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『復讐の虎』と『あだ名付き』達
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『復讐の虎』と『あだ名付き』達:ACT1

 4年前、早朝。

 肩ほどまで伸ばした白い髪を後ろで短く括った男、神谷真理(かみやまこと)が小振りなリュックを右肩に担いで立っていた。

 その視線の先には白い建物。

 手前には大きな門が経ち、そこに侵入を拒む黄色と黒のバリケード。

 その横には迷彩服を着て小銃を構える屈強な男たちがいる。

 少し奥にある低い監視塔から固定機銃を握った同じく屈強な男が見下ろしている、というのが2本。門の右と左に配置されている。

 警備は万全。

 見上げると門の壁の上部にも対空砲のようなものが設置されているのが見て取れた。

 なかなかここに生身で不法侵入するのは厳しそうだと感じる。

 神谷真理はスマホを取り出し、ため息を吐く。

 ここに来るまでも斜面を越えねばならなかった。

 舗装はされていたがさすがに長距離の坂は面倒だ。

 歩けばいいとタカをくくっていた彼にも原因があるが目的地にたどり着くまでに歩きで40分坂を歩くことになると前もって教えておいてほしいものだと彼は心の中で考える。

 そもそも迎えを寄越してほしかったものだ。

 前いた部隊では初日は空港に迎えに来てくれたものだが、ともう一度ため息を吐く。

 送られてきた座標データを確認し、間違いがない事を認識する。


「今日からここが、新しい部隊か」


 神谷真理は歩き出す。

 すると武装した各々がそれぞれの銃を持つ手に意識を持って行ったのを感じた。

 監視塔の固定機銃も彼を向いた。

 しかし彼はそれに焦るでもなく真っ直ぐ、ダルそうな顔をして歩く。

 歩哨は職務を全うするためこちらに向き直った。

 歩哨がさりげなく安全装置を外したのを彼は見逃さず、鼻で笑った。


「所属は?」


 歩哨は厳格な態度で誰何(すいか)する。

 神谷真理は懐から事前に送付されていたIDを歩哨に見せつける。

 歩哨はそれを指さしで1行1行確認し、最後に神谷真理の顔を確認した。


「噂の『虎』か。二等軍曹。話は聞いている」


 歩哨は後ろに合図をする。

 他の歩哨がバリケードを横に動かす。

 IDを確認した歩哨が頭で行けと仕草をする。

 安全装置は外れたまま。

 それにダルそうに頷いて、神谷真理は歩き出す。


「ようこそ地獄へ。『復讐の虎(ヴェンジェンスタイガ)』」


 歩哨が皮肉げにそう言った。

 歩きながら振り返るが、歩哨は既に元の姿勢に戻って門の外を見ていた。

 門を通り抜けて中に入る。

 バリケードを元の位置に戻した歩哨が白い建物の一階部分を指した。


「あそこに行け。お前が一番乗りだ」


「1番? 2人目がいるのか?」


「二等軍曹。私は曹長だ。今回は許すが口の利き方には気を付けるように」


 神谷真理はそれにを返事をせず、先ほどの質問の返事を待つ。


「……100人だ。今回お前と一緒に入るのはお前を抜いて99人。相当な問題児と聞いている。特別待遇だともな」


 歩哨は神谷真理の背中を押した。

 速くいけと言わんばかりだった。

 歩き出す背中に歩哨が小声で言った。


「ここでも反逆行為をするのか?勘弁してほしいな」


 振り返ると、やはり歩哨は元の姿勢に戻って神谷真理に背を向けていた。

 彼はそのまま歩き、白い建物の中に入っていく。

 先ほどの歩哨が指差した部屋と思われる部屋の前まで来た。

 プレートには執務室と書かれている。

 隣を見ると、そこにも執務室と書いてある。


「……」


 頭を搔いて神谷真理は困り顔になる。

 これではどこに入っていいかわからない。

 スマホを取り出して確認するが、どこに行けばいいかの指示までは記載がなかった。

 と、その時扉の向こう側から気配がした。

 神谷真理はそれに反応して一歩下がると同時に扉が開いた。

 40代にはまだ行っていないかという白人男性が扉を開けてその顔を覗かせた。

 目が合う。


「ああ神谷くん」


 彼はそう言って扉を全開にする。


「早くないか? 指定より1時間早いぞ」


 言われて神谷真理は初めて時間を意識した。

 時計を見る。

 彼が認識している時間より一時間戻っていた。


「時差か……」


「ああ、ここに来るとき飛行機に乗ってくる部分もあったか。なるほど、それはこちらが注意を言っておくべきだったよ。すまない。出迎えてやれなくて残念だ」


 男は言って部屋に戻っていく。


「入って」


 神谷真理はそれに付いていき、部屋の中へ。

 中は簡素な執務室で、特段豪奢ということはない普通のデスクに、そこまで座り心地に期待を寄せられそうでもない普通の椅子が低い机を挟んで2つ向かい合っている。


「神谷くん、コーヒーか、紅茶、どちらが好みかな」


