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BAD NAME  作者:
『復讐の虎』と『あだ名付き』達の生活
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『復讐の虎』と『あだ名付き』達の生活:ACT 2

「今の君達では、勝てない」


 ミッチェルの言葉を受けながら神谷真理は煙草を吸う。

 考える。

 自分がいる立場を改めて。

 神谷真理はあまり深く説明されない状態でここに来ている。

 今彼も混乱している。

 ここに来てから情報が多すぎて処理が到底追いついていない。

 その上であのよくわからない連中の訓練。

 とてもではないが背負いきれるものではない。

 ふと気配を感じて神谷真理は左を振り返った。

 そうしながらミッチェルに聞く。


「逃げた奴らは帰ってきたのか?」


「ほとんどが遭難に近い形でさ迷っていたから保護した」


「馬鹿じゃないのか?」


「否定がし難いな」


 振り向いた先を見るとそれこそ『あだ名付き』がいた。

 神谷真理は思い出す。

 が、どうも思い出せない。

 さすがに99人だ、記憶の抜けもあるだろう。


「あれは?」


「ああ、『世界を穿つ隕石』だ。彼もなかなか妙な人間さ」


「……ああ、なんだったか。体温がめちゃくちゃ高いんだったか」


「そう。40度付近が平熱だ。それ以上になることも多い。発見時自分の体温で内臓は爛れていたんだ。今別組織、AWBで君が共に戦った組織の技術部に冷却装置を依頼している所だ」


「隕石、ね」


「降ってきたんだ。落ちてきた、という方が正しいかな」


「空からか?」


「誰かと戦った後ではないかと推測されている」


「空中戦? 空軍か?」


「……『カッコウ』だと仮説が立てられている。何せ数年前だ。もうわからんよ」


「『カッコウ』とは」


「いつか、それも話そう。君の階級が上がれば秘匿情報への閲覧権限も拡張される。特別待遇とはいえそれは行動の結果だけだ。行動の幅自体は当然制限を与えねばならない」


「形の上では指揮官、だからな、それもしょうがない。2等軍曹如きでは、それもそうだろうな」


「この組織は入隊条件は3等軍曹以上だ。君は入隊前一等兵兵長候補だったからね。無理矢理に2等軍曹に昇級された。だが君は今後危険な任務に就き続ける。直ぐに尉官になる。今は待て」


 見るとその『世界を穿つ隕石』の周囲の空気は揺らいで見えた。

 錯覚だとも考えられたが見るからに、他の場所と景色の見え方が違う。

 その顔は、少しだけダルそうだった。

 若い。

 恐らく30の手前。

 短めの色素の薄い茶髪。少し赤い肌。

 一部、爛れたような皮膚が鱗と見紛うほど層になり特異な性質を表現している。

 ダルそうな顔をした彼はふと神谷真理を振り返った。

 目が合う。

 先程とは違い、体中から汗を拭き出している『世界を穿つ隕石』。

 それが湯気となって体に纏っている。

 彼が小さく口を開いた。


「……熱い」


 暑い、ではなく、熱いと言った。

 神谷真理は近くの自販機に硬貨を入れて缶ジュースを2本ほど購入。

 歩き出した『世界を穿つ隕石』に投げつけた。

 背中に当たって落ちた缶ジュースを振り返った彼は神谷真理を見た。


「せめて水分は常に摂れよ。自己管理しろ」


 無言でそれを拾って、やはり無言で去っていった。


「あれで戦えるのか? 常時熱中症だろあれ」


「戦闘能力は折り紙付きだ。1人で大隊と戦っている」


「化け物か。誰かと戦った後なんだろ?」


「負傷していたしね。彼には戦闘の記録が少ない。被害だけが大きい。実態は謎だ」


「含みがあるな。何が言いたい」


「生存者の証言だ。彼の戦闘域にて謎の現象が観測されている」


「……熱反応?」


「音だ」


「音?」


「『音が消えた』、そう記録に残っている。極小の範囲だが。彼との戦闘中混戦に発展した。その現象が観測された時、『世界を穿つ隕石』が目の前に現れた、と。部隊は壊滅したからその時には実態も把握できていない。後日誰かと別の戦闘を行ったようで、別の支部の門前に気絶した彼が放置されていたことから逮捕に至った。それが誰かもわかっていない。彼の追及はほぼ不可能だ」


「……念のためだが、人間なんだな?」


「調べた結果、人体構造は同じと判断された。代謝の回転数が尋常ではないのと、驚異的な筋肉の柔軟性故の素早い動き、程度のものだ。それも人体の限界を超えてはいない。……謎としか」


「とりあえず、冷却装置を急かしてやれ」


「話を戻そうか」


 神谷真理は頷いて煙草に火を点ける。


「戦闘能力が高いのは経験と性格ゆえの躊躇のなさから来てるだろうな。人を殺す事や戦うことへの躊躇がない人間が最も危険だ。その癖あいつらは敵味方への分別がない。しかし『あだ名付き』同士の戦闘は見られていない。あいつらなりの基準は、あるんだろうな。本能か、利害関係かは知らんが」


