『復讐の虎』と『あだ名付き』達の訓練:ACT 4.5
ミッチェルは執務室にて書類仕事を行っていた。
神谷真理を主教官として実施している訓練の経過や神谷真理が提出している適性能力を記録や資料に落とし込んでいる所だった。
人員が足りず、物資も足りない。
幾人かは銃の扱いは素人以下。
参加こそしても訓練への意欲が高い訳ではなくあくまでも神谷真理への好奇心で近くで見るためのものだ。
軍人としての基礎力が付いたとは、言い難い。
ミッチェルは、頭を悩ませている。
コーヒーカップの横には栄養剤の瓶が転がっており、長時間業務にあたっていることが窺える。
もう時刻は夕方だ。
訓練場の映像が映し出されたラップトップを確認すると神谷真理が訓練を施している。
何やら『鯱』と会話して、『鯱』の足を軽く蹴っている。
「この様子だと、『鯱』は話したのか」
ミッチェルはラップトップのページを切り替える。
『鯱』の情報が記載されたページだった。
「『鯱』:
∑と識別呼称を与えられた組織の元構成員。
同組織は9.11に強い関係があったと予想されており世界中から危険因子として扱われていた。
今現在は9.11当初下級幹部だった『ジャッカル』と呼ばれる男が統括となっており、『ジャッカル隊』と呼称される事が多い。(以下ジャッカル隊)。
『鯱』はこのジャッカル隊の第一大隊の大隊長であった。
同大隊は神谷真理の第13竜騎兵落下傘連隊を離れる事由となった任務の対象であり、その1年後に神谷真理が起こした反逆事件の最終目標でもあったと予想されている。
この事件中神谷真理は『復讐の虎』と呼ばれた。(別項詳細)
同反逆事件終盤に両名は戦闘を行い、引き分けているがその後『鯱』はテイラーと接触し、その後『あだ名付き』へ任命されている。
正規軍最高峰とまで言われたテイラーと呼ばれた軍人と敵対関係にあり、総勢遭遇回数が100回以上あったとされている。
テイラーが率いる大隊でも勝ち越せないほどの練度を誇ったとされ、その因縁はテイラーの初任務から始まったとされている。
その間、かなりの犠牲者が出ており、重要指名手配犯とされていたが補足には至らなかった。
戦闘能力は卓越した物があり、数多くの特殊部隊を殲滅する程。
『鯱』の呼称とは異なり、右肩に狼のタトゥーが彫られているのが特徴。
戦闘能力以外にも指揮能力や基礎的な知力にも長けている理想的な軍人と言える。
入隊の目的は神谷真理への接触としており、ある程度の観察が済めば姿を消すと宣言している。
……」
ミッチェルは、途中までで読むのを辞めてこめかみを抑える。
「殺し合いに発展しないか恐れていたが、そうはなっていないようで良かったと、今はそう思おう」
正確にはしっかり殺し合いに発展しているがそれはまだ彼の耳には入っていないようだ。
知らぬが仏。聞かぬが胃痛の防止、だ。
ミッチェルは栄養剤の瓶を開けて一気に煽った。
「次は武器弾薬の経費申請と追加発注手配、あとは神谷君から頼まれている一般隊員への訓練への協力……」
その時、執務室の扉がノックされた。
ミッチェルはため息を吐いて、また一拍置いてから返事をする。
「どうぞ」
入ってきたのは、『悪魔の王』だった。
「また、『虎』についてか?」
ミッチェルが聞くと彼は小さく笑った。
肯定らしい。
勝手に歩き回り、コーヒーを入れ始める。
「『ジャッカル』」
『悪魔の王』からその単語が出た瞬間ミッチェルの肩が震えた。
「その反応、知ってるね」
『悪魔の王』がにやりと笑った。
ミッチェルはしまったと額を抑える。
