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狂愛

作者: sui

【東京 クリスマスに最大積雪量感知か】

―いや~東京ではめったに見られません。雪がこんなにも積もっているなんて・・・


 朝、大学へ向かう準備をしながらニュースをつけると、そんな見出しが見えた。ふと気になりカーテンを開けるが、全く積もってなんかいない。私は雪国出身なので、東京は大袈裟だな、なんて思いながらテレビを消した。


【山手線 運転見合わせ】嘘でしょ?この積雪量だけで?

【東京メトロ 全線運転見合わせ】ため息が出そうだった。だがこの路線は人身事故だという。

なんにせよ、もう講義には間に合いそうもないので、教授に一本連絡を入れた。私は唖然とした。今日はもう講義を中止するというのだ。何処も彼処もこの雪にやられていては首都圏と名乗る資格が失われてしまいそうだ。うちに帰っても一人なので、私は近くのカフェで一服することにした。お気に入りの子を注文し、次の講義の予習をしていた。時計を確認しないほどに集中していたようだ。ふと我に返り飲み物に手をつけると、震えだした。大きく鳴り響く音、止まない振動。緊急地震速報だ。でかかった。私たちが机の下に避難すること数十秒後に収まっていた。私はその時、途轍もない恐怖に見舞われた。今日は大人しく家に居た方が良いのかもしれない。咄嗟にそう思った。店を出て帰路へ着こうとした。そしてまた、大きな音と振動が伝ってくる。地震・・・そうは思わなかった。私に向かって人が五万と駆け寄ってきたのだ。だが皆通り過ぎていく。次に捉えたのはこの音だった。

「やめろ!その武器を下ろせ!」

その刃は既に染まっていた。そして側にはそれに負けた人が無造作に転がっていた。ザッと見ただけでも片手では数えることの出来ない人数だった。あ、逃げなきゃ・・・。頭の中でこんな台詞が出てきても、そう上手く足が言うことを聞いてはくれなかった。躊躇しているうちに、私を囲っていた蟠りが消えていた。まるでジャンヌ・ダルクのように指揮を執っているようであった。一歩ずつ後ずさりをし、なんとか集団に呑み込まれた。県警と僅かに認識できた彼らから、隠し持っていたスタンガンで女は逃げた。その女は155センチぐらいと小柄で、墨色を纏った綺麗な女性であった。前髪は眉の下で切り揃えられていて、上手く表情を見分けることが出来なかった。一瞬しか見えていないはず。だが私の眼にはスローモーションのようにして写った。そして脳裏に浮かんだ言葉がある。

『私は彼女を知っている・・・?』

いや、あんな美しい女性を忘れるはずがない。

『何か・・・何か忘れている・・・・・?』

痛い、頭の中でガンガンと鳴り響き、私はその場に泣き崩れてしまった。なぜ泣いているのか分からない。何処からか彼女の叫びが聞こえる。それは直ぐ近くに感じていた。私は自分の足に動けと必死に訴えた。駄目だ、もう直ぐ側まで危険が迫っている。滲む目をこすりながら、私は周囲を見渡す。人々が喧噪としている中で此方を見て泣いている子を見つけた。怖くて動けないのだろうか。大人達にあの子の声は届いていないのか。迫り来る彼女を横目にして私は雛を庇った。もう大丈夫だよ、一緒に逃げよう、そう立ち上がろうとするが力が入らない。待ってね、と声をかけたい。だが私の口からは真っ赤に染まった液が流れてきた。苦しくて咳を溢すと、同時に血が雛に付いてしまった。彼女に背を向けたせいで、鋭利な刃で私は眠ってしまった。お姉ちゃん―と雛が叫ぶ声が聞こえた。

 

 定期的に響く心拍の音で、私はゆっくりと明かりへ誘われた。冷たく広がる白い壁とは対に左手に暖かい温もりを感じた。私には直ぐそれが何かは理解が出来なかったが、今は抱きしめていたいと、その小さな物をただ握りしめた。お姉ちゃん―、聞き覚えのある声が私を拾い上げた。全身が激しく揺れ、息が苦しい。暫くして体の中に何かが投入されるのを感じて、視界が真っ暗になった。次に目が覚めたときは右手に温もりを感じた。だがそれは大きく、直ぐに母の手だと分かった。母は泣いていた。側に父も居た。私は、話せなかった。意識ははっきりしていたので、担当医の話もよく聞こえた。

「背中に深い傷があり、後遺症が残ります。二度と歩けないでしょう。」

両親は泣いていたが、私は涙が出なかった。

―ありがとうございます。

辛うじて動く手で、必死に文字を綴った。きっと園児の方が綺麗だ。そういえば、

―あの子は?

