任務完了
―――一瞬の出来事であった。
侵入者三人が司令室に入ってものの数秒後。中に居た十数人の職員,兵士,従業員他、その全員が気絶させられていた。
そのあまりの手応えのなさに、シャツ短パンの青年―――オメガは、溜息混じりに呟く。
「まるで相手にならねぇな……」
「仕方ないよ、多少良い装備を持ったところで、俺らと戦える訳はない」
そう淡々とした口調で返すは、初めから期待などしていなかったという様子のコートの青年―――サイロズ。
「お前らなぁ、仮にも任務中なんだからもう少し緊張感を持てよ」
同じく軽装な三人目の青年―――アルファがやんわりと指摘する。
別に、二人も強い相手を倒すことしか楽しみがないような戦闘狂というわけではない。
しかしここまであっさりと終わってしまうと、日頃から腕を磨いている意味がわからなくなってしまうのだ。
「ていうか、アイツらホントに死んでないんだろうな……?」
「加減はした……一応」
『報告書が増えると面倒だから殺しはするな』と、指示役の仲間に言われているのだが、先程の破壊っぷりを見ると少し肝が冷える。
「『司令室まで進んだら、情報収集して連絡を待て』だったな」
オメガが思い出したように、今朝伝えられた指示の一つを口に出す。
辺りを見回せば、今にも倒れそうなほど堆く積まれた書類が否が応にも目に付いた。窓から差し込む僅かな光を頼りに、この膨大な資料の中から違法取引の証拠として使えそうなものを探して来いというお達しだ。
「「「はぁ……」」」
三人は揃って溜息をつきつつ、書類の山を漁り出した。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
一方その頃。
彼等のもう一つの目的であるチェスターはと言うと、二人の兵士と共に五階最奥に位置する倉庫へと移動していた。
本来なら、非常口でも使ってとっくに脱出している頃合いなのだが、さっきの停電により扉が開かなくなってしまっていたのだ。無駄に多くの設備を電気制御式にしていたのが完全に裏目に出た。
まさかこれを狙ってのことじゃないよな?と、現実味の薄い疑いを持ってしまうくらいにはタイミングの良すぎる不都合だった。
窓はまだ手動式なので飛び降りることは可能だが、いかんせんここは五階。貿易の利潤によって肥えた図体では、とても着地できるような高さではない。
今向かっている倉庫は司令室の真上に位置し、四、五階間の階段は対極の南棟にしかないためいくらか時間を稼げるだろう。
だが逃げているだけでは根本的に何も変わらない。かといって、現状を打破できる策が浮かんでいる訳でもなかった。
そんな八方塞がりな状況に舌打ち一つ。
そうしている間に目的地に到着した。ここには取引した最新の武器や兵器の類いが格納してある。ここへ逃げてきたのには、もしかしたら侵入者達を倒せるような物があるかもしれないという淡い期待も含まれていた。
扉を開けさせ中に入る、しばらく整理していなかったらしく、中には重火器の類が散乱していた。管理状況のずさんさに呆れも、今はそのおかげで身を隠せる場所が多くなっているのでよしとしておく。
自分の体が収まる丁度いい隠れ場所を探して倉庫内を歩いていると、あるものが目に止まった。ふと浮かんだ思い付きに、チェスターの口が不気味に歪み、その目を鋭く光らせる。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「にしても暑いな」
「今日は三十度越えらしいよ」
オメガの嘆声に、サイロズが無駄な情報で追い討ちをかける。
心なしか、気温が上がったような気がした。
アルファ達が作業を始めて既に十分以上が経過し、締め切った真夏の室内はジメジメとした嫌な熱気に包まれていた。
たたでさえ光の少ない中での探索で目が疲れている上この暑さ、それに加えこれといってめぼしい資料もほとんど見つかっていない。
「だいたいアルファが空調まで破壊しなきゃもうちょっと快適だったのによ」
不満が募るのも当然と言えよう。
「仕方ないだろ、まさか完備されてるとは思ってなかったんだよ」
だが、この主張もまた当然のことだ。
この国で空調といえば、王城か特別な研究機関くらいにしか設置されていないはず。それがこんな端の地区の町外れにある会社なんかにあるとは思いもしなかった。
せっかくあるのなら、そこの回線だけでも生かしておけば良かったと、電気障害の犯人であるアルファは己が失策を悔いる。
快適な空調下での生活に慣れきってしまい、特に意識せず全ての回路を破壊してしまったのだ。
「停電させろってのも指示なんだし、俺のせいじゃないだろ」
ここは矛先を流して言い逃れておく。
その会話を最後に書類精査へと戻った。今年の最高気温を更新した今日、溢れ出る汗が容赦なく三人の顔を伝う。
