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【mean―意味なき世界―】  作者: 落世
第一章 一編 【騒乱の幕開け】
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1.正体不明の襲撃者



 湧き出た汗が頬を伝い、足元の土に丸い染みを作る。

 季節は夏。昼の陽光が燦々と照り付ける森の中、アルファ達三人は風に揺れる茂みに身を潜めて、仲間からの連絡を待っていた。

 『急務だ』と言われここに来てはや五分。高温多湿な環境に晒され、汗ばんだ体に服が張り付き始めた頃。


―――ふと、彼等の頭に‘声’が響く。

『通達、これより任務を開始する。目標は最上階社長室に()る社長の身柄確保及び違法取引証拠書類押収。なお、敵部隊は武装しており社長(ターゲット)()()()だ。注意して遂行しろ』

 指示を聞き終えた三人は茂みから抜け出し、目の前の巨大な建造物を見据える。ただ無言で視線を交わし、額の汗を拭って、白塗りの頑丈な壁に囲まれたその建物へと静かに足を踏み入れて行った―――。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 (ニーザシル)(ヴェスト王国)北部、国境沿いに位置する〈チルシア地区〉の郊外に広がる森林。

 鬱蒼と生い茂る木々、涼しげな水音を響かせる河川、鮮麗な光を顕す多彩な花々と、自然豊かないかにも癒されそうな風景の中。

 明らかに場違いな人工物が一つ。

 周囲の木々を無機質に見下ろすそれは、国内有数の交易企業である[チェスター交易会社]。


 その中央塔五階に位置する社長室に、ある一人の男が居た。たいそう高価であろう椅子にドッシリと腰かけ、腕を組んだ中年の男。僅か数年で、小さかった会社を大企業へと成長させた功労者であるディアル・チェスターだ。

 普段は穏和なその顔が、だが今は明確な怒りに歪んでいた。

 彼の視線の先―――机上に置かれた小さなモニターには、その怒りの根源とも言えるものが写し出されている。それは同時に、数分前から施設中に響いて鳴り止まない警報器の騒音の原因でもあった。


 そこに写っているのは、まさに一方的と言える戦闘の様子。完全武装した数十の兵士達が銃口を向けるは、丸腰,軽装の青年達。しかもたったの三人。

 一見すると過剰戦力のように思えるが、次々と倒されていくのは重厚な装備に身を包んだの兵士達の方であった。一人、また一人と力なく倒れていく。

―――そもそも、何故交易会社に武装兵なんぞが動員されているのか?

 その理由は主に二つ。

 一つは傭兵や護衛として取引に使うことがある為、そしてもう一つはまさにこういう時の為だ。

 職員達には伝えていないが、チェスターは少々危険な取引にも手を出している。利益の為なら多少の危ない橋は渡るのが成功の秘訣だ。こういう事も想定して、その時の防衛用に警備隊として人員を用意していた訳だ。それに加え、先日大金を出してまで装備を充実させてやった―――なのにこの有り様だ。

 まぁ確かに充実させたという装備も、‘最強’や‘絶対’などと銘打った、名称からしても胡散臭さの塊の様な、分かりやす過ぎる程に怪しい品ではあったが………それでも以前まで使っていた装備と比べたらよっぽど良質であったはずだ。少なくとも、()()()()民間にこれ以上の装備は存在しない。

 チェスターは机に握り拳を叩きつけ、歯噛みする。

 いくら大企業になったからといって、数十人分の装備品を揃えるのにかかった費用は決して安いと言えるものではなかった。施設の建て替えと相まって、最近の出費が凄まじい。

 そんな中、何者かの襲撃でまた被害が出てしまう。せっかく用意していた警備隊も、数の利,武力の差をもってしてあっさりと突破されている。兵士達の無能さに、怒りを覚えるのも当然であろう。

 だが、彼の怒りの矛先は、そこではなかった。


「―――――この()()使()()()()………」


 親の敵でも見るような目でモニターを睨み付け、震える掌に爪をめり込ませていた―――。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



