花祭り〜神事
「花の女王コンテスト」が終わった。
広場は催しが終わった後の高揚と、納得がいかない不満とで混沌としていた。だがアンジェリカとグレアムが舞台からいなくなると、少しずつ拍手が鳴り始めた。
そうこうするうちに、司会者が慌てた様子で舞台袖からら出てきた。
「えーとですねえ。今年の『花の女王コンテスト』は思わぬハプニングがありましたが、王太子殿下に見守られまして、えー、あー、それぞれ思うところはございますでしょうが、王太子殿下、王太子妃殿下のご意向に沿いまして、えー、このような形で終える事を、どうかご了承下さい。えー、それとですねえ、これからもコンテストは開催し続けて参りますので、えー、これからも、いや、益々の応援をですな、どうかよろしくお願い申し上げます」
司会者は一旦言葉を区切り、様子を伺うように観客を眺めた。
「えー、それでは発表に移りたいと思います。えー、今年の花の女王はルピナスのエマ嬢。娘はルピナスのロザリン嬢とヴィオラのリディア嬢に決定しました。今再び、盛大な拍手をお願い致します!」
司会者の言葉に、広場に拍手と歓声が響いた。司会者もその様子にホッとした表情をした。
エマとロザリンは複雑な思いであったが水を差すことはせず、笑顔で歓声に応えた。リディアは満足そうに広場を眺めると、勝ち誇ったようにエマを見た。
「パレードと神事では仲良くして下さいねぇ。お願いしますよぉ。ああ、それに式典にも出られるんでしたっけ?くれぐれも台無しになるような事はしないで下さいねぇ、エマさんにロザリン様」
リディアはにっこりと二人に笑いかけた。
「はあ?あんたと仲良くなんて出来ないわよ。あたしの可愛いロザリン様をいじめるような、醜い心根のあんたとは仲の良いフリをするのも嫌だわ」
エマは腕を組み、フンと横を向いた。
「エマさん、そんなこと言っていいんですかぁ?確か、神事は心を合わせないとダメなんですよねぇ?」
エマは言葉に詰まった。
「・・・そうね、その通りよ。だったら、あんたがあたしに合わせるのが筋ってもんよね?あんた娘なんだから。親である女王の私に合わせなさい。わかったわね」
「はあ?何言ってんの?親が娘に合わせるもんでしょ?親なんだから」
「あんた、いったい幾つ?五歳、六歳の子供じゃあるまいし。もう大人の一員なのにそんな考えだなんて。呆れてものも言えないわ」
「何よ!あたしのほんとの親でもないくせに、偉そうにお説教するのはやめて!!」
リディアは地団駄を踏んでエマに突っかかった。
「あ、あの、リディアさん、まだ、ぶ、舞台の上ですよ?」
ロザリンが恐る恐る注意をすると、リディアはハッとして、慌てて笑顔を浮かべた。
「そうやって、あたしを陥れようとするなんて卑怯よ!」
リディアは笑顔を浮かべたまま、エマに文句を言った。
エマは肩を竦めるとやれやれとばかり口をつぐんだ。
♢♢♢♢
翌日は朝から雲ひとつない青空が広がった。
花祭り二日目は「芸の奉納」という名目で、朝から日が暮れるまで、聖母マリア寺院の庭園にある舞台や街角に設えたコーナーで、歌や楽器演奏、ダンスなどの発表が行われる。
人々が集まれば「花の女王コンテスト」の話になり、見なかった人がいれば、いかに素晴らしかったかを説き、その場にいた幸運を自慢した。見逃した者は残念がり、今日もどこかの舞台でやってないかと覗いて回った。
エマとロザリンは、今夜の神事のために寺院に来ていた。少し遅れて憔悴した様子のリディアも合流した。
「あんた、昨日と違って思いっきりやつれてるけど何かあったの?そんな顔してたら気になるじゃない」
エマの言葉に、リディアは一瞬泣きそうに顔を歪めたが、唇を噛むと睨み返した。
「エマさんには関係のない事よ。放っといて!!」
「ふーん、まあ、無理に聞こうとは思わないけど。あんた、そんな調子で代役なんてできるの?」
「それくらい出来るわよぉ!」
「ふーん、ならいいけど、足を引っ張らないでよね」
エマは「代役」という言葉をスルーしたリディアを、返って怪しく思った。
「あんた、神事の時に何かやらかすつもりじゃないでしょうね」
「はあ?そんな訳ないでしょ。あたしだってザフロンディで生まれ育ったのよ。花祭りの女王と娘になるのは昔っからの憧れなんだから!!」
「そう?ならいいけど。あんた、自分が目立つ事しか考えてなさそうだからね。パレードでもなんでも、あたしより一歩下がっていなさいよ」
エマが小馬鹿にした笑みを浮かべて煽ると、リディアは悔しそうにエマを睨みつけた。ロザリンは二人の様子をハラハラしながら見ていたが、神事でいがみ合うのは不敬になる心配になり口を挟んだ。
「あ、あのぉ、リ、リディアさん。め、女神様にナルを奉納する時は、そ、その、よ、余計なことを考えずに、か、感謝の気持ちで、その、エ、エマさんに、唱和して下さいね。わ、私も心を込めて、お二人にあ、合わせますので」
