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『復讐の虎』と『あだ名付き』達の訓練
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『復讐の虎』と『あだ名付き』達の訓練:ACT 4

 訓練開始から約三か月が経過していた。

 結局『あだ名付き』を軍人(・・)として育てることは出来なかった。

 体力的には申し分ない。

 戦闘能力もずば抜けて高く、技術も高い。

 しかし協調性はなく、仲間意識など存在しない。

 トレーニングもやりはするが途中で遊び始め、隠れていなくなる者もいる。

 射撃訓練はどちらかと言えばゲーム感覚だ。

 それでもやっているので制度は確実に上がってはいるのだが。

 次いで戦闘訓練。

 野戦戦闘訓練、屋内強襲訓練、突入訓練、逆に防衛訓練、少し遠出して海辺での簡易水中戦、落下傘訓練なども行った。

 しかしどれも、彼らには響かなかった。

 どれも全て遊び感覚でしかしない。

 もちろん全員ではない。

 軍隊経験者や非正規ではあるが武装組織に所属していた者も多い。

 しかし皆我流で、それを統制しようとは考えていないのだ。

 故にあくまでもこの訓練においても自身の技術の向上としか思っていない。

 個人の練度は上がっても、組織としての練度は一向に上がっていない。

 学ばせるためにも分隊制にしてチーム戦などをやらせているが仲間割れが始まったりなど問題は多い。

 神谷真理は頭は悩ませていた。

 どうやっても、協調性を発揮してくれはしない。

 いくつか、最初から徒党を組んでいる者もいるがそれは例外として、部隊としての100人ではない。

 これでは1×100だ。

 100人がその場にいるだけ。

 これではどう扱っていいかなんてわからない。

 比較的言う事を聞く連中もいる。

『フランスの暴風雨』、『ロシアの白い悪魔』、『イタリアの徹甲弾』、『アメリカの巨人』だ。

 あの日、神谷真理の下へ来た者たち。

 記録では、皆テイラー(・・・)に縁のあった者達と記載されていた。

 それ故か、神谷真理への多少の歩み寄りを感じる。

 唯一しっかりとした訓練を理解して実施してくれる。

 皆正規軍経験者、というのもあるのかもしれない。

 あくまでも自身の戦闘スタイルのまま、というのは変わらないが。

 それを軸に考えて神谷真理はチームとしての統制を諦めようと考えていた。

 神谷真理は煙草を取り出した。

 ネックウォーマーを下ろして、煙草を咥えて火を点ける。

 今周囲には誰もいない。

 休憩と称して神谷真理は一人になっていた。

 騒がしい連中の前で考え事は続かないからだ。

 眼帯も外した。

 火を点けて紫煙を吐き出す。

 その時、神谷真理の背中に緊張が走った。

 ネックウォーマーを下ろしたことで露出した左頬の傷跡が一気に赤く染まった。


「休憩中だ、何か用か? 『鯱』」


 神谷真理は振り返らずに言う。


「どうして見ずにわかる」


『北欧最高神』も同じようなことを言っていたなと神谷真理は思い出し、振り返る。


「加齢臭とかではないぞ」


「……そうか」


 振り返ると『鯱』がいた。

 屈強な肉体を戦闘服で包んだ如何にもな軍人スタイルな恰好。

 そして特徴的な髑髏柄のマスク。

 目の部分しか見えないため表情はもちろん、素顔も見れない。

 しかし、その背中には妙に、戦意を感じた。

 だが彼は今、手ぶらに見える。

 弾納にも、弾倉は入っていない。

『鯱』は神谷真理の横に来た。


「今後訓練どうするつもりだ? 新兵教育としての平均である3か月は超過した。普通なら適性ごとに人員を割く段だろう。どうするつもりだ」


「それが分かれば、こんな所にいない」


「悩んでいるのか」


「実力がないだとか、経験がないだとかなら、最悪時間をかけることを覚悟すればいいだけだ。だがあいつらには実力も経験もあるが、意識がない。自意識か」


「『個』でしかあれない、そういう事か」


「軍隊として、部隊として、ある事は出来ない。この3か月間で、よくわかった。あいつらは戦いを望んでいるだけだ。自身の理由のためだけにな。だから、方向性を変える」


「つまり」


「適性訓練に入る。それぞれの分野に精通した戦い方を伸ばしてもらう。歩み寄りはもう求めない。戦場を、あいつら色に染める」


「好き勝手に戦えと、言う事か」


「それが恐らく、あいつらが最も強い(・・)瞬間だ」


「だが、剣や弓、ナイフしか使わない奴らもいるぞ。どう育てる」


「その状況で状況訓練だ。その方法しか選べないのなら、そうさせてやる。もちろん銃を知らない奴らには教えた上で決めさせるが」


「なるほど。確かにそれが一番だが、お前はどうする?」


「俺も出来る限りの面倒は見る。一般職員にも協力を仰いで」


「お前の話だ」


「……は?」


 神谷真理が顔を横に向けると髑髏の目があった。


「お前は、ここでどうするんだ?」


「……何を」


あの時(・・・)見たお前とは随分違う。人が違うみたいだ。お前はここで、誰と戦う? 何のためにここに来た?」


「ここに来たのは、釈放の条件だったからだ」


