それぞれの思い7
ノックの音がしてグレアムが顔を覗かせた。
「やあ、楽しそうな話をしているね。アンジェのドレスなら俺も一緒に選びたいな」
「まあ、グレアム様でも駄目でしてよ。ね、ロージー!」
「あ、お、王太子殿下にご、ご挨拶申し上げます」
ロザリンは慌てて淑女の礼を取った。
「ああ、畏まらないで。ロザリン嬢は慣れたと思えば、すぐにスタートラインに戻るんだね」
グレアムが苦笑すると、ロザリンはますます縮こまった。
「そうなんですの。私の事もアンジーと呼んでって言ってるのだけれど、なかなか呼んでくれなくて寂しいですわ」
「も、申し訳ございません」
アンジェリカは首を振りながら答えた。
「ううん、謝らないで。だって、それがロージーなんですものね。私がロージーの事を好きで、ロージーも同じ気持ちでいてくれるなら呼び方なんて本当は何でもいいの。愛称で呼ばれたら嬉しいなって思っただけだから気にしないで」
「ハア、俺のアンジェのはずなのに、嫉妬しそうなくらいロザリン嬢と仲がいいよな」
頭の後ろで両手を組んで、拗ねたように口をとがらせるグレアムに、アンジェリカはにっこりと笑いかけた。そしてロザリンに腕を絡ませて「仲良しですもの、ね?」と言って楽しそうに笑った。
「わ、私も、アンジェリカ様が、大好きです」とロザリンがはにかみながら答えた。
「はいはい、ごちそうさま。俺はアンジェが幸せであれば、それでいいよ。それより用意が出来たなら出発しよう」
「まあ!も、もう、そんな時間なのですか?お、お待たせして、も、申し訳ございません」
二人は慌てて最後の仕上げに花で飾られた幅広の帽子をかぶり、首元でリボンを結んだ。
全ての支度が整うと、三人は馬車に乗り込み、聖マリア寺院に向けて出発した。
「アンジェもロザリン嬢も、昨夜の疲れは残っていないかい?」
馬車の中でグレアムに問われ、二人は顔を見合わせて大丈夫だと言った。
「昨夜はぐっすり眠れましたもの。色々と考える事があったはずなのに、考える間もなく眠りの精がやってきましたわ。おかげで今日はとっても元気ですの」
「まあ、わ、私もです。き、気が昂って、ね、眠れないかと思っていましたが、いつの間にか、ね、眠っていましたわ」
「そう、二人ともゆっくり休めたならよかった。今日は日差しの下、長時間山車に乗らないといけないから、あまり無理はしないように。アンジェには護衛もつけるからそのつもりで。辛かったら彼女に言うといい。とにかく二人とも、くれぐれも無理はしないようにね」
二人は顔を見合わせて頷いた。花祭りの間は町の通りは全面通行禁止になるため、少し遠回りになるが、町から外れ違う道を通り寺院に向かった。
♢♢♢♢
聖マリア寺院に着くと、そこには憔悴した様子のヘンドリックが待っていた。
「昨夜渡されたお前からの伝言を聞いて来た。リディが何をしたんだ?詳しく教えてくれ」
「兄上、ここでは何だから中に入ろう。アンジェとロザリン嬢はどうする?」
ヘンドリックはグレアムの手を借りて馬車を降りた二人に思わず息を飲んで見惚れた。
「アンジェリカとロザリン嬢は、今日も花のようだな。昨夜はリディが迷惑をかけたようで申し訳なかった」
ヘンドリックの謝罪に、アンジェリカは首を傾げげた。
「あの、昨夜の事はどこまでご存知なんですか?」
「いや、詳しくは知らない。グレアムからもリディの代わりにアンジェリカが花の娘をすると、そして一晩寺院に泊まらせると書かれていた。そしてこの時間に来て欲しいと」
「そうですか。あの、それを聞いて、私に言う事はありませんか?」
「何を言えと?」
アンジェリカは扇を広げると、緊張した面持ちでヘンドリックを見つめた。しばらく待ったが何も言われないので、助けを求めるようにグレアムを見上げた。グレアムは安心させるように微笑みかけると、ヘンドリックに話しかけた。
「兄さん、今まではリディアの話にアンジェの名が出ると、理由も聞かずに怒っていたじゃないか。アンジェはそれを心配しているんだよ」
ヘンドリックは今までの自分の行いを思い出して頬が赤くなった。
「あ、そうだったか?いや、そうだったな。悪かった」
ヘンドリックはフイと顔を逸らして項垂れた。
「ええと、どういった心境の変化なんだ?何かあったのか?」
「そうだな。まあ、色々と考えたんだよ」
「ふーん、まあ、ゆっくりと聞かせて貰うよ。アンジェ達はそろそろパレードがスタートする時間じゃないか?もう行った方がいい」
「ええ。そうですわね。でもその前に、その、差し出がましいですが、ヘンドリック様に申し上げたい事がございますの」
「なんだい?アンジェリカ」
アンジェリカはツイと顔を上げると、ヘンドリックとしっかり目を合わせて口を開いた。
