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第九話 マヌカハニーキャンディー

 はあ。


 麻美はため息をこぼしていた。


 最近、中間テストの結果が返ってきたが、どの教科も良くない。平均点よりだいぶ下になった科目もあり、担任の田所にも注意されたり、面談も決まってしまった。


 今はホームルーム中で田所が出席をとり、今日の注意事項などを話す。


「ええ。最近はまた風邪が流行っています。まだまだ感染症対策をしっかり!」


 いかにも真面目そう、社畜っぽい田所は、そんな事も言っていたが、右から左に抜けていく。かくいう田所も風邪で休んでいたではないか。アラフォー独身おじさんの田所。一人で風邪引いている姿を想像すると、何だか泣けてくる。


 こんな教師を馬鹿にするような事を考えている麻美だが、元々は優等生だった。成績もよかった。このクラスでも優等生グループの理沙達とよく連んでいたが、今は何となく馬が合わない。


 優等生だった自分に疑問に思う出来事があった。家のパソコンでインターネットを見ていたら、母や父がSNSで反ワクチン派や陰謀論者を叩くコメントを残している事を知ってしまった。中には誹謗中傷ともとれるコメントもあり、今まで親の言いつけを守って優等生していた麻美は、頭の中が真っ白になってしまった。それだけではなく、両親は近所のカフェや飲食店にも嫌がらせじみた事もしていたと知り、恥も感じた。


 こうして両親に失望し、恥すら感じるようになった麻美は、毎日ため息をこぼしていた。勉強も身が入らず、優等生する気も失せていた。一言でいえば、ちょっと鬱ぽかったのかもしれない。


 元々よく一緒にいた理沙には、心配されて連絡もよくくるが、返事をするのも億劫。こうして友達も減ってきているところだった。


 今日の放課後は田所に捕まり、面談も受けた。ただ、こんな両親の恥を話すわけにもいかない。


「今はネットで悪口とか書く人多いじゃないですか。先生はどう思いますか?」

「そうだな」


 田所は大真面目に考え込んでいた。こんな真面目そうに見えにる人も、両親のように裏があるのだろうか。そう思うと、大人に軽く嫌悪感。


「意外と炎上に参加している人って高収入でリア充も多いらしい。カスハラも高収入が多いとか。お客様は神様じゃないってのに。あ、リア充ていうのは若い人にはわからんか。陽キャってやつさ」

「へえ」

「俺も昔、汚い工場にバイトしに行った事があったが、いわゆる底辺と呼ばれている人の方が優しい人間が多かったよ。人は見た目じゃわからんね」


 田所はボサボサの髪の毛をかく。


「ふうん。そうか」


 こんな会話をしていても、特に答えなんて出ず、結局何の成果もなく終わった。


「つまらない。田所先生もなんかキモい」


 小声で文句を言いながら、帰路を歩く。家の近所の住宅街の入る。自然派系スーパーやカフェがある小道だったが、麻美は目を逸らす。


 特にこのカフェは、両親が陰で嫌がらせをしていた店だった。しかも店の前では奥さんは、植木鉢の手入れをしていて、目が合いそうになって、ドキドキしてきた。確か遊子という名前の奥さんだったか。三十ちょっと過ぎぐらいの女性で鼻歌を歌いながら、植木鉢の手入れをしていた。


 しかし、こんな小さな個人経営のカフェに嫌がらせをする両親には、改めて失望。まさに弱いものいじめ。本当に正義の元での行動ではないのだろう。ますます両親に嫌悪感を持つ。心が真っ暗になりそう。


「あら、あなた。この辺りの高校生?」


 そんな事を考えていたら、遊子とバッチリと目が合ってしまった。


 さらに麻美はドキドキしてきた。


「最近、風邪流行ってるよね。はい、マヌカハニーキャンディあげる」

「え?」

「私、大学時代は大阪にいたこともあるの。はい、飴ちゃん」


 遊子は麻美の手に袋にくるまれたキャンディーを一個渡してきた。


「風邪流行ってるからね。マヌカハニーキャンディー舐めて予防しとこう」


 そんな事も言われて、彼女と別れた。家までの道、歩きながらマヌカハニーキャンディーを舐める。


 確かに普通のハチミツキャンディーより濃厚で溶けるのに時間はかかった。いつまでも口の中でコロコロ転がしていると、妙な考えも浮かぶ。


 もう優等生やめよ。ちょっと悪い事もしてみよう。


 悪い事って何か?


 元々優等生だった麻美は、一つも思いつかない。それでも悪い事をしてみたいと思った麻美は、次の日、仮病をつかって学校をサボった。


 午前中は、一人で家にいて気分は良かったが、だんだんと罪悪感も持ち始めてきた。


 家で一人でいるからだろうか。


 そう思った麻美は、一人家を出て近所をふらふらと歩く。


 今日はま風が冷たい。肌や髪に冷たい風がささり、秋だというのに冷蔵庫の中にいるみたいだ。


 あの遊子のカフェの前まで来たが、さすがに入る気分にはなれない。ただ、今は嫌がらせはされていないようでホッとした。


「あ、マヌカハニーキャンディー……」


 あのキャンディーの味も思い出し、カフェの近くにある自然派スーパーに入る。きっとマヌカハニーキャンディーはこういう店にあるだろうと思った。


 この自然派スーパー・シマは、コンビニより少し大きな規模だった。野菜や肉も売っているが、全部オーガニック。他のお茶や菓子類も普通のスーパーと違い、品揃えも独特。普通のスーパーでは売っていない外国のものも多いようだ。個人経営のスーパーらしいが、案外客も多く、賑わっていた。


「マヌカハニーキャンディー喉にいいんですよね」


 会計していると、店員に話か蹴られた。大学生ぐらいの若い女性だった。


「そうですか」

「風邪流行ってるから、気をつけてくださいね」


 この店員の言葉や笑顔は、裏表はなさそうだった。


 大人も全員が両親のように裏表があるというわけでは、無いのかもしれない。大人への嫌悪感もだんだんと薄くなってきた。


 店を出ると、マヌカハニーキャンディーを口にいれる。やはり、濃厚なキャンディーのようで溶けるのに時間がかかるようだ。


 コロコロ。


 口の中でキャンディーを転がしながら、考える。


 やっぱり、自分は悪いことは向いていないのかもしれない。現に仮病を使って休んだぐらいで、こんなに罪悪感も持っている。


 確かに優等生には戻れそうにないが、少なくとも裏表なく、正しく生きたいと思えてきた。


 口の中は、濃厚な甘味が広がっていたが、何だか気分はスッキリしてきた。今の麻美の心を表したように空も綺麗な水色。風は冷たいが、心は前より晴れてきた。


 マヌカハニーキャンディーのおかげだろうか。遊子にこのキャンディーを貰い、自然派スーパーの店員にも親切にされた。こんな優しさに触れたら、悪い事もできそうにない。


「ミャア!」


 いつの間にか足元に野良猫がいた。まるで今の麻美の気持ちに同意するかのように鳴いている。毛が長めのモフモフした黒猫だった。


「うん。明日は、ちゃんと学校行こう」


 もう優等生ではないけれど、大丈夫だろう。少し安心してきた。


「猫ちゃん、バイバイ」


 手を振って野良猫と別れる。口の中のマヌカハニーキャンディーはまだまだ溶けていない。この甘みを楽しみながら、また空を見上げた。

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