調書報告・04
「これが『Z』との初戦闘だった。『あだ名付き』としての任務は何とかできたが、それ以外は何も出来なかった。完全敗北、そう言ってもいいだろう」
神谷真理はそう言ってコーヒーを一口含んだ。
ミッチェルも頷いてコーヒーを飲んだ。
「戦術的行動が出来ないあいつらを運用するための軍人訓練。出来る限りのことはしたつもりだ。体力練成、射撃訓練、突入、防衛、空挺、水中、あらゆる訓練をあの三か月で行った。しかしちーには、結局、銃を教えるくらいしかできなかった。他の事を教える暇はなかった」
「だがちーは、あの戦いでも十分以上に活躍した。コミュニケーションが取れないため、皆よりは撤退に遅れが出たが、まあちーならそれでも帰ってこれただろうね」
「そうだな」
「それに、君だけがちーの世話を焼いた。他の人間が隊長だったのなら、そんなことはしなかっただろう」
神谷真理はだろうなと笑う。
他の『あだ名付き』にそんな面倒見のいい人間は、思い浮かばないのは事実だ。
「そう言えば君があの時『白い悪魔』に命じた「後ろを撃て」ってあれ、どうしてあれが出来るって思ったんだい? 上空に撃った弾丸が降ってくる、そりゃあ重力があるんだからいつかは降ってくるだろうがそれを狙った位置に落とせ、と命じるのもなかなかな事だしそれを言われて実際にできるのもなんだか、うーん。下手をすれば落下に数分を要してもおかしくないと思うが、何故数十秒で落ちてきて、命中するとわかった? からくりがあるのかな?」
「いやないぞ? ただ上から下に斜めに吹いている風があっただけだ。減衰値を凡そ予測してただけだ。正直当たるとは思ってなかったな。『後ろを撃て』とは言ったが『命中させろ』なんて言ってない。あれはあいつの実力だ。敵が予測していない部分からの射撃だと誤認してくれるだけでよかったんだが、やはり『あだ名付き』、常人の思考では追いつけないな」
「それを指示したのは、君だけどね」
神谷真理は棒付き飴を咥えながらほくそ笑んだ。
「しかしあの時君のやった攻撃ヘリへの狙撃も未だに伝説となっている。普通は攻撃ヘリを狙撃銃で撃とうとは思わないものだよ。至近距離ならあるいは不可能ではないかもしれないが、2000m以上離れていてはキャノピーを貫通することは出来ない」
「貫通なんて最初から考えていなかったさこの時は。狙ったのはキャノピーの」
「開放部、そこの更に接合部か。その後の調査で撃墜された敵攻撃ヘリのキャノピーは左側が大きく破損していた。複合層になっているガラスは貫通出来なくとも、小さな接続パーツを、ずらすことなら出来る。事実、調査の結果君の弾丸は接合部を破損させ、結果として内部に一気に吹き込んだ外気圧によってキャノピーが開き、完全に破損した、と結論付けられた。260㎞を出していた機体だった、風圧は十分だったろうね。機材はもちろん、パイロットの手元が狂うには十分すぎた。死因は焼死と全身打撲。君の弾丸ではなかった」
「そもそも.338で貫通できるのか?」
「何とも言い難いな。そもそも想定されてないだろうしな。でも君以前やったことあるよね。ヘリの撃墜」
「古い機体だったと聞いたぞ」
「だとしてもパイロットをヘッドショット出来る事とはあまり関係ないけれどね」
「いつだってやるしかないのならやるさ」
2人は一度小さく笑い声を盛らした。
「ともかく、その結果として君は一般兵にも注目されるようになった。それよりも前の任務で射撃能力の高さは知られていたからね。君は一気に注目の的になった。それこそ、『あだ名付き』よりも際立ってね」
ミッチェルはコーヒーを一気に飲み込み、息を吐いた。
「君はある意味、他のメンバーよりも奇異の目で見られ始めた。私の指示で『あだ名付き』への訓練を実施したことで君は『あだ名付き』の隊長としての認識が周知の物となった。『復讐の虎』は、一般兵士からあからさまに避けられ始めたし、それこそ反逆行為の可能性を危惧され始めた。この頃から更に『あだ名付き』に対する抗議がより強くなっていった。これには随分と苦労させられたよ」
神谷真理は知らんねと笑った。
「この頃から『あだ名付き』は基地内での破壊行為などが目立ち始めて、『蛍』や『海龍』は水場を求めて機関場冷却室や屋内プール上に侵入したり『メソポタミアの王』はどこで手に入れたのかライオンを基地内で飼育しようとするし、喧嘩騒ぎは日常茶飯事。一般隊員の鬱憤は確実に溜まっていった」
「え? あのライオン出所未だにわかってないの?」
「元々本人が所有してた可能性が高い」
「さすがに意味がわからん」
神谷真理はくくくと笑う。
「そう言うのもあり、徐々に『あだ名付き』の処遇を問う会議は増え始め、いよいよ『あだ名付き』を各支部に分散し、危険性を最小限にしようとした」
「被害が拡散されるだけだと思うがね」
「実際、そうだったね」
ミッチェルは咳払いをする。
「話を戻そう。初の『Z』戦にて大苦戦を強いられた君達は、部隊からあまりいい評価を得られなかった。君達が弱かったなんてことはない。実際、第一、第二、第三中隊が戦ってどうにもならなかったのを君達百人の増援だけで撤退まで漕ぎ着けたのだから。しかしそれを考慮しない人間はわかりやすい結果を求める。わかりやすい『勝利』をね。だから『あだ名付き』は、幹部から解体の意見を多数挙げられた。それでも、解体は結局はされなかったがね。不思議な力で」
「不思議な力、ね」
「あの戦いが、まさに『あだ名付き』の、いや『あだ名付き』のαである君達分隊、通称『ガンギマリーず』と『Z』との因縁の始まりでもあった」
「ひどい名前だよな」
「まったくだ」
2人して笑う。
「そして次だ」
ミッチェルは端末を操作する。
「君の娘が生まれた時の話を、してもらおうか」
神谷真理は照れくさそうに頬を掻いた。
「……まあ、ありきたりな話さ」




