花祭り〜花の女王ファイナル5
こんばんは。いつも読んで下さる皆様、ありがとうございます。二週間UPを休んで、ようやく気持ちも落ち着き、書こうと思えるようになりました。
待っていて下さりありがとうございました。感謝しています。
「あなたは、このお二人が選ばれた事がどうしても気に食わないようね。あなたはこのお二人の『ナル』を見て何も感じなかったの?感想を聞かせてちょうだい」
リディアは言葉に詰まった。「あんな簡単な『ナル』なら誰でも踊れるわ!」と本音を言えば、叩かれるのは目に見えている。だからといって思ってもいない褒め言葉を口にするのもイヤだった。
「あたしの感想なんて聞いてどうするのよぉ!!」
「その様子じゃあ、あまりいい感想は抱かなかったようね。あたし達が感動したのはね、美しいと心から思えたのは見かけだけじゃないの。お二人の心に触れたからよ。簡単な踊りだとあんたは思うかもしれないけど、お二人の歌や踊りには女神への感謝と、この国やあたし達を思う気持ちが込められていたわ」
「そんなの幻想よ!!あたしは何も感じなかった。エマさんが勝手に言ってるだけじゃない!」
エマは微笑みながら周りを見回した。
「ここにいる乙女達も審査員も観客も、そうは思わないんじゃないかしら。ねえ、あなたたち、この決定を覆す気はないわよね」
エマは本物の女王のように威厳に満ちた声で皆に問いかけた。
ステージにいる美女は膝をついて頭を垂れた。審査員も同じく頭を下げ、広場に集う観客も口々にエマに賛同した。
「この花祭りに、女王の娘としてアンジェリカ様とロザリン様が選ばれた事は、あたしたちアルトワの領民が美に対して偏見なく、見かけだけではない基準を持っているからよ。もしリディアの言うように令嬢達の参加者が増えたとしても、花祭りをただの美人コンテストと軽視するような人が選ばれる事はないわ。そうよね、みんな!!」
うおおおおおおぉぉぉ!!
広場が大きく揺れた。美女を決めるただのコンテストだったはずが、エマのこの一言で審査のハードルが一つ高くなった事に誰も気がつかなかった。
翌年からは美に加えて「心」という難しい項目が増えてしまった。それはこの先、このコンテストが王国内でも格段厳しい基準の、それこそアルトワ領だけでなく、実質、王国一のーそれも美しい心を持ったー美女を決めるコンテストになった瞬間だった。
♢♢♢♢
広場の熱気に吸い寄せられるように、更に人が集まってきた。
エマに賛同する者だけでなく、リディアの言う事に頷く者もいて、その者達が隣り合うとちょっとした言い合いや小競り合いに発展した。
「クソッ、あの疫病神め!あれが絡むと碌な事がない。どれだけ引っ掻き回せば気が済むんだ!全く殺意さえ覚えるな」
グレアムは顔色を変えて一直線にステージに走った。暴動に繋がる事はないだろうが、アンジェリカをこの騒動の矢面に立たせたくなかった。
その間にも広場ではあちらこちらで人々が論争する姿が目についた。ロザリンはその様子をハラハラとした気持ちで見ていた。そして決意を声に出して自身を鼓舞した。
「わ、私がア、アルトワ領主の娘として、この場を収めないと。で、でも怖いわ。わ、私に出来るかしら?い、いいえ、やらなければ!アンジェリカ様をま、守るのよ」
ロザリンが尻込みする気持ちを奮い立たせて一歩前に出た時、アンジェリカがそっとロザリンを押さえてステージの前に進み出た。
「皆様、どうかお静かになさって下さいませ」
アンジェリカのよく通る声に、広場は一瞬で静かになった。
背筋を伸ばし、凛とした姿で立つと、広場をゆっくり見まわした。そして優雅な仕草で淑女の礼をした。
「私はブランフール侯爵の娘、アンジェリカと申します。ロードリンゲン王国王太子殿下グレアム様の婚約者です。もうすぐ行われる開港式典に参列するため、王太子殿下と共にアルトワに参りました」
観客の間から「おおー」という溜め息が漏れた。そしてヒソヒソと囁いたり、「やはり只者ではないと思った」などという声が聞こえた。
「皆様もご存じの通り、花祭りは豊漁を願い、日頃の感謝を女神様に捧げる祭りです。私もロードリンゲンの民の一人として、皆様と共に祭りを楽しみ、盛り上げたいと思っておりました」
アンジェリカはエマとロザリンを振り返り小さく頷くと、また前を見て話し続けた。
「縁あってコンテストに参加する機会を得、こうしてファイナルまで進み、皆様の前で友人と共に『ナル』を踊れた事に感謝します」
「うおおおぉぉ!!」「グッと来たぞ!」「心に響いたわよぉ!」
「良かったぞぉー」「ああ、最高のナルだった!!」
広場に称賛の声が響いた。アンジェリカは大輪の花が咲いたように嬉しそうに笑い、観客に向かって礼をした。
「まあ!光栄ですわ。ありがとうございます」
そして歓声が収まると、落ち着いた声で話を続けた。