「テイラーとジャッカルだろ」


「お前何を知って」


 神谷真理の左頬が激しく脈打った。


「ここへの入隊はお前が防衛局と戦う前から決まっていた。テイラーが推薦状を書いていたからだ。釈放の条件はあくまでもAWB戦だろう。お前はここで何をする」


「……」


「『復讐の虎』、今のお前を見せてみろ。正規軍最強の軍人、テイラーに育てられた最後の戦士、神谷真理。俺はお前の深淵(・・)を見にここまで来たぞ」


『鯱』は数歩下がって拳を構えた。

 神谷真理は煙草を指で弾いて捨て、親指で自身の口元を拭いた。


「ジャッカルを殺しに来たのか。それともその先を望んでいるのか、見せてみろ」


 瞬き一つ。

『鯱』は神谷真理の目の前に立っていた。

 しかし神谷真理にはそれがしっかりと見えていた。

 その巨体から振り下された拳を左手で受け流して懐へ相手の体重をそのまま生かして肘内を鳩尾に。

 体勢が一瞬崩れて体重が前に乗ったのを見逃さず右足を横から蹴りつけて姿勢を更に崩す。

 そのまま流す勢いで下がっている左足の膝上を蹴りつけることで『鯱』の姿勢を完全に崩す。

 そうすることで『鯱』の顔面が神谷真理の丁度いい(・・・・)位置に来る。

 神谷真理は下りてきた『鯱』の左顎に向けて膝蹴りを放った。

 しかし『鯱』もただ者ではない。

 そうされながらも彼のその目は最後まで神谷真理を捉えていた。

 即座に反撃。

 神谷真理の膝蹴りの勢いを流すように回転させた体で後ろ回し蹴り。

 咄嗟に防いだ神谷真理の右腕に重いかかとが激突した。

 耐えきれずに神谷真理は蹴り飛ばされてしまう。

 さすがに体格差だ、圧倒的に不利だ。

 だが神谷真理も怯んで止まるなんてことはしない。

 蹴飛ばされた勢いを地面に転がる事で打ち消して一気に再接近。

 迎撃に前蹴りをは放った『鯱』の足を取って掴むようにして飛び上がった。

 さながら棒高跳びのようだ。

 そしてその勢いで『鯱』の顔面へ飛び蹴りをぶち当てた。

『鯱』の動きが止まった。

 しかしその目は神谷真理を真っ直ぐに捉えていた。

 着地した神谷真理を真っ直ぐ見て、『鯱』は言った。


「さすがテイラーの弟子」


 そう言って『鯱』は膝を付いた。

 脳震盪が起こっているのか膝を震わせながら彼は続ける。


「成長したな。弱くなったと思ったが、方向性が変わっただけか。それは、今後見極めていこう」


 ふらつきながら、『鯱』は立ち上がる。

 神谷真理に目を合わせる。


「お前は、誰だ」


 神谷真理はそう問う。

 記録では『鯱』の出身の詳細は不明となっていた。

 どこから来たのか、どういう経緯でここに来たのかの一切が明かされていない。

『鯱』はゆっくりと手を上げ、髑髏のマスクを、外した。

 それを見て神谷真理は、驚愕の表情を浮かべる。


「お前、あの時の……」


 マスクを完全に外した『鯱』。

 短めの金髪に眉間に皺の寄ったしかめっ面。

 その目力は、それだけでネズミくらいなら死んでしまいそうなほどに強い。

 屈強な肉体に似合った戦士の表情であった。


「ジャッカル隊の!」


 神谷真理の左目が、激しく痛んだ。 

 神谷真理が腰の拳銃に手を伸ばす。

 しかし。


「止せ若き『虎』。俺はお前と戦いに来たのではない。あの時(・・)言ったはずだ。俺はお前を追うと。またお前の下へ行くと」


『鯱』は制止のため挙げた手をそのままに言う。


「あの防衛局への反逆行為の末のあの戦場で、俺はお前にそう言ったはずだ」


『鯱』は続ける。


「あの時『悪魔の王』を追うためにお前との戦闘を中断せざるを得なかった。しかし、あの時お前には違う嫌な気配(・・・・)を感じていた。それを確かめに来た。だから俺はお前と敵対する気はない。協力する」


「何を……」


「訓練の手が足りないのなら俺も指揮官として活動していた経験がある。助力は出来る」


「信じられると思って」


「お前の目的はジャッカルを倒す事だろう。そしてテイラーの消息を追う事か? どちらでも構わない。使える物は使え。使われてやると言っている」


『鯱』は手を下ろした。

 神谷真理も腰に伸ばした手を下ろした。

『鯱』は神谷真理に背を向けた。


「先に戻っている。俺の役割は後で割り振ってくれ」


 そう歩き出す『鯱』に神谷真理は突如としてドロップキックを放った。

 前方に飛ばされる『鯱』はそのまま雨水排水用のパイプに激突した。

 どうやら金具に当たったらしく、彼の足元に大粒の血の雫が何個も落ちた。


「お前……何を」


「なんか癪だったから」


「……くそが。なんだその理由は」


「かっこつけてんじゃねえよ。勝手に仲間面するな。正体を知った以上警戒するぞ」


「……好きにしろ」


「医務室は自分で行けよ」


「……クソが。思った以上に嫌味な性格だ」


 振り返った『鯱』の額は割れて真っ赤な血を流していた。

 切れているだけで頭蓋骨にまではいってはいなさそうだ。

 ぶつくさ言いながら去って行く『鯱』を見送りながら、神谷真理は煙草に火を点けて。

 舌打ちをした。

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