「隊員が君を見つけたとき、一緒に血塗れになっていたが、バイタルは正常で無傷だったよ。血が付着していたのは、君があの子を庇ったからだね?」

私は首を縦に振る。そして涙が零れた。

―無事で良かった


 あれから半年の年月が過ぎ、私は退院した。車椅子から離れられない暮らしに変化したぐらいで、他は何も変わっていない。一人暮らしは出来ないので、大学を中退し実家に戻ってきた。お先真っ暗だ。だが、私より将来のある子供の命が助かったのだ。私はそう思っているはずなのに、一切笑うことがなくなった。それから何年も何年も時が経ち、私は何もせず、ただ無情に時が過ぎるのを感じていた。

そしてそれはある日突然に訪れた。始まりは一通の手紙。宛名はない。何の前触れもなく、他の郵便物と一緒に混じり合っていた。だが私にはそれとなく、何が綴られているのか察しが付いてしまった。面と向き合っては言えない話、何処かそれを詠みたくないという気持ちが駆け巡っていた。一つ大きな深呼吸をして、私はナイフに手を伸ばした。部屋には、ゴーゴー、ザクザク、ドキドキという音が不協和音で奏でていた。―中には一枚の紙が入っていた。家族写真・・・?それはどこか、見覚えしかない人の顔だった。そして時が止まったように、呼吸も忘れ、私はただその写真を眺めていた。唇を噛みしめため息をした瞬間、ボロボロと私の頰を伝う物を感じた。その雨は苦かった。ドラマで見るような、

「あれ、私泣いている?」

と思う涙を経験するのは初めてだった。いや寧ろ、流石に演技というか画面越しの世界の話だと誰しも思うだろう。一枚しかない写真は、私の涙で少し汚れてしまった。だが零れた涙は、人と人の狭間を丁度通り抜けていた。父親と思われる背の高い男性と、小柄な墨色の髪を纏った綺麗な女性、そして何処か作り笑顔の女の子。頭にある古傷と背中に激痛が走った。車椅子から転げ落ち、次に目が覚めたときは仰向きで寝かせられていた。左手には針が刺さっていたので、きっと此所は戻りたくなかった場所だと推測する。意識はあったが、敢えて目を覚まさなかった。現実世界に行きたくなかった。なぜ泣いていたのか、なぜあの事件が痛むのか、なぜこの写真に見覚えがあるのか―全て理解が出来なかった。医師からだと思っていた手紙の正体は・・・一体誰だったのだ。自分の寿命を杞憂していたことが、急に馬鹿らしく思えてきた。

