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第三話 ミントキャンディー

「はい、ホームルームはじめます」


 今日も朝、教室に担任の田所先生が入ってきた。おっとりと優しそうな先生なので、クラスメイト達はザワザワしている。無視だ。


 もっとも東子、理沙、美帆という優等生グループは真面目に静かにしていたが。


 ここはとあるキリスト教系の女子校だった。聖書の説教、賛美歌演奏、クリスマスイベントなどはあるが、基本的の生徒も教師も一般人が多い。聖書の授業は神父さんが来ていたり、クリスマス時期は大きなツリーがあったりはするが、クリスチャンはそんな多くは無いようだ。


 東子は教室の後ろの方の席で、ぼんやりと田所先生の顔を見ていた。


「うん、今日もイケメンだわ」


 そう心の中で呟く。東子は黒髪メガネで一見真面目そうな生徒だが、田所先生に片思いをしていた。


 先生はイケメンだと思う。


 友達である理沙や美帆に言っても同意してくれない。グレーの上着姿も事務員みたいでダサいとか、アラサーおじさんとか、白髪生えてるとか、頼りないとか散々無い言われようだが、恋は盲目。東子の目からはアイドルなんかよりキラキラして見えたものだ。


 そんな東子でも別に田所先生に一目惚れしたわけでもなかった。むしろ理沙や美帆と同じように、おじさん先生だと思っていた。


 きっかけは放課後。学校からの帰り道、田所先生を偶然見かけた事だった。


 住宅街の空き地で野良猫を見ていた。真っ黒でもふもふ毛並みの猫だった。


 その目はなんだか複雑そうだった。


「先生、何してるんですか? 猫、ですか?」

「いや、赤沢さんか。野良猫を見てると、どうすればいいのか悩むんだよね」

「へえ、なんで?」


 思わず相手が先生という事を忘れ、敬語が出てこない。おじさんだが、その目は妙に純粋で優しそうだったから。こんな優しい目だったか記憶になく、ドキドキしてきた。


「いや、だってさ。無闇に餌をあげても、糞とか近所の人は迷惑かもしれない。それに飼ってあげられないのに、中途半端に優しくするのも違う気がする。だったら僕はどうしたらいい?」


 野良猫についてそこまで考えている田所先生。驚きで、わけも分からずドキドキしてきた。


 普通だったら、安易に餌をあげる人間が優しいのかもしれない。実際、少女漫画でヤンキーが野良猫に餌をあげ、ヒロインがキュンとする描写があった。


 しかし、実際問題を考えると、田所先生の言う事はもっともだ。


 その思慮深さ、細やかな優しさにキュンとしてしまった東子。


 そういえば、ちょっとでも成績が上がったら無視しないで褒めてくれるし、注意する時も否定から入らない。良いところも一緒に褒めてくれる。


 それに、どんな生徒にも平等だ。気の強いものやヤンキーっぽい子にも全く屈しない。意外と堂々としている。隣のクラスは評判の悪い先生なので、一人だけ登校拒否している子もいた。


 そんな事を思い出すと、田所先生は内面もイケメン。好き。


「という事で、最近は風邪が流行ってますので、くれぐらいも注意しましょう」


 ぼーっと田所先生の顔を見ていた東子だが、その声に違和感がある。


 ちょっとザラついてないか。先生こそ風邪か?


 しかし、真面目な田所先生だ。きっと無理して出勤してきたのに違いない。


 今は秋から冬に変わる時期だ。風邪をひきやすい時。


 感染症対策の為、何となく風邪や体調不良の人を責める雰囲気も出来ていたが、それは違う気がする。


 田所先生のいつもと違声を聞いながら考える。


 どんなに気をつけていても風邪をひく時はひく。天災みたいなもので、誰のせいでもない。


 それに風邪薬を飲んだからって速攻で魔法みたいに治るわけでもない。一説によると速攻の風邪薬を開発したらノーベル賞とも言われているらしい。


 風邪薬のキャッチコピーは「仕事を休めない人へ」という感じだったが、最近は「お家で休もう」というメッセージのものが多いらしい。


 そう、風邪の特効薬は休養だ。薬を飲んで無理して治すものでは無いのかもしれない。


 そう思った東子は、昼休みに校内の売店に直行し、ミントキャンディーを一袋購入した。本当はマヌカハニーや黒糖キャンディーもオススメだが、ミントキャンディーも悪くないだろう。そこの付箋で「風邪だったら休んでください」と書いたものを貼り付け、田所先生に渡した。


「え、僕が喉が痛いってよく分かりましたね」


 田所先生は戸惑いながら、ミントキャンディーの袋を受け取ってくれた。


「これは賄賂です。あとで文法でわからない所を教えてくださいね」


 東子は悪戯っぽく笑う。


 こんな真面目な先生に告白なんて出来ない。だから、その代わりにミントキャンディーを差し出す事しかできない。


 それでもいいだろう。


 田所先生が元気になってくれるのなら。


 翌日、田所先生は風邪で休んだが、元気になってくれるのなら、数日間の休養も仕方ない。悪化してしまうぐらいなら、休養した方がいい。


 今のところ、東子の恋が実りそうな予感はゼロだが、好きになった相手の健康や幸せを第一にしたい。


「あ、猫」


 放課後、帰り道。あの真っ黒な野良猫とすれ違った。野良猫と思えないほどモフモフで毛並みも良い。人間が何かしなくても大丈夫そうな逞しさを感じる。


『告白なんてしないで偉いわ』


 うん?


 どこからか声?


 しかもこの黒猫からの言葉のようにも感じたが。


 いや、気のせいな。猫が話すわけがない。きっと聞き間違いだったのだろう。


 風の音がする。これは北風だろう。だいぶ冷たい。


 もう冬が始まっているようだ。先生が言っているように風邪には注意しなければ。


 東子は早歩きでスーパーの方に向かった。今日は帰りに蜜柑、レモン、ハチミツ、生姜でも買って帰ろう。念のために風邪予防だ。

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