―同施設三階中央塔の広間―


 そこでは、数えて十三人の警備隊員が各々銃を握り締め、侵入者を撃ち倒さんと待ち構えていた。

 十三の銃身(バレル)が向けられる先―――この部屋に二つしかない扉の片方が、前触れなく破られる。その音を合図代わりにして、警備隊員達の手に一層力が込められた。

 八つの短機関銃(サブマシンガン)、五つの散弾銃(ショットガン)の銃口が爆炎を吹き、(まばゆ)い光を伴って合金製の銃弾(バレット)が射出される。今やただの瓦礫と化した扉が地を打つよりも早く、無数の弾丸は嵐の如く侵入者達に襲いかかった。


―――しかし、その全てが何もない空中で静止し、勢いを失ったそれらはカランカランと順に床に転がってしまう。

 残念ながら、標的に届いた弾は一つとして無かったようだ。


 一弾倉(マガジン)分打ち切った辺りで異変に気づき、唖然とする兵士達を他所に、侵入者の内の一人―――コートを着込んだ青年が掌を前に向ける。

 すると突然、部屋の隅に置いてあった観葉植物の鉢やらテーブルやらがひとりでに浮かび、次々と棒立ちの兵士達に降り注いだ。騒々しい崩落音と共に、一瞬で瓦礫の山が形成される。


 これによって六人が下敷きとなった。装備のお陰で致命傷には至ってはいないだろうが、ひとまずは無力化。残るは七人。

 そのうち一人はふらつきながらも銃を構えなおしたが、二人は逃げ出し、あとの四人は腰を抜かして床に転がり震えている。

―――だらしないと思うだろうか?

 だが考えてもみてほしい、たった今、目の前で超常現象(ポルターガイスト)が起こり、それによって仲間が約半数潰されてしまったのだ。まさに死と隣り合わせ、そんな状況だ。怯えるのも仕方ない―――むしろ当然の反応だろう。

 まぁ、兵員としてもう少し強い精神力(メンタル)を持って欲しくもあるが………。


 続いて、侵入者の二人目―――シャツに短パンといかにもラフな格好の青年が動き出す。

 軽く床を蹴ると、八メートル以上を容易く飛び、銃を構えた敵との間合いを一気に詰めた。勢いそのまま下顎にアッパーカットを決め、殴られた警備隊員はその重厚な装備ごと吹き飛んでいき、呻き声と共に壁に打ち付けられ気絶してしまう。

 一方で侵入者の青年の方は、空中で確かに散弾銃(ショットガン)で撃たれていたのだが、何事もなかったかのように次の二人を見据えている。

 撃たれた筈の右腕部には、淡黄色に輝く宝石のような物質が生成され、全弾漏れなく受け止め弾いていた。

 再び床を蹴り、部屋を出かかった二人に瞬時に追い付くと背中に強烈な蹴りを叩き込む。先の一人と同様に奇異な声をあげて壁に激突し、意識を失ってしまった。


 これで残るは四人―――訂正、今一人泡を吹いて気絶してしまったようなので、三人。

 とは言っても、完全に身がすくんでしまい、とても戦えるような状態ではなかったが。

 そこへ、三人目の侵入者、今まで傍観に徹し、戦闘―――否、蹂躙の様子を眺めていた白茶髪の青年が近付いていく。

 その足音だけが空間を支配していき、一歩、また一歩と青年が歩を進めるのに合わせて、残された三人から血の気が引いていく。涼しい室内に居ながら、一筋の汗が彼等の頬を伝った。

 果たして其れは知欲からか、単に恐怖心に因るものか、一人の兵士の震えた声が、広いこの部屋には似合わない音量で弱々しく響く。

「お、お前らは……一体()()()()………?」

 だが、絞り出したその言葉に答える声はなく、返ってきたのは苦笑と閃光、そして全身を巡る激痛だけであった。


 次の瞬間、残った兵士の意識も刈り取られる。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 そんな様子を、分厚いモニター越しに凝視する者がここにも一人。

 四階北棟に位置する司令室には、中に居る十数名の職員達の不安と困惑が入り雑じり、異様な空気が流れていた。

「侵入者が第二次防衛隊を突破した模様ッ!」

 慌てた様子で走り込んで来た職員らしき男が、息を切らしたまま悲鳴に近い声で報告をする。

「増援要請とのことですが、どうなさいますか?」

 その言葉に司令官の男は頭を抱え、唸り声をあげた。


 そもそも、施設内に侵入されてしまった時点で十分問題なのだが、それだけなら少し人員を送って、門番の処分を考えるだけでよかった。しかしさっきの増援で合計動員数は既に二十を越えた。数にそこまでの余裕はない。