「一部では今現在宿舎でも喧嘩騒動は起こっているが、確かに戦域でも移動中でも、それはなかった。今後の行動の基準にもなる。記録しておこう」


「軍事訓練となると目的をどこに絞るかだ。戦力の統制なのか、仲間意識の植え付けか、足並み揃えて一緒に歩きましょうって奴らには見えないが、どれを上は望んでいる?」


「戦術だとかそんなものはどうでもいい。1人でも部隊を決壊させるような者たちだ。いっそ個人でやらせた方が結果を残すだろう。しかし以前も言ったように君達には倒してもらわねばならない相手がいるからね。君に彼らへ教えてやってほしいのは違う戦い方が存在する(・・・・・・・・・・)という事実だ。そのためにもまずはそれぞれの適性から見て武器選びをしてやってほしい」


「兵器の統制をしない?」


「君のAWM、HK416Fもそうだが、基本ここはよほど奇怪でなければ本人に任せている。作戦行動に影響が出る場合は違うがね。腕に掘削ドリルみたいのを着けた者がいただろう」


 確か名前は『オオスズメバチ』。

 敵を突き刺して殺していた。

 他の武器ももちろん持っているだろうがなるほど、そういう物もありなのか。


「じゃあ、訓練計画は順次作成の方向で行く。まずは、走って、撃たせる。座学は、無しで良いだろう」


「座学は君も嫌いだと聞いている」


「うるせえよ」


 神谷真理はミッチェルが持っていた書類を受け取る。

 先日の任務での『あだ名付き』の行動記録が記載されていた。

 それを少し読んで、彼はため息を吐いた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 少し時期を時間をずらしてミッチェルの執務室。

 神谷真理が訓練を受託した後、処理業務にあたっていたミッチェルはノックの音で顔を上げる。


「どうぞ」


 入ってきたのはどこにでもいそうな青年。


「『悪魔の王』か、どうした」


 入ってきたのは『あだ名付き・悪魔の王』だった。

 彼は扉を丁寧に閉めて薄く笑う。


「『虎』について知りたい。いや神谷真理について、だ」


「どこで本名を知った。名乗るなと彼には言ってあるし他の者にも情報統制が成されているはず」


「ここに入る前にね。その前にも彼を見ている」


「『虎』を訂正して、彼の本名で聞いた来たということはそれ以前が知りたいということか? 彼の名前を知っているのなら、経歴も知っているはずだろう?」


「いくつかの経歴が空白になっている。過去の事から軍人に至ったのはよくわかるしコネもあったとも理解出来る。陸上自衛隊入隊後は第一空挺団、そこで彼は体力検定で最年少記録を叩き出す持ち前の才覚と防衛省の意向で空挺レンジャーと一般レンジャーの2回レンジャー経験を経ている。その後は特選群への配属を想定した特殊訓練を受けた。彼のその時の階級は一等陸士。兵卒だ。曹ですらない彼が本来そんなところに行けるはずがない。いくら優秀でもね。特選群訓練を終えた後皇宮の警備に2週間ほど参加した後情報偵察隊に入った。年度末に行われる多国合同演習に参加するための人員が不足している、という理由から無理矢理に転科(・・)した。転科は曹からだ。兵卒はいわば契約社員、本人の意向を数度具申し続ければあるいはだが本来はあり得ない。その後そこで彼は2週間体験という形で狙撃を経験するが89式小銃での中距離狙撃だね。そして合同演習。やはり優秀だ。彼は記録を塗り替えた。ここあたりの記録も、処分された形跡があるからもっと何かがありそうだが」


「よく調べたね」


「その後、彼は参加していた某欧州国の組織にスカウトされてフランス陸軍へ入隊した」


「第三者の介入、意思があったとしか思えない。都合がよすぎる、そう考えているね」


「その通り。加えてフランス陸軍入隊後の新兵教育を彼はわずか3か月で終えて部隊へ配属された。基本訓練ではなく、新兵教育課程修了となっている。本来新兵教育課程は3か月の基礎訓練と部隊配属からの3か月での部隊基礎訓練、その後の約一年間、合計1年8か月での新兵教育という課程がほぼ全世界で統一されている。しかしそれを彼は3か月だ。経験があるとはいえおかしい」


「そこまで知っているのなら知っているな」


「『愛国者』」


「……」


「しかしそこはどうでもいい。入隊後彼は初任務へ向かっている。だがそれ以降の記録のすべてが存在していない。唯一あるのは第13竜騎兵落下傘連隊へ配属されていた、いうことだけ。何故だ? 私が彼を見た3か月前の戦いまでの間に彼がいた道筋が消えているし、何より違和感がある」


「違和感?」


「彼は私が知っている『虎』と同一人物には見えない」


「……」


「……まだ隠された彼の素性がありそうだね」


「彼の本質を理解するのは恐らく君でも難しい。それも、わかってくるだろうね」


 ミッチェルが頬杖を突いてそう言う。

『悪魔の王』は頷いて、ミッチェルに背を向けた。

 扉を開けて、振り返る。


「あ、そうそう。まだあった」


「ん?」


「テイラーって誰だい?」


「……私の古い友人だよ」


 そうか、と笑って『悪魔の王』は退室した。

 ミッチェルは、また頭を抱えた。

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