波乱の尽きぬ今日と言う日
反射的に周囲を警戒し身構えるも、一刻を争うような問題ではなさそうだったので、とりあえず落ち着かせて近くのベンチへと誘導した。
銀灰色のしなやかな髪に琥珀色の丸い瞳、黒ベースに青の模様が入った可愛らしいドレスを装った幼さの残る清楚な顔立ちの少女。
呼吸が静まるのを待って、一応辺りに気を張りながら声を掛ける。
「それで、何があったんだ?」
助けてくれと突然言われても、事情が分からないことには手助けのしようがない。
昼間の王都で助けを求める少女とはまぁなんとも面倒事の匂いが漂っているが、この状況になっては今更引くにも引けなかった。
「わしは今追われとるのじゃ!」
「追われてる?何か心当たりは?」
喋り方が少し変な気がしたが今は置いておく。身柄を狙われているとなると、場合によってはすぐに動かなければならない。
変質者に追われてるとかであれば、お相手様を軽く小突いてあげるだけの簡単なお仕事なのだが。
「……えっとぉ~………………」
「どうした?」
「………………」
話すのを躊躇っている。それほど重大な事件にでも巻き込まれているのだろうか。
「……い……え………」
「いえ?」
「……家から……抜け出してきた……のじゃ………」
顔を背け、呟くような声で教えてくれた。詰まる所この子は家出少女というわけらしい。
どうやら事件性のある話ではなさそうなので一安心だ。肩の力を抜いて、詳しく話を聞いていく。
「家の奴と喧嘩でもしたのか?」
「お、お主は超能力者なのか!?」
半分正解で半分は外れ。確かに能力者ではあるが、デクトのような精神感応の類いは使えない。
「よくは知らないけど、家出の理由なんて十中八九そんなものだろ」
いつかどこかで拾い聞いた程度の知識でしかなかったが。
「……わしは外に出たいと言うのに許可してくれんのじゃ!」
「それで逃げ出して来たのか?」
少女が大きく頷く。
外出すら禁止にするとは、さぞ大切に思われているのだろう。見たところ十五,六歳だろうし、少々過保護な気もするが。
「なるほど……そりゃ追われるわな……。俺はアルファ、名前を聞いてもいいか?」
何かあったときの為、一応名前は聞いておく。
「わしの名か?わしはフィレネスというのじゃ、よろしくのぉアルファ!」
元気なようで結構。
「さてと、家は何処だ?送ってやるよ」
「なッ!?お主もわしを帰らせるつもりなのか!?」
一人で帰らせるのも心配なのでそう提案して立ち上がると、裏切られた!!という顔で見上げられてしまう。
ここに放置していくわけにはいかないが、家出を幇助して一緒に逃げるのもマズいだろう。外出については家の方でしっかり話し合って貰う他ない。
「ほら、家族とかも心配してるんだろうし、帰った方が良いと思う―――」
「嫌じゃ」
食いぎみの返答。
「……そんなに帰りたくないのか?」
「だって………また怒られる………」
拗ねたような顔で不満気に漏らす。
「そりゃそうだろうよ」
‘また’ということは、もう既に何度か家出して怒られた事があるのだろう。それでも懲りずに繰り返すとは、全く困った子だ。
「……やっぱり帰った方がいいかのぉ………」
少し不安になってきたのか、声に元気がない。
「詳しい事情は知らないけどさ、心配されてるならひとまずは帰った方がいいだろうな」
さっきからそれとなく確認していたが、少なくとも見える範囲に目立った傷や痣はない。服も清潔な状態で、特別痩せているわけでもないので家庭環境は問題無さそうだ。
「じゃがのぉ………」
と言いながらも、ベンチから立ち上がりこちらに一歩近づいて来た。
最初ぶつかった時は、正直また面倒事かと思ったが、いざ蓋を開けてみると大したことではなかった。とはいえこの子のことも心配なので、家に帰り着くまでは見届けてやろう―――と、そんなことを考えていた、その瞬間。
バチンッ―――と鈍い音が耳に飛び込んできた。直後、フィレネスがふらつき、こちらに倒れ込んでくる。
咄嗟に反応し体を受け止めたと同時、激しい後悔に襲われた。
