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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うわっ、勇者だ

作者: 余暇

 狩人の朝は早い。

 まだ日も登りきらぬ朝方に目覚めた私は大きな伸びをしながらベッドから起き上がる。


 適度なストレッチをした後にリビングに向かいコーヒーを入れる。わざわざ王都から仕入れた豆でコーヒーを入れているだけあって今日も素晴らしい味だ。


 王都と言えば先日、勇者とやらが恐ろしい力を持つらしい魔王を退治しに行った。なんて話を聞いた気もしたが、辺鄙な村の近くにあるそのまた更に辺鄙な森の小屋に住み、優雅な暮らしをしている私にとっては一生関わる事も無い話だろう。精々、勇者とやらが魔王を討ち果たしてくれるのをこの小屋で祈っていよう。


 そんな実の無い事を考えながら朝食を作りあげ、出来上がったトーストを机の上に置く。手早く神に祈りを捧げ、冷めないうちに熱々のトーストにかぶりつく。サクサクとした表面にモチモチとした生地。上に乗せた目玉焼きの黄身が零れ、生地と口の中で混ざり合い格別な味を作りだす。


「かんっぺきな朝だ…」


 おもわず恍惚とした表情で呟いてしまうがそれも仕方ないことだろう。

 理想的な朝を迎えたのだ、朝が理想的であれば今日一日も理想的な日になる。持論であるが。


 トーストを余す所なく堪能した私は口の中を切り替える為にコーヒー飲み干し、日課を成すために席を立つ。手早く狩人装束を身につけた私は、玄関の扉を開いた。


 扉をひらくと目に付くのは、見慣れた森と、切り開いた森に作った我が美しき庭。まるで何事も無く朝を迎えられた事を祝福するような小鳥達の囀りを背に、日課をこなす。


「魔物避けの杭は正常…っと」


「コケ子、コケ太郎、いつも美味しい卵をありがとうね、今日は何時もより多くご飯をやろう…」


「む、私の畑を荒らすな!しっ!しっ!あっちいけ!」


 私の畑を荒らす不届きな鳥たちを追い払い日課を終えた私は、狩人としての本業の為に装備を整え森に入る。


 私は罠専門の狩人だ。弓や刃物などは扱わない変わりに私の作る罠は百発百中で獲物を仕留める。

 この罠で仕留めた獲物を村に卸す事で手に入った収入が私の優雅な生活を支えているのだ。

 ふふ、今日はどんな獲物がかかっているだろうか。高く売れる「紅葉鹿」なんてかかって居たなら奮発して王都で優雅な一日を過ごすのも悪くない。

 そんな事を妄想しながら罠を仕掛けておいた第1ポイントに到着。期待を胸に今日の成果を確認する。



 覗いた罠には。





「うわ、勇者だ」






 ───勇者がかかっていた。






 ─────────────────────







 え、いや、いやいやいやいやいやいや!!!

 ええ、ええぇ。


 罠の底で串刺しになっているのは間違いない、勇者っぽい服装に青いマントをつけて、懐には妙に華美な剣まで落ちている。誰が見たって一目で勇者だとわかる、そんな?勇者が?私の作った罠で?串刺しになってる?


 え?






 ……いや冷静になれ、私のモットーは『常に優雅たれ』であるはずだ、こんな状況でも、冷静に、なれ、なれ……


「なれるかぁ!!」


 人類の希望をぶっ殺して置いて冷静になんてなれるかぁ!?

 朝は『精々、勇者が魔王を倒してくれるのを祈っていよう…』なんて気取った事を考えていたのだって『世界の命運をコーヒー片手に考える私カッコイイな…』程度の浅い考えだったんだよ!?

 実際の私はそんなに冷静なんかじゃない!ただの『優雅な生活に憧れて一人暮らしを始めた一般少女』なのに!!


 せっかく頑張って森を切り開いて!小屋を立てて!何年もかけて優雅な生活を手に入れたのに!