「週末はもっと気温上がるんだってね」
「だからサイよ、何故そんな聞きたくもない情報をいちいち言うんだよ?」
サイロズがわざわざ余計な情報を与えてくれるおかげで、余計に暑く感じる。
本人は特に深い意味なく、ただ思ったことをそのまま言っているだけなのでまた厄介だ。
―――とその時、彼等の頭に先と同じ声音が響いて聞こえた。
『そこの真上だ、くれぐれも殺すなよ』
短い指示を聞き終えると、三人は手早く移動の準備を始める。入手した僅かな書類をまとめて部屋の隅に置いておく。
その顔に先程までの緩い雰囲気はなかった。
移動といっても、対極に位置する階段をわざわざ使ってやる気は毛頭ない。
せっかく真上らしいので最短距離で向かわせてもらう。
サイロズが天井に手を向ける―――一見それだけの動作に思えるが、直後天井に大きな亀裂が走った。
裂目は次第に広がっていき、数瞬後には全域にわたる。そこを中心に天井は轟音を立て崩落を始めた。
表装は剥がれ、鉄骨は捻じ曲がり、見る見るうちに大穴が出来ていく。落下してくる瓦礫は空中で向きを変え、三人に当たることはない。
タイミングを見計らって跳躍、難なく目的地に到着した。
―――三人が倉庫に着地するとほぼ同時。兵士が引き金を引き、爆音と閃耀を伴って二発のランチャー弾が発射される。
待ち伏せからの奇襲。扉から入ってくると思っていた敵が床から出てきたのは想定外だろうが。
侵入した瞬間の攻撃は予想通りだったので、即座にそれぞれが体を翻して辛くも回避。
すぐさま体勢を整え、反撃にと身構えたその瞬間―――
キィィィィィィィィィィン―――――と。
凄まじい騒音が周囲に響き渡った。
いや、違う。
チェスターや兵士達には影響が出ていない。
(チッ、音響兵器かよッ!)
オメガが内心舌打ちし咄嗟に耳を覆うが、それに関係なく脳に直接ダメージを与えてくる。
一瞬動きを封じられたその直後、足元に投げられた球体が炸裂し煙幕を張りつつ無数の針を散撒いた。
針の方は咄嗟の判断で弾丸と同じようにサイロズが止めたものの、煙を防ぐ術はない。
そこを狙って、再度放たれた双弾が襲い掛かった。
非殺傷兵器として名を馳せているはずの音響兵器だが、改造され威力が増しているらしい。頭が割れるのではと錯覚する程の激痛だ。長時間受け続ければ確実に聴覚に異常が出る上、脳への影響も甚大なものになるだろう。
そんな中、オメガは時を移さずして迫り来るランチャー弾に自ら飛び込み、アルファ達を庇う。
その体には再び淡黄色の物質が生成され、しっかりと全身を防護していた。
爆煙がまだ晴れないうちに、三発目のランチャー弾が装填される。
二人の兵士が照準器を覗きこみ狙いを定める。熱分布解析装置を内蔵したそれには、煙幕の中でも三人の姿がくっきりと写っていた。三度、擲弾銃を握る腕に力が入れられた。
だが、引き金を引ききる前に、兵士達の体は不可視の力によって捕らえられる。
―――次の瞬間、兵士二人の体が宙に浮いた。
いや、‘浮いた’というより‘浮かされた’と言った方が正しいだろう。
浮遊能力など只の人間が持っている筈がないので、外部からの力が加わっていることになる。
刹那の空中浮遊体験は驚きを感じるよりも早く終わりを告げ、謎の力による拘束から解放された。
宙へと放り出された二つの体は、自重によって床へと引き戻される。背中をしたたか打ち付け、即死は免れたものの意識を保つことはできなかった。
兵士達が地面へ到達するのとほぼ同時、二ヶ所に設置されていた音響兵器が唐突に破裂。残骸がバラバラと床に散らばっていく。これでようやく騒音も治まった。
鬱陶しい煙も拡散し晴れて、視界が戻る。
常人が食らえば即死の擲弾銃、不意打ちの針、視覚を奪う煙幕、敵の動きと攻撃を止めるための音響兵器。これで用意していた策は全て突破されてしまった。
即席にしては上等だったろうが、彼等三人が対処可能な範囲を出ることはなかったらしい。
この一連の事象にチェスターは目を見開き「ば、馬鹿な!?…何故……」などと呟く。
疑問と焦燥が張り付いたその顔を碧の双眸で見下ろし、アルファが言葉を投げ掛けた。
「音で〝集中〟を乱すか、なるほど確かにいい作戦だな。実に能力者らしい発想だ」
その言葉に、チェスターの顔はみるみる驚愕で染まっていく。
「な、何故それを……職員はおろか身内にも話していないッ―――!!」
「さぁ、何でだろうな」
―――何故能力があると知っている?と続くより早く、嘲笑混じりに返す。
「ディアル・チェスター、お前を違法取引の容疑で拘束する」
定型文を事務的に告げ、標的の意識を奪う。
『任務完了。これより帰還する』
今回の任務の終了を意味する文言を、音にはせずに遠くの仲間へと伝えた―――――。
登場キャラクターの髪や瞳などの色や服装,装飾品,口調なんかは趣味と感性だけで決めてるので、基本的に深い意味はない。