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BAD NAME  作者:
『復讐の虎』と『あだ名付き』達の生活
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『復讐の虎』と『あだ名付き』達の生活:ACT 1

「君には『あだ名付き』達に軍事訓練を施してもらう」


 早朝。

 神谷真理は朝食を終えた後、嫌にやつれた顔のミッチェルと外の喫煙所で顔を合わせるや否やそう言われる。

 煙草を吸っていた神谷真理は何を言われたかわからないと言った風に固まり、煙草の灰がぱたりと落ちた。


「前回の作戦では実力は想定以上だった。しかしあれでは今後任務を与えるにも厳しい。よって本日より君は」


「待て待て待て!」


「ん?」


 疲れた顔をしたミッチェルが事務的に書類を読む口を止めて顔を上げた。


「てっきり『あだ名付き(あいつら)』の事で軍法会議にでも出ろと言われるんだと思っていたが、何? 訓練だって? 逮捕されていないのか?」


「言っただろう? 君を含めた100人はあらゆる法律に属さない」


「はあ? 味方を殺したんだぞ? それでもか?」


「この制度がある以上何があってもそうなる。今回の事でもちろん反対意見が大多数を占めた。しかし上層部や支援者よりももっと強い力を持つ者が念押ししてきたよ。『あだ名付き(きみたち)』を作ることを容認した者たちだ。「例え核戦争を起こして世界を滅ぼしたののだとしてもこの制度は撤回しない」とね」


「狂ってるっ」


「あるいは焦っているのさ。前も言ったね。『あだ名付き(きみたち)』にしか倒せない奴らがいると。最低でもそこを終わらせるか前提を覆さないと」


「覆す?」


「君達でも勝てないと、そう思わせることだ」


「……そいつらは一体何なんだ」


「まだ話せない」


「……だがあいつらにこだわる理由はなんだ? 『死線(デッドライン)』なら、勝てるんじゃないのか?」


 書類を見ていたミッチェルがその手を下ろして神谷真理を見る。


「『死線(デッドライン)』はもういない。彼は姿を消した」


「……いつだ」


「AWB戦の直後だ。君は知らされていないだろうがAWB戦には続きがあった。あの艦上戦の後どうなったかは?」


「敵の空爆だ」


「そのあと消息を失っている」


「発見されたと噂で聞いたぞ」


「そこはその時は重要ではない。問題は何故姿を消していたのか、だ」


「待て、二回姿を消したのか?」


「君も参加したAWB戦の爆撃後とその後だ。君が知っているのは爆撃後だ」


「その爆撃後、『死線』は何をしていた」


「『愛国者』と戦ったんだ」


「『愛国者』? ……待て。そもそもAWBとは何なんだ? あいつらが諸悪の根源ではなかったのか?」


「違う。『Army Without Border』、国境を持たない軍隊だ。しかしそれはあくまでも彼らが自ら名乗っていた名前だ。それを操る存在がいたんだ。それが『愛国者』。『死線』は最期実質1人でそれと戦った。1人で終わらせたんだ。全てを語るには君はまだこの世界を知らなすぎるか」


「そいつらと戦うため姿を消していたのはわかったが、何故戦いを終えたのに消息を絶った? 死んだのか?」


「いや生きている。旅に出たんだ。戦いを終えた。役目を終えたとな」


「……」


「君はまだ若く、経験が浅い。ここに長くいれば君もこの世界をよく知ることになるだろう」


この世界(・・・・)?」


語られない特殊部隊(ブラックオプス)だ」


「語られない特殊部隊……」


 神谷真理は疑問の表情を浮かべる。

 それを誤魔化すように煙草に火を点ける。


「思うところがあるのもわかる。今まで君がいた竜騎兵もそう語られるものではない任務だ。しかし我々は、いや今の君は、これからの君は、それよりも深くにいるんだ。君も見ただろう? AWB戦。竜騎兵としてでは決して参加できない作戦。あれだけの戦いが公表されないだなんて、考えられるか?」