「はあ?誰に向かって言ってるのよ。あんたには言われたくないわ!バカにしないでよぉ!」
リディアは鋭い視線を投げると、吐き捨てるように言った。
♢♢♢♢
リディアは、昨晩、家に帰って来たヘンドリックとのやり取りを思い出して、また泣きそうになった。
ヘンドリックは舞台で起こした騒動を一切口にせず、冷めた目でリディアを見ると、一言も話さずベッドルームにこもったのだ。「お茶を淹れたからリビングに来て」と声を掛けても無視され、ベッドで寝ようと部屋に行くと、入違うように部屋を出て行ってしまった。
後を追いかけ、何を怒っているのか問い質しても答えてくれず、縋りつこうと腕を伸ばせば眉間にしわを寄せて押し返された。目に涙を浮かべて話を聞いて欲しいと訴えても取りつく島もなく、まるでいないかのように扱われた。
リディアはパニックに陥り、一人イライラと部屋の中を歩き回りながら、今まで目を瞑って考えずにいたヘンドリックの様子について思い出していた。素っ気なくなったのは何でだろう、それはいつからだっただろうかと。
アルトワ男爵家の晩餐会からだろうか。それともロザリンがここに来てから?いや、自分達がサイラスの店で働き始めてからかもしれない。
何で素っ気なくなったのだろうか。晩餐会でロザリンを突き飛ばしたからだろうか?それともヤキモチを焼き過ぎたのだろうか?でも、それはヘンドリックを好きだという裏返しでしょう?ただそれ以外、他に思い当たる節がなかった。
何度考えても、ヘンドリックがリディアを捨て、ロザリンと付き合いたいのではないかとの思いが湧き上がってくる。
(何がいけなかったのか。どこでボタンを掛け違えたのか。あたしはヘンドリックを取られたくなかっただけで、何も悪い事はしていないのに)
今からでもやり直せるだろうかと不安がこみ上げてくる。
考えれば考える程、悪い方にしか考えられくなる。それならば寝てしまえと布団に潜ったが、眠ろうとしてもなかなか寝付けず、結局朝までまんじりともせずに過ごした。
♢♢♢♢
思い出しているうちに不安が増し、泣きそうになった。
「あ、あの、だ、大丈夫、ですか?も、もしかして、その、た、体調が優れないのでは?」
「うるさいって言ってるでしょ!!放っといてよ!」
リディアが親指の爪を噛みながら、イライラした様子で怒鳴った。
「何事ですかな?まさかとは思いますが、女神様の御前だとわかって、そのような醜態をさらしておるのですか?」
三人がハッとして声のする方に顔を向けると、聖母マリア寺院の司教が険しい顔をして立っていた。
「何を争っているのですかな?そのような醜い心のまま女神様の御前に立つつもりですか?」
「い、いえ。とんでもございません、し、司教様」
ロザリンが慌てて頭を下げると、エマもその後に続いた。
「フム。あなたはどうですか?」
司教はリディアに問うた。リディアはグッと唇を噛みしめて頭を下げた。
「女王と娘は争ってはならない。なぜなら女神様は『美しいもの』、とりわけ『美しい心』を喜ばれる。奉納する芸も花も象徴にすぎない。大切なのは『心』なのだ。感謝する心、互いを思いやる心、赦す心。人はそれぞれ性格も違えば、育った環境も感性も違う。それにそれぞれが問題を抱えて生きておる。だが、この花祭りはそれらを一時不問に付し、女神様や周りの人達への感謝を思い出し、心を合わせる事で生まれる『美』を奉納してきたのだ」
それは初めて聞く話だった。花祭りといえば、豊漁を願い、女神様へ感謝を捧げる祭りだ。それに美人コンテストがあり、最近では恋人達の愛を確認し合うという意味もプラスされるなど、祭り自体が曖昧になってきていた。
リディアは司教の話に不承不承頷くと、悔しそうにロザリンを睨んだ。
「それでは、両者とも神事の作法などを申し上げるが、よろしいですかな?」
三人はそれぞれ頷いた。
「まずはロザリン様、神事に参加するのは初めてでしたかな?本来ならば領主様と参列して頂きますが、女王の娘としてナルを奉納して頂けるとは嬉しい限りですな。楽しみにしていますぞ」
「お、恐れ入りますわ」
「奉納して頂くのは今宵零時から。この寺院内部にある地下神殿で執り行います。今日は一日、女神様に祈りを捧げて過ごして下さい。夕方に軽い食事を用意しますので、召し上がった後は身を清めて支度をして頂きます。よろしいですかな?」
「はい。そ、その、お、お衣装などは、あの、ど、どうすればいいのでしょうか?」
「ああ、そうでしたな。うっかりしておりました。支度の時間になりましたらシスターが手伝いに参りますので、その者の指示に従って下さい。まあ、エマがよく知っておるでしょうから、不安があればお聞きすればよろしいかと。奉納についての詳細は身支度を整えた後に致しましょう。何か質問はございますかな?」
「い、いいえ」
三人は首を振って答えた。