表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/156

ヘンドリックの決意4


「リディ、グレアムが何を言ったか知らないが、私は王都へは帰らないよ」


 ヘンドリックはリディアの涙から目を逸らし、窓の外を見るようにして答えた。


「本当?良かったぁ!グレアム様の言葉は嘘だったのねぇ」


 リディアは肩に伸びたヘンドリックの手に手を重ねて、頬を濡らしたままにっこりと笑った。


 それには答えず、ヘンドリックはリディアから手を離した。司教はヘンドリックを痛ましげに見つめてから、厳しい声を発した。


「リディア、家に帰すために呼んだのではないぞ」


「え?」


 リディアは心から驚いた顔で司教を見つめた。


「え?迎えが来たから呼ばれたんじゃないの?じゃあ、何で呼んだのよ!!あのねヘンリー、聞いて!!昨夜はグレアム様が先にイヤな事を言ったのよ?あたしもカッとして怒っちゃったけどぉ、悪いのはグレアム様の方なの!ねえ、あたしを信じてくれるよね?ヘンリー、あたしを信じて!!」


 リディアはヘンドリックの手を握りしめ、涙ながらに訴えた。


「リディ、やめるんだ。昨夜の事は全部聞いた。確かにグレアムが先に仕掛けたかもしれないが、ここは学園ではない。私は男爵位だし、お前は平民だ。王太子であるグレアムに理不尽な事を言われたとしても受け入れなければならない。わかってるのか?」


 リディアは驚愕と不安を同時に浮かべ、目に見えて落ち着きをなくした。


「ねえヘンリー、何を言ってるの?グレアム様はあなたの弟じゃない。弟が間違った事をした時は、お兄さんのあなたが正してあげないとダメよ。昨日はグレアム様が神事を妨害するようなきっかけを作ったのよ?あたしは悪くないわ。ね、アンジェリカ様やロザリン様にも訊いてみてよ!私のいう事が本当だってわかるから」


 リディアは自分の行動を正当化し、説得しようと懸命に言葉を重ねた。ヘンドリックは眉根を寄せ、いらだった口調で言葉を遮った。


「リディ、いい加減にしないか。学園とは違うと言っただろう。君は平民で、相手はこの国の王太子だ。本来なら言葉すら交わせる相手ではないんだぞ」


「何でそんな事言うのよ!あたしはあなたの婚約者なのよ?あたしの両親は了承してないけど、国王陛下にもそう言ってくれたじゃない。結婚したいって!陛下だって結婚は認めるって仰ったわ。だったらグレアム様とも家族になるのよ?身分なんか関係ないじゃない!!」


 ヘンドリックは初めて見る者のようにリディアをまじまじと見た。その瞳には驚きと共に軽蔑と怒りがあった。リディアは首を竦め、恐る恐るヘンドリックの顔色を窺った。


「お前こそ何を言ってるんだ?身分が関係ないだと?」


「だ、だって、家族でしょう?家族の中に身分なんて関係ないじゃない」


「お前は思い違いをしている。陛下は私にとって父だが、その前にこの国の王だ。王の決定には従うよう、小さな頃から教えられてきた。それに身分というのが上下関係ならば、平民の家族の中にもあると思うが違うか?夫は妻を従え、長子は下を導く。リディの家は違うのか?」


 リディアは反論しようと口を開きかけたが、ヘンドリックが畳みかけるように言葉を続けた。


「それに我が国には身分制度があり、それが国の根幹となっている。それなのに身分が関係ないなどとは。君は一体どこの国で暮らしているんだ?」


 ヘンドリックは信じられなかった。学園でリディアは理不尽な目にあうと涙を流してヘンドリックに訴え、ヘンドリックはそれを信じて相手を処罰してきた。その時は守れる力があると素直に喜んだが、果たして正しい行いだったのか疑問が湧いた。


(私が目的を持って動くという事は、権力を使うという事だ。正しく使っているつもりでいたが果たしてそうだろうか?思い返せば、リディアは権力のある私を利用して、自分に都合のいいように解決していたのかもしれない。もしそうなら彼女は権力の味を知っているし、嬉々として使っていた)


(権力を享受しておきながら身分など関係ないと言うのか)

 

 ヘンドリックが心の中で呆れ、憤っているとは知らず、黙っているのを幸いに、説得しようと前のめりに話し始めた。


「もちろんこの国に住んでるわよ!身分に縛られた不平等で不自由な国にね!!ねえ、学園であたしが話した身分のない平等な世界の話、覚えてるでしょう?ヘンリーも平等で自由な国に憧れるって言ったじゃない。実現したいって!なら、まずはヘンリーの意識から変えなきゃダメよ。変えたいって思う人が固定観念に縛られてちゃ変わらないわよ!」


