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花祭り〜神事3


 ぐっすりと寝てお腹を満たすと気分は少しマシになったが、昨夜の事を思い出してまた落ち込んだ。

 部屋の窓からぼんやりと外を眺める。木々の影が少しずつ伸び、日が傾き始めたのがわかった。もうすぐ日が暮れて夜になる。神事の時間が刻一刻と迫っていた。


 リディアは机の上にあるトレーを見つめた。食べ終わった食器を下げようか放っておこうかと悩み、結局、机の上に置いたままにした。部屋から出て、エマやロザリンと顔を合わせたくなかった。

 

「家に帰りたい。ヘンリーに会いたい。選ばれたかった三役の一人になれたのにちっとも嬉しくない。あたし、ロザリン様とは一緒にやりたくない」


 リディアはもう一度ベッドに寝転がると枕を抱きかかえた。そして「幸せだった頃の夢が見たい」と、呟いて目を(つむ)た。


 しばらくそうしていると、トントンと扉がノックされた。


「誰?」


 リディアの問いかけに「開けるわよ」と言って返事も待たずに入ってきたのはエマとロザリンだった。


「勝手に入って来ないでよ!」


 リディアは二人の顔を見るなり、カッとして怒鳴った。


「勝手にって、あんた祈りもしないで呑気に寝てたから起こしに来てあげたのよ。親切なあたし達に感謝してもいいんじゃない?」


 エマは呆れた調子で答えた。


「そんなの頼んでないわよ」


「あんたバカなの?突っかかるのやめなさいよ。司教様に『心を合わせろ』って言われた事を忘れたの?」


「あ、あの、もうすぐ夕食の、じ、時間ですわ。ご、ご一緒に、その、どうかと思って」


「はあ?あんた達と食べるわけないでしょう?イヤに決まってるじゃない。それに突っかかるなって言うけど、そっちが先に失礼な事言ってきたんでしょう!」


 ロザリンはチラッとエマを見た。エマは煽る様に笑みを浮かべてリディアを見下ろしている。


「そ、それは、その・・・でも、し、神事では、一緒に、その、お、踊りますし」


「イヤよ。何であんた達と踊らないといけないのよぉ!!」


 リディアは駄々をこねるようにいやいやをした。


「ふーん、イヤだったらアンジェリカ様に代わって貰えばいいんじゃない?あたしはその方が嬉しいけど?」


 リディアはキッとエマを睨んだ。


「イヤよ!娘はあたしのものよ!!」


「あのねえ、あんた一体どうしたの?言ってる事が支離滅裂なんだけど」


 エマはロザリンに肩を竦めて見せた。


「あんたさあ、娘をやりたいの?やりたくないの?ああ、それとも出来ないの?そうね、あんたのその態度が続くようじゃあ一緒に出来ないわ。それとも神事を滅茶苦茶にしたいの?」


「そ、そんなぁ!!りょ、領主の、む、娘としてお願いしますわ。ど、どうか最後まで、な、投げ出さないで、く、下さいませ」


 エマの言葉に、ロザリンは小さく悲鳴を上げ、リディアに向かって頭を下げた。


「わかってるわよ!あたしだってちゃんとやりたいって思ってるんだから。でもイヤなの。心が拒否するのよ。もう、あたしにも、どうしたらいいかわかんないんだから、放っといてよぉ!!」


 リディアは感情を押さえられない様子で、一言一言に力を込めて答えた。


「はあ、あんたねえ、昨日の勢いはどうしたのよ?アンジェリカ様の代わりに頑張るんじゃないの?そう言ってたじゃない。なんかあったの?もしかしてヘンドリック様と喧嘩でもした?」


 エマはロザリンが頭を下げるのを見てリディアに対する態度を和らげ、なだめるような優しい口調で話しかけた。

 リディアはエマと視線を合わせると迷うように目を泳がせたが、口を引き結んで横を向いた。


「話すつもりはないのね。なら言わせてもらうけど、あんたももう大人なんだから甘えたりしないで、やる事はちゃんとやりなさい。気分でコロコロ態度を変えたり、好き嫌いでやったりやらなかったり、そんな事してたら信用を無くすわよ。わかった?」


「お説教はやめて!!」


 母親のように優しく諭せば、うるさいと噛みつくように反発する。エマは溜息を()いて言葉を続けた。


「お説教してもらえるだけ有難いって思いなさい。あんたの事を思って注意してるんだから」


「嘘ばっかり!ロザリン様が大切だからあたしに釘を刺してるんでしょう」


「まあ、そうね。その通りよ。だから言う事聞きなさいよ。わかったわね?」


 エマは悪びれた様子も見せずにっこり笑うと、手を振りながらロザリンと一緒に部屋を出ていった。


 扉が閉まると、ようやくリディアはホッと息を()いた。ヘンドリックの機嫌が悪く、どうやら自分に対して怒っているのだとは知られたくなかった。


「あたしが何をしたって言うのよ。あたしはヘンリーに相応しくありたかっただけ。なのになんで怒るのよぉ。何が気に入らないのかはっきり言ってくれないとわからないじゃない」