「二人の会話を聞いたよ。どうもその『ジャッカル』が強い影響を与えてあの二人を結び付けたらしい。神谷真理の、いやあえて『虎』と言おうか、『虎』の運命を強く導いているのかな。私なりに調べたよ。『ジャッカル』、『玄武』、『ラーヴァナ』、『アヌビス』、『スイレン』、今の世情の最大危険因子とされる5つの勢力だね。そのうちの一つが、『あだ名付き』の隊長である『虎』と強い因果があると思わせる発言を『鯱』がしていた。彼とは接触したことがある。まさかここに来ていたとは私も顔を見るまでは気付かなかったよ。テイラーは未だに不鮮明だが、どう繋がるのかな?」
『悪魔の王』の言葉にミッチェルは言葉を返さずコーヒーを一口含んで乾ききった喉を潤す。
『悪魔の王』も入れたコーヒーを一口含んだ。
「お得意のコネで探してくれ。今は正直忙しいんだ。世間話はまたにしてくれないか」
少しだけ棘のある言い方を返すミッチェル。
書類仕事を再開する。
「『あだ名付き』は『ジャッカル』を倒すことが目的で結成された部隊なのかな? それとも別の目的がある? 噂の『Z』? それとも、『愛国者』?」
ミッチェルがペンを落とした。
「君が何故『愛国者』を知っている」
「色々私なりに調べたんだ。大変だったよ。何本電話したかわからない。『死線』『夜明け分隊』『無限分隊』『AWB戦』そして『愛国者』。ここまでは薄っすら見えてきた。『FDL』、でしょ? この組織は、『FDL』の、後釜なんだってことも、なんとなくわかった」
「そこまでわかっているのなら」
「だが解せないんだ。まだ『FDL』は生きている。大損害を受けたまでの事で、それをきっかけに、かつてのネームドの復活もちらほら確認されている。『戦闘狂』、『肉食竜』、『処刑人』、『戦斧姉妹』などなど。戦力は、補われている。世の中不思議だ、誰かの代わりは必ず現れる。しかし、なのに、だというのに」
「……」
「もう『FDL』が終わることが決まっていて、それに向けて世界が動いているように見える」
「……そうだな」
「『愛国者』の存在は知っている。それが絶望的な影響力を持っていた存在だと。しかしそれは『死線』が滅ぼしたはずだ。なのに、世界は『愛国者』のレールの上に居続けているように感じる。それは、何故なのかな? この組織も『あだ名付き』も、まるで、何かを再現しようとしているようじゃないか? 神谷真理の情報を隠し続けているのは、まさかそれから守るためか? どうなんだい?」
「……」
「あくまでも黙秘、か」
ミッチェルは、無表情を作って『悪魔の王』を真っ直ぐ捉える。
「『彼の本質を理解するのは恐らく君でも難しい』、あなたは前回私にそう言ったね。だから私は考えた。本質、そして彼に感じている違和感。総合的に判断した今現在の私の見解を話すよ」
「……」
微笑みを浮かべている『悪魔の王』にミッチェルは手の平を見せる。
続けて、という事らしい。
「神谷真理、いや、フランス軍時代の『復讐の虎』と今の『復讐の虎』は、別人、なんじゃないか?」
「どうしてそう思う?」
「直観だ。あの時に見た彼とここで見ている彼とでは、動き方、特に戦い方が違うからね。間近で見ているからわかる。特に、それくらいからだものね、眼帯をし始めたのは。フランス軍時代に何があったのかを、知る必要があるね。そして、『9.11』、か」
ミッチェルは咄嗟にラップトップに手を置いた。
置いてしまった。
「なるほど。記録の中には、あるんだね?」
『悪魔の王』の言葉にミッチェルは再び、しまったと胃が痛んだ。
「それが分かれば、十分だ。今はね」
『悪魔の王』はミッチェルに背を向ける。
「そして君は、『愛国者』のその後の世界を『復讐の虎』、神谷真理が作り出すと期待しているんだね? ……逆か? 壊してほしいのか?」
「……」
「また、来るよ。テイラーの事も調べておこう」
『悪魔の王』は言い残して、結局一口しか飲まななかったコーヒーを置いて、部屋を後にした。
もう誰もいない所に向けてミッチェルは小さく呟いた。
「君でも手の届かない所にも、『虎』の弾丸は届くんだよ。彼の弾丸が、きっと世界を変えるんだ」