「な、詭弁を弄するな!」


 リディアは怯む事なく必死で訴えた。


「詭弁なんかじゃないわ、正論よぉ!!」


 ヘンドリックは言葉に詰まった。


「正論だとしても、今のこの国に、その思想は合わない。それともリディは、私に革命を起こせというのか?」


「そんな恐ろしいこと思ってないわ!でも、誰かが一歩を踏み出さないと実現しないのよ」


「それを私にしろというのか?誰がそれを望んでいる?我が国は平和でそれなりに発展もしている。それを壊してまで自由と平等を求める者がどれだけいるというんだ?」


「きっといるわよ!だって、素晴らしい思想だもん。知れば、そう願う人も多いはずよ」


「要するに君は何の根拠もなく、また求められてもいないのに、私に家族を裏切り、反逆者の道を歩めと言うのか?」


「反逆者じゃないわ!革命家の道よぉ」


 リディアは話しながら、何でこんなに大きな話になっているのか、話の流れも論点も霞みそうで泣きたくなった。だけどここで言い負けると捨てられそうな気がして、一生懸命話し続けた。


「革命といってもまずは身の回りから始めたらいいのよ。王様はあなたのお父さんでしょう?言葉を尽くして平等を訴えるの。それで昨夜の事を説明すればきっと、兄であるヘンリーの肩を持ってくれるわよ」


「何を言う!そうであれば、卒業記念パーティーの後、王太子を剥奪されたりなどしなかっただろう。元々の訴えが間違いであれば、言葉を尽くして理想を訴えても聞いては貰えない。父上は公平で厳しい方だからな」


 リディアは「あっ!」と言って両手で口を覆った。


「まさか、私が廃嫡されたのを忘れていたのか?」


「わ、忘れてないわ!ただ、あの時とは違って家族の問題だから説明すればわかってくれるって思っただけよぉ。じゃあ、王妃様は?王妃様は優しそうだし、あなたのお母さんだもの。心から愛してるはずよ!!」


「ハッ!もう平等と革命の話はいいのか?それで?次は情に訴えろと?」


 リディアの目から涙が溢れた。


「それに父も母も、私が兄だからという理由で間違いを許す事はない。表向きは王太子である私を尊重してくれていたが、実際は王太子であればこそ、なおさら厳しかった。グレアムが先に嫌な事を言ったというが、あれくらい気にせず流せばよかったんだ。その辺の令嬢でもそうしていただろうさ」


「そんな・・・、あたしは貴族の令嬢じゃないもん。そんなの出来ないわよ。ねえ、ヘンリーだけを連れて帰るって言ったのよ?あたしはどうなるの?一人で生きていけっていうのぉ?そんなのイヤよ!グレアム様は酷い!王様の命令も無視してるのよ?身分が大切なら、命令は絶対なんじゃないの?」


 リディアは追い詰められた小動物のように怯えながら、ハラハラと涙を流した。それでも自分に有利になる道を探して反論をする。


「ああ、そうだな。だが理想や建前だけでは日々の暮らしは成り立たない事ぐらいわかってるだろう?政治には嘘や方便、駆け引きが当たり前なんだ。君も学園では私に対して嘘や方便を使っていたじゃないか!ああ、それに駆け引きもだ。忘れたのか?」


 ヘンドリックは堰が切れたように話し続けた。


「純粋で素直で、庇護を誘う可憐な女性だと私に思わせて、騎士の誓いをさせた。アンジェリカを陥れ、私の愛を利用して婚約破棄もさせた。私は君の思い通りに動いたんじゃないか?まさかこんなに策士で逞しいとは思わなかったよ」


「あ、あたしは逞しくなんかないわ。ヘンリーがいなくちゃ生きていけないもん」


 リディアは叫んだ。


「ハッ、どうだかな。それより、今はそんな事はどうでもいい。花の娘が優先すべきは神事だろう?自分の務めを忘れて安易にグレアムの挑発に乗ったのが悪い。自分の間違いをグレアムの所為にするな」


「でも・・・・・・、あたしは悪くないわ」


「ハア、残念だよ。せめて反省の言葉でも聞けたら許しを請おうと思っていたが、反省どころかまだグレアムが悪いと言うのか」


 ヘンドリックの顔が苦悶に歪んだ。最後まで言葉を続ける事ができず、リディアから目を逸らした。


「も、もちろん反省してるわ。神事を止めてしまって悪かったって思ってる。もう、こんな事は二度としないわ。だからお願い、家に帰らせてよぉ」


 リディアは泣きながら上目遣いでヘンドリックを見上げた。今まで甘えを含んだ泣き顔で頼ると「しょうがないな」と言って全て受け入れてくれた。だからリディアは、今回も同じ様に甘えた。


「ね、ヘンリー、お願い。あたし、家に帰りたいのぉ」


 ヘンドリックはかつて愛おしいと感じたその表情に、怒りと憐憫を同時に覚えて戸惑った。


「ダメだ。反省するまでは帰れない」


「反省してるって言ったじゃない!信じてよぉ」


「リディ、その機会は昨夜と今の二回あった。だが、その二回ともに反省の色が見えない」


「そんなぁ!反省してるわ、本当よぉ!!ねえ、どうしたら信じてくれるのよぉ。家に帰りたいの。もうこんな所に居たくないんだってばぁ!」


 リディアはその場に座り込んで声を上げて泣き出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