花祭り〜神事5
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当初より毎週二話を更新して参りましたが、そろそろストックが底をつきかけてきました。物語も後半に入り、齟齬が出ないよう気をつけながら話を進めていますが、それに手間取りつつあります。
納得のいくよう書き進めていきたいので、楽しみにして下さっている方には申し訳ありませんが、そろそろ週一話のペースに変更させて頂きます。
最後まで手を止めないようにしますので、どうか最後までお付き合い下さいませ。
司教の祈りの後、花の乙女達は女王を先頭に来賓の前に二列に並び膝を曲げてお辞儀をした。グレアムが小声でエマとロザリンに「楽しみにしている」と声をかけ、アンジェリカも乙女達に「頑張って!」と微笑みかけた。
乙女達も嬉しそうに頷いた。中にはコンテスト時の感動が蘇り、アンジェリカに手を差し出す者もいて、その手を両手で握り返しながらアンジェリカは何度も「ありがとう」と繰り返した。
リディアは嫉妬に歪んだ顔で睨みつけるようにそれらを見た。
(こんな茶番劇、見てるだけでイライラする。王族だからって歓迎されてるだけなのに、なんか勘違いしてるんじゃない?学園の時からあたしの邪魔ばっかりして。でも、最後にはあたしが勝ったのよ。ヘンリーに選ばれたのはあたしなんだから)
リディアはそう思い留飲を下げた。それでも自分を否定するやり取りを見ていたくなかったので視線を逸らした。
(ここにヘンリーがいたら、あたしを見てくれるかな?あたしに頑張れって言ってくれるよね?ヘンリーに見て貰いたくて頑張ったのに何でここにいないのよぉ。ヘンリーだって王族の一員なのにおかしいじゃない。もしかしてあたしがアンジェリカ様の役を取ったのを根に持って呼ばないようにしたの?もしそうなら許さない)
グレアムはリディアを一瞥すると、口の端を吊り上げた。
「何を考えてるか当てようか?」
「え?何ですって?」
リディアはギョッとしてグレアムに戸惑いの視線を向けた。グレアムはかがみ込んでリディアにそっと耳打ちした。
「お前の考えは見当違いだよ。どうせ思い通りにいかないのをアンジェの所為にしてるんだろう?そんなにアンジェが憎いのか?お前は俺の大切な人に手を出した。父や母が許したとしても、俺は絶対に許さない」
リディアは大きく目を見開いた。グレアムはその反応を確かめながら言葉を続けた。
「色々とやらかしてくれてありがとう。おかげで兄上も目が覚めただろう。すぐにでも王都に連れて帰るよ」
「何ですって!」
リディアは思わず声を上げてグレアムに掴みかかった。その勢いのままグレアムの頰を平手で叩いた。
「グレアム様!」
アンジェリカが驚きの声を上げ、グレアムを庇おうと、リディアとの間に体を滑り込ませようとした。
「駄目だ、前に出るな!」
グレアムが慌ててアンジェリカの腕を引いた。と同時にリディアがアンジェリカの肩を強く押した。バランスを崩したアンジェリカをグレアムがしっかりと抱きとめた。そして舌打ちをしてアンジェリカを背後に庇った。
「ダメよ!連れてなんて行かせないわ!!ヘンリーはあたしを好きなのよ!あなたとなんて行かないわよ!イヤよ、許さない!イヤよ、イヤ!!あたしは絶対に離れないから!!」
リディアは目に涙を浮かべ、グレアムを睨みつけたまま叫びながらその胸を叩いた。
グレアムの護衛騎士がサッとリディアの腕を取り地面に押さえつけた。リディアは足をバタバタさせて喚き続けた。
「王太子殿下の御前だ。静かにしろ!!」
騎士が押さえつけた手に力を込めた。
「痛い!何するのよぉ。ちょっと放しなさいよ!あたしは『女王の娘』なのよ!!触らないでよ!」
「痛い、痛いったらぁ!放してよ、痛いから放して!!あんた達みんなヘンリーに言い付けてやる。全員罰してやるから覚えときなさいよ!」
地面に這いつくばり悪態をつく姿を、グレアムは軽蔑の色を浮かべて見下ろした。そして喚いているリディアの前に屈むと、口の端を吊り上げて嘲るように言葉をかけた。
「思い通りにいかず残念だったな。ここまで馬鹿とは思わなかったが、兄上は頭の悪い女が好みだったのか。趣味が悪いな」
「何ですってえ!うるさい!!絶対にヘンリーに言ってやる!あんたもあたしとおんなじ目に合わせてやるんだからぁ!」
「司教、こんな輩が女王の娘だとは驚きだな。王族に無礼を働くとどうなるか知らないのか?フム、喚き続けるところを見ると、少し頭が足りない女かもしれないな」
「も、申し訳ございません。こ、この不始末はどうすれば」
司教は蒼白になりながら、グレアムの前に頭を垂れた。
グレアムは腕を組み、冷めた目でリディアに話しかけた。
「お前、わかってるのか?今は公式の場だ。そこで私に手を上げるとは、不敬罪どころか暴行罪、いや、反逆罪になるかな?」
「不敬罪に反逆罪ですってぇ?何よそれ!あたしがヘンリーと結婚したら家族になるのよ!グレアム様こそわかってるの?」
グレアムは鼻で笑った。
