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花祭り~神事6


 司教はゴホンと一つ咳払いをした後、司教杖を持ち直して一同を見回した。


「では、改めて女神様に祈りを捧げましょう。よろしいですかな」


 司教が歌うように祈りの言葉を唱え、予定より遅れて神事がスタートした。


「女神カナル・ナニの愛と恵に感謝し、古の契約により、花の季節の神事を行う」

 

 もう一度始まりの祈りを述べ、最後にさらに誓願の祈りを加えた。


「女神カナル・ナニに報恩感謝申し上げます。海と森に祝福を、迷えるわれらの魂に光の導きを授け給え。光の大道を歩み行かん。日々の安寧を祈り、いかなる時も互いに思いやり尊重し、喜びも苦しみも分かち合うことを誓わん。困難に遭えば共々に助け、補い合い、我が命尽きるまで自らの使命を全うする事を誓わん。女神カナル・ナニの御心のままに」


「女神カナル・ナニの御心のままに」


 祈りの後に花の女王と娘が前に進み出た。それに合わせて数名の司祭が、大きな瓢箪(ひょうたん)をくり抜いて作ったドラムを手で叩いたり、地面に打ちつけたりしながら一定のリズムを刻む。司祭も花の乙女達と同じ様に葉冠を頭に乗せ、同じ葉で作られた飾りを手足につけている。


 「花祭り」は女神信仰が土着の宗教であった名残であり、国教に統合された今でも領民に深く信仰されている。また寺院も女神カナル・ナニを聖母と認め、その伝承を司教をはじめ司祭達も受け継いできた。だから、こうした神事の演奏などは司祭達が行う事になっていた。


 踊る前の詠唱が、司祭達の手によるリズムに合わせて紡がれた。


「風、空、太陽、月、星、雨、海、森、大地、全ての存在に感謝します。大自然、大いなる存在、大いなる力に感謝します。海を吹き渡る激しい風を、渦巻く波を穏やかにさせ給え。花の季節、喜びの季節に、女王と娘が捧げます。森の喜びである花々を花束にして、美しき心と共に海の女神に」


 続けて「女神を讃える歌」が始まった。これは女王と娘の掛け合いの歌だ。歌い手もパートに分かれて歌う。

 エマ達は軽やかなリズムに合わせてステップを踏み、声を揃えて合いの手を入れた。


 カナル・ナニの美しさを、娘達よ答えてごらん

     輝く髪は光と同じ黄金色

     空の青と海の青 黄金の粉を撒き散らす


「目覚めよ、東より太陽が昇る」


 カナル・ナニの美しさを、娘達よ答えてごらん

     穏やかな眼は 波と同じ海の青

     慈愛に満ちた 微笑みを湛えている


「深い深い海の底から湧き上がる」


 カナル・ナニの美しさを、娘達よ答えてごらん

     しなやかに伸びた手足 生命力(いのち)に溢れた輝き

     波と共に歌い、光と共に舞う 生命(いのち)の躍動

 

「天へ、天上へと昇る希望の光」


 楽し気なメロディと力強いリズム。波や風を手で表現する間も、足は忙しなくステップを踏む。


 カナル・ナニの美しさは 生命の輝き

 カナル・ナニの美しさは 大いなる自然の美

 カナル・ナニの美しさは 森羅万象の輝き

 

「今こそ目覚めよ、太陽が昇る」


 カナル・ナニの愛を疑うな、娘達よ

 時には怒り猛ることもあるだろう

 嘆き悲しみ、後悔することもあるだろう


「光の欠片を集めよう、目覚め踊れよ、讃えよ光を」


 全ての物事には意味があると知りなさい

 怒りの後には平穏が、悲しみの後には喜びがくることも

 

「全ては、女神によって与えられる喜び」


 荒々しい波の動きを、腰を落として強く踏みならすステップ。屈んだまま激しく体を揺さぶる動きは、大波に翻弄される小船を表わしている。三人は円になり腕を広げ、体をくねらせながら踊った。


 カナル・ナニを心に住まわせ、共に生きていきましょう

 カナル・ナニの愛を信じて

 カナル・ナニの恵みに感謝して


「私の心に、太陽が昇る」


 終わりに近づくにつれ、ステップがだんだんと緩やかになり、穏やかな波と感謝を示す振り付けで、膝を折り、両手を広げて平伏するようにして終わった。


 二曲目の「花少女の祈り」は「花の女王コンテスト」のファイナルでエマ達が踊った曲だ。


 今回は三人ではなく乙女達も含めた二十人で歌い踊る。女王と娘を真ん中に四角を描いて乙女達が並んだ。


 カナル・ナニに捧ぐ 花の歌の祈り

 カナル・ナニに捧ぐ 豊漁の祈り


 伴奏はドラムだけ。頭上の花冠を手に取るとくるりくるりと回る。ドレスが花のようにふわりと広がる。皆で呼吸を合わせ、歌いながらステップを踏む。


 基本を丁寧に踊る。顔の角度、指先まで神経を注いで。ここでもアンジェリカの力強く伸びやかな声が、皆の歌声を引っ張っていく。


 ドラムが刻む一定のリズムが陶酔を加速させる。皆の心が一つになり、自我の境目がなくなった。自分は皆の一部であり、皆は自分の一部であった。自然の気が全身を通り抜け、感覚が研ぎ澄まされていく。カナル・ナニが自身の中で息づく。彼女の祝福を感じた。

 

