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それぞれの思い4


 エマに誘いを断られた騎士は、見るからにガックリと肩を落とした。


「あんたみたいなダサい人の誘いに乗るわけないでしょ?バッカじゃないの!」


 リディアが小さく呟いた。


「何だと?何か言ったか?」


 騎士が腕をギリッと締め上げると、リディアが泣きそうな声で悪態を吐いた。騎士はフンと鼻を鳴らすと、なおもエマを口説こうとしたところで、グレアムの待つ応接室に着いてしまった。


「チッ、仕方がない。次に会った時にはいい返事を期待してますよ、エマさん」


 騎士はエマに笑いかけると、職務を思い出したように姿勢を正し、キリッとした顔で扉をノックした。

 中から「入れ」と言う声が聞こえ、騎士は扉を開けた。


 部屋には革張りの大きなソファがあり、グレアムとアンジェリカが並んで座っていた。その向かいにアルトワ男爵とロザリンが、そして窓を背に司教が座っていた。


 アンジェリカとロザリンも衣装を脱ぎ、初日に着るはずだった双子コーデの白いドレスに着替えていた。裾に向かって刺繍やビーズで花模様を散らせた可愛らしいもので、二人にとてもよく似合っている。


「フフ、お二人とも可愛らしいですね。何度見ても眼福だわぁ!」


 エマの言葉にアンジェリカとロザリンは顔を見合わせて笑った。


 騎士から罪人のように突き出されたリディアは、憤怒の形相でそんな二人を睨みつけた。


「女を連れて来ました」


 リディアの腕をねじり上げて背中に回したまま、騎士は力づくで跪かせた。


「痛い!放してよ!痛いったらぁ」


 グレアムが虫ケラでも見るような冷めた目で見ると、リディアは首を竦め、情けない声で抗議した。


「何よ。あたしにやり返すために呼んだの?あたしに酷いことしたら、ヘンリーが黙ってないってわかってるんでしょうねぇ」


「殿下の御前だ、静かにしろ」


 騎士に腕を締め上げられ、這いつくばるように頭を下げさせられた。リディアは腕の痛みに顔を引き攣らせながらも抵抗した。


「なんであたしが這いつくばらないとダメなのよぉ!!やめてよ、放してったら!」


「フム。さて、どうしようかな」


 グレアムは足を組み、五本の指をそれぞれ重ね合わせ、その人差し指だけをトントンと合わせながら、目を瞑り、考え込むように口を閉じた。


 しばらくして口を開いたが、リディアから目を逸らし、司教と二人で神事でのナルを褒め始めた。


「ねえ司教、素晴らしい神事だったね。アンジェは急遽踊る事になったのに、誰よりも素晴らしかった。今もまだ、神がかった君の声と踊りが私の中で流れ続けているよ。もう二度と今宵のようなナルを見ることはないだろうね」


「ええ、殿下の仰る通りでございます。わしも長年ここの司教を務め、花祭りの神事を行って参りましたが、女神様の(かいな)に抱かれたように感じたのは初めてでございます。これも全て王太子妃殿下とロザリン嬢の、もちろん女王のエマさんもですが、三人の心が一つとなり、ナルの心である五つの思いを根本に踊られたからでしょう」


「いやぁ、全くですな。あれこそが花祭りに相応しいナルでした。グレアム殿下の仰る通り、二度と見られないでしょう。エマ嬢は本物の女王の様であったし、我が娘も女神の御使(みつかい)の様でした。それに王太子妃殿下の声とお顔が神々しくて光り輝いておりましたな。いやあ、得難い体験でした」


 アルトワ男爵も感心した様子でロザリンに微笑みかけた。ロザリンは頷きながらアンジェリカを誇らしそうに見つめ、エマもそんな二人を微笑ましく見ていた。


「恐れ入りますわ。でも、大袈裟に褒められると、少し居心地が悪いですわ。ね、ロージー」


 アンジェリカが頰を染めてロザリンに同意を求めたが、ロザリンはそれに首を振って答えた。


「と、とんでもありません!まだまだ、た、足りないくらいですわ」


「ああ、大袈裟なものか!まだ褒め足りないくらいだよ。もちろん、ロザリン嬢やエマ嬢も素晴らしかったよ。あなた達三人の誰か一人が欠けても、あのような神々しいナルにはならないだろう。本当に素晴らしかった」


 グレアムは繋いだアンジェリカの手の甲にキスを落とすと、蕩ける様な笑顔を浮かべた。


「明日のパレードは昼からで良かったのかな?衣装は各自で大丈夫なんだな?今夜はもう遅い。そろそろ屋敷に戻ろうか」


 その言葉に、歯噛みしながら聞いていたリディアが声を荒げた。


「あたしを無視するのはやめて!何のためにあたしを連れて来たのよ!断罪するためじゃないの?それともあんた達の自慢話を聞かせるために呼んだの?」


 その声にグレアムはやれやれと言った様子で肩を竦めた。


「ああ、失礼。いたんだったな、忘れてたよ。それで?お前は自分が何をしたのかわかってるのか?」


 リディアはグッと唇を噛んでグレアムを見上げた。


「し、神事を妨げた事は悪かったと思ってるわ。でも、それはグレアム様が先にイヤなことを言ったからだわ!」


「お前はいつまで学園生の気分でいるんだ?ここは学園ではない。貴族や王族に対してその口の利き方は不敬罪だと知らないのか?俺に手を上げた事もだ。今までは兄上の顔を立てて不問にしてきたが、ここに兄上はいない。わかってるのか?」