「ですが、今回参加する時に、私の身分が明らかになればコンテストを棄権する約束でしたの。皆様の期待にお応え出来ず、私自身本当に残念で申し訳なく感じています。私もエマさんやロザリン様と最後まで全うしたかった。ですが約束通り、ここで棄権致します」
言い終えると、アンジェリカは寂しそうに微笑み、淑女の礼をした。ロザリンとエマが、アンジェリカを守るように側に並んだ。
「・・・ええ?」
皆はその言葉に驚き、静かに微笑むアンジェリカを見た。
これまで花の娘に選ばれて棄権した者は一人としていなかった。皆の顔に落胆の色が浮かんだ。
審査員の一人が慌ててステージに上がった
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!いきなり仰られても困ります」
エマはそっとアンジェリカの肩を抱き、ロザリンも悲しそうに寄り添った。
リディアは何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けてアンジェリカを見た。
ようやくステージの下まで辿り着いたグレアムが、ヒラリとステージに上がった。そして安心させるようにアンジェリカに微笑みかけた。
「アンジェ、遅くなってすまない」
アンジェリカはフルフルと首を横に振った。
「俺はこの国の王太子であるグレアム=ロードリンゲンだ。コンテストを中断してしまい申し訳ない」
グレアムがアンジェリカを庇うように前に立ち、広場に集まった皆に向かって詫びた。
「今回、縁あってアンジェリカ嬢はコンテストに参加したが、それはこのように争って花祭りを台無しにするためではない」
「先程女神の娘に選ばれたと声が上がったが、正確には、最終の一般投票の前に、彼女が王太子妃であると知れてしまった。本来ならば神事を見届けるのが役目。一人でも反対する者があれば、その座を降りて当然だと考える。主催者には申し訳ないが、棄権する事を許して欲しい。騒がせてすまなかった」
グレアムは観客に向かって騎士の礼を取った。アンジェリカも淑女の礼をする。
広場がザワザワと揺れた。多くの人が三人を選びたいという思いで互いに顔を見合わせた。誰かが一言声を上げてくれたらと願い、互いに目配せしあってるが、そんな勇気のある者はいなかった。
なぜなら王太子と王太子妃が観客に向かって謝罪と許しを求めている。皆にとってそれは命令に等しかったからだ。
広場に戸惑いが走った。
どうしていいかわからずにいると、司会者がステージの端からおずおずと声をかけた。
「えー、ただいま王太子殿下より頂きました話についてですね、えー、その、審議を致しましたところ、あー、王太子妃殿下のご意向をですね、その、受け取らせて頂きたいと、そのような結論に達した次第でございます」
「あー、ですので、えー、王太子妃殿下の棄権を認めまして、繰り上がりでビオラのリディアさんを女王の娘と致します。えー、どなたか異議のある方はいらっしゃいますか?」
リディアは頰に手を当て、大きく目を見開いた。司会者の言葉を理解するにつれ、頬を赤らめ、口角を上げて喜びを表した。
「まぁ、本当に?嬉しい!!ありがとうございますぅ」
誰にともなくお礼の言葉を口にして、観客に笑顔を振りまいた。
先程までの怒りは何処へやら、エマ、ロザリン、アンジェリカと順に微笑みかけた。
「まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったけどぉ、アンジェリカ様の祭りを盛り上げたい気持ち、わかりますぅ。でも約束なら仕方ないですよねぇ。あたしも色々と騒いでごめんなさあい」
リディアは申し訳なさそうにペコンと頭を下げた。
「でも、こうなったからにはぁ、アンジェリカ様の代わりをしっかり務めますぅ。ロザリン様、エマさん、どうぞよろしくお願いしますねぇ」
リディアはにっこりと微笑み、可愛らしくガッツポーズをした。
グレアムは白けた顔でその茶番を眺め、エマもまた小さく舌打ちした。
また広場の一角では、ヘンドリックがルイスらとそれらを眺め、リディアに対して今までにない怒りが湧くのを感じていた。
「なんてバカな事を!自分の意に沿わなかったからといってコンテストをぶち壊そうとするとは。他人を蹴落として喜ぶ姿も不愉快極まりない。私が毛嫌いしていた女達を知ってるはずなのに、そいつらと同じ事をするとは、一体何を考えてるんだ?」
ヘンドリックが呟いた言葉を、ルイスは聞き逃さなかった。
「あの、ヘンドリック様、姉が、申し訳ありません。コンテストを台無しにするところでした。その、姉は昔から、こうと決めたら必ず思い通りにしてしまうんです。それで周りとぶつかる事もよくあったんですが、僕が知る限りいつも勝者でした」
ヘンドリックはハッとしてルイスを見た。一連の出来事が衝撃すぎて思わず感情を吐露してしまったが、ルイスに聞かせるつもりはなかった。
「いや、すまない。気にしないでくれ。と言っても、もう遅いか」
ヘンドリックは口元を手で覆い、気まずそうに謝った。