 勇者を殺しちゃった私はきっと投獄!いや投獄なんて生易しい、きっと拷問されてぇ…


「うわぁぁぁぁん!」


 森の中であることを忘れて頭を抱えてゴロゴロのたうち回る。


「綺麗な流れ星を見て『明日はいい事あるだろうなぁ』なんて思ってたのに!完璧な朝食で最高の1日になるハズだったのに!」


 騒ぎを聞きつけた魔物達の気配が遠ざかって行く。


「私の声で逃げるなぁ!お前達も道連れにしてやるぅ!うわぁぁぁぁん!」


 近くの木を腹いせに殴ると中ほどからへし折れる。


「ヴぁっ!いったぁ…」


 倒れて来た木に頭をぶつけた…。

 けど、おかげで少し頭が冷えてきた。

 よくよく考えたらこんな所に勇者がいるなんておかしいじゃない?

 格好はどう見ても王都の掲示板で見た勇者そのものだったけど、もしかしたら、もしかしたら!人違いかもしれない!


 そうだ、たまたま村に同じ格好をしちゃうくらい熱心な勇者のファンが居て、その人が森に入ってはいけない約束を破って入ってきちゃったのかも知れない、まあそれはそれで罪悪感があるけど…。

 自分でも支離滅裂な事を考えている気もするけど、もう一度罠の中を確認しよう。


 決意を新たに罠の中を確認すると…



「あれ?」






 ───死体が、ない?



 ない、ない、いくら探しても死体が見つからない。

 まさか幻覚…?、なんて事を疑い始めた時にキラリとした輝きが目に入る。


「なんでこんなに金貨がおちてるんだろ…」


 罠の底から拾いだしたのは数枚の金貨だった。








 ─────────────────────




 私は他の罠にかかっていた「大猪」2頭を引きずりながら帰路に付く道中、考える。


「あれなんだったんだろ…」


 鮮明すぎる記憶と懐にある金貨があの現象が夢や幻覚では無いことを示唆する。


「うーん」


 考えても埒が明かない。

 罠の底には血痕すら残っていなかったのだから。


「やっぱ幻覚?疲れてるのかなぁ…」


 考え事をしながら3m程ある「大猪」を森で一息に解体する。


「悩み続けるのも優雅じゃないし、切り替えよう」


 そう、私は長年の夢であった優雅な生活を手に入れてるんだ。

 幻覚だったならそれでいいじゃない。


 そんな事を考えながら、日の暮れ始めた森を背に家に帰った。




 ─────────────────────





「うわ、勇者だ」



 次の日、何時ものように罠を確認した私は頭を抱えていた。

 刺さってる。間違いなく勇者が刺さってる。

 昨日と違う場所に罠を作ったハズなのに。

 これが幻覚では無いと言うなら勇者の格好をして森に向かう変態が2人居たか。

 もしくは勇者は死んで復活した後、また私の作った罠にかかったと言う事になる、バカなの?警戒とかしない?普通。


 そもそも勇者って復活とかするの?全くもって訳が分からない。


「とりあえず本当に勇者なのか確認を…また消えてる!?」


 またも忽然と消えてしまった死体を探すが何処にも見つからず、数枚の金貨が変わりに落ちているだけだった。


「明日もかかったらどうしよう…」



 ─────────────────────





「うわ、勇者だ」


 かかってた。もはや3日目にもなると若干慣れてくる。いや、嘘、全然慣れない。

 串刺しになった人間なんてそう何日も見たくない。

 ともあれこれだけ連続して見るなら幻覚の線も薄い。

 つまり…。


「勇者は復活する?」


 思わぬ所で勇者の秘密知っちゃったよ。どうしよう、知りたくなかった。

 そもそもなんで3回連続で私の罠にかかるんだ。

 普通の落とし穴でしょ。勇者なら避けてよ。


 3回も続いたなら勇者の格好をした変態である可能性も無い。万が一変態だったら勇者の格好をして森で投身自殺をするのが流行っている事になる。どんな流行りだよ。もしそうだったら引っ越そう。