 リディアは悔しそうな顔で黙り込んだ。


「そうだな。鞭打ちの後、首枷をして市内を引き回して晒し者にしようか。ああ、手に『私は神事の際、王族に不敬を働き、娘役を下された者です。これからは傲慢な態度を改め、皆に優しく、親切に、良い行いをする事を誓います』といった物を持って皆に見てもらうといい」


「イ、イヤよ!そんな恥ずかしい事はしたくないわ。お、お願いします、グレアム様。そんな事はさせないで下さい」


 リディアは目に涙を浮かべてグレアムに懇願した。グレアムはそれを冷ややかに眺め、小さく舌打ちをした。


「そうしてやりたいのは山々だが、アンジェが話したいと言ったから呼んだだけだ。神事の際、何があっても『女王の娘』としての矜持を持っていれば俺も少しは見直していただろう。だがお前は矜持も、信仰心の欠片も持っていなかった。『女王の娘』はお前の虚栄心を満足させるためのものではない」

 

 リディアは涙を流しながら、グレアムを睨みつけた。


「だって、神事とは関係のない事を言って、あたしを不安にさせるからじゃない。神事についてだったら、あたしもあんな事はしなかったわよ」


「ハッ、言い訳ばかりで反省もしないのか。それに頭も悪いらしい。ねえアンジェ、時間の無駄だよ。君は明日も山車に乗るんだし、早く休んだ方がいいんじゃないかな?」


「待って!何でアンジェリカ様が山車に乗るの?あたしが乗るんじゃないの?」


「何でお前が乗ると思ってるんだ?」


「だって、『花の娘』はあたしじゃない!」


「ゴホン!神事の事ですので、わしから説明いたします」


 司教が厳しい顔でリディアを見ながら口を開いた。


「リディア、よく聞きなさい。花祭りは美しいものを捧げると女神と約束したのが始まりだ。女神様が求める美とは即ち『美しい心』。美を競うコンテストが外見だけのものになってしまっておるから忘れがちですがな。だが今回のコンテストで、エマが心を重視した発言をしたとか?奇しくも、それこそが本来の正しい形なのですよ」


 司教は言葉を続けた。


「今回のコンテストは例年と違い過ぎて、司会者が困っておったそうですな。なんでも三人のナルを見て乙女達が棄権したと聞きました。謙虚な心を持ち、いいと思ったものを素直に認める。それこそが女神の求める『美しき心』です。王太子妃殿下の後を務めるのはリディアではなく、棄権した乙女達の中から選ぶべきでした」


「リディア、あなたは初めから花の女王、娘、乙女をやる資格がなかったのですよ。そしてその心根が変わらぬ限り、二度と選ばれる事はないでしょう」


「な、何ですってぇ!」


 リディアは目を瞠ったまま絶句した。


「あ、あたしは二度とコンテストに出られないの?」


「出たとしても一次で落ちるでしょう」


「そ、そんなぁ。何でよ!そんなの横暴よぉ!!」


「次回からは心を見定める、という項目も増えた。私どもはその審査法をこれから決めなければなりません。だが、どちらにせよ、今のままでは二次には進めんでしょうな」


「何でよ!何でそんな事がわかるのよぉ!」


「それは教えて貰うものではない。教えられても、今のあなたではわからんでしょう。自分で気づかなければ意味がありませんからな。そして、どう行動するか。全ては心で決まるんです。心が変われば全てが変わるでしょうよ」


「何言ってるのよ!そんななぞなぞみたいなこと言われてもわからないわよぉ!」


 リディアの悲痛な叫びに、その場にいた者は、白けた顔でお互いに顔を見合わせた。


「何よ、その憐れむような目で見るのはやめて!バカにしないでよ!いつもいつも、あんた達貴族は平民だったらバカにしてもいいと思ってるんでしょう!だけどあたし達も女神様の前では同じ人間なのよ!うわあああぁぁん!!」


 とうとうリディアは大声を上げて泣き出した。その小さな子供みたいな態度に、周りは呆れるのを通り越して苛つき始めた。


「ま、人に言われて素直に聞けるようであれば、ここまで無様な事にはならなかっただろうね」


 グレアムの独り言に、皆が神妙な顔で頷いた。リディアだけが突っ伏したまま号泣している。


「いい加減にしないと市内引き回しの刑にするぞ」


 凄味のある声で厳しく言うと、リディアはピタリと泣き止んだ。


「ああ、もう顔を見るのも嫌だ。せっかく夢見心地でいたというのに興醒めだよ」


 グレアムは天を仰いで大きくため息を吐いた。










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