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それぞれの思い3


 アンジェリカには侯爵家という大きな後ろ盾があり、また王太子妃として、入学当初から一目置かれる存在であった。ヘンドリックの側近達も最初から二人をサポートしていたし、学園の公認カップルとして生徒の憧れの的だった。


「あたしには何もなかった。ヘンリーの庇護があるだけ」


 リディアはアンジェリカが入学してきてから心が休まる時がなかった。ヘンドリックが側にいない時は、婚約者の元に行ってるのではないかと勘繰って探し回った。


 二人でいるのを見つけると邪魔をした。それでもまだ安心できなかった。ヘンドリックはリディアに心安く大切に扱ってくれるが、アンジェリカにも幼馴染として心を許し、尊重していたからだ。


 ある時アンジェリカに呼び出されて、ヘンドリックとの関係を注意された。嫌がらせではなく、本当にただの注意だったが、アンジェリカの態度は尊大で、リディアは見下されているように感じた。


「酷い!平民はヘンドリック様に近寄るなって事?」


「いいえ。婚約者のいる男性と親密な関係になったり、噂されるような態度はマナー違反だと申し上げているんですわ」


 そんな事も知らないのかという口調。扇の陰で笑われている気がしてカッとなった。ヤキモチを焼いて取り乱すのでもなく、もっともらしい事を言って牽制する可愛げのない態度も癪に触った。


「学園では貴族も平民もないって学園長が言われてたから言わせてもらうけど、あなた、ヘンドリック様にとったらただの妹なんですって。愛されてるんじゃないのよ」


「ええ。私にとっても兄のような存在ですわ。ですが私の婚約者です。そして将来、この国を背負う王と王妃として同じ未来を見据え、同じ理想を掲げ、目的を確かめ合いながら、互いを支え、助け合い、生涯共に歩んでいく同志なのですわ」


「何言ってるの⁈同志ですって?お互い好きでもないのに結婚するなんて不幸になるだけじゃない」


「それは価値観の違いですわ。ヘンドリック様は王族として、私はそこに嫁ぐ身としての責任があるのです。互いを見つめ合うのではなく、同じ未来を見る事を大切にしているんですの。あなたには分からないかもしれませんね」


「何よそれ!あなたのいう通りあたしにはちっともわからないわ。でも、そんな関係がいいとも思えない!!」


「意見の相違ですわね。でも、始めに申し上げた件はお忘れになりませぬよう。あなたの振る舞いによってはあなただけでなく、ヘンドリック様の評判を落とす事にもなりますので」


「勿体ぶって何言ってんのよ!それくらいわかってるわ!バカにしないでよ!」


 リディアは感情が昂り、その場に座り込んで声を上げて泣き出した。


「アンジェリカ様、酷い。あたしが平民だからって、何も知らないと思ってバカにしてぇ!どうしてそんな意地悪なこと言うのよぉ。ヘンドリック様があたしに特別優しいのが気に入らないんでしょう?違う?」


「まあ、そんな風に感情を高ぶらせて・・・。泣くのはおやめになって!みっともないですわよ」


「みっともないだなんて失礼よぉ!あたしにならどんな言い方してもいいって思ってるんでしょう!平民だからって下に見てぇ!!あなたみたいな人が、ヘンドリック様の婚約者だなんてちっとも釣り合わないわよぉ!ヘンドリック様は平民にも優しくって、あたしをバカになんてしないもの!うわあぁぁぁん!!」


 淑女らしからぬ、小さな子供のような態度のリディアに、アンジェリカは戸惑い、どう接すればいいかわからず途方に暮れた。

 リディアが言うように平民を馬鹿にしているつもりはない。ただ、人としての道理を説いただけだ。それが、なぜこのような状況になるのかわからなかった。


 泣き叫ぶリディアに何を言っても余計に泣くばかりで、アンジェリカは困って立ち尽くした。


 その時、いきなりヘンドリックが教室に入ってきて、二人の様子を見るとサッと顔色を変えた。アンジェリカの足元に座り込んで泣くリディアに駆け寄り、その肩を優しく抱き寄せると、強い眼差しでアンジェリカを睨んだ。


「アンジェリカ、どういう事か説明して貰おうか」


 非難するような声音でアンジェリカを問い質した。アンジェリカはその声の冷たさに身を竦めた。


「私、婚約者のいる男性とは親しくなさらない方がいいと教えて差し上げただけですわ」


「それは、私の事を言っているのか?」


 ヘンドリックの声が、更に冷たさを増した。アンジェリカは、ヘンドリックが何に怒っているのかわからず、頷く事しかできなかった。


「ええ。一年生の間でもお二人の事が噂になっておりますもの。良い事ではありませんわ」


「お前は噂を真に受けてリディア嬢を非難したのか?淑女にもあるまじき行為だな」


「いいえ、非難など。注意申し上げただけですわ」


「嘘を吐くな!優しく諭したのなら、このように取り乱したりはしないだろう。どうせ冷たい口調で、自分こそが正しいといった態度で注意したんだろう?お前の振りかざす正しさは、時として相手を傷つける刃にもなる。特にリディア嬢のような弱い立場の者にとってはな」


「ヘンドリック様、どうかお聞き下さいませ」


 ヘンドリックはアンジェリカの言葉を無視して、涙を流すリディアを立たせると、肩に手をまわし、労わるようにエスコートして部屋を出て行った。




 リディアはヘンドリックに抱かかえられるように部屋を出ながら、心の中は喜びに満ちていた。


(昔読んだ絵本の王子様みたいに、悪い魔女からあたしを助けてくれたんだわ!!)