 カナル・ナニに誓う 美しい世界を

 カナル・ナニに誓う 永遠に続く感謝の祈りを


 最後まで崩れることなく歌い踊り切った乙女達は、頰を朱に染め、恍惚とした表情でお互いを見た。

 皆が神がかった状態で、自分達も自然の一部であり、互いに繋がって生きているのだと強く感じた。


 自然のエネルギーは女神であり、命は永遠に続くのだと感じた。自身の中に眠る女神を起こし、命を大切にし、与えられた使命を全うすべく、女神と共に生きるのが最高の幸せなのだと。


 エマを先頭に、ドラムに合わせて静かに海の中に足を踏み入れた。そのまま洞窟の外に続く穴へと進む。進むにつれだんだんと深くなっていき、穴を通り抜ける頃には腰までの深さになった。


 乙女達は隣り合う人と手を繋ぎ、大きな輪を作った。


「月の光が闇を照らす。波間に漂う夢の欠片。今宵のナルは終わりにしよう」


 司祭の一人がよく通る声で詠唱を始めた。


「海の彼方の喜びの島へと続く、光の道をお行き下さい」


 乙女達がそれに唱和した。声が重なり一つになると、意味を持った音になる。


 女神カナル・ナニに捧げます

 色とりどりの花と共に、美しく磨かれた真珠の心

 海の彼方に帰られたなら、それらで御心をお慰め下さい

 

 乙女達は手を繋いだまま海の中に頭まで沈んだ。先程の感覚がまだ体の中に残っており、一人ひとりの意志が溶け合って全体を構成していた。


 手を離すと、合わせたように一つ手を叩いた。続けて二回。


 明かりは穴から漏れる篝火だけ。暗い波が打ち寄せる音が響く中で、予定になかった詠唱を、アンジェリカが口にした。


「朝になれば虹の橋をかけておくれ」


 手拍子が三回鳴らされた。誰一人不思議に思う者もなく、当然のように受け入れ唱和する。


「自然の恵みに感謝し、毎日の生活に喜びを見出そう」


 手拍子が七回。


「赦し、思いやり、助け合い、忍耐強く、謙虚に生きよう」


 もう一度手を繋ぎ、その手を頭上に掲げ、天を仰いだ。無数の星々がキラキラと輝いていた。


「私達の行く先を、清き光で照らして下さい」


「虹の橋を渡り、カナル・ナニの胸に抱かれるまで」


 乙女達の唱和する声が海の上を渡り、波間の闇に溶けていく。詠唱が終わると静かに手を離し、それぞれの花冠を海に浮かべた。

 現実離れした空間に静けさが広がった。厳かな雰囲気の中、ただ粛々と儀式が終わりを告げた。


 乙女達は来た道を戻り、砂浜で待っていた司教に、滞りなく終わった事を報告した。

 乙女達の顔は晴れやかで、特別な気持ちを互いに感じていた。

 

 そしてこの場にいる誰もが不思議な一体感を持ち、高揚した気持ちを抑えるのが難しかった。

 女神の光に包まれているような安心感と、自然の大いなる力が体中に(みなぎ)り、ムズムズするような喜びに満たされていた。


「奉納の儀を無事に終えました事を感謝します」


「自然を愛し、人を愛し、真理と美の化身である女神カナル・ナニに祈ります。今年も豊漁を願う民の声をお聞き下さい。天候も穏やかで事故もなく、海の恵みに感謝できる一年になるようお導き下さい。全ての人の心に、平和を創るための知恵と、正義の力と、同志であることの喜びを注いで下さい」


「憎しみには愛を、不正には正義を、貧困には分かち合いを、戦争には平和をもって応える事が出来るよう、英知と力をお与え下さい。女神カナル・ナニの御心のままに」


 司教の言葉に乙女達は膝を折り、女神像に頭を垂れて黙祷した。

 厳かで静かな時が洞窟内を満たし、ひたひたと打ち寄せるような感動の中、神事は無事に終わった。


 


♢♢♢♢




 リディアは初めに案内された小部屋に閉じ込められた。扉の向こうに先程の騎士が見張っている。


「なんでこんな事になっちゃったのよぉ。ロザリン様の事も我慢して上手くやろうって思ってたのにぃ!」


 リディアはベッドに腰掛けてクッションを振り回しながら、イライラする気持ちをぶつける先を探した。だが質素な部屋の中には何もなかった。


「許せない!なんであたしが連れ出されないといけないのよ!!ここを開けて!開けなさいよ!開けてったらぁ!!」


 リディアは立ち上がると、握りしめた拳で何度も扉を叩いた。


「うるさい。静かにしないか!」


 廊下から低い声が響いた。


「お前のせいで俺までここで見張らなくてはいけないんだ!くそったれが。俺だって、エマ達のナルが見たかったのに」


「なんですってぇ!!あんな色ボケおばさんの何がいいのよ!あんたの目腐ってんじゃないの?あたしのほうが断然可愛いでしょう」


「黙れ!!お前みたいな頭のおかしい女のどこが可愛いって?ふざけるのもたいがいにしろ。大切な神事をぶち壊すような事をしといて反省もせず悪態をつくような、そんな女のどこが可愛く見えるっていうんだ?」


「うるさい!全部グレアム様のせいよ!あの時、あたしを怒らせるような事を言うから。だからあんな事してしまったのよぉ。全部グレアム様が悪いのよ!!あたしは悪くないんだからぁ!だから開けてよぉ。こんな所出て行ってやるぅ!!」


 リディアは叫びながら、狂ったように扉を叩いた。









 







 




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