『復讐の虎』と『あだ名付き』達の訓練:ACT 5
『鯱』との激突の数日後、神谷真理は再び『鯱』と会話していた。
タブレット端末の画面を神谷真理が見せ、『鯱』がそれを覗き込んでいる。
『鯱』は、髑髏のマスクは結局着けたままを選んだらしい。
「問題点はそもそも歩兵戦能力がない奴がいるところにある」
「うん」
「『欠落人間』、こいつはそもそもこいつは戦闘向きではない。記録を見たがこいつの特異性は戦力ではなく、吸引力だ、妙な奴を引き付ける能力と言えばいいだろう。こいつはどちらかというと、司令部にいるべき人間ではないのか?」
「しかし、戦闘要員として入っているのにも理由があるのではないか? そもそも俺も記録を見たが、こいつの当時の周りの奴らの戦闘能力はずば抜けていたと読み取れる」
「同じ特性を持つ集団、それらが激突したのが『最も人が死なない最も大きな戦争』。ブラックオプスが危機を感じて出撃準備を行うほどで、国家間戦争にまで発展する一歩手前だった小集団の戦争だ。戦闘力はそれこそ、『あだ名付き』にも並んだかもしれん。それの中心にいた人物がこいつだ」
「そのお仲間を招集することは出来ないのか?」
「ミッチェルに問い合わせを頼んだが、上は許す気はなさそうだ。もう交渉に入って半月以上たってリアクションの一つもないからな」
「訓練への意欲は?」
「真面目ではないが、しっかりとやるし体力も平均、あくまでも一般人の平均よりは上だ。腕立て、腹筋、懸垂、三キロ走、50m走は、少し遅いが。射撃はダメだ。本人が乗り気にならない。戦闘は、無理かもしれない」
「……『虎』、俺がやるか? お前のメインはあの『巫女』だろ?」
「いやダメだ。あくまでも適性を無視してやらせても成長はしない。あいつに合った仕事を探してやる他ないだろう。報告書にだけ書いておいてくれ。部署転換具申だ」
「わかった。他の非戦闘型は?」
「『多重人格』だ。こいつは元々機器の取り扱いに長けている。逆に、肉体労働なんて何も出来ない。普通の燃えるゴミのゴミ袋で全身筋肉痛になった奴だ、鍛えようとすると年単位で必要になるだろう。200m走らせると翌日欠勤する」
「それは……。ああ、あいつか」
「だがドローン操作、遠隔の砲撃、試しにやらせた局地的戦術爆撃のVRは好成績を残した。こいつも支援隊に回した方がいいかもしれない」
「上空支援か。一般兵士に俺達への接触を拒む連中も多いというのは実感しているからな。他部署にも手が回っているのはありがたい話だ」
「お前がこの前一般隊員22人殺したからだろ」
「あれはあいつらが悪い。俺は何も言っていないのに突っかかってきた。あいつだ、オーバーキルド・ステータスグリーンだ。あいつも、この前殺したぞ。食堂でジッポオイルぶっかけて燃やしてたぞ。ちなみに日本語でなんて言うんだ?」
「……過剰殺傷、健康状態良好……。恐らくこの名前は継ぎ接ぎで特徴をくっ付けただけだな。言語化は難しい」
「過剰に攻撃して殺せば殺すほど元気になる、なるほど。これを名詞にするのは難しい。話を戻そう。他部署にも『あだ名付き』を置くことで行動の流れは作りやすくなる。候補には入れていこう」
「そうだな。訓練計画も、少し練り直そう。軍隊経験者の何人か、指導を行うことに前向きな奴もいる。『北欧最高神』と『幼女趣味』だ。こいつらにも訓練教官になってもらおうと考えている」
「あいつは? あそこにいるあいつだ。『原始』だ。女だが、あいつも相当な軍人と思える。あいつの記録の閲覧は俺では出来なかったが」
「あいつは、ダメだ。あいつは、特別だからな」
「……そうか」
神谷真理が煙草を咥えた。
『鯱』は今までの会話をメモしている。
「報告書にまとめたらそれ処分しろよ」と言いながら神谷真理は煙草に火を点ける。
随分と『鯱』は協力的だ。
使われてやる、といった発言には嘘はないようだ。
神谷真理は横目で『鯱』を見る。
メモを取りながら独り言をつぶやいている『鯱』。
どうも、掴めないと神谷真理は考えている。
加えて、神谷真理にはどうしても聞かねばならないことがあった。
煙を一気に吸い込んで、吐き出し、神谷真理は問うた。
「お前とテイラーは、どういう関係だったんだ」
メモを取る『鯱』の手が止まった。
しかし目も合わせず再び再開する。
顔も上げず、『鯱』は気の抜けた返事をする。
「聞いてどうする?」
「……ただの世間話だ」
「そうか……」
『鯱』はメモ帳を閉まってマスクを鼻まで持ち上げて煙草を咥えた。
「俺がまだお前と同じくらいの時だ。つまり二十代になったばかりの頃だ。今でいうジャッカル隊の隊員としてはまだ新人だった俺とテイラーは戦場で、会った。もちろん敵同士だ」
煙草に火を点けて『鯱』は話し出した。
神谷真理は、新しい煙草を咥え直した。
「あいつも当時はまだまだ経験の浅い新兵だった。才能だけで若くしてSASに入れたと聞いている。SASのやり方的に、本当に見習い時期に俺と遭遇したことになるな。そんな状態での戦地入り、余程切羽詰まった事情があったのかもしれない。そこで俺と遭い、それからは腐れ縁だ。どこに行ってもあいつがいた。会う度に強くなっていったあいつを俺は何度も見た。その度に俺は、俺たちは、あいつの味方を殲滅した。だがあいつは、その度に、また強くなって次の精鋭部隊を連れてくるんだ。間違いなく、今のSASを作ったのはあいつだ。そして今のブラックオプスを作ったのもな」
「ブラック、オプス」
「あいつはいつの間にか、正規軍最強とまで言われるようになった。狙撃任務も伝説となっているな。1500m先の射幅8㎝の隙間内部の敵を撃破している伝説の狙撃。それが、お前に狙撃を教えた男、テイラーだ。俺はそんな男と10年以上、戦い続けたんだ。だがいつからかあいつは人を育てることに注力し、『あだ名付き』が立案されてからはその候補者を探す正規軍側の人間として手広く活動を始めたようだった。それを、どうも俺は違和感を覚えたな」
「というと?」
「いや、ただ、まるで死期を悟ったかのような行動だと、思っただけだ」
「……」
「とかく、腐れ縁だ。そんな腐れ縁のあの男が最後に残したお前という遺物を、俺は確かめねばならない」
「友人、だったのか?」
「そんなのではない。ただ、いるのが当たり前だったんだ。戦場でかち合うのが当たり前の日々。あいつが消息不明となって半年以上だ。今どこにいるかもわからない。死んでいる可能性の方が高い。だから、お前を見ることに変更したんだ」
「……そうか」
「そうだ」
『鯱』は煙草を吸って、吐いた。
神谷真理は横目で確認するが、目元はマスクで覆われているのではっきりとは見えない。
何を考えているかは、そこからは読めなかった。
暫く、お互い無言の時間が続いた。
ただ煙を吸い、吐くだけの呼吸音だけの空間。
そんな時間を断ち切るように神谷真理の端末が鳴った。
スピーカーにして応答する。
ミッチェルだった。
「『虎』、『鯱』もいるな? 任務だ」
2人は顔を見合わせる。
「『Z』が動き始めた」
『鯱』が神谷真理の顔を見て言う。
「2度目のお手並み拝見だ。テイラーの弟子」




