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【mean―意味なき世界―】  作者: 落世
第一章 一編 【騒乱の幕開け】
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4.古い記憶と新しい朝



 妙に、意識が遠い。目に映る全てに現実味がなく、だがどこか懐かしくも感じた。


「――――――――」


 不意に、誰かの声が聞こえる。


「――――――――――!!」


 また、誰かの声が聞こえた。今度は近くからだ。

 悲痛に、切実に。何かを叫んでいるらしい。


「――――――――――」


 もう一度、遠くから声が聞こえる。悲しい声だ。それでいて端然とした声だ。

 だが内容はうまく聞き取れない。

 顔もボヤけてよく見えない。一体誰だろうか?


 もう一度、その人物が口を開いたのが分かる。

 今度こそは、その空気の振動が耳に届いた。


「―――とう、あの時――――――リリリリリッ!!



 やっと聞こえたその声は、目覚まし時計のけたたましい騒音に掻き消されてしまった。耳障りなその音によって、意識がゆっくりと浮上してくる。

 どうやらもう朝が来てしまったらしい。


 体を起こし、眠い目を擦る。

 何か夢を見ていたような気がするが、うまく思い出せない。夢なんて大概はそんなものだ。

「……もう……こんな時間か」

 微睡(まどろ)んだ視界で時計に目をやると、既に八時過ぎを指していた。確か昨晩は久々に馬鹿騒ぎをして遅くなったんだったか。

「……眠ぃ………」

 大きな欠伸が漏れる。

 布団に潜り直し、すぐさま二度寝の体勢に入った。

 今日は仕事の予定も入っていないし特別な用事もない、出来るなら一日寝て過ごしたい。

 そんな自堕落な幻想に思いを巡らせ、思い出せない夢の続きを求めて目を閉じる―――。

 だが、幻想とは常々叶わないものなようで。部屋の外から朝飯に呼ばれてしまったので、渋々起きてやることにした。



 ぼやけた頭でふらふらと廊下を進んでいく。

 程近いダイニングにたどり着くと、オメガ,デクト,ネオンの三人が待っていた。キッチンに立つネオンを除いた二人は、既に朝食を食べ始めている。


 RARに籍を置いている能力者は計十五名。その内この施設で生活しているのは十一人なのだが、それぞれが自由に時間を使っており、統一されたスケジュールがあるわけではないので、全員が揃うということは滅多にない。

 十人掛けテーブルが二つ置いてあるこの部屋に四人しか居ないと、どこか物寂しくも感じる。

「おはようアルファ……どうした?目が死んでるぞ」

「寝不足なんだよ、昨日寝るのが遅すぎた……いや、寝たのは今日だったか」

 朝の挨拶がてら憂慮をくれるオメガに、デクトがデフォルトのニヤニヤ顔で続ける。

「た~くあのくらいでへばるたぁまだまだおこちゃまだねぇ」

「じゃあ相対的にお前は年寄りってことでいいな」

 逆になんでお前は平気なんだ?一番飲んでただろ………。

「おはようございますなのですアルちゃん。ご飯が出来てるですよ~」

 水玉のエプロンを着たネオンのにこやかな顔に迎えられる。

 机上を見れば、俺の分の朝食が用意してあった。いつぞやの科学兵器ではない。

「おはようネオン―――って、仕事は?」

「今日は休み(オフ)なのです♪」

 俺達RARのメンバーは、国王から依頼された仕事をこなす対価としてRAR(ここ)で生活し、収入を得ているのだが。シグマとネオンは別の研究施設でも仕事をしていると聞いている。そのおかげで金銭面に不自由なく暮らすことが出来ていた。

 まったくありがたい限りだ。

「にしても、ネオンの飯は美味いな」

 リナが居ないのを確認した上でのオメガの発言。もしこの場に居合わせていたら……いや、考えないでおこう。

「それは良かったです、この前ハッ君に教えてもらったんですよ」

 ネオンは嬉しそうに笑っていた。例の一件以来―――当然と言えば当然だが―――食事は全てネオンの担当になっている。今は不在にしている普段の料理担当から色々と教わっていたようだ。

