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ヘンドリックの決意2

拙い物語を読んで下さり、本当にありがとうございます。評価、いいね、ブクマ等、感謝しています。励みになります。

これから週一のペースでUPしたいと思います。引き続き、これからもよろしくお願います。      ロク


 ヘンドリックは日々の鍛錬を欠かさず続けている事や、ルイスに剣術を教え、剣術大会に向けて勤め先の男達にも剣の指導を行っていると説明した。こうして少しずつ周りの役に立っていく事に喜びも感じると。それが、と暗い表情で言葉を続けた。


「リディは時間の無駄だと言うんだ。金にもならない事はしない方がいいと。私がいくら説明しても通じなかった。いっそ爵位がなければ『貴族の義務』などと考えないかもしれないと思う時もあった」


「ああ」


「だが、たとえ爵位がなくとも、染みついた習慣や考え方は直ぐには変わらない。その違いを突きつけられた感じなんだ」


「それに、それだけではない。リディの、ロザリン嬢に対しての振る舞いは」


 ヘンドリックはそこで思わず口をつぐんだ。


「ああ、言わなくてもいいよ。リディア嬢の本性がようやく兄さんにも見えたんだろう?」


「知っていたのか?」


「そりゃあね。気づいてなかったのは兄さんだけだよ。学園で何度も忠告したじゃないか。で?それを知って兄さんはどうするつもりなんだ?」


 ヘンドリックは前屈みの姿勢のまま両手で顔を覆った。友人やアンジェリカ達に諭されてはリディアを選んできた日々を思い出した。反対される程にリディアにのめり込んでいった。彼女を理解し、守れるのは自分だけだと喜びに胸が躍った。彼女の騎士として過ごす輝いていた日々が、徐々に色褪せていくのを感じた。ロザリンに嫌がらせをしていると知った時から、リディアの手によってあの喜びの日々が汚物によって(けが)されていく気がした。


 それでも、ヘンドリックは忘れたくない幸せな記憶や、わずかに残る愛情にしがみつくように、リディアを庇うことが止められなかった。


「ああ、確かに何度も忠告されたな。だが、彼女が悪いわけじゃない。リディに向かう気持ちを抑えられなかった。私が悪いんだ」


「何で兄さんがそこまで責任を感じなきゃならないんだ?彼女は子供じゃない。自分で考えて行動した結果だと思うが?」


「それでも私が相手でなければ、リディもここまでロザリン嬢に酷い事はしなかっただろう。私がリディの人生を狂わせたんだ」


 ヘンドリックは絞り出すように言葉を紡いだ。


「ロザリン嬢だけじゃない。アンジェも被害者だと忘れないでくれ。それにリディア嬢は相手が兄さんでなくとも、自分の思い通りにするためなら手段は選ばないだろうさ。何で兄さんがそこまで庇うのかわからないな」


「私はリディがいじめられてると思い、彼女を害する全てのものから守ると誓った。それをリディは受け入れただけだ。私がちゃんと見定めていれば良かったんだ。リディアを妄信した私の責任だ」


「ハア。騎士の誓いは軽々しくするものではないだろう?何でそんな誓いを立てたんだよ」


「言ってくれるな。私の婚約者でありながら、私の思いを否定するような行動を取ったアンジェリカに腹が立ったんだ。それにアンジェリカやお前達ではなく、リディの言葉を信じたからだよ」


「アンジェの所為だというのか?いい加減にしてくれ!普通の令嬢なら婚約者がいる男にそう言われても断るだろう?誰が好き好んで邪魔するんだよ。まして貴族間なら家同士の揉め事に発展する恐れがある行為だ。邪な思いを持っている奴じゃないと引っ掻き回さないと思うがな?」


「そう、だな。だがリディは平民で、貴族間の決まり事など知らなかったんだろう」


 ヘンドリックは同じ提案をロザリンにした時の事を思い出した。リディアの行為に気づき、ロザリンを守らせて欲しいと頼んだが、丁寧な口調できっぱりと断られたのだ。


「平民も貴族も関係ないと思うが?婚約者のいる男からの申し出なんて、普通はお遊びだと受け取るだろう?それを本気にして略奪してしまうとは、知るほどに恐ろしい女だな」


「いや、純粋なだけだ」


「何が純粋なもんか!何をもって純粋だと言ってるんだ?俺には図々しい女にしか見えないが?」


「図々しい?」


「だって、そうだろう?リディア嬢の言い分の通りだとして、いじめられる原因は何だ?婚約者のいる男にベタベタしたからだろう?兄さんが庇い立てするのは騎士道精神からか?だとしたら、それすら間違ってるんじゃないか?」


「何だと?」


「兄さん!リディア嬢は淑女ですらない。図々しいあばずれ女じゃないか」


「うるさい!!お前こそ言い過ぎだ!!何も知らないくせに。私の愛した女を悪く言うな」


 そう言いながらもその通りかもしれないと思う反面、当時の思いを貶されたくないとも思う。初恋という純粋な気持ちだったはずなのに、浮気だったようにも感じる。自分が悪いと思っていたが、思わせぶりな態度を取り、嘘を吹き込んだリディアも悪いのではないかとの思いが胸をかすめた。