「コーヒー、かな」


 男が椅子をすすめるのでそこに座りながら答える。


「紅茶は苦手かな?」


「匂いだ。鼻につく」


 文字通り。

 ふーんと男はコーヒーを用意し始める。


「砂糖とミルクはどれくらい?」


「底に薄く残るくらいが好きかな」


「甘党だ。甘いのが好きなんだね」


「人生は、カラいからな」


「……面白いことを言うね」


 男は言って、少しして湯気の立つコーヒーを2つ持ってくる。

 神谷真理の反対に座った彼が差し出してくるコーヒーの水面を眺める。

 左頬の傷が写っていた。

 そんな神谷真理に男は灰皿を差し出す。


「形式上の上下関係は気に掛ける必要はない。君にはそこら辺の制度は与さない立場が与えられる」


 しかし表の歩哨はそんな感じではなかったなと思いながら彼は懐から煙草を取り題して咥える。

 火を点けて吸って、吐く。

 煙で乾いた口をコーヒーを啜って潤す。


「改めて自己紹介をしようか。私は」


「俺は、戦闘要員なんすよね?」


「……そうだね」


「なら自己紹介は不要っすよ。覚える必要がないし、ネームプレートがある。長い名前が書いてある。覚える気も沸かない」


「略称を着けても構わないけれど。呼び名がないのはさすがに不便だ」


「ミッチェル」


「うん?」


「あんたは今日からミッチェルだ」


「とりあえず今は、それで良しとしよう」


「そう長くない付き合いだ。死ぬか、2年後の任期終了までだから」


「そうかもね」


 男、ミッチェルは本名を名乗るのを遮られてもなお、憤る事なく頷く。

 机の上に置かれたタブレットを手に取りそれを数度操作する。

 確認だと言ってミッチェルはタブレットを彼に渡す。

 受け取ってそれを見るとそこには神谷真理のプロフィールが記載されている。


 ・神谷真理

 ・現22歳

 ・既婚

 ・174㎝

 ・62㎏


 などの基礎的なプロフィールに続き


 ・陸上自衛隊

 ・仏陸軍


 という経歴、その下にはさらに各々の細かい遍歴が記載されている。

 名前の横の彼の証明写真は、左目に眼帯を、そこから外れる部分はネックウォーマで覆った、証明写真として何を証明しているかわからない写真となっていた。

 傷跡を隠すためであろうがこれでは右目だけしか露出がない不思議な人物という証明にしかなりえない。

 加えて、その証明写真の彼は中指を立てていた。

 随分と、ロックンロールな性格らしい。

 全て間違いがない事を確認し、それをミッチェルに返す。


「問題ないっすね」


 ミッチェルは頷いて、タブレットを操作する。

 しながら話す。


「さっきも言ったがここでは形式的な上下関係はなしで大丈夫だよ。敬語も不要だ」


「軍隊なのに?」


「『君達』は特別なのさ」


「君、()?」


 タブレットを操作したミッチェルは今度は違う画面を神谷真理に見せるためにそれを机の上に置いた。


「『あだ名付きシステム』?」


 タブレットにはそう記載されていた。


「前言っていた奴か」


 彼がそう言うとミッチェルは頷く。


「君がAWB戦に向かう少し前、説明したよね」


「それに参加することが出所の条件だと。制度の名前まではあまり考えていなかった」


「……ところで、AWB戦。参加してどう思った」


 ミッチェルがコーヒーを一口含みつつ言う。

 彼は煙草を吐いて思い出す。

 つい最近の、戦いを。

 船。

 衝突。

 突入。

 そして決着。

 どの瞬間を思い出しても、この世のものとは考えられない地獄そのものだった。

 加えて『夜明け分隊』と呼ばれていた5名の内の一人、妙に小ぶりで、不似合いな戦闘服を着た幼女と表現するしかない金髪の新兵。

 何より、あの男。

 ゴーグルをつけて、禍々しいまでのオーラを発する謎の男。

 戦いの中で何度も名前を聞いた伝説級の存在。


死線(デッドライン)』。


 思い出し、神谷真理は背筋に汗が噴き出したのを感じていた。

 表情で察したのかミッチェルは頷いて話題を切り替える。


「あの戦いで君の自衛隊時代の同期が2名、招集されていたが、彼らは除外だ。なんというか他と比べると、君ともそう、比べるといわば、『普通』だ」


 神谷真理はタブレットを操作し、ページを切り替える。


『あだ名付きシステムの概要』と記載されている。

 次のページに詳細かと考えページを繰る前にミッチェルはそれを待たずに言葉を紡ぐ。


「君には、99人の『あだ名付き』の隊長になってもらう」


 ページを繰るために画面をスライドさせた指がそのままぴたりと止まった。

 ゆっくりと顔を上げて、ミッチェルの顔を見る。


「はあ?」


 明らかに怒気を含む声で神谷真理は言う。

 ミッチェルはそれを真正面から受け止める。

 煙草の灰が、床に静かに落ちた。

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