 思い出すと涙が出てきた。


「でも、エマの言う通り、ちゃんとしないと神事を滅茶苦茶にしたって罰せられるかもしれない。罰せられなくてもきっとものすごく怒られる。それに、きっと噂になるわ。そうなればヘンリーに知られて、余計に怒らせてしまうかもしれない」


 リディアは不安に震える体を両手でギュッと抱きしめた。それだけは避けたかった。




 しばらくすると、扉がノックされ「お食事をお持ちしました」というかわいい声がした。


「どうぞ」


 扉を開けて入ってきたのは、まだ十二、三歳くらいの女の子だった。しっかりとトレーを持ち、細心の注意を払って机に置いた。


「あなた、誰?シスターが来るんじゃないの?」


「私はステラと言います。シスター見習いです。お手伝いのシスターは後から来られます」


「ふーん。あたしだけ適当に扱われてるんじゃないのね」


「はい。あの、お食事をお持ちするのは私達見習いがしています。気を悪くさせたならすみません」


「いいのよ。あたしだけじゃないんだったらね」


「はい。では、食べ終わりましたら、これに着替えてお待ち下さい。髪は三つ編みにして後ろに垂らしておいて下さい。では後程シスターがお迎えに上がります」と言って頭を下げると、空になったトレーを手に部屋を出ていった。


 リディアはそれを見送ると椅子に座り、温かい野菜のポタージュとハムと野菜のサンドウィッチ、ミルクを代わるがわる食べた。


「ヘンリーの事を考えるのはやめよう。明日になれば機嫌が直ってるかもしれないし。とりあえずは神事を失敗しないようにしないとね」


(そうだ、グレアム様も来るんだったわ!問題を起こしたら、きっとヘンリーに告げ口される。だってグレアム様はあたしの事が嫌いなんだもん。それにアンジェリカ様にもバカにされたくないわ)


 リディアは顔を歪め、爪を噛みながらブツブツと呟いた。


 そして気持ちを切り替えて、用意されたドレスに袖を通した。

 それは柔らかい肌触りで、足首より少し短い長さの白いシンプルなドレスだった。大きな2枚の布を合わせ、頭や手が出せる形に縫われている。頭からそれを被ってウエスト部分を紐で縛ると、案内が来るまでベッドでゴロゴロしながら待った。



「トントン」


 再度扉がノックされ、返事をすると年かさのシスターが入ってきた。


「では、寺院内の泉にて(みそぎ)を行って頂きます。ご案内致しますので、こちらにどうぞ」


 シスターに連れられて寺院の中の小道を通り、禁域になっている森の奥に湧き出る泉へと案内された。


 泉の手前に二本の松明があり、その間に祭壇が設けてあった。女神像の前には香炉が置かれ花の香が焚かれている。そして両横には花や野菜、果物などが供えられていた。


 木々の影が大きく揺らめき、泉の水面が松明の火で赤く輝いている。泉は厳かで神秘的な雰囲気に包まれていた。


「では、ここで俗世の汚れを落とし、女神様の前に立つ女王と娘として身も心も清めていただきます。どうか女神様への感謝を胸に、己の心と向き合いながら、静かに泉に身を浸して下さい」


 シスター達が見守る中、エマが泉に足を入れた。そして一歩ずつ奥へと進んで行く。ロザリンがその後に続き、リディアも恐るおそるついて入った。


 すぐそばで、チャプチャプと小さく水音が聞こえる。思ったより冷たい水の中を進んで行くにつれ、少しずつ深さが増した。膝、太腿と浸かっていき、お腹あたりまでの深さになると、エマは静かに体を沈めた。リディアもそれに(なら)い、ゆっくりと体を沈めた。


 トプン


 エマは小さな音を立てて水の中に沈んだ。


「えっ?」

 

 リディアは小さく驚きの声を上げた。ロザリンも一瞬躊躇(ちゅうちょ)したようだが、すぐに水の中に消えた。

 リディアも後に続いたら、泉は見た目よりも深く、底に(ひざまず)くと頭のてっぺんまで水の中に浸かった。


 重さを感じない水の中は、少しの揺れにも揺らめいて、フワフワと覚束なく感じる。


 耳元でコポコポと空気が抜ける音がする。水が隙間なく皮膚を圧迫する。ドレスの中をゆらゆらと水が通る。頭から足先までの感覚が研ぎ澄まされる。


(ああ、気持ちがいい)


 そうだ、「己の心と向き合いながら」だっけ。心って何?あたしの心?何をどう考えたらいいのかわかんない。ただ、あたしはヘンリーが好き。あたしの王子様。ううん、あたしだけの王子様なんだから。あたしだけを見て、あたしだけを愛して欲しいの。他の人と楽しそうになんてして欲しくないわ。


 リディアは胸の前で両手を握り、心の中に女神を描いた。



 



















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