 様々な感情が混ざり合い、ヘンドリックはますます混乱した。自分の気持ちを確かめようにも、真っ暗な迷路を進んでいるようで、苦しく諦めてしまいたくなる。


「私は、どうすればいいんだ?リディは私の申し出が断れないだけだと思っていた。リディを選んだ私が全て悪いと思っていたのに、そうではないというのか?」


 ヘンドリックは途方に暮れた様子で、溜息と共に呟いた。グレアムもまた痛ましげに兄を見守りながら、どうすれば一緒に帰ると決断してくれるのかと頭を悩ませていた。




 二人のいる中庭は、表の大聖堂とは違い静かで誰もいない。色とりどりの花々が咲き、時おり吹く風にその身を揺らめかせている。


 ヘンドリックの懺悔のような言葉を聞きながら、グレアムはふと、これが一年前だったら良かったのにと思った。


 入学して間もなく、グレアムは知人から二人の噂を聞き、その姿を目の当たりにした。まるで恋人同士の振る舞いに驚き、ヘンドリックに婚約者のいる身で何をしているのかと、いい加減に目を覚ませと問い詰めた。だがヘンドリックは聞く耳を持たず、グレアムの心配を軽く流して態度も改めなかった。


 その時にヘンドリックが気づいていれば、今、兄の隣にいるのはアンジェリカだったはずだ。グレアム自身も幼い頃からそれを受け入れ、望んできた。


(そうだ。まさか俺がアンジェの隣に立つなど考えた事もなかった。まして王太子になる気など露ほどもなかった。それが、兄さんがリディアを選んで突っ走った結果、第二王子の俺にお鉢が回ってきてしまった。アンジェへの思いも封じ、兄さんを助けて剣に生きると決めていたのに)


(しかし、アンジェをこの手に掴んだ今は、もう以前に戻る気にはなれない。アンジェと共に生きる道を歩めるのなら、俺は王太子にでも王にでも、何にでもなってやる)


 グレアムは敬愛していた兄の不祥事に憤りながらも、身に起こった幸運を喜ばずにはいられなかった。


 その兄を王都に戻したとして波乱が起こる可能性もあるが、このまま男爵として地方に埋もれさせたくなかった。王太子になると決意した時、愛する人と信頼できる兄の両方が欲しいと思った。両親の願い通り、兄弟で力を合わせて国を守っていきたいと思った。それを諦めたくはなかった。


「俺もたいがい自分勝手だな」


 グレアムは仄暗い思いに顔を歪めて嗤った。


「・・・今さら時間を巻き戻す事はできない。私なりに考えて後悔しない道を選んできたんだ。今でこそ気づけたが、もし戻ったとしてもあの頃の私はきっと同じ道を選ぶだろう。リディを、本当に愛していたんだ」


「じゃあ、後悔はしてないのか?」


「ああ、と言いたいが、後悔はしている。だから同じ過ちは犯さないつもりだ」


「フーン、リディア嬢を選んだのは間違いだと認めるんだな」


「・・・ああ、そうだな。本当に愛していたなら、友人のままでいるべきだった。冷静であればこうなると予測できたはずだ。私は初恋を実らせるのに夢中で、実れば舞い上がって何も見えなくなってしまったんだ」


「その気持ちには共感できるな。俺も今は舞い上がってるからな。まあ、起きてしまった事はどうしようもない。それで?今でもリディア嬢を愛してるのか?」


 ヘンドリックは困ったように首を振った。


「わからない。学園を卒業直前で追い出され、彼女の経歴に傷をつけてしまった。婚約すると言いながら出来ず、どっちつかずのまま今まで一緒に暮らした。貴族の令嬢なら今後、良縁は得られないだろう。それは平民も同じではないだろうか?私は、負い目を感じているんだと思う」


「ああ」


「今はもう愛しているのかもわからない。価値観が合わないから毎日のようにぶつかってばかりいる。もう言い争うのも、機嫌を取るのも疲れた。今の彼女には罪悪感と責任しか感じない。それと、ロザリン嬢に対する態度には嫌悪感すら感じるんだ。そんな自分も許せない。ただ、ふと学園の頃の愛らしいリディを思い出して好きだったと、愛していたと思う時がある。だがそれは長くは続かないんだ」


「リディア嬢は兄さんがそう思っているのを知ってるのか?」


 ヘンドリックは体を起こすと、静かに首を振った。


「知らないだろう。だが最近は前ほど上手くいってないから、薄々気づいているかもしれない」


「アンジェも言っていたが、リディア嬢と話をした方がいいと思う。二人の問題だからな。もし第三者がいた方がいいなら俺が間に入るが、どうする?」


 ヘンドリックが一人で結論を出して禍根を残さないよう、そしてリディアの性格なら二人だけでは埒があかないだろうと思い、グレアムはさりげなく提案した。

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