『あだ名付き』達と『Z』戦 ACT 1
夕刻。
戦場に降りた神谷真理は目の前の惨状に言葉を失っていた。
舞う火の粉と砂塵。
飛び交う弾丸。
空気に交じった血液。
それ故薄い赤に染まる視界。
砲弾と銃弾の硝煙と火薬の匂い。
方々で上がる悲鳴、断末魔、うめき声。
空を舞う敵の輸送機と攻撃ヘリ、戦闘機。
それは正に、戦場であった。
神谷真理は無線機を繋げる。
「『あだ名付き』100名、現着。第三中隊と合流後、戦線に参加する。第一中隊、第二中隊は負傷兵を連れて撤退。第4中隊残れ。第一、第二中隊は撤退と負傷兵の救助にのみ徹し、積極的な攻撃は避けろ。これ以外の被害は許容できない」
神谷真理は言いながら、横をちらりと見た。
『鯱』と目が合い、お互い頷く。
『鯱』が『あだ名付き』に指差しで行動の指示を行っていく。
『第一中隊了解。『あだ名付き』のお手並みを拝見する』
『第二中隊、全小隊撤退を開始。俺は皮肉は言わん。『あだ名付き』、すまないが任せた。奴らは強敵だぞ』
無線機のスイッチを押して返事こそしないが受け取ったアピールだけ行い、神谷真理は数時間前を思い出した。
ミッチェルに呼び出された直後だった。
壁面にプロジェクターで映し出された映像の光だけの薄暗い作戦会議室に通された神谷真理。
その後ろには『あだ名付き』の『鯱』、『フランスの暴風雨』、『イタリアの徹甲弾』、『ロシアの白い悪魔』、『アメリカの巨人』がいた。
『巨人』はおどおどとその巨体を縮こませていた。
ガスマスクを着けているためにその表情こそ見えないが、どうも初めての場所に困惑している様子だった。
「来たか」
ミッチェルは挨拶も半ば省略し、早速だがとレーザーポインターを発するペンをプロジェクターが照らす壁面に向けた。
「2時間前に敵性勢力、『ZERO』、通称『Z』が活発に行動を開始した。今現在は山岳地帯を行軍中。装甲車や戦闘車、攻撃ヘリなどの攻撃性を有し、歩兵も大規模だ。確認された人数は約1200人。しかし、それ以外にも更に後方に大勢の人影があったと確認されている。この1200人は第一波である可能性が高く、第二波に備える必要がある。針路上には都市部も存在し、ここへの攻撃が目的だと判断し、近辺の部隊が即応。現場に到着後すぐに攻撃を受けて戦闘を開始。撃破した敵兵士の服装、装備から判断し、今最も危険視されている『Z』であると断定した。戦闘開始は1時間20分前。君達『あだ名付き』にはこれに参加してもらう」
壁面には衛星写真だろう、上空からの写真が表示されていた。
人の群れと言うべき無数の点。
行軍が確認された時の写真だろう。
「爆撃は?」
『鯱』が質問。
「戦闘開始直後、要請があったが失敗した。敵の航空網が既に展開されていたため爆撃機は攻撃を受けて撤退した。その後も敵戦闘機が周回しているため再攻撃が難しく、敵後方にも対空陣形と重迫撃砲部隊の展開を確認している。制空権の奪取が急務だ」
「後方支援砲撃は?」
今度は『白い悪魔』だ。
「爆撃機を追い返した後、敵戦闘機は進軍したこちらの歩兵の後ろの地面を攻撃した。地面が破壊されたため榴弾砲の輸送、設置には難航している。今は迂回路を設定し、進んでいるが攻撃ヘリの展開を確認、進捗は遅々としたもので進んでいない。事実上、陸の孤島だよ」
「味方は何人?」
「3個中隊だ。1個中隊はおよそ200人だね」
「600人? 一人で二人か。でもその感じ、こちらは兵器の輸送は間に合っていないんじゃないかな? 戦車とか」
「輸送車や一部戦闘車は歩兵と共に現場入りし、展開している。しかし火力不足だ。加えて敵の攻撃機が厄介だ。自走砲が二両潰されている」
「歩兵だけでどうにかできる状態ではないね。陸も空も支配されている。海軍の支援は? うちにだって海軍はあるんだろ?」