「どうしよう…」


 一番の問題はなぜ勇者が私の作った罠にかかっているのか。

 この森に来ているって事は用があると言う事だろうし。この森の奥地に用があるであろう勇者を、私の罠が足止めしてしまっているのかも知れない。


「でもなぁ…」


 罠を置かない、なんて選択肢は無い。何故なら私は狩人を名乗っておきながら罠を使う以外で狩りをする方法が無いからだ。


 弓?練習中に射った矢が私の脳天をめざして跳ね返ってきた時に諦めたよ。返ってきた矢は丁重に拳で弾き返した。


 刃物?この森の魔物達は私の気配を少しでも感じただけで逃げる。近づくなんて以ての外だ。全速力で追いかければ追い付けるかも知れないけど、優雅じゃないから嫌だ。


 つまり、私の優雅な生活を支える糧を獲るのは罠しかないんだ。何が『罠専門の狩人だ(キリッ)』だよ、罠しか使えないだけなのに。


 勇者が目的を果たすまで狩りを辞める事も考えたけど、そんな事をしたら勇者がどのくらいこの森に来るのか分からない以上、当分優雅な生活なんて出来なくなってしまう。王都産の食べ物って高いんだ。


『優雅な生活』の為に血反吐を吐く思いで何年もかけてやっと今の生活を手に入れたんだ。勇者の為だからって妥協なんてしたくない。

 そうと決まればやる事は1つ。


「勇者のかからない罠を作ろう!」


 罠の底にあった金貨を回収しながら決意した。



 ─────────────────────




「うわ、勇者だ」



 4日目。昨日決意した『勇者のかからない罠』

 実現のために色々考えてみたけど勇者がかからないなら魔物もかからないんじゃないか?と言う現実に直面した。そこで考案したのがこの『麻痺罠』踏むと中から麻痺ガスが吹き出て、ガスを吸った()()()10時間程動けなくなるスグレモノ、なんだけど……。


「人間には強すぎたかぁ…」


 地面に伸びた勇者は呼吸をしていない。はぁ、走って王都まで買いに行くの大変だったのに……。




 ─────────────────────




「うわ、勇者だ」



 5日目。仕掛けた罠は枝を踏むと縄が起動して足を縛り獲物を吊るしあげる、いわゆる『はねあげ式括り罠』と言われる物。大物には縄を切られてしまうが小物であれば十分に成果を期待出来る罠、何よりも大切なのは縄で吊上げるだけの罠なので人間がかかっても自分で脱出出来る……ハズだったんだけど。


「近くの木にぶつかった跡、つまり…」


 括り罠が発動。吊し上げられた勇者が振り子の要領で近くの木に頭を打撲、そのまま死亡。


「うそ、勇者柔らか過ぎ……!?」


 世界を救う勇者が頭ぶつけたくらいで死なないでよ!?




 ─────────────────────




「うわ、勇者だ」



 6日目。縄を踏むと毒矢が飛んでくる罠。致死性の罠だけどあからさまな注意のマークを木に彫っておけば分かるかなって。


「うーん、脳天」


 ガッツリ刺さってる。その勇者っぽい頭飾り外してヘルメットでも被った方が良いよ君。


 前回もそうだったけど今回も数分したら死体が何の前兆もなく消えていて、死体があった場所に金貨がおちてる。

 そろそろ懐の金貨もかなりの量になってきた。魔物狩るより勇者を狩る方が儲かるね、ははっ。

 ……疲れてきた、他の獲物を回収したら帰ってお風呂入って寝よう。




 ──────







 ─────────────────────




「うわ、勇者だ」



 あれから10日程がたった、うん、今日も死んでる。

 えーと今回の死に方は?罠で転んだ所に剣がすっぽ抜けて自分の頭に突き刺さったのね、なるほどなるほど。すぅー。



「ふっざけんなぁぁぁぁあああ!!!!」



 何その曲芸みたいな死に方!?

 毎日!毎日!!毎日!!!

 逆に器用なくらい私の罠で死ぬじゃん!

 魔物にやられるなら分かるよ?なんで私の罠で死ぬのさ!

