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花祭り〜ヘンドリックの苦悩


 ルイスは首を振った。

 そして項垂れたまま、今まで見てきたリディアの戦歴をポツポツと話した。それは子供っぽい身勝手さとそれを上回る運の良さの積み重ねだった。


 ルイスの話によると、リディアは赤ん坊の頃から愛らしく、両親だけでなく周りの大人からも可愛がられた。欲しい物に目を向けると側にいる誰かしらがそれを与えて、という事を繰り返すうち、自分の思い通りにならないと癇癪を起すようになった。気に入ったものは手に入れないと気が済まない性格に育った。

 だが欲しがるものもお菓子だったり、リボンやちょっとした玩具だったりと、あまり大したものではなかったため、機嫌が良くなるならと与え続けていた。


 ルイスやキャロルが生まれ、仕事もさらに忙しくなると、両親はなかなかリディアに目を向ける事が難しくなった。少しくらい我が儘でも、大きくなればわかるようになると高をくくっていた。


 ルイスの思い出の中では、遊んでいた玩具を横取りされたり、遊びのルールを捻じ曲げたり、リディアが勝つまでやめさせてくれなかったりと、イヤな思い出しかないと悲しそうに話した。


 ルイスが大きくなるにつれ姉弟喧嘩が激しくなり、両親が「優しく、大きな心で接してあげて」と教えると、弟妹には少しずつ優しくなっていったが、同年代の友人とはしょっちゅう喧嘩して帰ってきていた。


 友人と仲良く遊べず問題ばかり起こすので、困った両親が慌てて「優しくしようね」と声をかけたり、「優しい人になって欲しい」と事あるごとに伝えたが、なかなか思うようにいかなかった。

「仕事のせいにしてはいけないが、リディアにはつい甘くなってしまった」と、以前両親がこぼしていたのをルイスは聞いた事があった。


 両親から叱られても、友人と喧嘩しても、なぜか不思議な事に、最後にはリディアが望む物を手に入れていた。


 ルイスの目から見て、リディアは今まで壁にぶち当たった事も、苦労した事もなく、全て自分の思い通りに上手く運んできたように見えていた。


 マックスは驚きながらも、うんうんと頷いて聞いている。


「言われてみればそうっすね。小さい頃はよく喧嘩してたっす。それに、いっつも気がつけばリディアのペースに巻き込まれて、あいつにいいように使われてるんすよ。あいつのせいで道を誤った奴を何人か見たっす」


「道を誤ったとはどういう事だ?」


「あー、そうっすねえ。彼女持ちの男がいたんすけど、リディアにも粉かけてたみたいでね、パシリのように使われてたんすよ。で、彼女はそれがイヤで注意してたようなんすけど、そいつは改めなかったと。で、結局その二人は喧嘩して別れたっす」


「で、その後もそいつ、リディアに色々と使われてて、俺から見たらただの便利屋でしたがね、まあ、そいつは付き合ってると思ってたみたいっすね。彼氏面して束縛まがいなややこしい事を言い出した途端、リディアの周りにいた他の男にボコボコにされて一方的にポイされてましたよ。ハハ。今でも皆のネタになってるっす」


「で、まあ、そんな奴らが何人かいたっす。使えなくなったり、勘違いしたりするとポイってね」


 ルイスも神妙な顔で頷いている。


「それで、リディは恨まれて危険な目にあった事はないのか?」


「まあ、そこが不思議なんすがね、弱みでも握られてるのか運がいいのか、誰かに復讐されたって聞いた事はないっす。振られた奴も勘違いした自分が悪いんだって言うだけで、リディアを悪く言う奴はいないっす」


「まあ、ぶっちゃけ俺も振られたんすが、なんで告ったのか、魔が差したとしか思えないっす」


「え?マックス兄ちゃんが?いつ姉さんに?」


「・・・・・・学園に行く前だな。はあ、マジで俺の黒歴史だ。思い出したくもない」


「何で告白しようと思ったんだ?」


「ヘンドリック様までえぐるんすか?まあ、俺の事が好きなんじゃないかって勘違いしてたっす」


「それは、そう思わせるような態度をリディが取ってたって事か?」


「まあ、そっすね。で、告った時に申し訳なさそうな顔で否定されて謝られて、勘違いだって知ったっす。恥ずかしすぎて居た堪れねえ。たぶん、みんな同じようなもんじゃないっすかね」


 マックスはその時の事を思い出したのか、苦々しい顔で頭を掻いた。


「その、悪いがどんな態度を取られてたんだ?」


 マックスは一瞬眉を顰めたが、ヘンドリックの真剣な様子に負けて言葉を続けた。


「俺の場合は、簡単に言うとっすねえ、あー、まあ、俺の弱いとこを、その、なんていうか、優しい言葉で包むというか、俺の事をわかってくれてるっていうか、認めてくれるっていうか、あー、難しいっすが、そんな感じっす!兄貴と比べて落ち込んでた時にそんな言葉をかけられてよろめいたっす」