「ある。空軍もある。しかし、あまり、協力的ではなくてね」
「どこも同じか」
見ると『暴風雨』と『徹甲弾』は興味なさげに煙草を咥えていたり、干し肉をかじっている。
暢気なものだ。
逆に『白い悪魔』は思った以上に情報収集をしっかりとしている。
『巨人』は変わらずおどおどしている。
『鯱』はミッチェルの言葉をしっかりと聞いている。
壁の写真が切り替わる。
「第一、第二中隊が戦線で孤立している。第三中隊が横槍を入れているが弱い所から叩けと言わんばかりに敵は第三中隊を無視して第一、第二中隊を執拗に攻撃している。ここからが君達の任務だ」
『暴風雨』と『徹甲弾』はその時ようやく視線と耳をミッチェルの言葉に向けた。
「この後出撃する第四中隊と合流し第一、第二中隊の撤退支援だ。その後第三、第四中隊と協力し、敵の遅滞戦闘、可能であれば敵重迫と対空網の動きを緩慢にしてほしい」
「具体的な方法は?」
『鯱』の問いにミッチェルは神谷真理をちらりと見た。
「狙撃、出来るか?」
全員の目が神谷真理に一斉に注がれた。
神谷真理は壁面に近付く。
ミッチェルは今の戦場のものだろう、衛星映像に切り替える。
地形的に見れば、山岳地帯というよりは荒野。
岩場が多いが、全体的に見れば平坦と言えるだろう。
岩場という遮蔽物こそあれど壁となるほどの物でもない。
逆に言えば、神谷真理らも、身を隠しきるのは難しい。
加えて、敵の攻撃機なども考えるとむしろ敵は空からの目を持っているのと同じだ。
攻撃力を持った目、である。
神谷真理は顎に手をやって考える。
敵の展開している迫撃砲は十五門ほど。
「攻撃機などは懸念だが、重迫だけなら、狙撃は出来る。しかし対空兵器は、俺は機械には疎いが、狙撃弾でどうにかできるとは思えない。しかしこの距離なら、榴弾砲の脅威が消えれば歩兵が進軍できるし、低空かつこの距離なら対空も反応しないだろう?」
「そうだ。君達も低空の輸送ヘリで現地入りする」
「なら重迫だけを狙撃する。映像を見る限り、砲班長はこいつ。後ろに下がっている奴だ。それよりも前にいる離れて横に並んでいる三人は通信手だろう。これを倒すのが手っ取り早いが、継続的な運用の阻止なら、砲手、装填手、弾薬手は、ああ足元に置いてあるのか、一門、二人で運用しているのか。人手不足だな。まず一門を無力化する。直線状で行う。ラインを引け。……そう、この位置だ。ここなら全門見える。距離は」
「そこなら2603mだ」
「一発は約2.2秒で着弾する。撤回。まずは砲班長を無力化し、指揮が停止した所を順次撃破する。殲滅ではなく、機能の低下で行こう」
「君の判断に任せるよ。それがいいと思う。そうなると距離が少し伸びるね。と言っても5mほどだ」
「問題ない。だがそのタイミングは俺が決める。まずは第一、第二中隊の撤退が先だ」
「そうだね。では早速だが出発準備に入ってくれ。作戦計画はまとめたのを追ってまた通達する。移動中にでも見てくれ。解散」
そこまで言った神谷真理とミッチェルの会話に『暴風雨』が口を離さんだ。
「俺は一体なんで呼ばれた?」
『暴風雨』の言葉に『徹甲弾』、『巨人』が何度も頷いた。
確かに、この三人、というか他のメンバーも呼び出された理由がない気がする。
ミッチェルがああそうかと小さく笑った。
「君達は戦闘能力、特に戦術的戦闘能力が高い。加えて『虎』ともよく一緒にいるからね。仲がいいのかなと思って」
『暴風雨』が神谷真理を見た。
神谷真理は目も合わせず何度も首を振った。
それが約二時間前、最初の戦闘が開始されてからは既に三時間半が経過していた。
戦場は、混沌としていて、作戦会議を行っていた時よりも明らかに悪化していた。
神谷真理はそれに対して、よく知った匂いを感じていた。
敗北の、匂いだった。