 昨日なんて『落とし穴に頭から落ちる』までは予測して針も無いし地面も固くない落とし穴にしたのに『そのまま地面に突き刺さって窒息』とかもうどうすれば良いのかわかんないよ!何やっても死ぬ!


「もぉやだぁぁぁああ!」


 私は優雅な暮らしがしたくてこの森に住んでるのに!最近じゃ夢の中まで勇者の死体が出てきてもう全っぜん快眠できないし!罠が気になって日課もまるで手につかないし!


「うわぁぁぁあああん!」


 私は辺りを気にせず思い切り泣き叫んだ。



 ─────────────────────




 ───私の精神(こころ)は限界に達していた。


 獲物の処理を済ませてお風呂に入った後、何時もだったらコーヒー片手に読書をする最高に優雅な時間であった夜。


 私はリビングで寝っ転がりながらうぞうぞした動きをしていた。


「あうあうあー」


 どうしてこうなったんだっけ。

 勇者が毎日森に来てさぁ、毎日罠にかかってさぁ。

 私の優雅な生活はもうボロボロ、儚い夢だったんだ。

 所詮私じゃ『常に優雅たれ』なんてすぎた目標。

 王都で暮らしていた時、私に付いた渾名だって酷い物だった。

 優雅だなんて私には出来なかったんだ。


 そもそもどうして勇者は毎日森に来るんだろう。

 魔物ならここじゃなくても倒せるし。森にいたヌシだってここに小屋を建てる時に現れたから殴り倒した。


 後思い浮かぶのは……

 前に見た流れ星?流れ星の一つが森の奥に落ちたのを見たくらいかなぁ。

 …そう言えば勇者の足跡も森の奥を目指していたし……勇者が現れたのは流れ星が落ちた次の日……。


 ───思考が一気に冴え渡る。


 間違いない、森の奥に落ちた何かを求めて勇者は動いていた。

 だったら、だったらだよ。勇者よりも先に森の奥に行って、私が先に落ちてきた『なにか』をどうにかすれば、私はこの苦痛から解放されて、優雅な生活が帰ってくる……!?


 それに気づいた途端、身体が勝手に動き始める。

 そうだ、解放されるんだ。


 いてもたってもいられなくなった私は家着のまま玄関を蹴破り、夜の森に駆け出した。



 ─────────────────────



「私の前に立つなァ!!」


 森の中層あたりで今までは見なかった小鬼の様な魔物達をなぎ払いながら突き進む。間違いない、森の奥に何かがある。


『ギャギャ!ナンダコノオンナ!』

『ナカマガ、イッシュンデ!』

『イカレテル!』

『オヤブンニ、シラセ、ギャアア!』


 ふむ、親分?

 こいつらを纏めている奴がいるのかな?

 そうか、つまりソイツが勇者の追っていた相手。


 ───私の生活を壊した張本人。


 そっか、ソイツのせいなんだ。ふふ。

 怒りがフツフツと燃え上がっていく。


『バッ、バケモノ!』

『ニゲロォー!』


 化け物なんて失礼な。あ、蹴りの衝撃で地面が割れちゃった。後で直しに来なきゃ。


 あ、あと君、逃がさないよ?。



 ─────────────────────




 魔王軍四天王、破壊のゴオルは言い様のない恐怖を感じて居た。

 魔王の復活と同時に各地に飛散した、事情を知らなければ流れ星のようにも見えたその物体は魔王軍に所属する魔物達の核であった。


 ゴオルが受肉したのは辺鄙な森の奥。そこで魔王からの招集があるまで力を蓄えて居よう。なんて事を考えていたのだが……。


(何だこの気配は!?)


 森の外周にあった気配が急激に膨らんだかと思えば恐ろしい程の勢いで森の中心に走ってくるのだ。

 その気配が森の中間に辿り着いた頃。


(気配が殺意に変わった!)