 通常は三人の侵入者への対応など十人ですら過剰なくらいだ、ましてやこちらは完全武装の武器持ちに対して侵入者(むこう)は丸腰。正直一人で倒せて何もおかしくない。そのはずだった。

 しかし、何度目を擦って見ても、モニターに写っているのは打ち倒されたこちらの兵達の姿のみ。

 モニターは司令室(ここ)以外に社長室にもある、つまり社長もこれを見ているということだ。これだけの失態となると少なくとも減給は免れられないだろう。下手すると降格、いやそれ以上………。考えただけで頭が痛くなってくる。ここ数年で積み上げてきたキャリアをこんなところで失ってしまうわけにはいかない。

「ひとまず三階の全通路と各階段を封鎖、中央棟内に隔離しろ」

 少しでも被害を小さく抑えておく為に、今できる最大限の指示をして思考へと戻る。

 隔離後は手榴弾でも投げ込んでおけばいいだろう、最近入手したガス兵器なるものを試してみるのもいいかもしれない。さすがにそれだけすれば……やられてくれるだろう……。

 しかし、今回の件は相手にも問題があった。

 手も触れずに物を飛ばしたり、人間離れした身体能力だったり。弾丸を止めるわ弾くは………一体何者だ?

 とにかく常軌を逸している。巧妙な手品でも見せられているような気分だった。今なら(ドラゴン)のような神話生物や魔術,呪術といった絵空事をも信じてしまいそうだ。


―――これが噂に聞いていた<能力>というモノなのだろうか。


 いやまさか、あんな非科学的なモノが実在するわけがない。

 自身の思考をノータイムで一蹴し、自嘲気味に薄笑いを浮かべる。

 まったく、私ともあろう者が噂などという曖昧なものに流されるとはな……やはり最近働き過ぎかもしれん、今度有給休暇でもとってゆっくり過ごすとするか……だが、


―――だが、もし本当に存在しているとしたら………。


 そんな不安が滲んだ思考も、再び放たれた職員の言葉によって遮られる。

「あ、あの司令」

 と、未だ息を弾ませたまま、申し訳なさそうに口を開く男性職員。対して、呼ばれた男は苛立ち混じりの怒鳴り声を返した。

「なんだまだ居たのか、突っ立ってないで早く実行してこい!」

 今こうしている間にも、奴らは着々と進行して来ていることだろう。

 何か手を打っておかなければ、司令室(ここ)に辿り着かれるのも時間の問題だ。そうなれば自分の地位どころか生身さえも危険に晒されることになる。

 相手が何者であったとしても、武装兵を突破しているという事実は変わらない。武装もしておらず、何ならここ数年まともに運動した覚えもない身体では、そんな奴らに太刀打ちなど出来る訳もなかった。

 そんな恐怖や焦りで埋め尽くされた精神に、職員の一言が突き刺さる。

「先ほど我々の独断で実行したのですが、()()()()されました……」

 ………何?独断で実行?司令官である私の許可も無しに事を進めていたと。ほぉほぉなるほど、これは後で処分を考えねばならないな。

 ………いや、そこじゃない。突破されただと?となると後数分もすればここに来てしまうではないか。こうなってはもう打てる手が………―――。

 そこへ更に追い打ちをかけるように、モニターにノイズが走る。


―――次の瞬間、全ての機器や照明が消え、司令室内から一切の光が失われた。

 設備を一新してから日も浅く、専門の技術者がいるわけでもないので故障やトラブルということも考えられる。だが、状況的に見ても明らかに外部からの攻撃だろう。

 度重なる理解不能な現象に、男の思考はさらに混乱していく。

「何ッ!?もうここまで来たとでもいうのか!?」

 その言葉を肯定するかのように、轟音を伴って司令室の鉄扉が破られる。直後、暗闇に響いた職員の悲鳴を境に、彼の脳は考えることを放棄した。




本作品内に登場する人物,施設,組織,地区,国家等のあらゆる名称,用語は、感性で文字を並べて音の響きで決めてるので、基本的に深い意味はない。

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