『あだ名付き』達の初任務:ACT 5
神谷真理が狙撃し討伐対象の死亡が確認された後、友軍の増援を乗せた輸送ヘリに増援と入れ違うように輸送ヘリに乗り込んだ神谷真理と『悪魔の王』、『鯱』は座席に座っている。
神谷真理は狙撃銃を抱えて煙草を吸っている。
『鯱』は後部ハッチ近くで腕を組んで座っている。
寝ているのかもしれない。
『悪魔の王』は少し離れた所で、神谷真理を見ている。
別に話しかけてくるわけでもなく、顎に手を当てて物思いに老けながら彼を見ている。
機体の振動だけが響く機内で、静寂が続く。
神谷真理は立て続けにタバコを吸っている。
チェーンスモーカーというものだろう。
吸い終われば即次の煙草を咥えている。
神谷真理は考える。
『あだ名付き』に関してだ。
彼らは味方を殺した。
なんてことのなさそうに。
むしろ味方が悪いと言いたげに。
そんな者たちとこれから?
彼は途端に憂鬱になる。
扱いきれるわけがない。
一人二人なら会話でどうにかなるかもしれない。
しかし、99人だ。
さすがに、手が足らない。
彼は苛立たしいと煙草を携帯灰皿に突っ込んだ。
ポイ捨てをしないのは、彼の性格だろう。
「少し聞いてもいいかな」
ようやくと言うべきか『悪魔の王』が神谷真理に声を掛けた。
「なんだ?」
「どう当てたんだ? 起伏もある環境で、敵兵士が壁となっていた。そんな状態で君は見えない敵に対してヘッドショットを決めた。普通ではない」
「座標からだ。あとは速度、だな。お前が伝えた座標と『鯱』が伝えた速度から弾着ポイントを予測して撃った。起伏に関しては、そこまで問題ではない。向かい風が来ていたからな」
神谷真理は話しながらちらりと『悪魔の王』を見る。
以前あった時とは違い、妙な気配は見えない。
素直に興味がある事を聞いている普通の人間のそれに見える。
逆に前のが気のせいだったのかとさえ思ってしまうほどだ。
「なるほど、本来危惧すべき威力の減衰を利用したわけか。それをあの状況で咄嗟に?」
「慣れもあるが……まあ常に考えることが大事だと、そう、言われたな」
「誰に?」
「……もう休め」
神谷真理は煙草に再度火を点けて吸い始める。
『悪魔の王』は小さく笑ってそうしようと言った。
「君は存外おしゃべりなんだな」
最期にそう残す『悪魔の王』を無視して窓から外を見る神谷真理。
とんだ初任務だった。
しかし逆に安心かもしれない。
さすがに味方を後ろから撃つ連中だ。
制度としてこれほど解散の事由にはなることもあるまい。
その場合自分はどうなるのか、とも考え憂鬱になるが自分は作戦はしっかりと遂行した。
責任問題は問われるだろうし軍法会議にも出席を求められるだろうからどのみち、そこまで考えて神谷真理はなおのこと憂鬱になる。
また、刑務所かと。
しかしまあ、やはりそれは考えても仕方がない事で、彼は考えることを辞めた。
暫くして、帰投した神谷真理たち。
もう遅いということで神谷真理たちは今回は解散となり、事後は追って通達するとミッチェルに言われた。
『悪魔の王』と『鯱』とも別れて自室へ。
布を敷いた床に分解した銃のパーツを並べていく。
仏陸軍小銃と狙撃銃があるので仕事量はそこそこだ。
しかし慣れたものでものの数秒で分解が終わり整頓されていく。
神谷真理はそうしながらスマホを操作していた。
電話を掛ける。
『はい』
数コールの後に出たのは女性の声だった。
「今、平気?」
『うん。本読んでたところ』
「そうか。邪魔したな」
『ううん。いいよ。新しい職場はどう? 大丈夫?』
神谷真理は少し考える。
しかしすぐに鼻で笑うようにする。
「まあ、楽ではなさそうだね」
『そう。でも、退屈はしなさそう』
それはそうだなと考えるが手間も多そうだと彼は考えて頭を掻く。
「言ってなかった。隊長に、なったよ」
『え、大丈夫なの』
相手の女性が心配そうな声を出す。
「大丈夫。そう、長く続くわけでもないと思う。今日の感じでは」
『ん? あ、行ってきたの? そういうときは言って。行ってらっしゃいくらい言わせてよ。前も私に言わず行っちゃって、びっくりした』
「それは、ごめん」
『次から気を付けてください』
「先生みたいだな」
『教員免許持ってるからね。落ち着いたら、こっちで就職先探そうかとも思ってて』
「……振り回してごめん」
『わかってて結婚したし着いてきたんだよ』
「そうか。そうだな」
『そうです』
「本当に先生だな」
『今はただのあなたの妻です』
「……そうだな」
神谷真理の顔が少しだけ柔らかくなった。
普段よりも、言葉も柔らかい雰囲気がある。
『ご飯食べた?』
「いや今はライフルを整備してて」
『あ、そっか。それは大事って前も言ってたね』
「これが終わってからシャワー浴びて飯だ」
『自分の整備も怠らないでください』
「はは。そうだな」
神谷真理が笑った。
電話口の女性も小さく笑う。
「……そろそろ切るよ」
『うん。無理しないでね』
「何か、困ってないか?」
『全然大丈夫。1人で寝るのが寂しいくらい?』
「からかうなよ」
『でもホント、大丈夫。真理くんの職場のサポートとかすごいから生活は全然心配ないよ。検診とかも行きやすいしね』
「今度、帰るから」
『うん。待ってる。でも無理だけはしないでね。真理くん。お父さんなんだから。怪我したら「この子」にも心配させちゃうよ』
「……わかってる。絶対、それは守るよ」
『うん。じゃあ、またね。あ、明日も電話出来る?』
「わからない。けど、出来るとき連絡する」
『もし出来るなら朝でもいいよ。私は六時には起きてるから。真理くんと同じタイミングで』
「点呼でもするのか?」
『一番!元気です!』
「ははは。……じゃあ、また」
『うん』
2人で笑って、神谷真理は今度こそ通話を切った。
「俺が父親、ね」
神谷真理は呟いて、スマホを置いた。