 なまじ力を持っていたゴオルには分かる、森1つを包む様な強烈な殺意が明確に自身へ向かって来ている事を。その事実に全身の皮膚が総毛立ち、1秒でも早くその場から逃げる様に本能が警鐘を鳴らす。


(やってられるか!逃げ…)



───逃がさないよ?



 轟音と共に空から何かが降ってくる。

 それは少女の形をしていたが、圧倒的な気配と着地地点に残されたクレーターが尋常のものでは無い事を物語る。

 少女の形のなにかが衝撃に固まるゴオルを正面に見すえると。


「ミツケタ」


 そう言って頬を吊り上げた。



 ─────────────────────



 ゴオルは思案する、どうやって目の前の化け物から逃げ遂せるか。

 1秒でも目を離したら一瞬で自分はただの肉塊になるであろう、それ程の気配なのだ、アレは。


「なぜ、俺を殺そうとする?」

「わたし、おまえ、ころす、わたし、へいわ、おーけー?」


 くそ、ほとんど話が通じない。

 だが何故俺を殺す事で平和になるのだ?今後近くの村を襲う事は考えていたがまだ何もやっていない。俺を殺す理由などまだ無いハズだ。


「まて、話をし、グホァ!」

「はなさない」


 魔物だってもう少し話を聞くだろう!?

 防御出来たのが奇跡とも言える速度の攻撃を放った目の前の化け物。

 そもそもなんだその目は!まるで己の全てを奪った仇敵を見るような目を何故俺に向ける!?

 まだ何もしてないだろう!?訳が分からない!!

 ともかく一瞬でもいい、隙を作らなくては。

 王都に忍ばせた魔物達から受け取っていた情報の中に目の前の化け物の対応策があれば、いや、そもそもアレは人間なのか?

 人間とは思えない俊敏性に怪力……怪力?

 そうだ、受け取っていた情報の中に1つだけ眉唾物だと思っていた情報があったはず。


「そうか、貴様、『怪力無双』の───」

「ぐあぁぁぁあああ!!」


 目の前の化け物が悶え苦しんでいる!?


「その名前で私を呼ばないでぇええ!」


 今度は泣いている!?一体なんなんだ!


「なんで!なんでそんな呼ばれ方されなきゃなんないの!?村から出て!王都で優雅に暮らそうって思ってたのに!たまたま助けた人からどんどん噂に尾ひれが付いて!噂を聞き付けた人から魔物退治の依頼が来てさぁ!断りきれなくてさ!最初は良かったんだよ!チヤホヤされるのも!」


 急に語り出した?だが丁度いい、この隙に……。


「けど依頼をこなすうちにさぁ!『人間の戦い方じゃない』とか『どっちが魔物かわからない』とかさぁ!挙句の果てに付いた渾名は『怪力無双』だの『人型粉砕機』だの!ぜんっぜん優雅じゃない!そんな呼ばれ方する為に王都に行ったんじゃなぁぁぁぁぁああい!」


 回り込まれた!?なんて俊敏さだ!


「この森はやっと見つけた安住の地なんだ!なのに勇者が毎日、毎日!!罠にかかるから!その原因のお前をぉ……」


 まて!そんなの完全にとばっちり…



「ぶっ飛ばす!」



 魔王軍四天王、破壊のゴオルが最後に見たのは、恐ろしい速度で迫る拳だった。



 ─────────────────────


「成し遂げた」


 目の前でバラバラになったちょっと大きい魔物を見て自分の目的が達成された事を実感する。

 終わった、終わったんだ。これで勇者に悩まされる事も無い。

 優雅な生活が、帰って来るんだ……!

 思わず拳を天に突き上げて感涙する。

 む、後ろに気配?まだ生き残りが居たのかな?