 マックスは恥ずかしさも加わってか、頭をガシガシと掻きながら、その場にしゃがみこんだ。


「す、すまない。が、それは自分が求めている言葉や態度で寄り添ってくれるという事か?」


 ヘンドリックは考え込みながら、確認するように言葉を続けた。


「私が見ていた、というか、私に見せていた姿とリディの本来の性格は違うって事か?私にくれた言葉は嘘だったのか?」


「嘘かどうかはリディアに聞かないとわからないっす。それにヘンドリック様が、リディアをどんな子だと思ってたかも知りませんのでね」


「あいつは思い込みが強くって、こうと決めたらテコでも動かないし諦めも悪いっす。それに知恵が回るのか口も立つっす。ご存知でしたか?」


 マックスは恋愛話とは別のエピソードを話し始めた。


「町の学校でなんすけど、クラス行事の内容とか決め事は、ほとんどがリディアの提案だったっす。最初は色んな意見が出ても、気に入らなきゃ一つ一つ理由を付けて潰していくんすよ。最後にはみんな黙っていう通りにしてたっすね」


「まあ、リディアの案も悪くなかったんでね。それはいいんすけど。そういや男子は反対しなかったっけ。だけど女子はかなり反発してたっす。あいつ、女子には嫌われてたんでね」


「みんなで寄ってたかって反対するんで、余計に男子の庇護欲に火がついたんすかね。みんなリディアを守りたいって思ってたっす」


 マックスは下唇を突き出して肩を竦めた。


「まあ、実際は反対意見も自力で一掃してたんすけどね。それに俺らの見えない所では派手に喧嘩もしてたみたいっすね。女子が言ってました?そん時は信じられなかったっすが」


 ヘンドリックは何とも言えない思いで、マックスの話を聞いた。そして、側近であったウィリアムやスチュアートが「良くも悪くもエネルギッシュな人だ」と言っていた事を思い出した。リディアの悪口を受け付けなかった私に対しての、精一杯の反論だったのだろうか。


 その時は、守り、大切にしたくなるような、可憐で可愛らしいリディアを捕まえて何を的外れな事を言ってるんだと一笑に付したが、彼らの言う通りだったのかもしれないと思った。 


 ヘンドリックは今聞いた話を、静かな場所でじっくりと考えたかった。


「二人ともすまないが用事を思い出した。リディには先に帰ると伝えてくれ」


 ヘンドリックは思いつめた顔で二人に告げると、驚いて引き留めようとする手を払い、人の流れに逆らって、人気のない場所を探しながら歩いた。



♢♢♢♢



 町から外れ、砂浜の、波打ち際を歩いた。普段なら子供が遊んだり貝を掘る姿や、女達や老人が海藻や魚の加工する姿を、漁師小屋で道具の修復や手入れをする者をちらほら見かけるが、今は祭りに行ってるのか砂浜には誰もいなかった。


 砂浜を抜けて、少し入り組んだ小さな入江に着くと、ヘンドリックは手ごろな岩に腰を掛けた。

 遅い午後の海は、水平線の彼方まで穏やかでキラキラと輝いている。


 波が岩に当たり、砕け、白く泡立っている。寄せては返す波の音や、ウミネコのミャーミャー鳴く声が遠くに聞こえ、人気のないこの場所を秘密めいた場所にしていた。


 山に行った時と同じで、自分は今、一人だと強く感じた。


 海を渡る風が汗を乾かしていく。

 ヘンドリックは途中で買った果実水の栓を開け、ごくごくと飲み干した。喉の渇きが収まると、リディアの態度にイライラした事を思い出した。


 舞台の上の彼女は、ちょっとした事で泣いて、怯えて縋りついてくる小動物のような、庇護欲をそそる姿はどこにもなかった。


 それどころか我儘で自己中心的な、他人を蹴落として優雅に笑う、身近にいた大勢の令嬢達の姿と重なった。

 だけどまだ、自分の目で見た姿も、マックス達の話のリディアも、どちらも信じられなかった。


「どちらが本当のリディなのか私にはわからないし知りたくもない。私の信じるリディのままでは駄目なのか?」


 いじめられたと泣いていた弱々しい姿のリディアを思い浮かべ、騙されていたのかという腹立たしさと、いや、強くなっただけで中身は変わっていないはずとの思いが交差した。


 だがルイス達の話では、あれが本性だという。


 だが、上目遣いに舌足らずの口調で甘えられると、なんでもその通りにしてあげたくなった。


 自分の信じるリディアは、私の手を必要としているし、私を大切に、一番に思っていてくれている、はずだ。

 

 ヘンドリックは混乱した頭を整理するために、今までを振り返ろうと思った。


 特にこの地に来てからのリディアは、学園での姿とはまるで違った。のびのびと自由で溌剌としていて、私にとっては新鮮だった。


 それが、いつだったか、サイラスに食ってかかり、道理をわきまえず我を通そうとする。人によって態度が変わる。表情も、口調も、言葉も。いつからだったか思い出せないが、私の知るリディアは本当の姿ではないのか、私の気を引くために作っていたのかと、少しずつ疑問を感じるようになったのは確かだ。


「ああ、混乱する。誰を、何を信じればいいかわからない。どうすればいいのか、誰か私に正解を教えてくれ」


 全てを投げ出して、ここではない、どこか遠い場所に行きたかった。自分の求める答えは二人の幸せだというのに、それは得られないと理性が言う。感情は納得できずに暴れ、あやふやにしたい気持ちが答えを出すのを躊躇っている。


 ヘンドリックは混沌の中でもがいた。


 なぜ、こんなことになったんだろうかと。




 


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