 それからは事あるごとに泣きながらアンジェリカの悪口を言い続けた。ヘンドリックも初めの頃はアンジェリカを庇っていたが、何度も嘘を重ねるうちに、アンジェリカの言葉も、ウィリアム達側近の言葉も聞かなくなり、リディアの言葉だけを信じるようになっていった。


「嘘も百回言えば真実になるんだわ」


 リディアはヘンドリックを通してそれを知った。


 それからは、ヘンドリックの庇護欲をくすぐり、甘え、感謝を伝えて正義であるかのように錯覚させていった。自分でも驚くくらいすんなりとヘンドリックの懐に入り込む事が出来た。


 リディアは長い回想の末、地下神殿でグレアムに言われた言葉を思い出した。


「あたしがアンジェリカ様を憎んでるか、ですって?そんなの、憎いに決まってるじゃない」


(あたしから王子様を奪える人なのよ。せっかくあたしのものになったのに、ちっとも安心出来なかった。いつでも好きな時にヘンリーを連れて行ってしまいそうで。それにあたしが嘘を吐いてた事を知っている人なんだもん。憎いし、怖いわ。もしヘンリーがあたしの言葉を信じなくなったら。もしアンジェリカ様の言う事を信じたら、あたし、嫌われてしまう。ううん、あたしを許さないかもしれない)


 リディアは怖くなった。それでなくても最近のヘンドリックを見ていると不安が募るのだ。グレアムへの返答を考えるよりも、ヘンドリックの気持ちが気になって仕方がなかった。


「どうしよう。あたしがグレアム様の所為(せい)で娘役が出来なかったって言ったらどうなるんだろう?学園の時ならあたしを信じてくれたけど、今はどうなの?」


 そうやって悩んでいる間に時間が過ぎ、窓の外から複数の、小声だけれど興奮を抑えられない弾んだ声が聞こえてきた。


「あ、終わったんだ。どうしよう、グレアム様が来ちゃう」


 リディアはベッドに潜り込むと、頭まで布団をかぶって目を瞑った。


 しばらくして扉がノックされたが、リディアは狸寝入りを決め込み返事をしなかった。


 ガチャリと音がして、誰かが室内に入ってきた気配がした。リディアは息を潜めて縮こまった。


「あらら、狸寝入りかしらね?悔しくて歯噛みしながらあちこちに噛み付いてるかと思ってたのに、残念だわぁ」


「あちこちに噛みついてるって、動物じゃないわよ!!」


 リディアはガバッと起きて、恨みを込めた燃えるような瞳でエマを睨んだ。


「何しに来たのよ!あたしを笑いに来たのぉ?」


「あら、やっぱり狸寝入りだったのね。グレアム様がお呼びよ」


 リディアはしまったと思ったが後の祭りだった。女王の衣装を脱ぎ、いつもの妖艶なスタイルのエマが、戸口にもたれるように立っていた。その後ろから騎士が目を光らせている。


「一人で歩けないなら手伝うけど?」


 その言葉に騎士が前に出てきた。リディアは観念して、花の娘の衣装のまま部屋を出た。騎士はリディアの腕を掴み、そのままエマの後についてグレアムの待つ部屋に向かった。


「あら、どうしたの?大人しいじゃない。ようやく自分のした事に気がついたの?」


「いやあ、エマさん。こいつ、部屋の中で大声で殿下を罵ったり、暴言吐いてものすごく(うるさ)かったんですわ。聞くに堪えないってやつです。あーあ、俺もエマさんのナルを見たかったのに、こいつの所為(せい)で見れなくって本当に残念でしたよ。全く余計な事しやがって!ねえ。エマさんもそう思うでしょう?」


 エマと一緒に歩いているという状況が嬉しいのか、無視するリディアの代わりにウキウキした調子で騎士が答えた。


「うるさい!なに余計なこと話してんのよ!」


 リディアは癇癪(かんしゃく)を起こして地団駄を踏んだ。それを軽々と引っ張りながら騎士は話し続けた。


「殿下から沙汰があるまで大人しくしろって言って、ようやく静かになったんですわ。全く、平民の分際で王太子殿下に手を上げたり暴言吐いたり、こいつの神経はいかれてるじゃないですかねえ。それよりエマさん、こうやって花祭りの最中に出会ったのも何かの縁でしょうから、もしよければ次の俺の休みに、一緒にどこか行きませんか?」


 エマは呆れ顔で、丁寧に饒舌(じょうぜつ)な騎士の誘いを断った。









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