 コンコン―

その音で私は目が覚めた。

「どなたですか?」

「起きられましたか。医師の坂井です。入っても宜しいですか?」

「少々お待ちください。」

普段なら起こさない体を、私は捕まりながらも起こした。背中側に枕を回して、大丈夫ですよ、とアピールして見せた。

「お待たせしました。どうぞ」

先生はかなり足取りを重くして入ってきた。

「調子はどうかしら?」

「はい、問題ありません」

私は戯けてみせた。

「良かった。ところで、一つ聞きたいことがあるのだけど構わない?」

私は頷いた。

「あなた、運ばれてきたとき強く握りしめていた物があるのよ。頑なに離さなかったので、余程大事な物なのかしら。」

「それは・・・写真ですか?」

「ええ、そうよ。これ―」

私は先生の手を止めた。

「先生、私どうしてもその写真を見ることが出来ないのです。うろ覚えですが、その写真を見て苦しくなりました。」

「そりゃそうね、じゃあ私の方で処分しておくわね。」

「待ってください、先生。何かご存じなのですか?」

私は〝そりゃそうね〟という先生の言葉に引っ掛かった。「うーん、分かったわ。でもちょっと待ってね。」

先生は医療用PHSで精神安定剤の追加を要請していた。

「いい?あなたにとって、凄く酷な話だと思うの。昔の嫌なことも思い出すと思う。それでも聞きたい?」

「お願いします。全部知りたいのです。私、わたし、思い出せないだけで何か忘れているような気がして・・・お願いします。」

「辛くなったらいつでも言ってね。」

看護師が投与剤を持ってきて、私たちは話の続きを始めた。

「あの写真に写っていたのはある家族よ。父母娘と三人家族。途中までは、すごく幸せな家庭だったと聞いているわ。でもね、お父さんが娘に暴力を振るうようになって・・・お母さんは警察に通報していたらしいのだけど、一切証拠を残さないから、警察は相手にしてくれなかったらしいの。普段は温厚な人だというのも、証拠隠滅に繋がったらしいわ。そしてある日、娘を連れて夜逃げしたそうで、でも見つかってしまい、母親も暴力を受けるようになったのだとか。だけど、父親は浮気をしていて、それから母親は追い込まれ、娘と心中しようとしたの。何度も病院に運ばれてきたわ。それでも死ねなくて、次第に娘を恨むようになったの。」

私は黙々と、相槌をも忘れるくらい、熱心に聞いていた。

「父親は、母親が娘を恨むようになったことを知って、今度は父親が娘を連れて逃げたの。どういう心境だったのかしらね。危険を憶えたのか、それともー・・・」

「どうかなさったのですか?」

「あ、いえ。良くない独占欲だったのかもしれないわね。その、傷つけてもいいのは俺だけだ、みたいな。そうでなければいいけど。」

先生は話を止め、深いため息を何度も施した。

「先生、ゆっくりで構いませんよ。」

「ええ。そして電車に乗ろうと駅へ向かうと、事件が起きたの。まさにあなたが巻き込まれた事件よ。」

私は背中が痛くなり、シーツを強く握りしめた。

「あなたが助けた子はこの家族の子供なの。加害者は母親。父親は、自分の身を護ることに必死で、子供を見捨ててしまったらしいの。」

「先生、私、お母さんを知っています。何故かはっきりと思い出せないのですが、知っているのでs―」

痛い、頭が、耳鳴りが・・・

「そうね、あなたは彼女を知っている。彼女は、嘗てあなたを追い込んだ人間よ。」

追い込んだ?私をー・・・?

「あなたはその父親と付き合っていたの。長い間。実はね、あなたと会うのは初めましてではないの。何度も何度も、あなたは運ばれてきたから。」

「なぜ、私は運ばれてきたのです?」

「彼に暴力を受けていたのよ。それも、手ではなく凶器で。それから何度か運ばれていくうちに、あなたは私に聞いてきたの。なぜ私はここに居るのだと。愛する人が、いつ関わると信じていたあなたにとって、ショックなことが続き、過度なストレスが、記憶を封印したのよ。」

「暴力・・・」

「あなたは誰にやられているのかと聞かれても、一向に答えなかったの。彼を護ろうとしたのね。でも彼が黒だと知って、自殺を図ったの。でも死ななかった。死ねなかった。そして彼女があなたに消えて貰うために、嫌がらせをたくさんしたのよ。彼も賛同して。あなたは逃げ場を失い、精神病にかかり、入院していたの。すると向こうも諦めたのね。そしてあなたは無事に大学生活をおくっていた。あなたは退院してからも、よく病院に顔を出してくれてね、彼らを許したくないけれど、傷つけはしない、と何度も言っていたわ。」

私は震えが止まらなかった。いた、私にそんな人が。好きだった、愛していた。何をされても、彼を信じて待っていた。なのに、裏切られた、この傷は私にとってかなり大きな物だった。もう、逢いたくない。顔を見たくない。

「待ってください、私はその浮気相手と嘗ての恋人の子供を助けたというわけですか?

自分の命と引き換えに。」

「そうなるわね、そして刺したのは彼女。」

私は過呼吸になった。苦しい

「せんせ・・・・・―!」


ピピピ

あれからどれぐらい時間が経つだろう。私は夕日に照らされていた。看護師に先生は呼ばれ、

「調子はどう」と聞いてきた。ただ呼吸器の音が鳴り響く。私は自分の人生と引き換えに、一番関わりたくもない家族を助けてしまった。いや、子供に罪はないのだが・・・。私は涙を溢し横髪をぬらした。なんと滑稽なのだろうか。そう思うと再び辺りは闇に包まれた。



数ある作品の中から出逢えましたこと光栄に思います。あなたの身にも起こりえるかもしれませんね。お気をつけを

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