「学園でリディアさんの話を否定したくて何度もヘンドリック様に申し上げようとしましたが、そのたびに言い訳をするなと叱責されました。取りつく島もございませんでしたわ」
「それは、その通りだ。あの頃はリディの話を鵜呑みにして、アンジェリカの話を聞こうともしなかった。すまないと思っている」
「ええ。ヘンドリック様は正義感の強いお方ですから、弱いと思った者を助けて差し上げたかったんでしょう。ですが、本当の正義とは何なのでしょうか?今のヘンドリック様は、その時と同じ顔をしていらっしゃいますわ。どうかリディアさんとちゃんと向き合ってお話を聞いてあげて下さいませ。私にすまないと思うのでしたら、しっかりと、お互いに納得し合うまで話し合って下さいませ」
「そうだな。努力しよう」
「私の話を最後まで聞いていただけてホッとしましたわ。それでは、私共は一旦失礼いたします」
アンジェリカとロザリンが礼をすると、グレアムが慌てて呼び止めた。
「あ、アンジェ、今日、君の護衛をするセシリアだ。護衛だが山車に乗るので違和感がないようドレスで来てもらった」
セシリアと呼ばれた女性騎士は、凛々しい顔立ちのスラリとした長身の女性だった。騎士服ではなく白のパンツドレスを着ている。前から見るとパンツスーツだが、後ろ姿はドレスという不思議な形のドレスだ。それをサラリと着こなして、なおかつとても格好が良かった。
「本日護衛を務めるセシリアと申します。どうぞセシリアとお呼び下さい」
騎士の礼を取るのも様になっている。アンジェリカとロザリンはポーッと頬を染めてセシリアを見つめた。
「セシリア、まさかと思うが、アンジェを誘惑するなよ」
グレアムは拗ねた様子でアンジェリカの肩を引き寄せた。
「ハア、帽子が邪魔でキスできない。あまりそんな目でセシリアを見つめないでくれ、嫉妬してしまうから。ねえ、わかってる?俺はアンジェに対しては一切気持ちを抑えるつもりはないんだよ」
グレアムは真剣な顔でアンジェリカに訴えた。
「まあ!そんな・・・」
アンジェリカはどう反応していいかわからず、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。そんな様子に気を良くしたのか、グレアムは真正面からアンジェをギュッと抱きしめた。
「うん、やっぱり可愛い!このまま連れて帰りたい。ねえアンジェ、今から俺とデートしない?パレードはロザリン嬢たちに任せてさ。あ、なんならセシリアにこのまま乗って貰えばいいんじゃないか?」
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「なんてことを言うんですか!グレアム様がそんないい加減な事を言う人だとは知りませんでしたわ。私、不誠実な方は嫌いです」
アンジェリカはグレアムを押しのけようと腕を突っぱねた。
「あー、怒っても可愛い!アンジェが俺の事で怒ったり照れたりしているってだけで幸せだ!!」
グレアムの言葉に、その場にいた全員が生暖かい眼差しで二人を見つめた。
「セシリア様、助けてちょうだい!ロージー、エマさん、そんな目で見ないで!!」
アンジェリカはグレアムから逃れようともがくが、腰に腕を回されていたため身動きが出来なかった。
「もう、離して下さいませ」
「え?嫌だよ。俺はこのままがいいなあ」
「殿下、嫌がる者に無理やり言う事を聞かせようだなんて、王太子殿下の行いとしては情けないですね。それに男としてもみっともないですよ」
「あーあ、つまんないな。アンジェが俺を見てくれないから少し仕返しをしただけだよ。本気じゃないよ。だからアンジェ、どうか許して欲しい」
グレアムは腰に回していた腕を解き、アンジェリカの手を救い上げると、身をかがめてその指先にキスをした。
「仕方ないですわね。でも、もう邪魔はしないで下さいませ」
「ああ、わかった。愛してるよ、アンジェ。くれぐれも無理はしないように」
そうして、ようやくグレアムと別れ、アンジェリカ達はセシリアと共に大聖堂に向かった。
「グレアム、お前はいつからそんな軟派な男になったんだ?氷の騎士だったか、そんな二つ名で呼ばれてなかったか?」
ヘンドリックは呆れたように二人の会話を聞いていたが、グレアムの変わりように改めて驚きを隠せなかった。
「何て呼ばれていたかは知らないが、俺に色んな感情があるのを教えてくれるのはアンジェだけだよ」
「そうか」
「ああ。だから不本意だが、兄さんがリディア嬢に夢中になった気持ちは理解できる。だからといって卒業パーティーでアンジェを断罪した事は許さないがな」
「ああ、そうだな。私も許されるとは思っていない。だがあの時はあれが正しいと思っていた。私たちの未来は、ああしないと開かれないと思い込んでいたんだ」
ヘンドリックは懐かしむように目を細め、寺院の奥に続く道を眺めた。