 殴り飛ばす姿勢に切り替えながら後ろに振り返ると、そこに居たのは……。



「うわ、勇者だ」



 ───間違いない。間違える訳が無い。

 生きた勇者がカンテラ片手に、見開いた目で私を凝視している。

 私にとってその顔は不幸の象徴、最悪の化身。

 全身がこわばり今までのストレスがフラッシュバックする。


「わ、私のそばに近寄るなぁァァァ!」

「え、あ、ちょ」


 恥も外聞も無く私は全速力で逃げ出した。

 後ろで引き止める声を無視して。







 ─────────────────────














 狩人の朝は早い。

 まだ日も登らぬうちに目を覚ました私はベッドから起き上がり小さく伸びをする。


 軽いストレッチを済ませリビングについた私はコーヒーマシンを起動してコーヒーを入れる。王都産の豆と最高級のコーヒーマシンが、私に格別な朝を提供してくれる。


 あれから5日程が経ったが。罠に勇者がかかる事も無くなり、夢見も良くなった。安定して獲物を取れるようにもなったし。何より優雅な生活が帰ってきたのだ。


 私は帰ってきた日常の有難みを噛み締めながら作り上げた朝食を机の上に置く。手早く祈りを捧げ、熱々のトーストにかぶりつく。パリパリの表面にモチモチの生地、卵の黄身と王都産ベーコンの程よい塩気が口の中で混じり合い、筆舌に尽くし難い味わいを作り上げる。


「さいっこうの朝だ……」


 思わず恍惚とした表情で呟いてしまうのも無理の無いことだろう。

 最高な朝を迎えたのだ。最高な1日が……あれ、こんな事が前にもあった気がする。

 そうだ、似たような事を考えたその日に……



 ───コンコン



 む、来客だ。

 考え事を中断し、コーヒーを一息に飲み干した後、玄関に向かう。

 私の家に人が訪ねてくるなんて珍しい。村の人だろうか?そんな事を考えながら玄関を開ける。

 そこに居たのは。



「うわ、勇者だ」


「僕、そんな事言われたの勇者やってて初めてですよ」


 目の前で困ったように笑うのは間違いなく勇者だ。見間違えるはずがない、生きてる所見たのは2回目だけど。


「た、立ち話もなんなので、奥、どうぞ」

「あ、はい、お邪魔します」


 どうしよう。きっと怒ってるに違いない。

 不可抗力とは言え何回も罠で殺しちゃったし。あの夜の事もきっと覚えてる。5日経ってトラウマも薄くなったから顔見た時に逃げる事は無かったけど。きっといい印象は持たれてない。

 反射的に家に招いちゃったけど失敗だったかも。きっと恨んでるよ。


 そうだ、何回も勇者を殺した私を捕縛しに来たのかもしれない。捕まったりなんかしたらやっと取り戻した生活がまた消えちゃう。それだけはダメだ。

 全力で謝ったら許してくれないかな。許してくれ無いだろうなぁ。

 仕方ない。この距離なら1秒で意識を…。

 錯乱した私が物騒な計画を心の中で立てていると、目の前に座る勇者が口を開いた。


「単刀直入に言います。僕の魔王討伐の旅に同行して貰えませんか!」

「ひあぁ、ごめんなさ……え?」


 今なんて言った?

 魔王……討伐?

 え、怒ってないの?


「あの…怒ってないんですか?」

「え、僕が、貴女に?……ああ、罠のことですか。怒ってなんかいませんよ。寧ろ自身の至らなさを痛感するばかりです。村の方の話でこの森に貴女の仕掛けた罠がある事を知っておきながら回避する事が出来なかった僕の責任ですから。僕としても貴女の狩りを邪魔してしまって。申し訳ない」


 勇者だ、間違いなく勇者だ。

 10回以上私の罠で死んでるのにそれを許せる上に、逆に謝ってくるなんて。器が大きすぎる。

 今までは恐怖と怒りが殆どだったのに今では罪悪感しかない。本当にごめんなさい。自分の欲を優先した結果なんです。謝らないで。


「あの、なぜ、私を魔王討伐の旅に……?」

「失礼ながら戦いの跡を見させて貰いました。森を一息に駆け抜ける瞬発()!魔物を歯牙にもかけない膂()!魔王軍四天王を屠る戦闘()!悔しいけど僕にはそこまでの事は出来ませんが貴女が旅に加わってくれれば百人()で……顔色が悪い様ですが、大丈夫ですか?」

