言霊
「ちーちゃん。俺が死んでも誰とも結婚しないでね」
彼は呪いの言葉を残した
結婚して1年目の夏。夫婦仲は良かった。彼は仕事も私に対しても完璧な人に思えた。彼からの猛アプローチで付き合って、結婚して。毎週末ショッピングやデートに出かけて。彼は私に似合うものを見つける天才だった。私のクローゼットは彼からのプレゼントでいっぱいで。周りの人達にはいい夫婦だと、幸せそうだと言われていた。
2年目の夏、彼は浮気していると思った。いわば女の感。されど女の感。会社の部下とそういう関係のようだった。私たちの関係は冷めつつあった。けれど田舎で付き合い、結婚したもの同士。義務感で結婚生活を続けていた。こんな生活だ。別に彼が浮気しようが構わない。ただ貴方がするなら、と私も誰かと関係を持ちたいと思った。しかし思っているよりも私は貴方を愛していたようで。誰かとなんて関係を持つことができずに。貴方から貰った洒落た服を着て。喫茶店やネットカフェで時間を潰して。いかにも遊んで帰ってきたかのように見せた。いわゆる仮面夫婦。お互い関係を詮索することはなく、話すこともない。どうして私の気持ちをわかってくれないんだろう。この人ではない別の人を愛せたらよかったのに。この人と結婚していなければ他の人を愛せたのに。幸せになれたのに。
3年目の夏。いつも通り時間を潰して帰ると、彼は部屋で倒れていた。意識はなかったがまだ息はあった。急いで救急車を呼んだ。数十分の時間が何時間にも、何日のようにも思えた。ようやく来た救急車の中で彼は呟いた。そのまま手がどんどん冷たくなって。ドラマのようなピーっという機械の音がする。救急隊員が私を引き剥がし、彼に心臓マッサージをする。彼に対する声かけが遠くに聞こえた気がした。彼の残した言葉が頭の中で反復していた。
これは私への呪いの言葉だ。彼は私を愛してくれていたのに。ありのままの思いを伝えてくれたのに。私は自分の思いを彼にぶつけなかった。ぶつけなかったのにわかってくれないと彼を責めた。私は彼の気持ちを踏み躙った。彼はタイプではないと笑い。何かあると彼が悪いと。私がいけなかったのだ。彼からの好意に甘えて。彼からの愛に甘えて。その上に胡座をかいていた。貰った愛情を返す努力もしなかった。彼がくれたプレゼントをすぐにつけたことがあっただろうか。彼は私に誠意を見せて。一緒になろうと言ってくれたのに。私は周りがどんどん結婚していくからと焦り。周りに負けないように見栄を張って。私は彼と結婚したかったのではない。彼と一緒になることで周りにマウントを取りたかっただけなのだ。なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。彼は私に愛想をつかせて。別の女を可愛がって。完璧な彼のことだ。バレないように上手くやることもできたのだろう。私に気がつかせて。何がしたかったのか。もう私にはわからない。何もわからない。何もわからない。神様もしひとつだけ願いが叶うのならもう一度貴方と結婚して…
彼が亡くなって10年目の夏。私は今も1人でいる。彼と住んだ部屋。彼のくれたプレゼント。もうここに彼はいないのに。彼から私への希望の言葉が私をここへ縛りつける。私が死ぬまで誰とも結婚しなければ。来世で貴方はまた私と結婚してくれますか。
はじめまして。出雲るるです。飽き性です。短い話を何本書けたら満足です。