『復讐の虎』と『あだ名付き』達の生活:ACT 4
「何が言いたい」
神谷真理が『悪魔の王』に向かってそう言ったことで場が一瞬で凍り付いた。
他の者たちも動きを止めて彼らを振り返った。
尋常ではない空気感。
他の『あだ名付き』達も空気が一変したとわかったようで何割かはその顔に緊張を走らせた。
「君はどうして、大人しくしているのかな?」
『あだ名付き』たちは二人を囲むように集まってきた。
ギャラリーだ。
『悪魔の王』はギャラリーが出来たことなど意にも介さず続ける。
「どうして上の言うことを聞いているんだい? 前みたいに歯向かえばいい。何なら一緒に戦ってもいい。私の知っている君と、今の君は違いすぎる。まるで……別人だ」
神谷真理が左目の眼帯を外した。
自身の左目の奥が疼いているのを、彼は感じていた。
神谷真理の雰囲気が一層尖ったものとなった。
『悪魔の王』もそのようで、腰から拳銃を抜いた。
ギャラリーの中から声が聞こえた。
「お前何やって『あだ名付き』に来た」
神谷真理は答えなかった。
わざわざ答える必要もないし、前もって教える事でもないと彼は考える。
どうやら神谷真理は『あだ名付き』の情報を提供されていても逆は全くないらしい。
答えない神谷真理に代わって『悪魔の王』が答える。
「フランス防衛局への反逆行為。彼は戦闘許可を持ち得ていない状態で所属不明の組織と戦闘を行った結果反逆者として防衛局の戦闘員に追われることとなった。そうしながらも彼は敵組織を壊滅させて計画を阻止している。そうだろ? 『超新星爆発』、彼と戦った生き証人」
ギャラリーの視線が一斉に一人を振り返った。
白いパーカーを着ている長身の男。
不健康そうな顔でそれらの視線を受けて、少しばつの悪そうな顔をする。
「急に指名しないでくれないか。台本をくれよ」
「で、どうなんだ? 『悪魔の王』の言っていることは本当か?」
先程の神谷真理をガキだといった男、『北欧最高神』だ。
『超新星爆発』は頷く。
「『復讐の虎』が戦った組織というのは私がいた組織、正確にはその一大隊だ。我々は、彼一人に負けたんだ。で、ここにいるのが今の私だ」
ギャラリーの視線が神谷真理に戻る。
『北欧最高神』が言う。
「大隊を一人で? そこまで経験豊富だとは思えない」
『悪魔の王』が答える。
「防衛局に追われながらだ。私はそれを見ている。あの時の彼は一言で表すとしたら、『狂人』だ。何かはわからないが、遠めに見ても彼の背中には巨大な『怒り』が見えた」
「だから『復讐の虎』か」
「じゃあ何かい? こいつは味方を殺して反逆者になったくせに俺たちが味方を殺すのはダメだってのかい? 勘弁しろよ。自分も同じことをして反省しましたのであなたたちもやめてくださいみたいな教科書にありそうなことほざこうってのかこいつは」
ギャラリーから失笑が起こる。
神谷真理はどうでもいいとばかりに答える。
「殺していない。話すかは知らんが、ミッチェルに聞け。あいつなら知っている」
『悪魔の王』が驚愕の表情で『超新星爆発』を振り返った。
「確かに、我々以外の死体を見たという報告はあの戦いでは一度も聞いていないな」
「いやありえない。私は見ていたぞあの最後の戦いの瞬間も。君は総勢二万人に追われていたはずだ。それを相手に無力化だけで処理していたというのか」
「事実だ。あれは俺の独断専行。味方に罪はない」
ギャラリーがざわつき出す。
『北欧最高神』が顎の鬚に手をやっていう。
「二万人相手に逃げ切ったのかこのガキは」
「てか、その組織の計画ってなんだよ」
1人の言葉に『悪魔の王』が即答する。
「核」
それに追従して『超新星爆発』が少し嬉しそうな顔で答える。
「私が作った奴」
何故か感嘆の声が起こる。
「じゃあそこで核を止めるために戦って、『復讐の虎』になったわけか」
「時系列おかしいだろ。別の何かがあったから反逆行為をして『復讐の虎』って識別コードを与えられたんじゃないの? その行き着いた先が核だったってことじゃね」
「頭いいなお前」
「わかる」
「じゃあ、あの白い髪とか肌は被爆か?」
「違う違う。発射できていないから。その前に止められちゃったから。彼が被爆してるなら私もそうなってないとおかしいでしょ」
「「あ~」」
少しだけ知能が低そうな会話に『超新星爆発』が捕捉を入れる。
確かにそれだと辻褄は合うが。
皆の視線が神谷真理に固定される。
皆の興味が一斉に彼に向けられた。
「ガキ。お前の復讐は、果たせたのか?」
『北欧最高神』が葉巻を咥えながら神谷真理に問う。
神谷真理は答えない。
「誰への復讐だ? そいつに家族でも殺されたのか?」
顎を指された『超新星爆発』は首を振る。
神谷真理の視線は『悪魔の王』だけを見ている。
『悪魔の王』も同様だった。
「君は皆を従えたいと思っているようだ。しかし、それが出来る相手ではないのはわかるはずだ。せっかくだ、皆に君の実力を示すのも悪くないだろう」
神谷真理は『悪魔の王』から目線を外さず歩き出す。
彼の周囲を円を描くようにして回る。
列の奥に『鯱』が見えた。
彼が頷いたのを確認。
『鯱』と『悪魔の王』の線が一致する位置まで同じように円を描いて歩き続ける。
『悪魔の王』が一瞬で構えた拳銃を撃ち放った。
『鯱』がその射線にいた他の『あだ名付き』を押し退けることで被弾者は誰も出なかった。
神谷真理は、ほぼ動いていなかった。
首を少し曲げただけで弾丸を避けていた。
『悪魔の王』の表情が嬉しそうなものへと変わる。
口角を吊り上げて、笑う。
「その左目は何だ? 間違いなく、見えているね? この三メートルほどのこの距離で、君のその左目には弾道が見えていた。……興味深いよ」
神谷真理の左頬の傷跡が、赤く脈打っていた。
「見せてくれよ。『復讐の虎』。君の本質が見たいんだよ私は」
『悪魔の王』の声には興奮が混じっており、その眼差しには狂気とも取れる期待が宿っていた。
『悪魔の王』が再度銃口を上げた。
周りを見ると『あだ名付き』たちは地面に伏せて、というか、寝転がってスポーツ観戦でもしているかのようだった。
拳を上げて歓声を上げるようにしている。
1人が「摘みと酒がいるな」と歩き出したのがきっかけだった。
引き金が引かれた。