「ハッ!まだ結婚する気でいるのか?笑えるな。学園でアンジェにした事もだが、ロザリン嬢にした仕打ちもわかってるんだぞ。あれだけ酷い事をやらかして兄上が気づかないと思ってるのか?それでもまだお前を好きだと?だとしたら、お前の頭の中の兄上は相当なボンクラだな。馬鹿にするのもたいがいにしろ」
そして声を落として呟いた。
「まあ確かに、お前を選んだ時点で王族としての将来は絶たれた。それを予測出来なかったのだからボンクラと言われても仕方がないか」
リディアは押さえつけられたまま、グレアムを睨みつけた。
「グレアム様に言われた事、全部ヘンリーに言うわ」
「ほう、なんて言うんだ?身の程も知らず王族に暴行して不敬罪に問われたと?それとも不遜な態度で大切な神事をぶち壊したとでも?ハハ、兄上は何て言うかな?」
リディアは言葉に詰まった。知らず親指の爪をイライラと噛んだ。
「そういえば、コンテストでアンジェリカの代わりを頑張ると言っていたな?ハハッ!笑わせるな。お前にアンジェの代わりが務まるものか!何を勘違いしたのか知らんが厚かましいにも程がある」
「王太子妃として幼い頃から人一倍努力してきたアンジェと、卑怯な手口でアンジェを陥れ、兄上を誑かしたお前を一緒にするな。お前とは天と地程の差があるのがわからないのか?滑稽だな。まるで道化者だが、それにすら気づいていないのだろう?」
吐き捨てるように言うと、司教に向かって声をかけた。
「ナルを奉納するのに衣装や飾りは必要か?」
「い、いいえ。そ、そのような決まりはございません」
「ならば」
と、グレアムは一同を見回し、最後にアンジェリカに視線を戻して優しく微笑んだ。
「アンジェ、君が踊ればいい」
「え?グ、グレアム様?な、何を突然・・・」
「突然?そうだな。でも君なら今日奉納する予定のものは踊れるはずだ。違うか?」
「え?ええ。各地の神事については習っておりますが。でも、そんな神事を乱すような事は」
「神事を滅茶苦茶にしたのはリディア嬢だろう?アンジェが気にする事はない」
「でも・・・」
アンジェリカは戸惑いながら司教を伺うように見た。
「何言ってるのよ!ふざけないで!!」
リディアが金切り声を上げた。
司教はそれを無視してアンジェリカに頭を下げた。
「グレアム様の仰る通りです。アンジェリカ様に断られましたら、娘は一人で行わなければなりません。それでも出来ますが前例がありません。どうかアンジェリカ様にお願い申し上げます」
「先程も申し上げましたが、女神様にナルを奉納する上で一番大切なのは、心を合わせる事です。助けると思ってどうかお願い致します」
「アンジェリカ様、どうか一緒に踊って下さいませ」
ロザリンが頭を下げた。
「アンジェリカ様、女王のあたしが頼みます。どうか一緒にナルを捧げて下さい」
エマもにっこりと笑いかけて頭を下げた。それに続いて乙女達も口々に「お願いします」と言って頭を下げた。
「イヤよ!あたしが踊るんだからアンジェリカ様は引っ込んでてよ。あたしの役よ!誰にも渡さないわ!離してったら離してよ!」
リディアが身を捩りながら叫んだが、拘束された手はびくともしなかった。
「リディアさん、お静かに」
「司教様、あたし出来ます。だからあたしにさせて下さい」
リディアが必死で頼んだが、司教は首を振った。
「リディアさん、先程も申し上げましたが、今宵奉納するのはただの踊りではありません。心を一つに合わせ、海の恵みに感謝し、今年一年の豊漁と、また来年も花祭りが開催できるようにとの願いを込めて踊るのです」
「出来るわ!だからこの腕を解いてよ!」
「いいや、出来るとは思えません。あなたには一番大切な感謝の心がありませんからな。あなたの言動を見ていると、自分の思い通りにならないと言って癇癪を起こす小さな子供と同じじゃ。騎士殿、すまぬがリディアさんをこの場から連れて行って下さい」
「イヤよ、どうしてあたしが?司教様、あたしはどこにも行きたくありません。踊らせて下さい!」
「くどい!あなたの自尊心を満たすための神事ではありませぬ。根本を履き違えている者は邪魔なだけじゃ。疾くここを去りなさい。グレアム王太子殿下、その騎士をお貸しくださいませんか?」
グレアムが頷くと、騎士はリディアを肩に担ぎ、司祭の先導でその場を離れた。
リディアは連れて行かれる間中グレアムを罵り、騎士の背を叩き続けた。どんなに暴れても拘束が緩む事もなく、リディアは泣きながら来た道を戻っていった。
「許さない!司教様も言いつけてやるんだからぁ!!」
リディアの叫ぶ声が、徐々に小さくなっていった。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。全てはわしの指導力不足。不徳の致すところでございます。王太子殿下、アルトワ様、いかような処分もお受け致します。ですが時は刻一刻と過ぎております。まずは神事を執り行いたいと考えますがいかがでしょうか」
「フム、そうだな。まずは神事を行い、処分等は改めて下す事にする。アルトワ殿もそれでいいかな?」
「も、勿論でございます」
アルトワ男爵も冷や汗をハンカチで拭きながら、グレアムに同意した。