 朝食に手を付けると、オメガの言った通り美味い。栄養や彩りにも気が配られていて、俺達の健康を思ってくれているのがよく伝わってくる。

 リナに教えてやって欲しいくらいだ。

「他の連中はどうしてる?」

「いつも通りだな、鍛練してるか買い出しに行ったか、まだ寝てる奴もいたぞ」

「なら俺も寝せといてくれよ………」

 チェスターの件以来、特に大きな仕事は入っておらず、平和な日々が続いていた。

 以前と変わらない日々だ。


―――………訂正しよう。一つだけ変わったことがあった。


「よぉお主ら!今日も遊びに来たのじゃ!!」

「勝手ながらお邪魔しています、同伴のティークです」

 ダイニングの扉が勢いよく開かれ、二人の人物が姿を現す。

 出会って以来、フィレネスとティークが時々―――いや毎日。何故か遊びに来ているのだ。


―――あれは、三日ほど前のことだったろうか。

 朝いつも通り目覚め、いつも通り二度寝しようとし、いつも通り飯に呼ばれいつも通りダイニングへ向かった。

 だがそこに、いつも通りは無かった。

 既に打ち解けた様子で、二人が仲間達とネオンが作った朝食にありついていたのだ。外出の件はどうにか了承を取ってきたのだろう。

 いやぁ、めっさビビったよね、うん………。


 一般から見れば得体の知れない謎の施設であるRAR(こんなところ)に侵入してやろうなどという阿呆(チャレンジャー)はまずいないので、昼間は正面玄関に鍵を掛けていない。そのせいで出入りし放題になってしまっていたという訳だ。

「おおぉ!今日も美味しそうじゃな!」

「二人ともおはようなのです、よかったら食べていってください」

 声を上げ目を輝かせるフィレネスに、ネオンが愛嬌たっぷりの顔で着席を促す。

 ここ何日かで、ここのメンバーともだいぶ馴染んだようだった。まだ会ってない奴も何人かいるのが気掛かりではあるが、まぁ問題ないだろう。


 フィレネスは一口ごとに歓声を上げながら、朝食を美味しそうに頬張っている。これだけ喜んでもらえて、ネオンもどこか誇らしそうにしていた。

「お前は食べなくていいのか?」

「自分はただの付き添いなので、お構い無く」

 後ろで壁にもたれかかっているティークに話しかけるが、軽く流されてしまう。

 この数日間、フィレネスと共に毎日来ているティークだったが、俺を含め全員から一歩距離を置いているように感じていた。

「遠慮しなくていいぞ、このところ毎日会ってるんだし」

「毎日お騒がせしてしまって申し訳ないです」

「それは気にしなくて良いって」

 皮肉っぽく聞こえたのだろうか。賑やかなのも嫌いではないし、何より仲間達(こいつら)も楽しそうなので謝る必要など無い。

 ティークも、もう少し気楽に接してくれて良いのだが………。


「おや、皆さんお揃いでしたか」

 それぞれが朝食を味わっていると、普段通りのメイド服に身を包んだリナが入ってきた。

 庭の手入れでもしていたのか、裾が少し汚れている。

「おぉ、おはよう」

「………おはようございます」

 心底嫌そうな顔でデクトの挨拶に応える。

「はぁ……朝から貴方の顔を拝む羽目になるとは……とんだ厄日ですね」

「あれ、俺ってばそんなに意識されちゃってる?」

「………………」

 ヘラヘラとおどける顔に、それこそ汚物でも見るような視線が返される。

 ……どうもこの二人は仲が悪い。全てはいつも変な絡み方をするデクトせいだが。

「あんま食い過ぎると太るぞ」

 こんな風に。

 リナが席に着き、出来立ての彩り豊かな料理を目の前に幾分か機嫌が回復した直後の太るぞ発言(これ)だ。

 デクト(こいつ)の辞書には[デリカシー]という言葉が載っていないらしい。その豪胆さにはいっそ尊敬さえ覚える。

 リナが顕現させた金棒片手に立ち上がった時には、空になった皿の山を残して部屋を去っていた。毎度逃げ足だけは恐ろしく早い。

「ったく、朝から騒がしいな」

 黙々と箸を進めていたオメガから呆れた声が零れる。外で何か起こらずとも、いつも賑やかな日々だ。

「美味いのじゃ!おかわりはあるかの?」

「もちろんです、いっぱい食べて下さいなのです」

 フィレネスが居る分ここ数日は更に賑やかになっている気がする。



 一時(いっとき)の平和に浸る空間。だが定型通り世界とは残酷なもののようで、激動の歯車はゆっくりと、だが確実に。彼等の知らぬところで既に回り始めていた―――――。




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