―――先の音が、彼女が何らかの攻撃をされてのものだと理解が追いついたからだ。
家出と聞いて、この件は大したことではないと早計して気が抜けていた。目の前に意識がいきすぎて周囲への警戒を怠っていた。
フィレネスを背に隠しつつ相手へと向き直り、身構える。すぐに反撃を加えなかったのは、相手の容姿が予想に反したものだったから。
俺より背の低いフィレネスよりも小柄、マントのようなものを纏い、右手にはたった今使ったであろう黒色の鞭が握られている。フードを深く被っているので、性別は判断つかないが、どう見ても子供。
背後でへたり込むフィレネスの無事を確認し、いつでも意識を奪えるだけの準備をした上で、相手に問いかける。先刻は不覚をとったが、二度目はない。
「何者だ?」
問いに対して、マントの子供―――少年は、鞭を服に仕舞い込んでフードに手を掛ける。
「あぁ、申し遅れました。少々苛ついていたもので」
その顔が露わになっ―――
―――た瞬間だった。
「ティ~ちゃ~~ッ!!」
少年が口を開くよりも早く、先程まで座り込んでいたフィレネスの方から凄まじい勢いで飛びかかっていった。
「今のは良かった気がするのじゃっ!もういっ―――」
「暑いです離れてください」
………………………………。
唖然とする俺。
少年の足に絡みつき、目を輝かせるフィレネス。
心底迷惑そうな顔をしている少年。
………………………………?
………え~っと、これはどういう状況だ?
生まれてから十六余年程の人生で蓄えてきた知識を総動員して現状把握を試みるが、理解できるだけの情報が足りない。いや、足りないというか無いに等しい。やっぱりまだまだ人付き合いの経験が少なすぎるのか………?
その情報不足を補うように少年が口を開いた。
「私は不本意ながら‘これ’の弟をしているティークと言います。姉様が迷惑をかけてしまったようで、申し訳ないです」
弟?姉?姉弟?
……言われてみれば、ティークと名乗った少年もフィレネスと同じく銀灰色の髪に琥珀色の目をしている。顔立ちも、どことなく似ている気がしなくもない。
だがそれだけではこの状況を説明するにはいささか不十分であろう。とりあえず、初対面の清楚という印象は跡形も残さず消え去っていった。
「―――ハッ!?」
当のフィレネスはというと。またも突然、何かに気が付きましたと言わんばかりに目を見開いていた。
「……えーっと、フィレネスさん。これはどういう………?」
再び背後へ退いてきて、猫のように威嚇を始めた彼女へと問い掛けてみるが。
「こやつがわしの追っ手じゃ!」
とのこと。
………………。
あー、うん。その、なんと言うか………。
取り敢えず、最初の警戒した分の気力と、後悔反省諸々を返していただきたい。
「すみません。うちの珍獣が何かしでかしませんでしたか?」
「あぁ、まぁ大丈夫だけど」
いや珍獣て。
俺の心労を除いて別段被害があったわけでもないし、追っ手とやらも変質者とか暴徒とかではなかったんでいいんですけれども。
「それでは、失礼します」
未だ困惑する俺を置き去りに、ティークと名乗った少年のお辞儀一つ残して、二人は大通りを王城方面へと歩いていってしまう。
「嫌じゃ~、わしは帰りとぉない」
「はいはい帰りますよ」
駄々を捏ねるフィレネスを、ティークが引っ張っていった。
…………………………。
「まるで嵐みたいな奴だったな………ってあれ?」
目で追っていたのだが、二人を見失ってしまった。まぁこれだけ人が多ければ当然か。
言葉の真偽はどうにしろ、あの様子なら身内か知り合いなのは確かだろうし、任せても大丈夫だろう。
「ま、ひとまずは解決ってとこか………?」
―――――だが、この時アルファはまだ知らない。今後長くこの少女を中心に、色々な問題や事件に巻き込まれるということを―――――。
「……俺も、そろそろ帰るとするか」
大なり小なり騒動の尽きない今日と言う日に悪態をつきたくなる気持ちを押さえながら。一人そう呟き、二人とは逆の方向へと歩き出した。