「俺が知らない世界に俺は今立っていて、それは俺の認識ではまだ足りない、と言うのはなんとなくわかった。しかし、結論、何が言いたい?」


「腹をくくれ。君が知らない世界のルールが作った存在が『あだ名付き』だ。私も認識を改める」


 神谷真理は煙草を一気に吸い込み、それを灰皿に放り投げる。


「『あだ名付き』にしかできない任務があるといったな。それは君もすぐに理解することになる。そして」


 ミッチェルは神谷真理の肩を掴む。

 次の煙草を咥えようとした神谷真理はそれを取りこぼしてしまった。

 煙草が地面を転がっていく。


「『あだ名付き』には君も含まれていて、そして『あだ名付き99人(彼ら)』を導けるのは君しかいない」


 固まる神谷真理の方をミッチェルは揺らす。


「君にしか出来ない。これは『あだ名付き・復讐の虎』ではなく軍人の君に向ける命令だ。『あだ名付き』を育て、世界を救え」


「……世界、だって?」


 神谷真理の問いにミッチェルは迷わず頷く。

 世界を救え。

 ミッチェルは間違いなくそう言った。

 国を守れなどではなく、世界。

 軍隊はそもそも、国土の保全、防衛が主任務だ。

 もう語るまでもなく神谷真理が入隊した部隊は普通の組織ではない。

 神谷真理が見た限り、多国籍軍だ。

 そうなると同盟や条約に基づいて結成された合同編隊だろう。

 その場合任務地や対象は多岐に渡り広大だ。

 今まで神谷真理がいたフランスという一国とは文字通り桁が違う。

 世界。

 神谷真理はさすがに少し現実感が消える。

 しかし、思い起こす。

 そう前ではない記憶。

 ミッチェルがAWB戦と言ったあの戦い。

 あんな戦いが起こるとはいったいどういう理屈かとこの数週間ずっと考えていた。

 あんなものは紛れもない世界大戦だと。

 彼はそう考えて、背筋にひやりとした気配を感じた。


「もう一度言うぞ。世界を救えるのは君達だけだ。もはや君達だけがこの世界に残された可能性なのだ」


 ミッチェルの顔は真剣そのものだ。

 神谷真理はさすがにその頬に汗を垂らす。

 いきなりすぎて、状況が彼も飲み込めていない。

 世界を救え。

 あんな連中と共に?

 絶対に不可能だ。

 彼はそう考える。

 しかし。

 しかし彼が不可能だとわかりつつもAWB戦の地獄を経験している。

 たった一度の経験でも、それは十分すぎた。

 神谷真理は、ミッチェルの腕を払いのける。

 その顔を驚愕に染めた後に、暗くして伏せるミッチェル。

 神谷真理はそんな彼に言う。


「まずはちゃんと話せ。俺たちは、一体何と戦うんだ? その『愛国者』は倒されたんだろ? それを超えるような存在がいるのか?」


 ミッチェルは、断られたわけではないと嬉しさを隠さずその顔を上げる。


「逆だ。彼らが倒れた事で抑圧された存在が活発に動き始めているんだ。『愛国者』の下部組織だった連中だと上層部は考えている」


「下部組織。そこまで広大な組織だったのか?」


「目下調査中だ。しかし、世界規模の存在だったとだけわかっている」


「じゃあ俺たちが戦うその下部組織とは一体何をしたんだ?」


「あくまでも下部組織というのは仮説だ。しかし、奴らはAWB戦の後突如として出現した。今までどこにいたかも我々は探れていない。ただ、突如として現れて、消えた」


「……消えた?」


 ミッチェルは頷く。


「しかし、武装していた。それもかなりの重武装で、相当な練度だと窺がえるほどの動きだった。それが、『あだ名付き』制度が開始されるとほぼ同時に劇的に活動を開始した。一部の『語られない特殊部隊』が数度戦闘に遭い、殲滅されている。その後も足取りは掴めていない」


「衛星は」


「無理だ。視界を把握している」


「そいつらの名は。仮名で良い」


「『ZERO』。Zだ。活動している組織の中で最も強大だ。君の因縁の相手よりも今は」


 神谷真理は、その言葉を聞いて背中に冷や汗を流すがしかし、それを悟られまいと転がった煙草を拾って、それに火を点けた。


「今の君達では、勝てない」

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