手な行動はしない。

 一般隊員への攻撃などはしていない。

 態度がいいということはないのだが、しかし『あだ名付き』と比較すると常識的だ。

 他の人間への形式的な上下関係が排除された立場でありながらも基礎的な礼儀、敬意は持って接しているのが分かる程度には気遣いも出来る。

 しかしそういうことを見る機会のない彼ら一般隊員からすればやはり『あだ名付き』のリーダーという表面上の立場しか見えない。

 わかりやすく言えば、神谷真理は『あだ名付き』からも一般隊員からも浮いていた。

『あだ名付き』からは同じ立場なはずなのにルールに則そうとしているその姿勢を疑問視され、一般隊員からは『あだ名付き』のリーダーとして毛嫌いされている。

 神谷真理からすれば、ここにいること自体が、居心地の悪いストレスの温床だった。

 そして、神谷真理の妻は今、妊娠中である。

 経過は順調で、予定日が近づいてきたために神谷真理は少し長めの休暇を取って、約半年ぶりに自宅に帰ろうとしている。

 そのために今門番を越えねばならない。

 彼からすれば早く帰って妻に会いたいのだろうがそれでも基本的にはルールに則する彼はここで怒ったりはしないしその態度を咎めるべく攻撃したりもしない。

 歩哨は乱暴に荷物その中身を乱雑に検める。

 言ってはあれだが、少し人としての素養を疑ってしまう行動だ。

 しかし神谷真理はそれに対しても何も言わない。

 銃を向けられている状況でもあるのに彼は極めて落ち着いている。


「着替えだ。何も入っちゃいない」


「黙って待ってろ」


 何度も繰り返し荷物を検める歩哨に神谷真理はため息を吐く。

 少し待っていると後ろから声がかかった。


「さすがに目に余るぞ。一等軍曹」


 神谷真理が振り返るとそこには制服を着た男、ミッチェルがいた。

 歩哨達は姿勢を正し敬礼を捧げる。

 ミッチェルは敬礼は返さず荷物を拾い上げる。


「ずっと見ていたが、言動があまりにも無礼だ。『あだ名付き』制度への不満は私に言いなさい。彼はその中でもルールを守り、彼らを指導しようとしている。立場は私と同じだ。彼に言えて、私に言えない理由は何だい? 階級か?」


 荷物を神谷真理に渡して歩哨達に向き直る。


「それに彼の今回の外出は彼の奥さんの出産予定日が近いからだ。申請を彼はしっかりと行っているはずだ。私がやり方を教えて送信するところまで私は確認しているぞ。何が脱走だ?」


 歩哨は敬礼のまま何も言えなくなっている。


「『復讐の虎(ヴェンジェンスタイガ)』、彼は一度でも申請内容と照らし合わせを行ったか?」


 ミッチェルは神谷真理に問う。

 神谷真理は首を振った。

 ミッチェルは頷いた。


「職務不履行だな。本来あるべき手続きを行わないことは厳罰に処される。君達は『あだ名付き』ではない。しっかりと処分を下す。他の者への手続き手順も改める必要がありそうだな。『復讐の虎』、彼らは申請データを見る端末を誰も持っていないように見えるが、君の前の外出者に対して外出理由の照合をしていたかな? また手荷物検査は?」


「……していない」


「三つ、不履行だな。その手荷物検査をしていない隊員の中に重要機密を持ち出そうとしている人物がいたらどうする? 全員呼び戻しなさい。すぐに交代を呼び、職務を引き継ぎなさい。君達は今日一杯調書になるだろう。『復讐の虎』の外出確認は私が代理で行う」


 敬礼を下げられない歩哨達の横を通り抜けて改めてミッチェルは外出申請手順を開始した。

 双方敬礼。


「身分証」


 ミッチェルの言葉に神谷真理は再度認証カードを差し出す。

 指差しで確認した後歩哨が待機する小屋から端末を取り出して確認する。


「今回の外出の目的」


「出産前の妻に会いに行く」


「行動予定」


「外出後は公共交通機関を利用して帰宅。その後は自宅で過ごすが、買い物へ出る可能性もあり。翌日は妻と共に病院へ移動し、入院手続きに入る。その後は日中は病院で過ごし、夜は自宅で過ごす。予定日が三日後なので、余裕を持ちそのあと4日後まで休みを取っている。帰隊は一週間後」


「病院は我々が運営している総合病院の産婦人科で間違いないね」


「そうだ」


「よろしい。申請内容と合致した。もう一度手荷物を」


 神谷真理が差し出した荷物、着替えを一度小屋の中に広げて、異常がないのを確認した後綺麗に畳み直してリュックに入れた。

 そのリュックを神谷真理に受け渡し、神谷真理が受け取り、ミッチェルは敬礼。

 神谷真理もそれに返礼する。

 ミッチェルが敬礼を下ろしたのを確認して、神谷真理も敬礼を下ろす。

 ミッチェルは頷いて、敬礼を下ろさず待機を続けている歩哨達を見やる。


「こうやるんだ」


 濃厚な皮肉を交えたその言い分に返礼を返されないために敬礼を下ろす事も出来ない歩哨達は返事も出来ない。

「交代が来るまで待機だ」とミッチェルの言葉にただ固まるしかない歩哨達を構わずミッチェルは歩き出す。

 神谷真理もそれに付いてく。


「すまないね」


「俺は気にしてない」


「組織としては気にしてほしい所だしするべきことだ」


「『あだ名付き(俺たち)』は許されるのにか」


「だからこそだ。線引きを失うと組織は崩壊する」


 ミッチェルは門と外の境界まで来る。

 神谷真理だけが外に出る。


「『あだ名付き(君たち)』は今やこの組織の共通敵となってしまった。それは私にも責任がある。今では『あだ名付き』の排除を目的とした会議は連日行われている。スポンサーがそれを拒否しているので今はまだ何とかなっているがそれもいつまでもつかわからない。現状ではせめて戦力の分散という名目で各支部に再配置しようとする動きが強い。それへの賛同者が多くてね。……近々そうなるかもしれない」


「……なんか、嫌そうな顔だな。厄介事が減るだろ」


「そうかもしれないが、そうじゃないんだ。この半年見ていて思ったんだ。君たちは100人揃った時にこそ何かを成せるのではないかと。それを、別れさせていいものか……悩ましい」


「……本当に『Z』を俺たちで倒せると思っているのか?」


「それ以上の功績を残してくれると、信じている」


「……」


 神谷真理は煙草を咥えた。

 火を点けて、紫煙を吐き出す。


「何かを成せる奴らとは、俺には何とも言えんな」


 ミッチェルは小さく笑った。

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