「ハイ、ダイジョウブデス」


 あんまり力が強いとか怪力とか言わないでぇ……気にしてるからぁ…。


「そ、そうですか…ゴホン、ご存知の通り僕は死んでも蘇ります。ですが…仲間になる方はそうも行きません、なので僕が死んだ後でも決して負けない方が必要なんです!貴女だったら!僕が今まで見てきた中で最も強い貴女であれば!共に世界を救えると思うんです!どうか力を貸して頂けませんか!勿論僕にできる事だったらなんだってします!だからどうか、お願いします!」


 そう言って私に頭を下げてくる勇者。

 こ、断り難い。

 勇者を殺しちゃった負い目もあるし、めちゃくちゃ真剣に頭を下げてくる彼の願いをすげなく断るのはとても良心が痛む。

 けど、けど……!


「ご、ごめんなさい…」

「〜ッ、そう、ですか…」


 目の前で悲しそうに俯く勇者。

 ぐっ、罪悪感が凄い…

 けどようやく取り戻した優雅な生活なんだ。何年もかけてやっと手に入れたのに旅についていったら消えてしまう。それは、それだけはダメなんだ。


「気にしないでください。大丈夫、僕1人だって世界を救ってみせます。元々、その為に旅に出たんですから」


 ふぐぅっ、止めて!そんな覚悟に満ちた顔しないで!罪悪感で押し潰れちゃう!


「あの、すみません。こんな話をした後に申し訳ないんですが。金貨を拾いませんでしたか?」


 え、あ、はい。


「僕の能力は死んで1時間ほど経つと教会で蘇る。と言う物なんですけど。代償として死んだ場所に全財産の半分を落としてしまうんです。なので今殆ど手持ちが無くて…差し出がましいお願いなのは分かってるんですけど半分だけでも返して頂けたら……」


 私の視界端に爛然と輝く最高級コーヒーマシンが映る。

 うん、ずっと欲しかったんだ。けどさ。私の稼ぎじゃ買えなくてさ。たまたま臨時収入が入って魔が差したって言うか……その……。



「旅に同行するから許してください……」



 ─────────────────────




 ───これは、後に魔王を討伐し世界を救い伝説となった勇者と、その勇者の傍で共に戦った女性の馴れ初めの話である。


 なお、後に本にもなった2人の出会いのシーンは、どの書籍でもぼかされている。



登場人物?紹介 

 

『狩人』

つよい。

この後めちゃくちゃ世界救った。

魔王を倒した後優雅に過ごせたのか定かではない。


『勇者』

弱い訳じゃない。

やっと落とし穴に慣れてきたのに急に罠の種類が変わったせいで避けることができなかっただけ。


『破壊のゴオル』

一撃耐えただけすごい。


『ほかの四天王』

所詮ゴオルは四天王の面汚しよ。

とか馬鹿にしてたら粉砕された。


『魔王』

敗因は「拳より柔らかかったから」


『邪神』

聖剣でしかダメージを与えられないはずの結界を拳でたたき割られて驚いてる所を勇者がとどめを刺した。

勇者は「僕の出番があってよかった」と言ったとか、言ってないとか。


『コケ子』

旅に行く前に村に預けられた。

いつも卵をありがとうと感謝されるが生んでいるのはコケ太郎。

コケ子はオス。


『コケ太郎』

今度子供が孵る。

感謝されるのがコケ子ばかりで微妙な気分。


『コーヒーメーカー』

キャッチコピーは「格別で優雅な時間を貴方に」

魔法工学によって作られた最高品質のマシン。

とってもお高い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王の敗因に吹いた。 的確すぎて、誰もが納得って感じです。 面白かった〜
[良い点] タイトルのセリフとともに罠にかかったところを発見され続ける勇者。 シュールすぎるシチュに笑いつつも、どうなるんだと先が気になり読み進めました。 主人公である狩人ちゃんの正体には驚かされまし…
[良い点] 簡潔で良い。 [一言] 勇者視点みたいです。
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